M56 献立
さて、仮装喫茶をやるにしてもだ。用意するモノが目白押しだ。
先ず、ドリンク類。喫茶なんだから当然。
それとあたしが余計な事を言ったばかりに食事の提供もしなければならなくなった。クソ、あたしのお調子モンが。拠って、そのメニューもお料理倶楽部で考案して準備しなくちゃならない。
そして最大のウリである仮装。去年の劇と違ってクラスの全員が仮装する為、誰に何の衣装をあてがうかも決めて発注を掛けなくちゃならない。
この中で最優先は衣装だ。数が数だけに、オーダーメイドでいく以上は裁縫ギルドと加盟店にフル稼働して貰ってもギリ間に合うかどうかって処だろうな。
幸いにも誰が何の衣装を着るかは直ぐに決まった。
そして朝に学園から裁縫ギルドに来園の依頼を掛けたけど、ギルドの人が直ぐに学園に来てくれるとは限らない。場合に拠ってはあたしが今日の午後にでもギルドに駆け込む事を考えておいた方が良い。
因みにグラスフィールドの学園祭は『採算度外視』だ。
儲けは関係なくて貴族子女が面子を掛けて「出し物を披露する場」となる。学園から援助金は出るが、到底足りる筈もなく、生徒達が実家から金を引っ張ってきて準備に当たる。
この辺りは学園も黙認の状態。経済活性に一役買っていると考えれば、貴族子女の集まる学園には必要不可欠な経済とコミュニケーションのお勉強になるんだ。
いやー、しかし流石は貴族だわ。面子の為なら金を出し惜しみしたりしない。
実際、学園祭直後の貴族の夜会などでは『我が子の学園祭の為に幾ら出した。』という自慢話がかなり飛び出すらしい。
冗談抜きでこの学園祭だけで動くお金はトータルで金貨10000枚くらいは行くんじゃ無いかしら?日本円に換算したら10億円よ。たった2日のイベントに10億円。スケールが違い過ぎる。
去年のウチのクラスだけでもハナコ家が衣装を揃えさせる為に金貨を100枚近く出してるし、フレアやアイナの処も結構出した筈だ。
そんな感じで貴族の懐がかなり緩くなる時期なので、当然ながら王都の商人や職人ギルドが様子伺いをしに学園の生徒達の下を訪れ始める。
マジで応接室なんて当然のように埋まり捲っていて、外のテラスなども利用して至る所で生徒と商人達の打ち合わせが行われている。
流石に午前中は授業があるので静かなもんだけどね。
「ご機嫌麗しゅう、お嬢様。」
「・・・。」
テラスにて裁縫ギルドのセルマさんがニッコリと絶句するあたしに微笑む。
確かに朝の授業開始前に「なる早で来てね。」って言伝を頼んだけど、まさかその日の午後にギルドマスターが来るとは思って無かった。
「いや、あの・・・どうも。」
何とも庶民臭い返答をしてしまう。
「まさか今日来て貰えるとは思いませんでした。」
「お嬢様のご依頼ですから最優先です。」
「あ、有り難う御座います。」
まあ、ラッキーよね。偶々手が空いていたのよね。そう思う事にしよう。
何にせよ大量に注文しなくちゃいけないんだ。
「早く来て貰って良かったです。ちょっと注文したい量が多かったので。」
「まあ!」
セルマさんの顔に喜色が浮かぶ。
注文の数は半端ない。
『リトル=スター』のキャラから8着、『星に願いを』と言う物語から4着、『生の慟哭・死の欠片』と言う物語から6着、『セント=ミハイル・ストーリー』と言う物語から2着、『帝王の咆哮』と言う物語から3着、『神々の黄昏』と言う物語から7着。計30着。
「・・・。」
セルマさんはジッと用紙を眺めている。
「どうですか?30着は厳しいですか?」
あたしが恐る恐ると尋ねてみる。
「・・・いけます。」
「マジで!?」
セルマさんの返答に思わず素が出てしまう。
「?・・・マジ・・・え?」
セルマさんは「マジで」の意味が判らなかったらしく首を傾げる。
「あ、いや、本当ですか?」
あたしが慌てて言い直すとセルマさんは微笑んで頷いた。
「はい、本当です。元々、この時期はギルド加盟店には『手を空けておいてくれ』と通達しているので他の方々の注文を併せて考えても捌けます。」
「おお・・・。」
スゲーな、ギルドって。
「ただ、お金は少し多目に頂くことになりますが・・・。」
「勿論です。遠慮無く仰って下さい。お仕事ですもの、みんなで楽しく進めましょう。」
「有り難う御座います。では、早速明日にでも採寸を行いたいと思うのですが。」
「是非、お願いします。」
よし、最大の不安点はクリアできた。
あとは飲食方面だ!
つー訳であたしは翌日、とある場所に4人を連れて出向いた。
実は昨日、『学祭で喫茶する事になった。メシも作るよ。何か良いアドバイス有ったら頂戴』ってお父様に手紙を出したら『フレア嬢も連れて此処へ行ってごらん。話は通しておくから。』って朝一で返信が届いたんだ。いや、早いだろ。
で、その場所がこの『世界食料通商連盟』ってところ。
世界の大国に流通する食料の値段や出荷量を決める組織らしく、大国に1カ所は置かれて居る組織らしい。
以前にお父様から聴いた話では、食料事情は国の根幹とも言える重要事項で、コレに不備や不正が発生すると多くの生命が失われてしまうのだとか。まあ、当たり前よね。だから特定の食料の占有や価格高騰を防ぐ為に20年くらい前に世界の大国が共同で立ち上げた組織らしい。
・・・農協みたいなモン?良く判んないけど。
「是れはお嬢様、ようこそ『食通連』へ。」
男性が3人ほど和やかな笑顔であたし達を迎えてくれた。
へー、食通連って言うんだ。
「本日はご対応頂きまして有り難う御座います。ヤマダ=ハナコと申します。」
あたしがカーテーシーを施すと中央の初老のおじさんが頭を下げた。
「ご丁寧に。私は此処で所長を務めておりますウリエン=アンベールと申します。お父上には日頃から大変お世話になっております。あ、この2人は私の補佐役でジルダとマイクです。」
「初めまして、お嬢様。」
2人の青年が頭を下げる。
ウリエンさんがフレアを見た。
「此方のお嬢様が・・・。」
「あ、フレア=カールと申します。」
フレアがカーテシーをとるとウリエンさんは頷いた。
「おお、カール商会の御令嬢でいらっしゃいましたか。お父上には大変お世話になっております。」
「え、お父様に・・・?」
「はい、カール会長様には南国の特産品を大量に買い付けて頂いてこの国の食糧事情にも多大な貢献をして頂いております。お陰でウチの支所も南国方面に対しての要求が通し易くなっておりまして大変助かっております。」
「そうですか。」
ふふ。フレア嬉しそう。
「そちらの御三方は・・・。」
ウリエンさんがマリ達を見たのでそれぞれ紹介すると、支所の3人は驚きの表情を見せる。まあ、そりゃそうだ。ハナコ家、カール家以上に国の重臣を勤める貴族達の娘が付き添いで来るとは思わないモンね。
「それで本日は学園祭の出し物でお食事を提供されるとか。」
「はい、それで何か面白い食材とか料理があればアドバイスを頂ければと思いまして。」
「なるほど・・・。」
ウリエンさんは頷きながら、やがて首を傾げた。
「ご来訪の主旨は承りました。それで・・・実際に料理をなさる方はどちらに・・・?」
「此処に居ますわ。」
「・・・は?」
ウリエンさんは更に首を傾げ、やがて驚きの表情になる。
「お嬢様方が・・・?」
「はい、此処に居る5人で作ります。」
「・・・。」
暫くは無言だったウリエンさんは静かに口を開いた。
「そうですか。お嬢様方が・・・。時代は進んでいるのですね。」
何やらしんみりとした口調だ。
「以前の・・・其れこそほんの10年ほど前迄は『食事作りなど下賤の者が携わる卑しき仕事だ』などと見下す貴族の方々も多くいらっしゃって口惜しい思いをしたモノですが・・・。」
なんだそりゃ・・・と言いそうになったけど、ゲス王子やエルロ・・・いやエロル?・・・なんかを思い浮かべて「然もありなん」と口を閉じる。
「ふふふ。おかしな話ですわね。食事が出来なければ人は皆、等しく飢えて死んでしまいますのに。その大事な食事を作るお仕事が下賤だなんて、脳味噌が飛んでるんじゃないかしら?」
「・・・ふ・・・アハハ、まったくその通りですな。」
あたしの言い方にウリエンさんは驚いた顔をしていたけど、直ぐに愉快そうに笑い出した。
「若い方々がお嬢様方の様に自分達の殻に籠もらずに世界を広く見て下さるのは、年老いた私から見れば本当に喜ばしい事です。」
・・・いやいや、そんなご大層なモンじゃ・・・。流石に恥ずかしくなって来て話を本題に戻す事にする。
「それでウリエンさん、その学園祭の件なんですけど・・・。」
「ああ、そうでしたな。」
ウリエンさんは暫く思案した後、ジルダさんとマイクさんに指示を出して幾つかの食材を持って来させた。
色々と目に新しいモノが並ぶ。その横でウリエンさんが言った。
「お嬢様方ほどの方々であれば、良い肉や野菜などは直ぐに手に入りましょう。ですので今並んでいるのは世界の珍味と呼ばれるモノです。」
そう言って1つ1つ説明し始める。
歯応えを楽しむキノコや、赤い色のチーズ、東方の深海にしか居ない大きな貝など、前世で見た事も無い、そしてこの国では手に入らない物が並ぶ。
その中で幾つかがあたしの目に止まった。つまり、前世で見た事のあるお箸の国の食材が在ったんだ。
1つはウニだ。あのグロい形は間違い無い。
「ああ、其れは『ウニ』と呼ばれるモノですよ。海の生き物で最近、食べられる事が判ったんです。殻を割ると中にオレンジ色の腑が付いてまして口に含むと甘みを感じる事が出来ます。」
知ってます。大好物です。
もう1つは・・・是れは多分・・・。あたしはマリを呼ぶ。
「是れって明太子じゃない?」
「・・・あ、そうかも。」
ヒソヒソやってるとウリエンさんが説明を入れてくれる。
「其れは『ファイアエッグ』ですね。魚の卵なんですが南国の香辛料などでふんだんに味付けされた食材です。」
知ってます。大好物です。
でも、こっちだとファイアエッグって言うんだね。まあ、呼び方なんて何でも良いのよ。味が良ければね。
そして、最後の1つ。
あたしはその藁の入れ物に入った土色の物体を手に取った。胸がドキドキする。嘘でしょ・・・君はひょっとして・・・。
「ああ、其れは『味噌』と呼ばれる調味料ですよ。」
ああ!まさかこんな処で出会えるなんて。長年追い求めた麗しのヒーローを見つけた気分だわ!
ペロリと舐めてみる。
うーん・・・しょっぱい。この味!
「遙か東国で作られたモノなんですが、とにかく塩っ辛くて辟易しております。何か一工夫で美味しく出来そうな気はするんですが・・・。」
まかせて。美味しい味噌スープを作ってご覧に入れるわ。
「ウリエンさん、調理場をお借り出来るでしょうか?あと幾つか食材を。」
「?・・・はぁ・・・。」
案内して貰った厨房には、味噌の他にも昆布や椎茸っぽい奴も有った。流石は食通連・・・だっけ?
存分に出汁を取って、偶々見つけたナスビを投入する。そして味噌を混ぜて。
みんなに振る舞って見る。上手く出来たけど、口に合うかはまた別のお話。ドキドキとみんなの表情を見る。
「・・・ほう!」と男性陣。
「美味しい!」とマリ、フレア。
「変わった味だけど悪くないわ。」とセーラとアイナ。
大まかにはこんな感想。うん、悪くないわ。
こうしてあたしは念願の味噌汁を作る事に成功した。
ウリエンさんが興味津々の表情であたしを見る。
「お嬢様は一体何処でこの調理方法をお知りになったのでしょうか?」
「え!?・・・ええと・・・。」
しまった。調子に乗りすぎた。なんとか誤魔化さないと。
「た・・・確か、何かのお料理の本で・・・、ね、マリーベル様。」
マリ、助けて!
「え!?」
突然話をふられてマリも戸惑いながら頷いた。
「そ・・・そうでしたね。確か何処かでヤマダ様と・・・見た様な・・・。」
「そうでしたか。その様な料理本があるとは・・・。」
ウリエンさんが感心した様に頷く。
「と・・・取り敢えず、ウリエンさん。この味噌とウニとファイアエッグを頂きたいんですが。」
「畏まりました。直ぐに手配致します。」
「あと、この味噌を定期的に購入したいんですけど。」
「畏まりました。」
そして茶葉関係はセーラとアイナに任せた。一番舌が肥えている2人に任せれば問題無い。
帰り際、フレアがウリエンさんと何か話しをしていた。
「何の話をしてたの?」
馬車の中で尋ねる。
「お父様と今度お話をしたいんだって。だからその手配を引き受けたの。」
「そっか。」
「其れよりも、どう?ヒナ。メニューの目星はついた?」
セーラが尋ねてくる。
「うん、まあ、何となくは。あとは実際に作って見ないとね。」
「おお・・・流石はヒナだね。」
アイナが誉めてくれる。
まあ、何にせよ行って良かったわ。これで献立も決まりそうだ。




