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第十二話 大賢者マーリンの半生(下)

 十二歳でついにリトは解呪に成功した。


 リトの前にはなんの変哲もないカバンが置いてある。元、拡張収納カバンだ。カバンには傷一つない。


 成功を喜ぶ間もなくリトは屋根裏部屋に駆け込んだ。


 この三年で祖父の呪いは魔力の枯渇と共に進行して、つい数週間前から高熱と激しい痛みで倒れた。もはや一刻の猶予もない。


 激しい痛みで眠ることも出来ず、ガタガタと震えて目を見開き呻く祖父の頭を両手で挟み、大きく息を吐いて整える。



 目を閉じて意識を集中させた。人は物のように替えがきかない。絶対に失敗出来なかった。




◇◇◇


 ゆっくりとじわじわと魔力を巡らせていき闇の中に魔力の灯りを探した。


 じんわりしたと暖かな色の魔力は祖父のものだ。

 祖父の魔力を辿っていくとそれを少しずつ吸い込む半透明の光る核が現れた。中にも何かを内包しているような薄い核は魔力で触れてみると微かに震えて今にも砕けそうだ。これが祖父の言っていた封印の魔法だろう。消えかけの核のあちこちに空いた隙間から魔力が引き込まれる感覚があった。リトはまずはマーリンの施した封印を解くことにした。その後は時間との勝負だ。


 脆くなった封印にひとつずつ反対の意味をもつ文字を刻んでいく。これは至難の技だった。何とか文字を書き切ると殻は淡く光り、溶けるように消滅した。



 ほぅっと息をつく。解呪の魔法は有効だ。



 封印の核が消滅すると同時に中から真っ黒な核が現れた。ぐんっと魔力を吸う力が強くなる。


 魔力の塊である核は普通、眩しい光を放つ。しかしこの核は闇に溶けるように黒い光を放っていた。見えにくい。自分の魔力で核を包み込んで形を把握すると共に、とりあえず祖父の魔力が吸われるのを防いだ。


 真っ黒な核に刻まれた術式を読もうとするといきなり行き詰まった。


 術式に使われる字が読めないのだ。



 この世界で使われる言語形態はひとつしかない……はずだった。



 これは想定外だ。



 リトは頭を抱えた。見たことも無い文字列に困惑して魔力が乱れる。核が微かに震える。



 落ち着け……。



 息を整えて体に感覚を戻す。

 今見た正体不明の文字列を紙に書き出してみた。


 どこかで見たような、でも読めない文字をどうにかしようと紙をいじり回す。

 すると隣に立てかけてあった鏡が落ちた。


 床につく前に片手でキャッチすると鏡から薄紫色の瞳が見つめ返してくる。

 無力な自分の目だ。

 鏡を元の位置に置いて、ハッとしてまた取り上げた。そして猛然と裏返した紙の文字をなぞり、鏡を当てた。そこには見慣れた文字が現れていた。




◇◇◇


 深呼吸を一回。ここからが本番だ。



 リトは再び意識を魔力へと移した。

 リトの魔力を吸って、黒い核は肥大していた。魔力を吸う核にどうにかして術式を書き込まなければならない。



 ぶっつけ本番だ。上手くいくかも分からない。でもやるしかない。



 核に文字を刻む。対となる文字を反転させて。吸われるよりも多く、でも砕けぬように。込める魔力を全神経を使って調整する。


 難を極めて気が狂いそうだった。核は大きく脈打ち、肥大すると共に刻まれて形を変えてゆく。最後の一文字を刻むとそれまで激しく動いていた核がピタリと動きを止めた。


 リトが息を詰めて見守っていると核は端からホロホロと溶けて行き消滅した。


 核が無くなった祖父の体にそっと足りない分を満たすように魔力を注いで意識を体に戻す。



 なんだかフワフワ、クラクラする。ついでにいえばゾクゾクと悪寒まで走っている気がした。



 だがこれで呪いは解けたはずだ。

 祖父を見ると今は静かに目を閉じて眠っていた。そんな祖父にホッとしてリトも力尽きたようにベッドに頬を付けて眠った。




◇◇◇


 リトの解呪から丸三日。マーリンはパチリと目を開けた。


 あれだけ酷かった体の痛みも、悪寒も消え去っている。


 ガバリと起き上がり寝巻きを(めく)り上げて自分の腹を見る。

 紋様も綺麗に消えていた。そして信じられないという顔でマーリンの動きで目を覚まし、目元を擦るリトを見た。

 マーリンはいきなりを高い高いをするようにリトを抱えあげてぐるぐると回り出した。



「リト!!お前は天才じゃ!!なんと言うことじゃ。わしの呪いを僅か十二歳で解いてしもうた!!」



 十二歳もの子供を七十四歳が抱えあげたらどうなるか。火を見るより明らかだ。


 マーリンは床に突っ伏して、ピクピクする腰をさすった。



「おぉ…いたた……。でもこの痛みも先程までの痛みに比べれば屁でもないわ。

 リト。お前は天才じゃ。すごい子じゃ」



 リトもマーリンの腰をさすりながらにっこりと笑う。



 本当によかった……。



 だが問題がひとつある。高齢になるにつれ、消耗した魔力を生み出す力は弱くなり、外から魔力を与えられようとも受け付けなくなる。

 マーリンは呪いに蝕まれ、体から生成できる魔力はあと僅かだった。



 解呪の魔法をもう少し早く完成させていたら……と唇を噛み締めるリトの頭をマーリンは撫でる。



「よいよい。わしは充分生きた。

 心残りはあるが、お前のおかげで穏やかな死を迎えることができるじゃろう。わしの仲間の誰も経験できんかった事じゃ」



 そう言ってマーリンは次の日からリトをビシバシと鍛え始めた。



 ひとりでも生きていけるように。




◇◇◇


 リトは語り終えるとふぅと息をついた。

 自分の知る祖父はこんなところだった。アカツキは目を閉じて聴いていた。



「お前の祖父がマーリンだったとは驚いた」



 と静かに目を開ける。



「大賢者マーリン……その孫にこんな形で会うことになるとはな」



 チラリと笑顔を見せた。最近はアカツキのあまり動かない顔でも表情が段々と分かるようになってきた。



「それにしても何故お前は解呪なんて緻密な魔力操作ができるのに他の魔法が使えないんだ」



 アカツキがもっともな疑問を口にした。



「解呪に使う魔力操作と魔法を使う魔力操作ではこう……ベクトルが違うんです」



 リトは眉間に皺を寄せ寄せた。



「解呪の魔法は……なんて言うか……操作が特殊すぎて。普通外に出力する魔力を対象に直接触れて自分の体の延長とすることによってできているというかなんというか……」



 最後はしどろもどろになって答えた。アカツキはそうか。とひとつ頷いて



「お前の身の上はよくわかった。いずれ俺の事も話してやる。」



 と去っていった。



「おはなし、おわった?」



 とルナが目をクリクリさせて訊いた。終わったよとリトが答えると続ける。



「リトのおじいちゃんマーリンなの?」


「そうだよ。前に見せた巾着もおじいちゃんの作った魔法がかかってるんだ。」


「すごぉい!!!」



 ルナがキャッキャとはしゃぐ。リトはルナの頭を撫でてやった。



 それにしても……と頭を巡らせる。



 アカツキは自身の事をほとんど話さない。アカツキがいずれ話すと言った内容がとても気になった。

お読みくださりありがとうございます。


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