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第十七話 勇者アサヒ(中)

 「ほっほ。あの竜は随分と知力に欠けるの」



 竜が薙ぎ払った範囲ギリギリ外の家壁の裏。トンガリ帽子を押さえてマーリンがそう言った。その横ではアダムが女性三人に治癒魔法を施す。



「あ、ありがとう」



 長剣を携えた女性が礼を言う。彼女も怪我をしていた。



「いえいえ」



 アダムは女性の肩に手を当てた。女性の頬のかすり傷や肩の切り傷が直様消え失せる。その時マーリンが警告を放った。



「ヤツめアサヒを無視してわしを探し始めおった。」



 アサヒが挑発するにも関わらず竜は周囲の建物を壊して回っていた

 マーリンはドルデンと目を合わせると駆け出し、建物の影を移動した。崩れ落ちる建物を走り抜けた時、竜が叫んだ。



「そこか!!!」



 炎を吹き出す。マーリンが長い杖を振り二人の前から水が吹き出した。ジュワッと水が蒸発する音と共に辺りに水蒸気が立ちこ込めた。

 視界を覆われ竜は二人とアサヒを見失った。


 グルル……と喉を鳴らし竜が辺りを見回したその時、ドンッと音を立ててエネルギー弾が飛んできて竜の頭に激しい衝撃を与えた。竜は銃声のした方へ向き直り、前足で薙ぎ払うも手応えはない。

 霧の中を進みながら竜は声を轟かせた。



「どうした!威勢よく出てきたはいいがコソコソと隠れるしか能がないのか!!虫けら共!!!」



 叫び終わるや否や地上から無数の巨大な氷柱が突き出した。氷柱は竜の弱点である柔らかい腹を掠め、血を散らす。竜は怒りの咆哮を上げて闇雲に薙ぎ払った。

 竜が動きを止めると辺りはしんと静まり返った。



 仕留めたか……?



 視界をチラリと影が過ぎり竜は再び炎を吹き出した。サアッと霧が晴れ、遮るものの無くなった竜の鼻面に氷柱と屋根を駆け上がったアサヒが降り立つ。



「この……!!!」



 竜が振り払う隙も与えずアサヒは二丁の銃を竜の目に突きつけゼロ距離で引鉄を引いた。




◇◇◇


 眼球ごと脳を撃ち抜かれた竜は地響きを立てて瓦礫に沈んだ。アサヒがヒラリと宙返りして着地し、静かにそれを見下ろす。



「やったか!」



 顔を明るくし叫ぶドルデンの巨大な盾からマーリンがひょっこり顔を出した。



「一昔前、人間と盟約を結んどった竜は奥深い知性を持っとったらしいが、魔王と手を結んでからは退化しますます獰猛になりよる」



 マーリンはコツコツ杖をついて竜に近づき首を振った。



「今回はそのバカさ加減に助けられましたね!」



 カイルが弓を下ろしながら声を張った。側でアダムもうんうんと頷いている。プラチナブロンドの女性がアサヒに駆け寄り、その手を取った。



「すごい……!竜の目を撃ち抜くなんて……!!私はルース。あなた方は……?」



 アサヒの手を激しく上下に振りながらルースは五人を見回した。



「アサヒだ。右から順にマーリン、ドルデン、カイル、アダム。魔王討伐パーティーのひとつだ」



 アサヒがガクガクと揺すられながら答えた。四人はギョッとして振り向いた。アダムなんかは顎が外れそうだ。


 アサヒが……必要最低限すら喋らないアサヒが自ら口を開いた!!


 目を丸くする四人には気付かずルースは続ける。



「魔王討伐の……!殆ど壊滅したと聞いていましたがまだ望みは(つい)えていないのですね!」



 今度は五人とも驚いた。出発時十組はあったパーティーのどれもが壊滅。皆手練だったはずだ。先を急がねば。五人は顔を見合わせて頷いた。ここでひとつ問題が浮かび上がった。


 ルース達をどうしよう?

 このまま連れて行く訳にもいかない。


「ご心配には及びません」



 ルースは微笑みを浮かべた。ちょうど他の二人も目を覚まして体を起こした所だった。




◇◇◇


 ルースとルースの妹達が街壁の外で地面にガリガリと円を描く。五人は側で見守っていた。



「何をするつもりなんだ?」



 アサヒがまた口を開いたものなので残り四人はビクッと振り向いた。



「結界魔法陣を描いているのです。私たちの一族は結界術に長けているので」



 ルースはにっこりとアサヒを見つめた。



「アサヒのヤツどうしたんだ…?」



 ドルデンがヒソヒソと囁いた。



「さぁ……」


「気味が悪いですね」



 アダムとカイルも狐に包まれたようだ。するとこの中で一番博識のマーリンが小声で可笑しそうに笑った。



「ほっほっほ。皆してわからんか」


「「「なにが?」」」



 三人が声を揃えて訊ねる。マーリンは訳知り顔で続けた。



「愛じゃよ愛。アサヒはルースに恋をしたのじゃろうて」



 マーリンはニヤリと笑った。三人が仰天する。



「まさかアサヒが…?」


「でも確かにそうじゃなければ説明がつかないですもんね」


「じゃないと気味悪すぎますよね」



 アサヒを見ると確かにその視線は熱を帯びている……気がする。各々納得したところで



「そこ。何をしている」



 とアサヒが訝しげにこちらを振り向いた。四人は何事も無かったかのように姿勢を正した。マーリンは口笛を吹いている。

 アサヒはしばし不審な目でそれを見つめたがルースとの会話に戻った。



 一時間後。ルース達は複雑な紋様と術式で描かれた魔法陣の上に立っていた。



「本当に……本当にありがとうございました!」


「竜に襲われて生きて帰れるなんて……思いもよりませんでした!」



 ルースの妹達が涙を伝わせながら礼を言い一人一人と握手する。最後にルースが懐から紙を一枚取り出した。


 精緻な紋様の魔法陣が描かれている。



「このご恩は一生忘れません」



 ルースはアサヒに紙を渡しその手を再びしっかりと握った。



「この魔法陣は一度きりしか使えませんが、燃やせば例えどこであろうとも駆けつけられます」


「ありがとう」



 アサヒが礼を言い手を重ねた。ルースとアサヒの視線が絡む。名残惜しそうにそっと手を離してアサヒは魔法陣から出た。


 ルースは四人に向き直り



「心より感謝申し上げます。あなた方に幸があらんことを!」



 ともう一度礼を言い、長剣を収めた鞘で魔法陣の術式を完成させた。魔法陣が淡く光り、ルース達の姿と共に掻き消えた。


 一番前にに立って三人を見送ったアサヒの背中が心做しか寂しそうだ。マーリンはアサヒの肩にポンと手を置いた。



「魔王を倒せば今一度会えるだろうな」



 アサヒが訝しげに振り返る。



「なんだ気づいとらんのか。お主の一目惚れじゃろう?」



 アサヒは目を丸くして残りの三人を振り返った。



「一目惚れだな」


「一目惚れだねぇ」


「一目惚れですね」



 うんうんと頷きながら三人が答える。アサヒは耳を真っ赤にした。




◇◇◇


 ルース達と別れた一行は地図を確認しながら進んだ。現在の街や山などは荒れ果てているが地形は辿れる。五人は険しい山、枯れた谷、時には危険を犯して旧街道を通った。


 そして二ヶ月後ついに魔都オルクスへ着いた。


 かつて魔法で栄えていたオルクスは見る影もなく、魔物で溢れかえっていた。雪が降りしきる中。五人は大通りを駆け抜けていた。



「マーリン。隠蔽の術はあとどれくらい持つ?」



 ドルデンが小声で尋ねる。



「あと三十分じゃ」


「城に着くには充分ですね」



 マーリンの光の屈折を利用した隠蔽術は数時間もすれば解ける。いちいち魔物とエンカウントしていては敵わないためここ一番のとっておきの魔法だ。


 一行は巨大な城に迫っていた。オルクス城だ。開け放たれている門をくぐり抜け扉に到達する。



「いいか。扉を開ければ最早隠れる意味は無い。解くぞ」



 とマーリン。四人がコクリと頷き術が解けるや否やギィッと大きく軋んだ音を立てて扉が開いた。五人は息を殺して見守った。

 入口から数メートル先は闇に溶けて見えない。



「へっ、ようこそってですか」



 カイルが口を歪める。アサヒはひとつ頷き足を踏み入れた。


 アサヒを先頭に一行は薄闇の中を進んだ。中は気味が悪い程静まりかえっており、魔物の気配は無い。甲冑が並ぶ廊下を渡り玉座の間へ。扉の前へ着くとアサヒは皆に目配せした。皆、心の準備はとうにできている。


 ドアを蹴って開け、魔銃を構えて素早く中へ飛び込んだアサヒと一行が目にしたのは、ぽつりと照らされた空の玉座だった。



「魔王はどこに…?」



 ドルデンの影からアダムがそっと呟いた。玉座の前には椅子が五つ横に並んでいる。ゆっくりと慎重に一行は玉座に近づいた。ふとアサヒが皆に足元を見るように促した。


 玉座の足元から床一面に。

 部屋の四隅に向かって渦高く山を作っているのは人の骸骨だ。中には小さな子供のものもある。



「なんてこった……」



 ドルデンが呆然と呟いた。アダムが素早く胸で十字を切る。



「どこまでも人を冒涜しよる」



 マーリンが痛ましい顔をして呟く。ドルデンも胸に手を当てた。四人は押し黙るアサヒをそっと見た。アサヒの青い瞳は怒りに燃えていた。


 五人が玉座を横切り階段へ向かおうとすると、辺りの骨がカタカタと音を立て始めた。一行は素早く互いを背に円陣を組み、各々武器を構えた。


 一瞬の静寂の後、突然椅子の足元から何かが飛び出した。アサヒがハッと息を飲み飛び退ろうとするもそれは生き物のように素早く五人に絡みつき一人ずつ椅子へと引き寄せ縛り付けた。


 カツカツと足音が聞こえ、階上に人影が現れた。



「ようこそ。待ちくたびれたぞ」



 淡い水色の髪に金色の目。魔王その人だった。




◇◇◇


 もがく一行を尻目に魔王は悠々と玉座に着いた。



「よく来た冒険者よ。いや、勇者と称えてやろう」



 魔王がパンパンと乾いた拍手をする。

 若い……アサヒとあまり歳が変わらないように見える。

 魔王が現れたのは二十年前だ。その時から時を留めているかのようだった。



「よく来たって態度じゃないですねこの若作りやろ……!!」



 カイルが罵ったが最後まで言い切る前にバシッと口を覆われた。五人に絡みつく黒い影は生きているかのようにくねる鎖だった。魔王は何事も無かったように続ける。



「自力でここに辿り着いただけでも大したものだ。退屈すぎて俺自ら迎えに行ってやった事もあるが誰も彼も一息で紙のように吹き飛ぶ」



 五人は他のパーティーが壊滅した訳を知った。魔物の群れと瘴気の中を進み、憔悴しきったところで魔王に出くわす。敵うわけが無い。



「卑怯者め……」



 ドルデンが憎しみを込めて呟くと、魔王は一笑に伏した。



「ヤツらが実力不足なだけだ。竜くらい余裕で倒して貰わねばな。その点お前達は評価に値する」


 見ていたのか。


「時に楽しみは取っておくものだ……。

 それで?他に聞きたいことはないか?今は気分が良い……なんでも答えてやるぞ」



 ゆったりと手を組みながら魔王は五人を見回す。



「それじゃあ訊くがお主は何故、世界征服なんぞ始めた?」



 マーリンが訊ねる。策はないが少しでも時間を稼ぐ腹だ。

魔王はそうだなと呟き顎をさすった。



「俺は世界最高の魔力を持って生まれた。

ここ、オルクスでだ。貧困層の両親に俺は売られた。だが一向に困ったことは無い。俺を買ったのは貴族で養子として俺を迎えたがっていたからだ。丁重に扱われた。

 毎日が退屈だった…二十歳になるまでは」



 魔王の目が嬉しそうに歪んだ。



「俺が二十の時、俺を買った貴族が死んだ。目の前でだ。毒を盛られて内臓が溶け、そこらじゅうに泡を吐き散らしながら。」



 ククッと喉から嗤いが漏れた。



「生まれて初めて心が動いた。俺は屋敷の者を全て殺した。生きたまま骨を砕き、内臓を潰し、皮を剥いだ。」



 魔王は続ける。



「こんなものでは足りない。俺は満たされなかった。まだ見たい。

 俺は国中の者を殺戮した。親の前で子を、兵士の前で恋人を嬲り殺した。

 だがまだ足りない。

 もっと恐怖に満ちた叫び声を、もっと絶望に歪む顔を、もっと苦痛に満ちた血を……!!」



 魔王は恍惚したように顔を仰け反らせて言葉を切った。



「人がもがき苦しみ、壊れる様を見るのは楽しい……。

 俺が望むのはそれだけだ」



 そう言って魔王は口が裂けるように嗤った。


 その時大砲のような音が轟き、魔王の髪を弾が掠めた。魔王が僅かに驚いた顔をする。



「もういい。それ以上喋るな。空気の無駄だ」



 アサヒが静かに口を開いた。締め付けられ、狙いもろくに定まらない腕で魔王に銃口を向ける。



「俺が望むのはお前の死だ……!!」



 その顔には憤怒の色が滾っていた。




◇◇◇


「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」


 魔王が壊れたように高笑いを上げる。



「俺の死を望む、か。俺の術に巻き取られたままよく言えたものだ」



 とアサヒを嘲った。



「いいだろうニンゲン。足掻いて見せろ。その前にルール説明だ」



 魔王はパチンと指を鳴らした。


 何も起こらない。


 と思われた次の瞬間どっと魔力を消耗する感覚に襲われた。



「人が一番苦しむ死に方が何か分かるか?」



 魔王が五人に歩み寄る。



「一に、魔力の枯渇だ」



 アサヒの耳元で囁いた。



「魔力を全て失った人間はその形を維持出来なくなる。生きながらにして激痛と共に体の崩壊を味わう恐怖はこれ以上ない苦しみを与える」



 体を起こして魔王は続ける。



「二に、()()だ」



 顔をツルリと撫でた。五人は「あっ」と息を呑んだ。

 手の下から現れた顔はルースのものだった。ルースの顔で、声で、魔王は薄笑いを浮かべた。



「愛する者の顔の手にかかって殺される。人の精神を追いやるにはこれが一番だ」



 アサヒが再び発砲した。魔王は事も無げに弾を避けると再び指を鳴らした。

 骸骨を貫いてもう一本鎖が現れアサヒの腕を巻き取りグイッと引いて下ろす。



「まぁ焦るな。俺の鎖は魔力を吸うと共に触れた者の記憶を覗ける……今からお前達を解放してやろう。

 かかって来い。俺を楽しませてくれ」



 そう言うや否や五人の束縛が緩んだと同時に、辺りの骸骨を貫いて幾本もの黒い鎖が現れた。

 鎖が体を掠める度に魔力がガクッと減る。そしてその数をねずみ算的に増やしていた。


 五人は受けに回らざるを得なかった。



「どうする!この鎖を何とかしなきゃ近づくことすら出来ねぇ!!」



 鎖を盾で受け止めながらドルデンが叫ぶ。



「ヤツめ。完全に遊んでおる。わしらはまるで猫にいたぶられるネズミじゃ」



 マーリンも次々と氷の盾を生み出しながら応じるが盾は鎖が触れると同時に吸い取られるようにして消えていき、意味を為さない。

 カイルは次々と矢をつがえ放ったが魔力を吸い取られそれは脆弱で、簡単に鎖にへし折られる。

 そうして埒が開かなくなり弓を投げ捨て腰から長剣を抜き放ち、鎖を打ち壊しながら魔王への罵詈雑言を吐き散らした。

 アダムは四人の回復に尽力していた。周囲の魔力も根こそぎ鎖に吸われるこの空間ではアダムだけが頼みの綱だ。


 一行は撤退することすら許されず徐々に消耗していった。


 マーリンが杖で鎖をぶん殴りながら再び氷の盾を展開したが今度は吸い取られない。



「魔力を一旦物理エネルギーへと変換したんじゃ。じゃが前を向け!!うかうかしてると死ぬぞ!!」



 驚いて振り向いたアダムに鋭く警告する。



「アダム、わしらの回復を捨ててアサヒに集中しろ。 アサヒ、わしらが鎖を切り開く。お主は魔王にのみ向かえ」



 アダムがアサヒの肩に手を置き、他二人が頷いた。



「イチ、ニノ、サン!」



 マーリンの掛け声でマーリン、ドルデン、カイルの三人は自身の防御を捨てて前方一点に攻撃を集中させた。


 鎖が弾け、開ける。アサヒはその空間に身を躍らせた。アサヒが魔王に向かう後ろで、四人が鎖に呑み込まれる。


 魔王はルースの顔で口の端を吊り上げ、腰から剣を抜き放った。

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