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第五十七話 魔法のレッスンⅤ

 残りの二日はレッスンをしつつ、討伐を真面目にこなしたお陰で、リトは何とかヤツラギの魔の手から逃れた。


 今日は訓練の日だ。



「はい。これ」



 エルから長い布を渡された。リトが首を傾げているとエルはそれを取り上げてリトの目にきっちりと巻き付けてしまった。



「レノくんこれでしばらく生活してねぇ〜」



 そんな無茶な。



 あわあわするリトを他所よそにエルはふにゃふにゃと説明を続ける。



「昨日で目を開いた状態で魔力感知を広げてももう眩しくなくなったでしょぉ?ある程度目を開けての循環コントロールが出来るようになってきたから次の段階。

 レッスン8では視覚と魔力感知の統合をしてくよぉ〜」



 リトは首を傾げた。



 視覚の統合ならもうしてるのでは?



 エルはリトの様子を見て笑った。



「あはは今、君の視覚は光り輝いてるでしょぉ?光で普通なら目に入る体表とかが見えなくなっちゃってる。

 統合するとちゃぁんと見える様になるし、目を(つむ)ってても周りの景色が見えるようになるんだよぉ」



 リトは驚いて目を見開こうとしてぴっちり包まれていて出来なかった。



「今君の視界が光で埋まってる現象は魔力感知の遅れから来てるものなんだよぉ。

 空中の魔力に伝播するように間接的に循環させてるからどうしてもロスが生じて視覚とズレるんだ。

 だから今度は魔力を伝わせず、空気に自分の魔力を巡らせる練習〜。

 感覚としては放射と循環に近いかなぁ。全ては慣れだよぉ慣れ。そのための目隠しだよぉ〜」



 エルののほほんとした言葉に納得しつつも、やっぱりいきなりこれは無茶だとリトは思った。






 リトの目隠し生活が始まった。


 外で目隠しを外す事を禁じられたが「リラックスする時間も必要だからね」と家の中や店のある場所などでは外すことを許された。


 空中の魔力と人や物に宿る魔力の見分けも付かず本日リトは、蹴躓き、転けて、転がって碌に動けず、使い物にならなかった。



「もういい。今日は上がれー」



 午前の訓練をあちこちにぶつかりながら何とかこなし、午後の訓練でメルに情け容赦無く叩きのめされ、伸びてるリトに呆れ果てた声のヤツラギが告げた。


 ポンと肩に手が置かれる。



「レノ、お前はよくやったと思うぞ。

 初日にしちゃ動けた方だ」



 慰めるような声で言う。

 憐れみの視線が突き刺さっている気がした。



「エル!メル!送ってってやれー」



 と二人に声を掛けた。



 怒らないヤツラギはちょっと気味が悪い。



「はいはいレノくんこっちの方向が出口だよぉ〜」



 エルに助け起こされ、くるりと向きを変えられる。



「僕は後ろから見守って危ない時や、道が逸れた時には助けてあげるから頑張って帰ろうねぇ」



 エルって結構スパルタだと思う。



 リトはよろよろと歩き出した。






 街灯にぶつかり、ゴミ箱にぶつかり、段差に躓いて壁に激突した。顔を押さえながら壁を伝い歩きする。


 真っ白な光に満たされた視界の中、まだ何とか進めているのはいつだったかアカツキと目を閉じたまま戦う訓練をしていたからだろうか。



 そんな事を思いながらちょっとずつ残り雪で滑らないように進む。気配で察するに、行く人来る人皆目隠ししてヨタヨタと進むリトを奇異の目で見て避けてくれているらしい。



 魔力感知を働かせると他の感覚から気が逸れて気配を読むのが難しくなる。


 これも慣れなのだろうか。



「馬車が来たから止まってねぇ」



 エルの声と同時にくいっと襟首が引かれた。


 立ち止まる。


 パカパカと蹄の音が目の前を通り過ぎていった。


 歩き始める。



 感覚では家までもう少しといったところだ。メルはずっと静かに見守りながら着いて来ているようだった。



 後ろに気を取られて前が疎かになった。また街灯らしき物にぶつかった。



「見えてないのに意外とグイグイ行くわね……」



 メルがやっと口を開いた。



「ねぇ〜。性格かなぁ?

 レノくんて結構負けず嫌いだからねぇ」



 エルが他人事ようにのほほんと答えた。






 休日も、討伐の日も、訓練の日も一週間も目を閉じて魔力感知で過ごせば慣れるもので、リトは光の濃淡で何とか物と空中の魔力の違いを見分けられるようになった。


 ぶつかる事が格段に減り、行き帰りもエル達に見送られずに一人でできるようになった。


 目隠し生活から二回目の休日を迎えた今、リトの視界は薄い光の中、時々濃い光が現れるといったところだ。



 生き物の内包する魔力の高さは魔力感知に優れていても目では測れない。


 体に満ちて巡っている魔力はエネルギーだ。若いときには活発に生産されて老化と共に緩やかになっていくものだ。


 魔力の高さとは、総じて細胞がエネルギーである魔力を発生させる速度で測られる。


 通常時は体積に応じて一定に保たれている魔力の供給速度は怪我をした時や魔法を使った時等、消費した際に初めて判別出来るのだ。だから魔力感知では分からない。



 というのがリトが本で得た知識だ。



 昼過ぎに起きて冷蔵棚を覗いたリトはガクリと膝を着きたくなった。


 何にもない。見事に空っぽだった。思えば先週の休日は壁を伝いながら家の周辺を彷徨(うろつ)いただけで買い物に行けていなかった。



 ……出るしかないか。



 嘆いていても仕方ない。買い出しに行くにしろ、食べに行くにしろ外出するしかなかった。


 リトは覚悟を決めて身支度すると目隠しして部屋を出た。

 戸締りして手摺りに掴まりながら慎重に階段を降りる。外に出ると脳内マップに従って美味しい手料理を食べさせてくれるユニの店へと向かって歩き出した。






 何とかユニの店で昼食を摂った後、リトは食品その他諸々の買い出しに向かうことにした。


 薄ぼんやりした光の中を濃い光を避けながら訓練も兼ねて市場に向かって進んでいく。通りに沿って市場まで歩くとかなり時間が掛かってしまった。


 ガヤガヤとした市場に辿り着き、通路の脇に避けて目隠しを外して魔力感知を切り、メガネをかけた拍子に誰かと肩がぶつかった。



「——」


「あ、ごめん」



 咄嗟に声で謝ろうとしてしまった。


 ぶつかった相手、リトと同じ年頃のかなり明るい赤髪の少年がキョトンとしてリトを見る。


 リトは空中ペンを取り出してサラサラと走り書きした。



 —すいません—



 ぺこりと頭を下げる。赤髪の少年は少し驚いたように文字を見ていたが



「いいよ。オレも前見てなかったしな」



 と言ってにこりと笑った。リトも少し微笑む。



「じゃあな」



 少年は手を振って去って行った。リトも手を振って見送ると市場を見て回った。


 卵や、米、チーズ、牛乳、豆類、オリーブオイル等々。茶葉や香辛料、調味料も買い足した。

 エルやメルに出す用にコーヒーミルと合わせてコーヒー豆も買ってみる。



 後は肉屋とパン屋に寄らねば。あ、後茶菓子も。



 リトは急いで市場を後にした。






 市場から路地を通って近道しながら買い物を済ませたが最後にパン屋を出た時にはもう日が沈みかけていた。



 目隠したまま路地を駆け抜ける。路地に突き出た濃い光を飛び越えた。



 と、確かに避けたはずなのに足が引っ掛かった。くるりと回転して着地した瞬間何かに強く顎を打たれた。脳が揺れ、堪らず手を着くと今度は手を払われる。



「!?」



 これは明らかに異常事態だ。



 転んだ所で頭を踏み付けられた。



「おっと、悪いな。見えなくて踏んじまった」



 聞き覚えのある声が上から降ってきて、頭を踏む足に体重がかかる。周囲からバカ笑いが上がった。



「でもお前も俺の足蹴飛ばしたんだからお互い様だよな?」



 信じられない。

 前回の対戦の意趣返(いしゅがえ)しだろうか。


 この声は間違いなく何度か騎士団の訓練で対戦した紫頭だ。こんな幼稚な事をして喜ぶバカが一騎当千と名高い黎明の騎士団にいるなんて思いたくなかった。



 紫頭はリトが見えないことをいいことに頭を踏み(にじ)った。周囲からゲラゲラと笑い声が上がる。酔っているのか酒臭い。

 脳の揺れが収まってきて、リトが足を跳ね除けようとしたその時。



「ファイアアロー!」


「なんだ!?」



 更に頭上から声と熱が降ってきた。視界に赤い炎が現れる。周囲から叫び声が上がって紫頭の足が退()く。何かのぶつかる音がした。


 リトも訳も分からず起き上がろうとするとグイッと手を引かれて引き起こされた。



「走れ!」



 リトはそのまま手を引かれて走った。






「はあはあ……()いたか?」



 リトの手を引いて走り続けた人物がやっと口を開いた。リトは魔力感知を切り、目隠しをむしり取ってメガネをかけた。



「あ」


「!」



 リトとかなり明るい赤髪の少年が同時に互いを指さした。市場でぶつかった少年だった。



「また会ったな」



 少年がニカッと笑う。リトはコクコクと頷いた。



「歳おんなじくらいだよな?オレ夏の中の月で15歳になるんだ。」



 リトは驚いて目を見開いた。ペンを取り出す。



 ー僕も夏の終わり月で15歳になりますー


「敬語なしでいいよ。

 よっしゃ。オレの方がお兄さんだな」



 少年はリトの走り書きに目を通してガッツポーズを取った。



 —一月しか違わないのに!—



 リトは吹き出した。



「周りが大人しかいないんだよ。仕方ないだろ」



 少年は口を尖らせた。



「なあ、お前、魔法使いだろ?」



 少年が唐突に訊いてきた。リトは驚いて目を丸くした。



 —まだ修行中だよ。どうしてわかったの?—



 リトが書くと少年はニィッと笑った。



「それはだな。オレもその訓練やった事があるからだ」



 確かに彼はさっき詠唱破棄で魔法を使っていた。



「兄貴がスパルタでさあ、目隠ししたまま二ヶ月放置されたよ」



 少年はため息を吐いた。リトもげんなりした。

 


 二ヶ月も見えない生活が続くのか。



「あーーーっ!!!?」



 突然少年が叫んでリトはビクッとした。



「やばいやばいやばい!!!今何時!?」



 自分で聞いておいて懐中時計を取り出して確認する。



「やっべー!行かなきゃ!!じゃな!」



 と少年は嵐のように去っていった。



 お礼を言いそびれてしまった。明日も市場にいるかな?



 そう考えながら一人ぽつりと取り残されたリトは辺りを見回した。



 ここどこだろう?



 その後リトは二時間かけて彷徨き回ってやっとのことで家まで帰った。

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