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第十四話 再会

 リトの特訓はより実践的なものになっていた。

 この数日リトは銃のいろはをアカツキに教えてもらった。



「親指と人差し指の関節の一番深いところでグリップを握れ。銃身と腕のラインが一直線になるのが理想だ」



 だがリトの手はまだ小さくてこのままではトリガーに指が届かない。アカツキはスッと手を伸ばしリトの指の位置を正した。



「届かない場合はこうズラす。銃を支える指全てに隙間が出来ないようにしろ。できるだけ上を持て。安定する」



 そうこうして五百メートル先の的のど真ん中に当てられるようになったリトは次に近接での扱いの指導を受ける。



「この銃は人を殴ろうが剣を受け止めようがびくともしない」



 アカツキは銃の一丁を手に説明する。確かに。ユガルドの木に与える魔力は最高のものだし他の部分も頑強無敵なアダンマイト合金だ。



「通常の魔銃と違い、近接戦闘にも向くように作られているということだ」



 アカツキはグリップで殴ったり銃身で何かを受け止めるような仕草をする。



「今から俺は短剣を持ってお前に向かう」



 銃をリトに返しながらアカツキが短剣を取り出す。



「普段の組手と変わらん。反撃しろ」



 と言うなり襲いかかってきた。


 リトは慌ててアカツキの繰り出す短剣を銃で受け止めた。鈍い金属音と共に弾かれた短剣はひらりと返って変則的にリトを襲う。

 肩、目、腹、脚を狙って突き出される短剣をリトは銃で受け止め、躱し後退しようとする。


 と、足を払われて草地に転んだ。首筋にピタリと短剣が当てられる。



「武器を持ったからといってそれだけに気を取られるな。もっと体を使え」



 立ち上がりながらアカツキはそう言った。

 リトは体を起こしブルブルと頭を振る。武器を気にするあまり普段の動きをまるで忘れてしまっていた。



「もう一度お願いします!」



 リトは立ち上がり、頬を張った。






 アカツキの見込み通り、魔銃はリトに合っていた。リトは視力は鋭く的を外さなかったし、今までアカツキに教えられた体術にも組み入れ安かった。そして何より頑丈だ。

 切れ味の鋭い長剣を受け止めようが何しようが傷一つつかなかった。


 今日も短剣を持った相手と対峙した想定の訓練だ。


 互いに相手の軌道を先読みし、死角に回り込んで間合いを奪い合う。

 アカツキがリトの額に向けて一撃を放つ。

 リトはバク転で躱し右手の銃でアカツキの脚に向けて撃った。

 横に踏み込み躱したアカツキは間合いを詰める。

 リトが両手で撃ち牽制すると、アカツキはするりと木の影に隠れやり過ごした。

 木の林立する中。葉を踏む微かな音を聞き分ける。

 リトの後ろの木からアカツキが現れた。


 リトは前に転がりながら撃つ。


 狙いの荒いリトの弾を僅かなステップで躱したアカツキは大きく踏み込みリトを切りつけた。

 流れるような動作で身を起こしたリトは右手の銃で受け止め左をサッとアカツキの額に照準を合わせる。

 しかしアカツキはリトの手首の関節を捻り銃を奪い取った。アカツキがそのまま撃つ。

 リトはそれを地面にペタリと着いて躱した。

 いつぞやもやった戦法だ。

 そのまま反動をつけて飛び上がり、アカツキの背後に着地して銃口を突きつけた。



「よくやった」



 アカツキが口を開き向き直る。リトは銃を下ろした。



「リト。お前は驚くべきスピードで成長している。お前の体術はもう十分実践で通用するだろう」



 ポンとリトの頭に手を置き撫でる。リトはにっこりした。






 部屋に戻るとカティが待っていた。エドワードも一緒だ。



「祭りに行こうぜ!」



 とカティが誘ってきた。ルナは今日一日オルガに捕まえられて調整だ。



「王都でちょっとした祭りがあるんだ。冒険者達も沢山集まる。紛れ込むにはもってこいだ。お前も少しくらい王都に慣れといた方がいいぜ」



 横でエドワードがうんうんと頷く。

 王都と聞いてリトは少し不安になった。王都ともなれば人ももちろん多い。人が多くなれば顔の割れているリトがバレてしまう可能性も高くなる。


 しかもカティの簡易結界術は人の多いところでは使えない。カティが線をひく様々な色のチョークのようなもの。


 これもカティの発明した高度な魔法道具だ。


 石灰と水を魔力でなんやかんやして練り上げた物体の内側に、結界張るための術式や魔法陣なんかが微細に組み込んである。通常結界を張るのに必要な大掛かりな文字式やプロセスを大幅に削減できる代物らしい。


 要するにその燐光で線を引いただけでその場所に結界を生み出すことができるのだそうだ。色で効果を分けている。


 しかしこのお手軽結界には弱点があり、それは一定の力が加われば一度限りで破れてしまう。脆いのだ。


 そのため人が多くて押し合い圧し合い(へしあい)するような場所では使えない。

 いざという時に姿を隠せなければ危ないのではないか、という懸念をリトが口にするとカティは



「だーいじょうぶ大丈夫。ちゃんと安全対策はするさ」



 と祭りに行くと言って聞かなかった。


 仕方なくリトは部屋で髪を茶色く染めた。


 高位魔力者の髪は染まりにくい。

 総じて皆髪質がいいからだ。リトなんかは染めても二、三日で落ちてしまうのだ。


 祖父お手製染め粉は普通のものより落ちにくいけど、五日も経てば薄くなってしまうので染め直さなければならない。


 祖父のメガネで薄紫色の瞳を隠し、フードを被って食堂に戻ると、エドワードと共に、見知らぬかなり明るい金髪の女性がいた。背が高い。



 地方に出ていた人だろうか?


「初めまして。僕、リトと申します」



 すると女性とエドワードがブハッと吹き出し笑い始めた。



「おーおーリト初めまして。俺はカティ子だ」



 と女性がカティの口調で自己紹介した。混乱するリトを見て二人はますます笑った。



「これはなオルガの最新薬だ。三時間程性別を偽れる」



 エドワードがヒーヒー言いながら説明してくれた。



 なるほど女性と見えるのはカティが変身した姿だったのか。ようやく納得がいった。



「俺は顔が割れてねぇとはいえチラッと表に出たからな。念には念を、だ」



 カティも爆笑しながら答える。



「どうだ。どこから見ても美女にしか見えねぇだろ」



 としなを作ってくるりと回って見せた。エドワードは床に突っ伏して体を震わせている。


 もう一度上から下までカティを見る。身長、髪と目の色をそのままに一変していた。


 髪は背中の中ほどまで伸び、細い腰、華奢な肩、大きな瞳と長いまつ毛、そして胸元の膨らみ。どこからどう見てもちゃんと女性だ。


 オルガの薬作りは医療うんぬんよりも趣味に走る傾向がある。


 ふと嫌な予感がした。



 カティ子がニヤリとして腰のポーチからガラス瓶を取り出す。中には灰緑色のどろりとした液体が入ってる。



「お前も飲んどけ」



 ほらやっぱり。



 リトは首を振りジリジリと後ろに下がった。と、何かにぶつかった。エドワードがいつの間にか背後に立っていてにっこりして言う。



「リト。安全対策は大事だぞ」



 二人でリト壁際まで追い詰め、エドワードが羽交い締めにした。



「いっ嫌だ!!」



 そんな色のドロドロしたものなんて飲みたくない。それに女の子になるなんて自分のアイデンティティが崩れそうだ。


 逃れようとして、自分が本気を出したらカティやエドワードにケガをさせてしまうかもしれない。と頭に過ぎり動きが止まった。



「まーまーまー。ものは試しだ」



 その隙にカティがリトの口に瓶を突っ込んだ。






「おえーーっ!」


 数分後リトは手洗い場でまだえずいていた。灰緑色の液体は思った通り酷い味で、苦味と臭みのオンパレードだった。



「くっ…ぷぷ…。リト大丈夫か」


「まぁひでぇ味だよなわかるわかる」



 飲ませた張本人達が白々しく訊いてくる。


 リトは怒りを目に溜めて振り返った。二人はとうとう堪えきれずゲラゲラと大声で笑いだした。


 結論として、リトはカティ程変わらなかった。


 元々小柄な体が一回り小さく更に華奢に。そして毛先だけ茶色いままで、真っ白な髪がルナのように腰まで伸びていた。



「なんだ似合うじゃないかリト」


「うんうん可愛い可愛い。美少女リトちゃん」



 と二人は床にひっくり返って息も絶え絶えに笑った。



 説得力がないし、そういう話でもない。



 その後二人に抑え込まれてリボンで髪をふたつにまとめられ、ますますルナっぽくなったリトはやっと街に出た。

 三人がかりで伸びた髪を染めたので染め粉は綺麗になくなってしまった。


 右から二番目の鏡を通って出た広くて上品な部屋には驚いたことに老婆がいた。



「おや、いらっしゃい」



 老婆はいきなりタンスを通って三人もの人間が現れたことにもひとつも動じず、朗らかに挨拶をしてくる。



「ソフィだ。ここに住んでて俺たちの連絡役も務めてくれてる」



 エドワードの説明にリトが老婆に挨拶すると



「これまた可愛い嬢ちゃんが入ったんだねぇ」



 ソフィがニコニコと飴を渡してくれた。



 初対面がこんな姿だなんて……。



 カティとエドワードが後ろで爆笑している。リトは顔を引き攣らせながらも礼を言い、二人をメガネの上からキッと睨んで部屋を出た。


 ここは街壁に近い集合住宅の2階でソフィの他に住み込みのお手伝いさんが一人いるそうだ。 その人も夜の巣に通じているらしい。


 入り組んだ路地を抜け、大通りに出ると人で賑わっていた。

 カラフルなべっこうあめや果物を串に刺してキンキンに凍らせたもの、珍しいジュースや肉饅頭、小さな魔法具や射的などのゲームを出している屋台もあった。


 三人は肉饅頭を頬張りながら歩き、屋台を物色した。


 訳の分からない獣の肉を売っていた屋台を眺めていたらふとエドワードがニヤリと笑い、今度はカティを羽交い締めにした。



「リト。コイツにその肉を食わせてやれ」



 リトはジタバタするカティの口に嬉々として熱々の串を突っ込んだ。



「あちぃ!てめぇも食らいやがれ!!」



 とカティがエドワードを振りほどき口に串を突っ込む。エドワードはもぐもぐと口を動かし飲み込んだ。

 リトとカティが固唾(かたず)を呑んで見守っているとゆっくり口を開いた。



「うまい」



 なにっとリトとカティも串に齧り付く。



 本当だ。肉の正体は分からないが、柔らかくジューシーで香ばしい香りが食欲を誘う。



 その後は三人で串を奪い合った。

 射的の前を通りかかるとカティがリトを小突いた。



「ど真ん中当ててやれよ」



 と囁く。

 リトは銃を見た。普通の魔銃だ。暴発が怖い。遠慮しようとするリトをいやいやと二人が押しかえす。



「稽古と違ってゆっくりでいいんだからできるだろ」



 エドワードが囁く。確かにリトはアカツキに貰った魔銃を使い毎日武器へ魔力を通す練習をしていて、少しずつではあるが普通の武器も壊さなくなってきている。



 仕方ない。



 リトは店主に金を払い魔銃を手に取る。魔力を極限まで細く絞り、少しずつゆっくりと銃に込める。

 狙うはテディベア。ルナへのお土産だ。


 ドンッという激しい音と共に飛び出た弾はちょっと強すぎて的を粉々に砕いてしまった。魔銃からもちょっと焦げ臭い匂いと煙が上がる。


 テディベアを店主から受け取りそそくさと立ち去る。店主は何度も煙を上げる魔銃と砕けた的を交互に見ていた。



 三人で回る祭りは楽しかった。






 リトは小さな屋台の前で足を止めた。綺麗な飴細工を出してる店で、店主は後ろを向き飴を練っていた。リトは二人に声をかけ、キラキラと光る飴を見る。


 雪の結晶や夜空に光る星、魚や動物を模したもの……。



 ルナやオルガのお土産に良さそうだ。店主に声をかけ、幾つか買い込む。


「可愛い嬢ちゃんにはもう一本オマケだ!」



 と夜空の飴を渡してくれた。



 嬢ちゃん……。



 リトは店主の言葉を反芻して考えた。言われる度に地味にダメージを受ける。

 お待たせ。とリトが後ろを振り返ると二人はいなかった。



 やばいはぐれた!



 リトが声を掛けた時二人には聞こえてなかったのかも知れない。リトはぴょこぴょこと跳んで人混みに二人の姿を探した。近くには見当たらない。


 その時リトは髪に違和感を覚えた。



 なんだか短くなっているような?



 見ているうちに長い髪はパラパラと散って短くなった。リトは懐中時計を見る。



 おかしい……まだ時間にはだいぶ余裕があるはずなのに。



 道行く人が不審な目で見てきた。

 リトは駆け出し人気のない路地を目指して飛び込んだ。路地に入って間もなく髪はバサーッと取れて地面に落ちた。


 まさかこんな変身の解け方をするとは。カティも今頃髪が抜けているのだろうか?


 リトは必死になって髪を蹴散らした。髪と共にはらりと落ちたリボンをつまみ上げていると後ろから声をかけられた。



「あの……大丈夫ですか?お具合が悪いのですか?」



 リトは蒼白になった。まずい見られたか?



「いえっあの、大丈夫です。ちょっと落し物をしただけで……」



 急いで振り返るとそこに立っていたのはヨルだった。

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