M55 出し物
物事って上手く進まないんだな。
あたしはマゼルダ夫人から手渡された入部希望の紙束を見ながら思った。
まったく、何て量なのよ。見ただけで20枚以上は軽く重なっている。
誰だ。「入部希望者なんて居ても精々が2~3人だ」なんて言ってたのは。ああそうさ、あたしさ。はぁ・・・参った。
あんな、汗まみれ泥まみれになって料理作っては食わせてただけの倶楽部なんて、御令嬢から見ればどう見ても敬遠したい倶楽部でしょうが。
部屋に戻るとマリとセーラ達が紙束を見て目を丸くした。
「ヒナちゃん、それ・・・全部、入部希望の紙?」
「うん。」
「凄い!」
フレアが歓声を上げる。
セーラが微笑む。
「上々じゃないの。」
「ご愁傷様。」
あたしの本心に感づいているアイナが苦笑いしながら言う。
「むぅー・・・。」
あたしは少しだけ頬を膨らませた。
セーラがあたしのその表情を見咎める。
「なあにヒナ、その顔は。入りたいって思ってくれた子がこんなに居るのよ。少しは喜びなさい。」
「解ってるけど・・・何であんな戦場みたいな雰囲気を見て入りたいと思うかなぁ・・・。」
あたしがボヤくとフレアが言った。
「何言ってるのよヒナちゃん!アレを見たからみんな楽しそうと思ってくれたんじゃない!」
えー・・・そうなの・・・?
「大変そうだなぁー」って敬遠するだろうな、と思っての演出だったんだけどなぁ・・・。
まあ兎に角・・・と集計してみた結果、入部希望者は全部で27名だった。
あたしは話を纏める。
「現状、お料理倶楽部は32名。是れにアリエッタちゃん達を加えて38名。そして是れにこの入部希望者を加えると・・・65名。」
「・・・。」
ちょっと。誰か何か言いなさいよ。
「さ・・・流石にちょっと多いね。」
マリが言う。
「そうね。」
アイナも頷く。
あたしは溜息を吐いた。
「こりゃもう、副部長の数を増やすしか無いね。」
「「「え?」」」
マリを除く3人が声を上げてあたしを見た。
「しょうがないでしょ。こんな大人数、あたしとマリだけじゃ管理出来ないもん。」
「そ・・・そうだよね。」
フレアが頷く。
「で、誰にするの?」
とアイナが恐る恐る尋ねてくる。
「そりゃあ、スターティングメンバーに振るしか無いでしょ?」
「・・・。」
「頑張りましょうね。セーラ、アイナ、フレア。」
「仕方無いわね。任せなさい。」
とやけに嬉しそうなセーラ。
「そ・・・そうね。」
と頷くアイナ。
「で・・・出来るかなぁ。」
と不安顔のフレア。
まあ、何とかなるでしょ。3人とも何だかんだ言ってハイスペックガールだし。レイナー様達も手伝ってくれるだろうし。
そして肝心な話が残ってる。
「さて、それじゃあ・・・ちょっと今までは忙しくて聞く時間が無かったけど・・・。」
あたしはそう前置いてアイナとフレアを見た。
「?」
2人が小首を傾げる。
おう、可愛いじゃねぇか。いやいや。
「アイナちゃん。フレアちゃん。想い人とはどうなったのか教えて貰いましょうか?」
2人は「あ」って顔になる。
「そうね。報告しないとね。」
「そうだね。」
アイナが話し始める。
「私はこの夏休みにエリオット様の実家に行って・・・その、御両親に認めて頂きました。初等部を卒業したら正式に婚約者になります。」
「・・・おお・・・。」
なんか変な声が漏れてしまった。
「おめでとう、アイナさん。」
マリとセーラが笑顔でアイナに言う。
「ありがとう。」
アイナが微笑む。
「わ・・・私も・・・。」
フレアが話し始めた。
「この夏にエオリア様の実家に行って・・・あの、その・・・御両親にご挨拶させて貰いました。私も初等部を出たら婚約します。」
「・・・ぬぅ・・・。」
なんか変な声が漏れてしまった。
「おめでとう、フレアさん。」
マリとセーラが笑顔でフレアに言う。
「ありがとう。」
フレアが微笑む。
いやあ、良かったなぁ。2人とも。
「ちょっと、ヒナ。さっきから『おお』とか『ぬぅ』とか変な声ばっかり上げてないで『おめでとう』って言いなさいよ。貴女も功労者なのよ。」
「・・・むぅ・・・。」
なんて言うか・・・言葉が出ない。
代わりに涙が出て来た。
「良かったねぇ、2人とも・・・。」
やっとこさ言うと2人がいきなり体当たりして来てあたし達は引っ繰り返った。
「ふぐっ!?」
呻くあたしに2人がギューッと抱きついてくる。痛い痛い。
「本当に有り難う、ヒナ。」
「この恩は一生忘れないよ、ヒナちゃん。」
うんうん。良かった良かった。あたしは2人の頭を撫でた。あと、ちょっと痛いんだけど。
ドタバタの勧誘会はこうして幕を下ろし、何となく倶楽部に入りそびれていた初等部と高等部の1年生達も収まりたい場所に収まった感じとなった。
うん、目出度いと思うわ。
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
さて。学園の雰囲気も一段落が着いて落ち着いてくると、本来騒がなくてはいけなかった案件が生徒達の頭の中に浮かび上がってくる。
そう、学園祭だ。
今回は倶楽部勧誘会で1週間余りが削られてしまった為、残された時間もかなりタイトだ。急ピッチで進めなくてはならない。
「何かやりたい事は有りますか?」
マルグリット先生の声が教室に響く。
「・・・。」
何か注目を浴びている気がするわ。いや、気のせいね。気のせいにしましょう。
「ハナコさん。」
マルグリット先生があたしを見る。
先生・・・あたしに何か振る時に、今までは感じられた「申し訳無さ感」がとうとう無くなりましたね。その振って当たり前感は良くないと思います。ハナコ悲しい。
だけど、今回に限って言えばナイスなフリだわ。先に否定して置きたい事があったから。
あたしは澄ました顔で立ち上がった。
「そうですね・・・。去年、先生のクラスは『リトル=スター』を演じました。其れなら続編の『ブライダル=スター』を、とも考えましたけど・・・。その・・・表現に少し適切では無いシーンもあるので、今回は違うモノが良いと思います。」
そう。適切では無いシーンが在るんだ。
ブライダル=スターはその名が示す通り、ロンディール様とアルテナ様の結婚前後を描くお話で『初夜』のシーンがかなり濃密に描かれているんだ。と、いうよりもソコが最大の見せ場になっている。
・・・そして更にマズいシーンも在る。
あたしもマリから借りて読んだときには、顔から火を吹き出しまくりながら読んでいた。
あと、何より今から劇とか絶対ムリ。開催まで2週間ちょっとしか無い。配役は多分、去年と変わらないだろう。
いや今から覚えるとかムリムリ。何とかして避けたいんだ。
だけど、その為には・・・。
「異議あり。」
あたしの席の真後ろから声が上がる。
やはり来たな。必ず来ると思っていたぞ、セーラ=ステイ=リーズリッテ。
何を隠そう、セーラはこの『ツイン=スター』シリーズでも『ブライダル=スター』を一番の推しにしている子だ。
何しろ、この話になると
『私もこの初夜のシーンの様に誰かに熱烈に愛されてみたい』
と公言して憚らない子だ。
更に言えばそんなセーラに一番共感しているのがマリだ。
『解るわ、セーラさん!』
と鼻息荒く迎合して2人で盛り上がっている。
『・・・。』
そんな時、あたしとアイナとフレアはポツンと仲良く取り残されている。
いや、と、兎に角だ。セーラが反論してくるのは想定内なんだ。
「・・・ヤマダ様は『表現に少し適切では無いシーンがある』と仰いました。ソレは恐らくロンディール様とアルテナ様の初夜のシーンの事を仰られているのだとお見受け致します。」
「その通りです。」
セーラの言葉にあたしは頷いた。
「其れならば確かにヤマダ様のご指摘は正しいとも思えます。」
・・・あれ?認めるの?
あたしは内心で首を傾げる。
「ですが、私は思うのです。」
セーラが情熱的にあたしを見据えた。
そうよね、そんな簡単に引っ込む訳が無いわよね。
さあ、聴かせて頂戴。貴女がどうこの意見を引っ繰り返すのか。
セーラは皆を見る。
「私達も初等部の2年生。全員が今年度中には全員が15歳を迎え、準成人の扱いになります。高等部に入れば婚約を結ばれる方々も出てくるでしょう。」
その言葉にアイナとフレアの肩がピクリと揺れる。
あれ・・・?
あたしは少し胸騒ぎを覚える。
「そう。私達も何時までも子供では居られないのです。況してや私達は貴族子女。同年代の平民の方々に先立って大人への道を歩み出す必要が有ると思うのです。」
「!」
クラスの雰囲気が変わった。
『大人への道』と言うパワーワードが思春期真っ盛りの心に強く響いてしまった。コレはマズい。
「そんな私達ならば、この程度の事には慣れて置いて然るべきではないでしょうか。故に、私は敢えて『ブライダル=スター』に挑戦するべきだと考えます。」
ぬぅ・・・。
コレはあたしの認識が甘かった。つい、前世の常識で考えてしまっていた。未だ未だ子供のあたし達が初夜のシーンを演じるのはNGになるだろうと高を括っていた。
けど、考えて見ればコノ世界では15歳は『まだまだ子供』では無く『半分は大人』の扱いになるんだった。
マルグリット先生を見ると苦笑いをしながら議論を見守っている構えだ。ダメだ。止めてくれそうに無い。
しかし、セーラ。貴女もまた、あたし同様、認識に甘さが在るわ。
あたしはセーラを見る。
「成る程、確かにセーラ様の仰る事にも一理御座いますね。」
「・・・。」
セーラが意外って表情になる。
あら、可愛いじゃない、その顔。・・・いやいや。
あたしは言葉を続ける。
「しかし、セーラ様。お忘れではないでしょうか。この話にはもう1つの初夜が在るという事を。」
「!」
セーラがハッとした表情になる。
勿論、大ファンのセーラが『もう1つの初夜』を忘れている筈が無い。彼女が失念していたのは『誰が演じるのか』という点である。
あたしはニヤリと笑う。
「去年演じたリトル=スターは大成功だったとあたしも自負しています。そんな中でブライダル=スターを演じるとするならば、去年のメインキャストが全員在籍しているこのクラスで、キャスティングの変更は恐らく観客の皆さんが認めないでしょう。」
「・・・。」
「百歩譲ってあたしとマリーベル様の初夜は何らかの方法で誤魔化しながら演じたとしても『ご愛敬』で済むかも知れません。しかし・・・」
あたしはエリオット様とリューダ様を見た。
「もう1つの初夜。つまり戦神ニケイア様と光の女神アーレ様のシーンは如何なさいますか?」
「!?」
エリオット様とリューダ様の表情が驚愕に変わった。
やっぱ気付いて無かったか。自分達も巻き込まれかけていた事に。
「御令息でいらっしゃるエリオット様とリューダ様にしてみれば、男性としての『大切な何か』を失ってしまうのではないでしょうか?」
「グヌ・・・。」
セーラの顔が悔しそうだ。おい、可愛いな、その表情。
「で、でも!」
セーラは尚も言い募る。
「御二人はとてもお美しいです!」
・・・あん? 何を言っている?
「そんな御二人が初夜を演じるシーンを見てみたくは在りませんか!?」
「「「!?」」」」
女性陣から凄まじい程の闘気と声にならない歓声が上がった。嘗て無い程の一体感がクラスの女子生徒達の内にだけ生まれる。あたしも含めて。つまりこうだ。
何ソレ!?超見たい!!
美しい少年同士のラブシーンなんてご褒美以外のナニモノでも無いわ!
ってことだ。
「い、いや、ちょっと待ってくれ、セーラ嬢!」
「そ・・・それはダメです!」
エリオット様とリューダ様が慌てて立ち上がってセーラを諫める。
「御二人は黙ってて下さい!」
「いや、当事者なんだが!?」
「!」
あたしもそのやり取りにハッとなる。
余りの破壊力に理性がぶっ飛び掛けていた。無意識に「訪れるであろう大変さ」と「2人のラブシーンを見たい欲望」を天秤に掛けていた。
「セ・・・セーラ様、落ち着いて下さい。」
あたしはそう言った。
うん、あたしも落ち着け。
「そのご提案は大変に魅力的ではありますが・・・」
「ヤマダ嬢!?」
エリオット様の声にあたしは再びハッとなる。
「し・・・失礼しました。ただ、去年と比べてリューダ様の身長はかなり伸びております。去年のリューダ様は未だ背も低く、中性的な得も言われぬ色気が御座いましたが・・・。」
「ハ・・・ハナコさん!?」
リューダ様の声にあたしは三度ハッとなる。
「し・・・失礼しました。ただ、今年はもうリューダ様にアーレ様の役は難しいかと。特にブライダル=スターではニケイア様への愛に目覚めて女性化しておりますから、更に厳しいかと。」
「そ・・・それは・・・」
セーラはリューダ様を見つめる。
「・・・た・・・確かに・・・。」
セーラは「ハァ」と溜息を吐いた。
「解りましたわ。私の意見は引っ込めますわ。」
・・・ああ、諦めちゃうか・・・。
自分で言っておいて何だけど、残念に思う気持ちがあたしの中に滲み出る。
そして何となくだけど男子生徒達からホッとした安堵の雰囲気が漂う。自分達まで大変な事に巻き込まれるんじゃないかと不安を感じていたのかも知れない。逆に女子生徒からは残念そうな気配が漂う。
でも、セーラの気持ちは理解している。彼女はみんなで何か楽しい事をしたいんだ。ただ、それが去年の劇に強烈に結びついていたからブライダル=スターに拘っただけだ。
だから彼女の本質的な願いは汲み取りたい。
「ですが、セーラ様の気持ちも判ります。劇は残された時間を考えると難しいですが、折角の学園祭を、あたしも簡単な出し物で終わらせたくは在りません。そこで1つあたしから出し物について提案致します。」
「・・・。」
セーラの目に期待の色が浮かぶ。
あたしは彼女に微笑んだ。
「去年、あたしが最初に提案した『仮装喫茶』は如何でしょうか?」
「仮装喫茶・・・?」
セーラを含めクラスの半数が首を傾げる。
「はい、基本的には喫茶店でお客様をお持て成し致します。ただ、その持て成す私達は物語などの登場人物などに仮装してお持て成しするのです。例えば物語の英雄とか、女神様とか、妖精とか。そう言った実際には会えない、会うことが殆ど不可能な存在に仮装してお持て成しするんです。」
チラリと横目でセーラを見ると彼女は瞳をキラッキラと輝かせていた。
因みに横目でマリを見ると彼女も瞳をキラッキラと輝かせていた。この子は去年もそんな反応だったもんね。
よし、期待に応えられそうだ。
「更に言えば、このクラスには何人かお料理倶楽部のメンバーも居ますし、お食事も提供出来ると思いますのでお客様にも楽しんで頂けると思うのですが。」
「おお・・・。」
結局、あたしの此の提案は通って、クラスの出し物は仮装喫茶に決まった。
やれやれ、疲れたゼ。




