第五十八話 初めての友達
「おい、落ちるぞ」
肩を揺すられてリトはハッと目を覚ました。今日は朝からちゃんと起きて市場に来ていた。昨日の少年を探すつもりだったのだ。
とはいえ市場は広い。なので入り口で待つことにして側のベンチに腰掛けたまではいいのだがその後の記憶がない。
眠い目を擦りながら見上げると昨日の少年が呆れ顔で見下ろしていた。
「ほんとによく会うな。家近くなのか?」
リトはフルフルと首を振ってペンを取り出した。
ー大分東寄りの方だよー
「ここ大分西寄りだよ。なんだってこんな遠くに毎日来てるんだ?」
リトは立ち上がってサラサラと宙に走り書きした。
ー昨日のお礼を言ってなくてー
少年は目を瞬かせた。
「それ言うためだけに来たのか?会えるかも分からないのに?」
リトは頷いた。少年はしばしの間の後笑い出した。
「あははははははは律儀な奴だなあ。面白いな。オレはアル」
と右手を差し出してきた。リトはペンを左手に持ち替えて、右手で少年と握手した。
ー僕はレノ。アル、昨日は本当にありがとうー
リトはにっこりした。
「大したことしてないよ。魔法ぶつけて体当たりして逃げただけだしな」
アルはパタパタと手を振った。リトは首を振った。
ー僕が抵抗してたら面倒なことになってた。助かったよー
「そっか。じゃ、そういうことにしとこうか。なぁ、昼飯まだだろ?」
アルがにこりと笑う。リトは頷いた。
「じゃあ一緒に食おう。来いよ」
そう言ってリトを誘って歩き出した。
◇◇◇
アルは市場を離れて小さな通りを慣れた様子進んでいく。リトはアルの肩をちょんと突ついて注意を引いた。
ーアルはノーゼンブルグは長いの?ー
「いいや、最近来たばっかだよ。この辺は結構彷徨いたけどな。レノは?」
ー僕も来てまだ二ヶ月くらいだよー
「なんだ同じくらいじゃないか。オレも二ヶ月くらい前に来たんだ」
アルはニカッと笑った。
アルとは何かと共通点が多いな。
「オレらなーんか共通点多いよな」
リトが考えているとアルが口にした。
ー僕も同じこと考えてたー
「あはは。あ、ここ、ここ。ここのタルティノが美味いんだよ。」
アルが通りに面した集合住宅を指した。一階部分が店になっているのかの窓が大きく、小さな壁掛け看板が出ていて、通りの端にテーブル席がいくつか並んでいる。
「兄貴がタルティノ好きでさぁ。よく買いに来させられるんだ」
タルティノとはモチモチしたパン生地に、揚げた鶏肉や肉団子などを甘辛く味付けして、野菜と一緒に挟んだ軽食だ。二人して鶏肉のタルティノを三、四個買って近くのテーブルに陣取った。
「レノはどこから来たんだ?」
アルがタルティノを頬張りながら訊く。リトは少し考えて生まれの地を話す事にした。
ー西南の方のレスフルって村だよー
「聞いたことないな」
アルの言葉にリトは笑った。
ー小さくて何にもないんだ。田舎だよー
「ふーん。でもいいとこなんだな」
リトの文字に目を通したアルが言う。リトは目を見張った。
なんで分かったんだろう。
「書いてる時優しい顔してたからな。こんな北の地までよく来たな」
ー冒険者になって旅してたんだ。王都とかにも寄ったよー
「へえ!王都か……興味あるな」
リトはタルティノを頬張りながら反対の手で王都の様子を書いてみせた。
「トルタス・トルテム書店!行きた過ぎる!あー!オレも本に囲まれて暮らしたいー!」
アルも本好きなのがリトは嬉しかった。
「長らく本屋行けてないんだよな。同じ本ばっかり読んでてさ。ほぼ暗記してるよ『どれでも同じ?いいえ違います属性教本』シリーズとかな」
リトはガタリと身を乗り出した。
—僕もそれで勉強した!—
「魔法理論の本は色々読んだけどこれが一番分かりやすいよな」
—ユーモアに富んでて楽しく読めるよね—
リトとアルが二人揃ってうんうんと頷いた。しばらく魔導書などの本の話で盛り上がり、二人はすっかり打ち解けた。
因みに全く十四歳の健全な少年らしくない話題である事は二人とも気が付いていない。
—今度『コツコツ磨く魔法豆知識』貸すよ—
「まじで!?貸してくれ!……ってあーでもちゃんと返せるか分からないんだよな……。旅暮らしなんだ……」
とアルは一瞬顔を輝かせた後萎れた。
—アルはお兄さんとずっと旅してるの?—
「兄貴となか……あー……仲間がいる」
アルは一瞬言葉を詰まらせた。リトは首を傾げたが、直ぐにポーチから紙と万年筆を取り出した。カリカリと書きこむとそれをアルに渡した。
—僕の住所だよ。もし旅に出てもどこかのポストに入れてくれたらいいよ—
アルは今度こそ顔を輝かせた。
◇◇◇
二人はタルティノを食べ終わった後も暫く夢中になって話した。
「それでさ、兄貴、怪我してるから箒に呪いかけて延々と追い回すんだよ」
リトは声が出ないのに爆笑しっぱなしだった。テーブルに突っ伏して肩を震わせる。
「オレはさあ、やめとけって言ったのに……奴はたかだかプリン一つに命を賭けて儚く散ったのだった」
アルも笑いすぎて滲んだ涙を拭った。
「はあはあ……あー笑った。人が並びだしたな。行こう」
とまだ笑い転げているリトを引きずり起こす。リトはよろよろと立ち上がった。こうして並ぶとアルはリトより少し背が高い。
「オレの方が七センチ以上は高いな」
アルもそれに気が付いて涼しげな目元でニヤリと笑ってリトを見下ろした。
—僕はまだこれからだ—
リトは悔し紛れにそう書いた。
「オレだってまだ伸びる。魔法使いの成長は遅いんだ」
—そうなの?—
リトは思わず立ち止まってしまった。後ろから人がぶつかって迷惑そうな顔で見られる。アルが笑ってリトの手を引っ張った。リトはペコペコと頭を下げて再び歩き出した。
「諸説あるけどな。本格的な魔力のコントロールをし始めると体の方は一旦置いといて、魔力の流れとかそっちの方の成長が優先されるらしいぞ。
ある程度それに慣れてくるとまた成長し始める。だから魔法使いになる奴は成長期が終わってコントロール始めるのが多いとか」
そうかだから僕は小さいのか。
リトは都合よくその諸説を信じることにした。
◇◇◇
二人で雑談しながら特に当てもなく街を彷徨いた。もちろんリトは店を離れてから目隠しした。
アルに着いて歩くと声や足音から姿や物の位置が想像できて視界に現れる光の輪郭がはっきりする気がした。次第に濃い光の林立する場所に踏み入っていく。
郊外の林にでも入ったのだろうか。
アルが足元の何かを拾って手を振った。
「なあ、レノはもう杖持ってんのか?」
アルが話題を降ってきた。リトは少し悩んだ。
杖は誰でも使える訳ではない。
「考える木」と呼ばれる、エラルメルカという木の枝で作られ、その杖を扱えるかどうかはエラルメルカに気に入られるかどうかに左右されるからだ。
巨木エラルメルカは膨大な魔力と、二つ名の通り一定の意志を持っているとされている。
気に入った者が横を通った時にわざと枝を落とすなんて言う逸話も多数ある。そんな木の枝から作られた杖は貴重品で、継承は別として、勝手に処分することはどの国でも禁じられている。
親から子へ受け継がれることも多いが、親は使えても、子は使えないという事もざらにある。
杖に気に入られるとそれは温かく手に馴染み、逆に嫌われると痛みとともに弾かれるのだ。
そんな訳でリトの祖父の杖はポーチに入っているが、実は直に触れたことがない。拒否されるのが怖かったからだ。
その事を書くとアルがニヤリと笑ったのが気配で分かった。
「なら試してみよう」
そう言ってリトから目隠しをむしり取った。リトは慌ててメガネをかけた。幸いアルはリトの顔に見覚えがなかったか、気付かなかったようだ。
—今ここで?—
リトが訊く。
「今、ここで」
アルは頷いた。
思った通りここは郊外にある林の一つのようだった。アルは手に手頃な長さの枝を持ってブンブンと振っている。
「嫌われたら慰めてやるよ」
とニヤニヤする。リトはムッとした顔をする反面少し有り難く思った。
顰めっ面を保ったままハンカチで手を覆ってポーチからスルスルと祖父の杖を取り出し、そっと地面に下ろす。
「いい杖じゃん」
アルが地面に腰を下ろしながら感想を言った。リトも腰を下ろして杖を見る。真っ直ぐな柄に続いて先端が緩やかな曲線を描いて捩れている祖父の杖。魔王討伐の報酬のひとつとして祖父はこの杖の全権を得た。
リトはそろそろと杖に手を伸ばして後数センチというところで躊躇った。
祖父は魔王の呪いを自身の魔力と共に封印して、魔法が使えなかった間もこの杖を肌身離さず持ち歩いていた。
大事な形見だ。そんな杖に嫌われたら本当に笑えない。
「ガッと行けガっと!」
アルがいきなりリト手を掴んで杖に押し付けた。
なんてことするんだ!
リトは目で訴えた。辺りがしんとする。手には弾かれた痛みも、温かみも感じない。二人で顔を見合わせた。
「温かくない?」
アルが尋ねる。リトはコクリと頷いた。
「なんだ。保留かー。嫌われたわけじゃないからいいじゃん」
二人は同時に詰めていた息を吐いた。
エラルメルカの木は時に、自分を使わせるかどうか悩んで保留にすることがある。好かれるまで一週間も満たない事もあれば何十年も掛かることもある。
因みにその間に他のエラルメルカの木で作った杖を試したら、案外すんなりと使えることも稀に有るらしいが、大体がどちらの木にも浮気を疑われ、嫌われる結果に終わる。
リトは取り敢えず嫌われなかったことにホッとしつつも残念に思った。
◇◇◇
リトとアルはそのまま林で話し続けた。話題は魔力感知の訓練に移っていた。
「だからさ、空中に魔力感知を広げた状態に慣れてくると、初めは濃淡しか分かんなくて真っ白だけど、次第に色の違いが分かるようになる」
アルが人差し指を立てて見せた。
「色の細分化はそいつの才能に拠るんだ。魔力の高さじゃなくてな。幾ら魔力が高くても認識出来なきゃ意味が無い。
魔力量が高い方が受け取る能力も高いけどそれを無意識下で識別出来るようになるには訓練九割、才能一割ってとこかな。才能によって解像度が変わる。才能ある奴とない奴では例えると目が悪いやつがメガネをかける前とかけた後くらいに見える世界が変わる」
そう言ってリトのメガネを取ろうとした。リトは必死になってメガネを押さえた。
しばしの攻防戦の後、勝利はアルに軍配が上がった。取り返そうとするリトの頭を押さえてメガネをかけた。
「なんだ。度、入ってないじゃん?」
リトはやっとメガネを取り返した。やっぱりアルはリトの顔に見覚え無さそうだった。
―伊達メガネだよ。おじいちゃんの形見なんだ―
と書きメガネをかけ直してホッと息を吐いた。
「ふーん?まあ、続きだけどさ、オレの場合は魔力感知と視覚の統合が済んだら光はかなり収まって普通に景色を見るのとほぼ変わんなくなった。
むしろ目がかなり良くなった感じだ。空中の魔力は淡く光って見える。視界を邪魔することは無い。あとは……意識を向けたら透視ができるな。
自分の魔力巡らしてる範囲が三百六十度拡大鏡使って見るくらいに見える。目を閉じててもな。ここが才能の差が出てくるとこだと思う」
アルの実例はリトにとってありがたかった。目指す指標になる。
「後な、魔力は意志の力で動くから体より先に動く。つまり意思ある生き物相手だと数秒先の未来が重なって見えるようになるんだよ」
リトは勢いよくアルを振り向いた。
「びっくりだよな。分かる分かる。だから魔力感知を常時つけっぱなしにしてると疲れるんだよ」
そういう意味だったのか。
◇◇◇
リトとアルは林の中で木に登ったり、ぶらついたりしながら話をして過ごしあっという間に夕方になった。
「あーこんなに楽しかったの久しぶりだ」
リトもコクコクと頷いてにっこりした。
同じ歳の男の子とこんなに話したり遊んだりしたのはもしかしたら初めてかもしれなかった。
リトがその事を書くと
「まじで?オレもそうかも。周り年上ばっかでさ、ガキの頃からあんまり同い年の奴とは遊ばなかったな」
アルもにこりとした。
ーまた来週会える?ー
「ああ。まだしばらくはこの街にいる予定だから大丈夫だよ」
リトが訊くとアルは頷いた。
場所と時間を決めて二人でゲンコツを合わせると手を振って別れた。
帰り道、リトは本を持って行くより家に招いた方がよかったんじゃないかと気づいた。
お読みくださりありがとうございます!
そうです!新キャラ、アルくんです!
第四章にしてやっとリトに初めての友達ができました!
夜の巣のメンバーはほぼみんな年上で兄姉、父、母、おじ、おば的存在ばかりでしたので……。
面白いな、続きが気になるなと思えばブックマークや評価を。
そしてよろしければ一言でも雄叫びでもなんでもいいので感想をいただけると雪明かり大歓喜いたします。
そして活動報告にも記させていただきましたがわたくしめ雪明かり、X(旧Twitter)にて創作アカウントを作らせていただいております。
主に交流を目的としておりますが自創作のイラストなども上げさせていただいております。よろしければ覗きにきてみてくださいませアカウントはこちら↓
@xyukiakarix




