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第十五話 恋と呼ぶにはまだ遠い

 「まぁ!リト!!」



 ヨルが嬉しそうに駆け寄ってくる。


 リトも嬉しい。が、こんなとこ見られたら大変だ。


 リトは片手で腰のポーチにリボンを突っ込んだ。



「落し物、見つかりました?よろしければご一緒にお探ししましょうか?」



 しゃがもうとするヨルをリトは慌てて止めた。



「もう見つかったから大丈夫!ありがとう!!」


 少々不自然な物言いになったが仕方ない。

 そこらじゅうに散らばる長い髪を見つけられたらどう説明していいか分からない。


 それにしてもどうして彼女がここに?



 リトの疑問に答えるようにヨルは



「私はあちらの方に住んでいるのですよ」



 と方角を示した。



「リトの方こそどうしてこちらに?」


「あ……うん。祖母の家がこっちで……。姉に連れられて祭りに来たんだ」



 至近距離でヨルに見つめられたリトはしどろもどろになりつつ、咄嗟に話をでっち上げた。苦しい説明だ。



「まぁ!わざわざ隣街まで……余程勇者様がお好きなのですね」



 くすりとヨルが笑った。



「そうそう勇者……」



 ハハハと笑いつつ理由を探す。



 勇者?



 リトはこの祭りの謂れを聞いていなかったことを心底後悔した。



「勇者様の生誕祭。

 すっかり規模は縮小されてしまいましたが、毎年賑やかなものです。楽しまれましたか?」



 生誕祭だったのか。驚きが顔に出ないよう抑えつつ納得した。



「楽しかったよ。あ、そうだ」



 とリトはポーチを漁る。取り出したのは先程オマケで貰った飴細工だ。

 透明感のある紺色の夜空に金色の星を散らした飴細工を差し出されヨルは目をキラキラとさせた。



「綺麗……」



 そっと受け取りヨルは顔をほころばせた。



「どうしてこれを私に?」


「なんだかヨルみたいで綺麗だなって……」



 言っててリトはなんだか恥ずかしくなった。ヨルも少し顔を赤らめている。



 雪のように白い肌。綺麗な夜色の髪。卵型の輪郭にパッチリとした大きな金色の目。スっと通った鼻と小さな口。


 白状しよう。ヨルは可愛い。






 カティとエドワードが探しているかもしれない。名残惜しみながらヨルに手を振り大通りに戻る。


 しかし振り返るとヨルは大通りに出てすぐ人波に揉まれ、あっちに流され、こっちに流され、終いにはまた元の路地へと吐き出されてしまった。


 リトは迷った末、路地に戻ってヨルに手を差し伸べた。



 後で二人に謝ろう……。



 ヨルが礼を言いつつリトの手を握る。前の時よりずっと小さいがピリッと痛みが走った。ヨルも同じ痛みを感じたのかリトより華奢な手がぴくりと動いた。


 何事も無かったようにヨルの手を取り、リトは人混みをするすると歩き出した。先程ヨルが示した方角を目指して進む。ヨルはリトの身のこなしに驚いたように目を丸くしつつ着いてきた。


 大通りから広場を抜けたあたりで屋台の数が減り、ようやく人出が少なくなった。



「この辺りで大丈夫?」



 リトが訊くとヨルは大きく頷いた。



「はい。もうすぐそこですから。

 リト。何から何まで本当にありがとうございます。」



 と礼を述べてぺこりと頭を下げる。すぐそこだからお礼にお茶を、と言うヨルにリトは丁重に断りを入れた。



 階段を上がったすぐのところに衛兵の立つ大きな教会が見える。ここは危険だ。



 リトに手を振りヨルは階段を登っていく。



 まさか……



 と思ったリトの目の前でヨルは教会にくっつくようにして建っている建物の扉を叩いた。


 ヨルがもう一度振り返った時、リトの姿は跡形もなく消えていた。






 ヨルが扉を叩くや否やリトは人混みに飛び込んでいた。



 まずいことになった……。



 人波を縫うように走りながらフードを目深に被る。

 あの建物はどう見ても教会に関係があるだろう。ということは当然ヨルも教会関係者だ。



「この迂闊者!迂闊者!!迂闊者!!!」と頭の中の祖父が杖でポコポコと叩いてくる。



 本当に迂闊だ。

 教会のすぐ近くの人物に自ら名前を明かし、変装の姿を晒した。



 リトは浮かれていた自分を殴りたくなった。

 背の高い女性姿のカティはすぐに見つかった。



「アカツキに会わなきゃ!」



 リトは二人に訴える。カティとエドワードは顔を見合わせて同時に訊く。



「「どうしたんだ?」」



 リトが訳を話そうとすると人に押された。昼も近くなり人出はますます多くなっていた。



「帰るか。緊急事態だろ」



 カティがただ事じゃない顔のリトを見てそう言った。三人は足早に大通りを抜けてソフィの部屋まで戻った。



「お祭りは楽しかったかい?」



 とニコニコするソフィに挨拶もそぞろにタンスを通って食堂へ。そして一番右の鏡を通ってつなぎの間へ出た。


 カティは以前アカツキに緊急時以外開けるなと言われた真ん中のオレンジの扉を開けリトを促す。扉は古い階段に繋がっていた。


 階段は足を乗せるとギシリと音をたてた。リトが登ると二人も心配そうに着いてくる。

 突き当たりまで登ると階段と同じくらい古そうなドアがあった。



「ノックして開けろよ」



 と後ろでカティが囁く。リトが頷いてノックすると



「入れ」



 ドアの中からアカツキの声がした。


 中に踏み入ったリトは呆気に取られた。部屋の中は物で溢れかえっていた。


 鉱石、ランプ、カンテラ、時計、顕微鏡。球体の地図、絵画、光る液体の入った瓶の数々、天井からは何か惑星のような模型が下がっている。そして本。どこもかしこも本の山で壁一面の棚も全て本で埋まっていた。


 真ん中の机で書類と本に囲まれていたアカツキが顔を上げる。



「何があった」



 リトはヨルの事を話した。最初から最後まで。そして迂闊な行動を取ったことを詫びて大きく頭を下げた。


 顎の下で指を組んで聞いていたアカツキが口を開く。



「本名を明かした事は確かに迂闊だが、それほど慌てることでもない」



 後ろでカティとエドワードも安心したようにため息をついていた。



 どうして…?



「いいから頭を上げろ」



 とアカツキ。リトは恐る恐る頭を上げた。



「教会の秘密を知るものは少ない。少なくとも司教以上の、爵位相当の力を持つ人間達だ。司祭や教徒達は上の教えに従っているに過ぎない」



 リトはラットルでアカツキが教徒達を伸しただけだったことを思い出した。



「教会が行っているのは後暗いことだけではない。

 事情を知ってる俺たちからすれば笑い草だが、教育、医療、貧困者支援。その活動は多岐にわたる。

 その中に孤児院の運営もある。ヨル……と言ったか。話を聞いた限りでは彼女も孤児院の出だろう。

 王都の教会は孤児院を併設している」



 あの建物は孤児院だったのか。



「教会は孤児や貧困者も保護するように見せかけて実験や魔力抽出に使い捨てている。」



 アカツキの言葉にリトはギョッとした。



 奴隷商から買うだけに飽き足らず立場の弱い人間に漬け込んでそんなことをしているなんて……。



「だが保護した者全員を裏に回していたら当然怪しまれる。一定数を残しているだろう。

 魔力の高い者は教会の裏事情に精通している可能性があるが、ヨルは極端に魔力が少ない。何も知らずに育てられた一般人だろう。教会関係者にはその類が山ほどいる」



 リトは納得した。

 だがそうだな……とアカツキが再び続ける。



「教会関係者で俺たちに通じている者は少ない。ヨルの素性を探ってこちらに着いて貰えれば大きな力になる」


 つまり……?


「カノジョと仲良くしろってことだよ!」



 とカティが頭を小突いてきた。

 リトがヨルへ抱いていた仄かな好意はみんなにダダ漏れだったようだ。リトは真っ赤になった。


 穴があったら入りたかった。

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