胃袋を掴め
「で、縁談の方はどうだったのですか?」
研究の合間に稲葉がホミカに語りかける。
「大成功でした」
さも当然とばかりにホミカは答える。
「まだ、選考に残っているという意味ですが」
「それは重畳ね。確か、一つしか質問できないんでしょう? 何の話をなさったのかしら」
「こんにちは」
「はい?」
「こんにちは、初めまして。です」
「それだけ?」
「はい。募集条件には礼儀正しい人とありました。挨拶もなしに何かを問うのは失礼なことです」
「ま、まあ、確かにそれはそうですけど。何というか、あっさりしてません?」
「いいのです。元より、一度の交渉で得られる情報は極めて限定的です。それならば、こちらの情報を何も与えない方が、相手の方が動揺することでしょう。前にも言いましたが、初期戦略は、非言語的優位性にあるのです」
「恋愛の話ですわよね? なんか軍事作戦に聞こえます」
「結婚とは元よりそういうものでは?」
「正しいような、間違ってるような。もう、頭が痛くなるのでこの話はよしましょう。で、相手の方はどうなのです?」
「優しそうな方でしたよ」
「まあ、それはーーじゃあ、式見さんもアリってこと?」
「ええ。雨の日に傘を貸した記録があります。家は、父母と息子一人。妹が二人いましたが既に嫁いでいました。妹らとも頻繁に文を送り合うあいだがら。家族関係も良好です。使用人は二人。職業は商社で都市部の一般的な新興中流世帯ですわ。勤務態度も良好、周囲の評判も悪くない。金銭感覚も堅実、女遊びもしない。煙草、酒、博打もしない、素行は極めて良好です」
「そんな情報どこから入手するのです!? あなた、探偵にでもなったの?」
「否定はしません。これは情報戦なのです。現にこれくらいのことは他の応募者もしていましたわ」
「そ、そうなのです?」
「はい。応募者の中には、会話は一人一回ということなので、同盟を結んで情報を共有しようとする者もおりました」
「なるほど」
「ですが、それが曲者です。彼女の証言に真実はありませんでした。嘘を広めたのです」
「自身は正しい情報を得て、他人を突き落とす。えげつないですわね」
「はい。初めから信用してはならないのです」
「でも、どうして式見さんはそれが嘘だと見破ったのですか? 何か違和感とか矛盾とかあったのです?」
「床下で盗み見ーーこほん。道に迷って床下へ来てしまったら偶然すべて聞こえてきたのですわ」
「それは偶然ではないのでは?」
「大丈夫です。どこにも触れていませんから証拠はありません。得意なんですよ、私」
「それもう故意」
「恋なんでしょうか?」
「というより、もうそれは探偵というより忍かなにかでしょう」
「忍ぶ恋ということですか」
「いや、なんかズレてる。あなた、謎解きは素晴らしいのに、色恋だけは変ですわ」
「ある程度自覚はあるのです。ですが、まずは情報収集は大事ですよ。まだ相手のこともそこまで信用しているわけではありません。透子の言うことを私は信用しているのです。あなたが言うようにこの縁談には何か裏がある。私もそう思います。ですから、私はその真意、意図を確定させるまでは調査するつもりです」
「式見さん」
「心配をお掛けしている自覚はあるのです」
「式見さんって、むかしは何考えてるか分からないちょっと怖い人でしけど、お話すると大変ユーモアがあって真面目な人ですわね。何考えるかはまだ分かりませんけど」
すると、玄関の辺りからガサガサと音がした。
「おそらく嫁選抜の次の通知でしょう」
「なぜ分かるのです?」
「郵便局の配達手順と、手紙を出したタイミングから配時刻は容易に推察できます」
「なぜ手紙を出した時刻が分かるのです?」
「見ましたから」
呆れ果てる稲葉をよそに、ホミカは速達を受け取ると稲葉に次の試験の内容を明かした。
「次は料理を作れとのことです」
「式見さんってお料理できましたっけ?」
「大変まずいですね……」
(私が厨房に立つことと、法廷に立つのは同義だ。調理だけで事件の蓋然性が高まる)
「なら知萌に相談しましょう。味噌汁ぐらい簡単ですから」
「で、呼び出されたわけや」
知萌は怪訝な顔で二人を見た。
「はい。私に完璧な味噌汁の作り方を教えてください」
ホミカは深々と頭を下げた。
「いや、完璧言うてもなぁ」
知萌は頭を掻きながら逡巡する。
「あんなん、有り合わせで何とかするもんや。もちろん旬のものを使うことはある。でも、正解なんてない」
「そうですか。困りましたね」
「まあ、おおよそこんなんちゃうかなってのは作れるから、まあ一緒にやってこう」
「恩にきます」
「感謝されることやあらへん。こそばゆいわ」
「先ずは出汁からや」
知萌は沸騰させた鍋を火から離し、削り節を入れようとする。
「なぜ鰹節なのですか?」
「うん? 東京やったら鰹やろ。うちは専ら昆布出汁やけど」
「昆布でお願いします」
「あ、もしかして上京組? なら昆布やったら……水から煮出さなな」
鍋に水を入れ直し、昆布の欠片を浸す。
「煮える前に回収するんやで。煮詰めるとでろでろになってしまう」
知萌は沸騰寸前の鍋から昆布を取り出す。
「食材は持ち込みやろ。味噌も関西なんか? こっちで調達するんは大変やん。良かったらうちのが少しあるから分けたるで」
「具は油揚げとネギでお願いします」
「ネギか。ネギ言うたら、こっちは白ネギやけどえぇんか? 季節的に手に入らんから青ネギしかないで。あ、でも関西風なら青ネギで良かったか。油揚げは水のときから入れるかどうかと、湯通しするかどうかがあるけどどうする?」
「後入れ湯通しありでお願いします。あと、油揚げは7ミリ間隔、ネギは3ミリでお願いします」
「やけに具体的やな。何か意味あるんか?」
「見ましたので」
「見た? 相手方の台所に入ったんか?」
「はい。偶然にも使用人が倒れてしまったらしく、偶然にもそこを通りかかった私が、その日のお手伝いを申し出ました。差し出がましかったでしょうか?」
「いや、特に何も思わんけど」
「式見さんの周り、偶然倒れる人が多くないですか?」
と稲葉。
「えぇ、本当に都合が良くて助かりました。あの家、犬がいるのですが、お陰で犬の残飯を調べなくて済みました。犬は懐柔するのが難しいですから」
「味噌汁の話やんなぁ?」
「はい。味噌汁の作り方を調べる話です」
「で、完成したわけやけども」
「思ったより簡単でしたね」
「やろ? こんなん感覚でええんよ。わりかし会心の出来やから食べてみぃ」
知萌はお椀によそって、ホミカに手渡す。
「どや? 味は」
「ダメみたいです」
ホミカは首を静かに横に振った。




