43 5月3日
1947年5月3日土曜日
日本国憲法(昭和21年憲法)が施行となった。
全103条からなるこの憲法は、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義の3原則を掲げ、永久に戦争を放棄するという当時、いや現代でも革新的な憲法となった。
「新憲法に誓う忠誠」という見出しの新聞を見ながら、下園久男が難しい顔をしていた。
「久男さん、朝ごはんできたよ」
土間からスミ子が久男に声をかける。
すると、久男は新聞を畳に置いて、土間に向かいスミ子から椀の乗った盆を受け取った。
朝食
麦ご飯
みそ汁(豆腐、小松菜、わかめ)
卵焼き
漬け物
「いただきます」
と二人が声を合わせて言った。
下園家が農家となって2年目、季節の野菜は出荷用に作り日々の食事に回すための野菜を作る畑も少しずつ収穫ができるようになってきており、みそ汁に入っている小松菜はその畑で採れたものだ。
「よくできちょる」
スミ子がみそ汁を飲んでそう言った。
「うん、うまいわ」
と久男が答えたが、久男が明らかにみそ汁のことを言っているため
「小松菜のことよ」
とスミ子が言うと
「小松菜もやけど、スミ子のみそ汁はうまいど」
と久男はスミ子を見ずに言った。
「あ・・・ありがとうございます」
スミ子が恥ずかしそうに答えた。
すると外から笑い声が聞こえてきた。
「あ、来た!」
スミ子が嬉しそうに言って、椀をちゃぶ台に置き玄関まで小走りで向かった。
戸を開けるとこちらに向かって歩いてきているミカとエルの姿が目に入った。エルは野花を摘みながら来たようで、手には小さな花束が握られている。二人で童歌を歌っているが、エルが途中で変な歌詞に変えて歌って、ミカはそれを聞いて笑ってしまうのだった。
「あ、スミちゃんやー」
スミ子に気づいたエルが駆け寄ってくる。
「はいスミちゃん。はなあげる」
エルが摘んできた野花の束をスミ子に手渡した。スミ子はありがとう、きれいやねと言って受け取った。
「ごめんねスミちゃん。朝早くに」
追いついたミカがスミ子に詫びた。
「ううん。中入って」
スミ子が二人を家の中に招き入れた。
エルはすかさず
「ひさお!あそんでー!」
と久男に飛びかかった。ミカもすかさず
「こら!エル!朝ごはん中やが」
とエルを追って居間に上がる。
「久男さん、エルがすみません・・・何度言っても呼び捨てやし・・・」
ミカが畳に座って困った顔で久男に詫びた。
「いいんですよ。エルちゃんと遊んでるとこちらも元気になります」
「しんぶん?」
エルが畳に置かれた新聞見つけて久男に聞いた。
ミカもその新聞の見出しを見て
「ああ、今日から新憲法やったですね」
と言った。
「国民主権だそうです。二度と道を踏み外さんようにしっかり見ていかんといかんです」
久男が真な表情で言った。
「じいじが、にっぽんはもうせんそうはせんっていいよった」
エルも久男の膝に座って言った。じいじとは田代のことだ。
土間から卵の入った竹編みのカゴを持ってスミ子が戻ってきた。
「ミカちゃん、はいこれ。田代さんから預かっちょった卵」
ミカがカゴ受け取ってありがとうと礼を言った。
「もうせんそうせんっちゃからへーたかえってくる?」
エルがミカに聞く。
久男もスミ子もこのことを聞きたかった。
「いや、むしろこれからと」
平太が軍事裁判の参考人として招集されて以降、週に1〜2回は必ず手紙が届いていた。あまりに頻回なため、近頃は配達員にお茶を出す程だ。その手紙の中で、平太は裁判の進捗も記しており、現在は弁護側の反証の真っ只中で、平太のあれこれ聞き取りを受けているとのことだった。
明らかに肩を落としたミカを見てスミ子が
「大丈夫。すぐ帰ってくるが」
と励ました。
久男もようやく朝食を摂り終えた。
「よし、エルちゃん。外で遊ぼうか」
と言って立ち上がった。するとエルが
「ひさお。ちゃわんくらいかたづけんね」
と冷ややかな視線を久男に送った。
「はっ、すみません!」
と久男はおどけたように一礼し、茶碗を土間に運んだ。
よく晴れた初夏の青空のもとへ、久男とエルは駆け出して行った。
参考文献
鉱脈社 阿万鯱人作品集第2分冊第四巻「戦争と人間」
国富町、国富町老人クラブ連合会、国富町農業改良普及所 土とともに生きた人々の生活誌「いろりばた」
鉱脈社 滝一郎著 宮崎の山菜 滝一郎の山野草教室
社団法人 農山漁村文化協会 日本の食生活全集45 聞き書宮崎の食事
廣瀬嘉昭写真集 昭和の残像
みやざき文庫146 木城町教育委員会編 高城合戦 二度にわたる合戦はどのように戦われたか
NHK宮崎放送局 NHK宮崎WEB特集 平和を祈る夏 宮崎市は空襲で焼け野原に 証言と神社の日誌
Yahoo!JAPAN 宮崎県の空襲被害 -未来に残す戦争の記憶
永岡書店 今井國勝、今井万岐子著 よくわかる山菜大図鑑
渡邉一弘著 宮崎神宮「日誌」に見る昭和二十年
鉱脈者 うどん
宮崎市史編纂委員会 宮崎市制施行満三十年記念 宮崎市の回顧と展望
鉱脈社 みやざき文庫74 福田鉄文著 宮崎の戦争遺跡 旧陸・海軍の飛行場跡を歩く
河出書房新社 太平洋戦争研究会編 平塚柾緒著 図解写真で見る満州全史
朝日新聞社 本多勝一著 南京への道
日本文芸社 太平洋戦争研究会編著 人物・事件でわかる太平洋戦争 重要人物から解き明かす日米決戦の真相




