第十六話 勇者アサヒ(上)
とある夜。
リトは自室の本を漁っていた。ルナの呪いの解呪のヒントとなりうる物を探しているのだ。
次々と流し読みしていく中で一冊の本に手を止めた。
祖父の仲間の書いた書籍……これはその原本のひとつだ。ふと懐かしくなってページをめくった。
————七十年前。突如として魔王は現れた。
淡い水色の髪の魔王は竜、オーガや沢山の魔物を引き連れて村や街、果ては大国を侵略した。
魔王は暴虐の限りを尽くし、人々を蹂躙した。魔王軍に飲み込まれた土地は山や川が枯れ、荒廃して魔力の高い者でなければ生きることも出来ない瘴気に包まれた。
国々はやがて同盟を結び、魔王対抗軍を作った。
しかしそれは魔王の特性により敗れることとなった。
魔王は敵の数が多くなれば多くなるほど強大な力を振るった。同盟軍は甚大な被害を被り、世界は滅亡寸前となる。
生き延びた僅かな国々はやがてひとつの答えに辿り着いた。最小人数での精鋭パーティーの結成。それが人類に残された道だった。
各国の王と教会、そして冒険者組合の連合が選り抜いた者達が幾度となく送り出された。
凡そ十八年経っても未だ魔都に辿り着く者はおらず魔王の勢力は更に国を飲み込んで、残されているのは大国ウィクスと幾つかの小国、聖都サンクメリだけになった。
最後の希望を込めて送り出された討伐隊はわずか十。
その中のひとつに変人の集まりと称されるパーティーがあった。
無口すぎて何を考えているかさっぱり分からない当時の冒険者最年少の『アサヒ』
机上の空論を並べ立てながら他人を追い回す奇人『マーリン』
癒しのエキスパートだが引きこもりの『アダム』
髪も髭もひとつも生えていないドワーフ『ドルデン』
口の悪い銀髪褐色肌のエルフ『カイル』
皆それぞれ持つ能力、魔力共に高いのに溢れ者の余り者で連合に纏められて渋々旅に出たのだった————
リトはパラパラとページを進めた。
◇◇◇
————出発から一年と九ヶ月。あと少しという所で旅は難航していた。
魔都オルクスまでの辿れる道がないのだ。幾度となく渡ろうと試みたが絶えず魔物の襲撃に合い、川も山も枯れ果て、当然動物などもおらず物資の現地調達も出来ないからだ。瘴気に包まれた土地を渡るには大量の物資が必要だった。
「やったぞ!ついに!!ついにだ!!」
マーリンがガバリと立ち上がった。手にはドルデンが作ってやった金属の水筒が握られている。
皆はまたかと言う目で見た。
「ええい!またか、と思うでない!!」
マーリンが地団駄を踏む。
「それで?何を思いついたんです?」
カイルが問う。
「思いついたんでは無い!完成したのだ!!」
マーリンは胸を張った。皆の興味が少しそそられた。マーリンはいそいそと川へ行き水筒を浸してすぐ戻ってきた。
「この水筒をよーく見とれ」
と水筒の口を開けひっくり返す。ドバドバと水が地面に落ちた。皆は訳が分からない。
「それのどこが……?」
と言いかけたカイルが気づいた。水はまだ出ている。明らかに水筒の内容量は超えているのに。
「気づいたか」
マーリンがメガネの上からニヤリとした。杖でコツコツと地面を叩く。
「この水筒に二つの魔法をかけた。一に、そうだな……拡張収納術とでも言おうか」
四人は顔を見合わせた。そんな術聞いたことも無い。ニマニマとしながらマーリンは続けた。
「これは水筒の重さそのままに中を拡張したものだ。水がいくらでも入る」
アダムが顔を輝かせた。
「すごい!世紀の大発明じゃないですか!!」
マーリンは得意げになって更に続けた。
「それだけではないぞ。この術は他のものにも掛けられる。例えば」
とアサヒのくたびれた背嚢を拾い上げる。アサヒは無言でチラと見ただけだった。
マーリンは気にせず背嚢をひっくり返して中身を出し、杖で叩いて続けた。
「この背嚢やお主らのポーチにも、だ」
とアサヒの背嚢を地面に下ろしてそこらじゅうの鍋や毛布やらランプもそのまま放り込み、テントも畳んで入れて、しまいには河原にゴロゴロと転がる大きな石をしこたま詰め込み始めた。
流石のアサヒも今度はちょっと非難がましい顔でそれを見た。
二年近くも一緒にいればいくら無表情でも、ちょっとはアサヒの感情が分かる。
マーリンがやっと立ち上がり、四人はバッグに注目した。
あんなに詰め込んだのに先程とひとつも変わっていない。
アサヒが無言で背嚢に手を伸ばす。マーリンはヒョイと背嚢を持ち上げアサヒに渡した。アサヒは僅かに驚いた顔をしてカイルに渡した。バッグは皆の手を回りアサヒの足元に返された。
「本当に軽い……なんでも入るじゃないですか」
カイルは驚きを隠せない声で言う。
「ある程度の大きさが無いと拡張出来んがの」
とマーリンは締めくくった。
「でもこれなら…!食料にも水にも困らない!!瘴気を渡れるぞ!!」
ドルデンが顔を明るくする。皆が頷いた。
「もうひとつの魔法はなんですか?」
とアダムがワクワクとした顔で尋ねる。
「聞いて驚け……」
皆がゴクリと唾を飲む。どんなすごい魔法なのだろう。
「水を冷たくできるのだ!!」
確かに水は冷たい方が美味い……が……
「それだけ?」
アダムはガッカリしたように言う。
「何を!!すごい発明だろうが!!」
とマーリンがまた地団駄を踏んだ。
こうして五人は街へ戻って物資の調達を急ぎ、瘴気の土地へと足を踏み入れたのだった。
◇◇◇
五人はひとつの街に辿り着いた。薄靄のような瘴気の中、この一ヶ月ひっきりなしに現れる魔物との戦いに誰もが憔悴していた。
壊された街壁を乗り越え街へと足を踏み入れた。
アサヒ、ドルデン、アダム、マーリン、カイルの順に周囲を確かめつつゆっくりと進む。
焼き払われ、めちゃくちゃに打ち壊された家々に人の姿はない。
アサヒが足を止め、魔銃を携えた手で前方を示す。比較的形を留めた集合住宅だ。屋根と二階が残っていた。
「ありがたい。今日はあそこで休みますか。」
とカイル。皆は頷き魔物に注意を払いながら建物に入った。
安全を確保して皆が床に腰掛ける。マーリンが魔法をかけた水筒やバッグから各々水と食料を摂った。念の為火は起こさない。日が落ち、辺りは暗くなっていた。
「交代で番をしようぜ。最初は俺とアサヒだ」
ドルデンが言うとアサヒもこくりと頷き窓際に寄った。
◇◇◇
夜中、アサヒは皆を揺り起こした。皆は窓の外をそっと覗いた。壊れた街をのっそりと歩く巨大な影。
全身を覆うウロコ、筋肉隆々の脚、皮膜の張られた巨大な翼は畳まれている。
竜だ……。
魔王の引き連れた軍勢の中で最も恐れられる存在。何故ここにほかの魔物が居ないのか謎が解けた。
ここは竜の巣だったのだ。
アサヒが口を開いた。
「人を連れている」
皆がアサヒを振り向いた。アサヒは目がいい。アサヒの次に目の良いカイルが手をかざして同じ方向を見る。
「本当ですね…若い女性が二……三人。攫われてきたのでしょうか」
五人は顔を見合わせて頷いた。
◇◇◇
五人が壊された建物の影を伝い、近づくと竜の低く轟くような声が聞こえてきた。
「ちっぽけな人間よ……儂がなぜお前らを連れて来たか分かるか。」
「分かるものですか!あなた達竜は古より人間と盟約を結んできたはず!なのに何故今魔王に着いたのですか!!」
若いプラチナブロンドの女性が声を張り上げて問う。後ろの二人は怪我をしているのか、倒れて動かない。
「退屈だったのだ。力を持て余すだけの刺激の無い毎日。繰り返される人間共の日々の営みなどどうでも良い。それより思うがまま喰らい薙ぎ払う今の方がずっと魅力的だ」
竜はゴロゴロと岩を転がすような声で笑い、続けた。
「儂は高い魔力を持つうら若き乙女の肉の味を覚えてしまった。それも苦しみ抜いた据えに喰う女の肉は極上の味を出す」
と目を歪めた。
「くっ!この、浅ましいケダモノめ!私たちをタダで食えると思うな!!」
果敢な女性が長剣を抜き放ち後ろの二人を庇うように立ち塞がった。竜は大きな口を開けて笑った。
「良い……良いぞ乙女よ……!無駄な抵抗をしてみろ……!!」
と竜が襲いかかろうとしたその時。
アサヒが女性の前に飛び出した。銃口が火を吹き竜の目を撃ち抜く。
「ぐぉおぁぁあああああ!!!!」
竜の苦悶する声が響き渡った。竜は目を押さえその長いしっぽや巨大な足で周囲をめちゃくちゃに打ち据える。
ドルデンとカイルが女性三人を抱え退避させる。アサヒは竜の荒々しく大雑把な攻撃を最小限の動きで回避し、再び銃を構えた。
アサヒの動きは天性のものだ。相手の動きを鋭い目で捉え、僅かな無駄も無く体を動かせる。
竜は残った目でアサヒを睨んだ。
「忌々しい小虫が……!!!よくも儂の目を……!!!」
と大きく口を開け魔力を溜める。大さな火球が隕石のように地面に降り注いだ。
アサヒはそれを右に左に躱しバク転して飛び退る。炎はアサヒの銃では消せない。着弾点が徐々にアサヒに近づき捉えたかに見えたその時、無数の仄青い盾が現れ火球を相殺して消えた。
「なんだ……?」
魔銃を使う者は魔法が下手くそなのが常だ。
別に魔法使いがいるのか。
竜は周囲を尻尾で根こそぎ薙ぎ払った。




