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エルフ、砂に生きる  作者: 初荷(ウイニィ)
砂エルフ、旅情篇
195/196

沈鬱な陣地、呑気な隊商

月刊砂えるふ、更新です。




 陣地構築の為の木材は現地調達をせず、オルターボットの在庫で賄われた。森の外縁であろうともそこで木の切り出しを行う以上、いらぬ刺激はゴブリンどもの襲撃の危険(リスク)を上昇させる。


 街の中で予め加工された木は、現地で次々と組み立てられていく。


「ゴブリン相手の逆茂木だから、意外と小さめだな」

「ヒトでもこれはこれで邪魔だがな」

「ホブゴブリンだとどうなんだろう」


「そこ!ちゃんと手を動かせ!」


 監督しているのも作業を行っているのも探索者たちだ。そして一番外側の麦畑一反は、スペースの確保のために早刈りされており、作業を行っているのは戦力外の若い探索者たち。


「なんかもったいない」

「刈らなくて踏みつぶされたらもっと嫌でしょ」

「いそげいそげ」


 ルイシーナとラモナのパーティも、貸し出された鎌を片手に収穫に勤しんでいる。


「ようやっと六割ちょっと。まだ来てくれるなよ」

「最終ラインにも取り掛かり始めた方がよいのでは?」

「……最悪最終ライン防衛のための空間になりそうですね」


 ギルド長が設計図片手に赤髪ショートと頭を悩ます。


 あれから三日経過。早ければゴブリンの襲撃が始まってもおかしくない。しかしまだゴブリンどもは森の中に潜んだままだ。




★☆★☆




“グギャッ”

“ギャッギャッギャ”


 ゴブリンが二匹、呑気にこちらへ歩いてくる。向こうが風上なので正直臭う。


 手の中に水球を準備し、相方(サミィ)が仕掛けるのを待っている。もうすぐサミィが潜んでいる藪の横をゴブリンが通過するのだ。


“ザッ”


 鳴き声も上げずに、先頭を歩いていたゴブリンの喉笛を、サミィは前脚に準備した砂刃で掻き切るが、その姿はゴブリンの影になって見られてはいない。


 先頭のゴブリンは叫び声も上げられず前のめりで顔面から倒れ込み、後ろにいたゴブリンは何があったかと駆け寄ってくる。


 俺が正面の藪に潜んでいるのも気付いておらず、これほど狙いやすいのも珍しい。


“水針”


 喉元に三本の水針が突き立つと、素早く駆け寄り二匹の頸椎を蹴り折る。その間、俺は水で、サミィは砂で血が地面にこぼれないようにしている。


 二匹の手首を掴んで来た道を急いで戻るが、サミィは自分の足で戻らず俺の背中から肩口に飛び乗った。楽しやがって……


 駆けること十分弱、少し拓けた場所にバルボーザが待機している。彼には穴を掘ってもらっていて、そこにゴブリンの死体を埋めているのだ。


「ゴブリンども、まだやってくるのか。この辺にしておかないか?いい加減飽きたぞ」


死体を穴に放り込むと、バルボーザが土をかけていき、この穴もとうとう一杯になってしまった。


 暗殺者まがいの方法でゴブリンを間引くこと三日。気づかれぬように立ち回った結果、満杯にした大穴は三つ。そろそろ潜みながらの襲撃も難しくなってきている。


「もう半日、粘るぞ。それ以上は流石に気付かれる」


「はぁぁぁ、儂は穴掘って待ってるだけ……ほんっとうにあと半日だけじゃぞ」


 バルボーザは愚痴りながら新しい穴を掘り始めると、空から濁声(だみごえ)のような鳥の鳴き声が響いてくる。見上げると結構なサイズの鳥が一羽旋回していた。見るものが見れば“怪鳥”と呼ぶほどの大きさだ。


「どこから飛んできたのやら」


 俺は背にサミィをのせたまま、新たな獲物を探しに出た。




 結局それからは日がまだ高かったせいでゴブリン狩りは捗らず、バルボーザが掘った穴を満たす頃には、とっぷりと日が暮れてしまっていた。


 今回の陣地構築参加者たちは街に戻ることはなく、構築した陣地内で各々過ごしている。夜に作業が行われることはなく、この時間は休憩と見張りに充てられている。


 陣地の最後方に張られた天幕に入ると、ギルド長をはじめとした人々が状況のすり合わせ中であった。


「陣地構築の進捗が、八割どころか七割にも満たないのはどういうことだ!」

「もう三日も経っているんだぞ!いつゴブリンどもが押し寄せてきてもおかしくないじゃないか!」

「探索者どもを休ませていないで、夜を徹して作業させろ!」


「そんなことをさせて今晩襲撃でもされたら、疲労困憊でまともに戦えないぞ」


 案の定騒いでいたのは、貴族パシリをはじめとした商人や投資家たちで、天幕に入りながらの俺の言葉に黙り込んでしまう。


 ギルド長も声の大きな少数派に辟易していたのか、ホッとした様子で俺に話しかけてくる。


「ヴィリュークさん、どうでしたか?」


「どうしたもこうしたもないわい。穴を四つ掘ってゴブリンを放り込んで、ったく退屈でしょうがなかったわい!」


 俺が口を開く前にバルボーザが怒鳴ってしまう。すまん、そんなに退屈だったか。


「ある程度は間引けたが、焼け石に水だ。奥の気配はまだまだ濃いぞ」


「しっかり時間稼ぎは出来たのだろうね?」


 貴族パシリが問い質してくる。こいつは何故こんなにも偉そうなんだろう。


「……数えてはいないが、四十いかない位は始末しておいた」


「たったそれだけかね!噂のエルフも大した事な───」


 瞬間、貴族パシリに尋常ではない視線が集中する。


 ゴブリンどもが(ひし)めく森に潜入し、気付かれることなく多数を討伐する。死体で気付かれない為に後始末要員を同行させ、安全確保はその者を退屈させるほど。無事の帰還は当然。その実力は乱れのない服装からも察しが付く。


(((アンタ何言ってるんだ)))


 無言の圧力が圧し掛かり、貴族パシリは言葉を失ってしまった。


「森の状況と奴らの腹具合からすると、明日か明後日が我慢の限界だろう」


「かと言って、夜にやってこられるのも勘弁願いたいですね」


「こればっかりは奴ら次第だからなぁ……」


 “うーん”───天幕内に唸り声が響く。


「なあ、例えばだけどよぉ……餌というか、囮で誘き寄せるってなぁどうだ?」


 この状況、意見が出されるのは歓迎である。ギルド長は声を上げた男に先を促す。


「こっちの都合のいい時間、つまり真っ昼間に、奴らの前で食肉用の何か一匹潰すんだよ。なんだったら魔法で風を送ってもいい。腹ぁ空いてんなら飛びついてくんじゃねぇか?」


 その場にいた者たちはそれぞれ視線を交わし、今の意見の実現性を推し量っていくと、ギルド長は首肯して口を開いた。


「取り敢えずはやってみましょう。場合によってソレは宴会用にでも───」


 景気の良い言葉にその場は明るい空気に……いや、一拍置いて水を差してくる者がいた。そして間を誤って天幕に入ってくる者も。


「待て。誰が金を出すと思っている。却下だ却下!」


 取り巻きの指輪商人が割って入る。口ばかりで何もせず、邪魔である。あぁ、多少なりとも金は出していたか。でも邪魔だ。


「囮にするなら女子供でいいじゃないか。貧民まがいの見習い探索者が山ほどいるだろう!見習いでも探索者を名乗るなら、それくらいこなせるだろ……ぅ……」


 貴族パシリも本気で言ったのではないだろう。囮を出せと無茶ぶりをし、却下される勢いで金を出さずに済ませるつもりだったに違いない。でなければ、お茶を持ってきたルイシーナ達女の子三人を前にして、顔を青くして固まるわけがない。


「え、と、お茶を……」

「お持ちしたのですが……」


 ルイシーナとラモナは腰が引けてしまっていたが、肝が据わっていたのはルイシーナ妹だった。 ツカツカとお茶の乗ったお盆を持って彼らの側によると、貴族パシリと指輪商人の前にお茶を配る。


「おきぞくさまですから、もちろんきけんてあてははずんでくれますよね」


「「「ははははは!」」」


「よく言った嬢ちゃん!」

「報酬ケチるんじゃないぞ!」

「俺たちがしっかり守ってやらぁ!」


 探索者が集まる天幕内の閉塞した空気が吹き飛んだ瞬間であり、ルイシーナ妹が初めてハイリスクハイリターンを決断した瞬間もあった。


「……正気か?」


 つい言葉が漏れ出ていた。




★☆★☆




「もっとゆっくり進んだ方が良くない?」


「いや、ここにきて商機を逃すわけにはいかない。退治が終わった辺りで俺たちが到着、消費した物資を手に入れられるとあれば、誰しも財布の紐が緩もうってもんだ」


「正気?」

「商機だ」

「ショウキねぇ」


???


 そんな絶妙なタイミングで到着する必要なんかあるのだろうか。何日か遅れても問題ない気がする。


「けど、あれからゴブリンも見かけないけどね。もう向こうで始まっているのかな、ね?ナスリーン」


 エステルが言うように村を出てからゴブリンの襲撃に会っていない。元はこれくらい安全なのであろうが、この時はまさかヴィリュークが森で間引いていたおかげで、街道を安全に進めているとはこの時思いもよらなかった。


「そうそう、これ渡しとくね」


「なにこれ」


 エステルが折りたたんだ紙を手渡してくるので開いてみると、魔法陣が描かれた紙が三枚あった。これ、ひょっとして───


「例の増幅魔法陣。発動が出来るレベルまで出力を抑えたわ。射程延長と効果範囲拡大それから威力強化に分けたけど、手持ちの材料だとそれぞれ一割増幅出来たら御の字かしら。」


 つまり本の魔法陣を彼女なりにダウングレードさせたということかしら。まだ弄っていたのね。裏を見ると何を増幅させる陣なのか書いてあった。


「陣に手を当てて呪文詠唱する(魔力を通す)と、勝手に増幅してくれるけど発動時に燃え尽きちゃうと思うから驚かないでね」


「驚くなって、火傷したらどうするのよ!」


「燃え移らないほど一瞬だから大丈夫大丈夫」


「いやぁ、頼もしい姉さんたちで旅も捗ろうってもんよ」


「呑気なものね、警告はしたわよ!なんだったら私たちだけで逃げられるんだから!」


 思いとどまるよう脅すのだが、隊商リーダーはものともしない。


「またまた~。アンタたちはそんなことできねぇよ」


 少しイラつく自分がいる。いざって時に程々に手を抜いて、追加の護衛料でもせしめてやろうかしら。




★☆★☆




 陣地構築五日目。


 三日目の夜から襲撃に身構えていた俺たちだったが、四日目の夜になってもゴブリン達が襲ってくることはなかった。


 しかし陣地内もその向こうの森からも、空気がどんどん張り詰めるのが感じられる。それは俺だけでなく、陣地内にいる全ての探索者たちが感じ取れるほどである。


 結局陣地は八割程度の完成で、最終ラインはおざなり程度の木の柵が連なる程度しか出来上がらなかった。そして陣地の中央には、状況を確認し上から周囲に指示を出せるよう、簡易ではあるが櫓が三基建てられた。


 もちろんそこは指示を出す為だけでなく、射手やスペルキャスターを配置して、上から効率よく効果的に攻撃するためでもある。




「うへぇ」

「いくらなんでも」

「ちょっとこれは」


 陣地の前で食肉用の家畜を屠殺し、ゴブリンどもをおびき寄せる策は却下されたが、どのような経緯で集められたのか、食肉処理時の血抜きで出た家畜の血液がバケツでずらりと並んでいる。


 間違いなく街の中のその筋から集められたとしか考えられない。誰の手配か知らないが、便利に使わせてもらおう。


 討伐の仕事をこなす以上、討伐対象からにしろ自身の怪我で流血は茶飯事だ。しかし目の前の十ほどのバケツには、一杯とは言わないが相応の量の血液が満たされ、周囲は血生臭さでも満たされている。


「さっさと撒いてきてくれ」

「臭いでこっちがやられちまう」

「一か所じゃなく、満遍なく撒けよ」


 さしもの探索者も、この量の血臭は限度を超えているようだ。何人かは嘔吐こそしていないが、青白い顔でバケツを前線へ運んでいる。


 大の男が等間隔で一列にバケツを構え、次々と森へめがけて中身をぶちまけると、そそくさと柵の中へ帰ってくる。


 最前列の柵の内側では、若い探索者……未成年(ほぼ子供だ)も配置についている。それも強制はせず希望者だけのはずが、結構な人数が応募しておりルイシーナ妹まで武器を手に待機している。


 ああ、頃合いを見て後方に退避させないと。


 「詠唱開始!」


 櫓の上からギルド長が指示を出し、自身も詠唱を開始する。詠唱する魔法は全員同一、風魔法の基礎の基。単純な風を発生させる魔法だ。


 それをペーペーからベテラン、マスタークラスのスペルキャスター達が一斉に呪文を解放する。だが激しい風は巻き起こらず、風速は優しいものに調整されているのだがそこは魔法の風である。風は長い距離を渡っても減衰することなく、一定の風速で森の中へ流れ込む。


 森に入るともう呪文の効果範囲外なのだが、あとからあとから流れてくる風に押され、血臭は森の奥深くまで流れ込んだ。


 呪文の効果時間はさほど長くないが、一定の風の流れが形成されたおかげで、効果時間が過ぎても陣地から森への空気の流れは保たれた。


 身体に当たる優しい風に反し、森から発せられる雰囲気は険悪なものだった。にじみ出る汗を優しい風が乾かしていくが完全には乾かず、不快な粘りつく汗が肌の上に残っていく。


 誰かのただの呟きが、耳にはっきり届いた。


「来た」


【【【GYARYUAAAAA!!!】】】


 叫び声と共にゴブリンどもが森を飛び出してきた。その群れの姿は吐き気すら覚えるものだ。


「構え!」


 赤髪ショートの指示に弓が引き絞られる。


「詠唱開始!」


 ギルド長の合図に、詠唱が始まる。


 赤髪ショートとギルド長の視線が合わさった。


「「放て!」」


 いつ終わるとも知れない、ゴブリン討伐の火蓋が切られた。




★☆★☆




 馭者台の隣に座るエステルが、フッと顔を上げて周囲を見渡した。


「どうしたの?」


「ん~何か聞こえなかった?」


「馬車の音しか聞こえないわよ」


「ねぇ、オルターボットまであとどれくらい?」


 エステルの問いに隊商リーダーが“昼前には着くだろう”と返事をすると、彼女は馬車に潜り込んで脛当て諸々防具を取り出した。


「だーいじょうぶだって」


 呑気な隊商リーダーに対し、護衛リーダーが黙って装備の確認を始めると、隊商の面々は自身の装備を点検し始めていく。


 私も自分の杖を“ぎゅっ”と握りしめた。







イイねボタン、一言感想、★★★★、よろしくお願いいたします。


お読みいただきありがとうございました。



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