S7 セーラの憂鬱 1
セーラ視点のお話です。
サブストーリーが頻発していますがお付き合い下さい。
よろしくお願いします。
私の名前はセーラ=ステイ=リーズリッテ。
リーズリッテ伯爵家の次女として生を受けた。
父は曾祖父の代から続く外交を担当する重臣。母は侯爵家の令嬢だったそう。兄はもう成人していて父の仕事を手伝っている。姉は昨年、侯爵家に嫁いで行った。かなり幸せそうだった。結婚相手当人では無く、娘が欲しかったと公言して憚らない母君様からの熱烈なラブコールを受けて、学園卒業と同時に嫁いで行った。
父は濃いブロンドヘアに黒みがかった碧眼、母は明るいブロンドヘアに碧眼の持ち主で、兄も姉も色味の濃い薄いは在っても同じ色の髪と瞳を持っていた。
私だけが黒髪・黒眼で生まれてきた。父方の母が私と同じ黒髪・黒眼の持ち主で、いわゆる隔世遺伝と呼ばれるモノらしい。
祖母は東国の貴族の娘で、仕事でその地に出向いていた祖父に見初められて付いて来たそうだ。婚約から結婚までが異様に早くて、祖父のベタ惚れっぷりが判ると言うモノ。
そんなこんなも在ってか、私の見た目は気味悪がられるどころか祖父と祖母を筆頭に大歓迎されての誕生だったそうだ。そんな話をされても私にはどう答えて良いのか返答に困る処ではあるのだけれど。
それも在ってか、私は幼い頃から父や祖父に良く連れ出されて他家の貴族の方とご挨拶をする機会が多かった。
幼い頃は良かった。
「綺麗な黒髪だ。」
「愛らしいお嬢さんだ。」
と言う言葉を受けて純粋に喜んでいた。美味しいお菓子も良く頬張ったモノだ。
でも其れも数年経って11~12歳にもなると、流石に多分におべっかが入っているのだと理解できる様になる。
長年、外交官として2位の立場にあるリーズリッテ家との繋がりを求めての言葉なんだ。
中には露骨に自分の息子を私に勧めてくる貴族も居た。私を嫁に貰えば嫌が応でもリーズリッテ家と懇意に出来る。
そしてそのくらいの年齢になってくると、私の容姿は幼児特有の愛らしさを失い始め、代わりに思春期特有の整いを見せてくる。
自分でも認識している。私の容姿は性別問わず人受けが良い。
この国では余り見ない髪と瞳の色、程良く整った顔、切れ長の双眸はミステリアスな雰囲気を醸し出す。『清楚』と言うらしい。それこそ黙って微笑んでいれば、気弱で従順な令嬢に見えるそうだ。
冗談でしょう?私、そんな人間ではありませんよ?
でも同じ年齢の御令息達は私の見た目に勝手なイメージを押しつけてくる。
「俺と一緒に出かけるぞ。」
「俺の隣で微笑んでいれば良い。」
「君なら僕の全てを受け入れてくれるよね。」
言葉や誘い方は色々在れど、全部、私の意思は無視している。
そして話してくる内容は家の自慢話ばかり。貴方自身のお話は無いの?・・・って何度思ったか知れない。
私は実は幼い頃から、巷に流行る恋愛物語に憧れており『いつか自分も素敵な恋物語のヒロインの様になりたい』と密かに願っていた。恋をしてみたくて仕方が無かったんだ。
だから私なりに「今度アレをやりましょう。」「今度ソレをしてみませんか?」と誘ってみたりして、その人の素敵なところを探そうとしてみたけど、皆、面倒臭そうな顔をするか「今度ね。」と口先の返事を返すだけだった。
私はつまらなくて溜息を吐き続ける。
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
12歳の時だったと思う。王家が第1王子の婚約者を募っているとの話が上級貴族の中で持ち上がったのは。
「お前も立候補してみるかい?」
「お断りさせて下さい。」
お父様の問い掛けにそう即答した。お父様は面喰らった様な顔をされていたが、直ぐに了承してくれた。
第1王子については良い話を聞かない。怠け者で女好き。14~15歳くらいの貴族令嬢を侍女に侍らせて卑猥な事を要求するのだとか。顔が良いそうなので、なお質が悪い。
私はその程度の情報収集は既にやり始めていた。
とは言っても興味の無かった私はその話を直ぐに忘れてしまっていたんだけど、暫く経った頃、お父様から王子の婚約者が決まったと聞かされた。
へぇ・・・誰だろう?
少しだけ興味が湧いてお父様に尋ねると
「アビスコート侯爵家の御令嬢でマリーベル様と仰る方だよ。」
・・・その時のお父様の微妙な表情が気になった。
それにしても侯爵家か。妥当よね。しかもその方は私と同じ年齢らしい。・・・でも、そんな方、いらっしゃったかしら?
名門アビスコート家の御令嬢、ましてや同じ年齢の方なのに今まで知らなかったなんて。変なコトもあるもんだなって思っていたら、後日、事情が判明した。
マリーベル様は隠された子だった。何だかんだと言い訳がましい言葉に飾られてはいたけど、要は侯爵の浮気が原因で生まれた子。
だから侯爵家がその存在を秘匿していたそうだ。だが、その存在が社交界にバレてしまった。ソコから先が解らないけど、何故かゼスマイヤー公爵が強く推して婚約者の座に収まったのだとか。
「ふーん・・・」
多分に政略の臭いがプンプンする。マリーベル様の為人が判らないから何とも言えないけど、近づかない方が良いんだろうな。
・・・でも、私は気になった。どんな方か知りたい。
実際は調べるまでも無く、勝手に情報は入ってきた。
傲岸不遜、伯爵以下の地位の者は人間として見ていない、賞賛と服従を強要し従わない者は徹底的に排除する。そのせいでいつも彼女に就く侍女は酷い目に遭っており泣かされているそうだ。
・・・っておかしくない?侍女が云々の下り。何でそんな侯爵家内部の情報まで簡単に手に入るの?私は不思議に思い、人を使って調べてみた。すると、どうやら噂を流しているのは侯爵本人の様だった。夜会なんかで自分から話しているそうだ。
・・・胡散臭い。わざわざそんな噂を流すなんて、実際はそんな人じゃない可能性が高いんじゃないかしら?
まあいいわ。あと1年もしたら学園でイヤでも会えるんだから。その時を楽しみにしておこう。
そして愛想笑いを繰り返す1年が更に過ぎていった。私は年齢の割には身体の成長が早いらしく、御令息達は露骨に私を色気の付いた眼で見始める様になってくる。
「そんな年齢だしある程度は仕方が無い」と侍女にも諭され、多少のそういった視線は受け入れてきたつもり。でも私の身体を見て勝手に色々と想像されるのは、正直言って気持ちが悪い。
私は殊更に男子が嫌いなわけじゃない。恋愛物語に憧れるくらいだし。
ただ単純に興味を持てる御令息に出会えないだけ。そういった視線だってある程度は受け入れるてよ。仕方の無いモノらしいし。
でも話をしたいなら面白い話をして欲しい。自慢話がしたいならソレなりの努力を重ねて自慢話をして欲しい。あと、家の自慢は何の自慢にもならないから。
唯一の救いは、そこに御令嬢方が居ないこと。居たらきっと面倒な嫉妬などの対象にされた筈・・・とは侍女の言葉。言われてみればそうかも知れない。・・・ハァ・・・面倒臭い。
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
月日は流れてグラスフィールド学園入学式。
噂の王子殿下は、成る程と納得する美貌の持ち主だった。金髪碧眼、絵に描いた様な王子っぷりだった。あれなら一目で御令嬢を落とす事も可能だろうな。現に王子の新入生挨拶では黄色い声が上がっている。みんなは王子の噂を知らないのかな?
彼の噂を知っている私はかなり冷めた目で彼と声を上げる御令嬢達を見ていたと思う。
クラス分けされた教室に入っても、私は余り気分が乗らなかった。
『ふーん・・・』
って感じだった。
女子寮の部屋はリーズリッテ家の令嬢と言う事で1人部屋を割り当てられた。コレだけは少し助かったなって思う。
翌日、私は隣のクラスに行ってみた。私の隣のクラスにはマリーベル様がいらっしゃる。
そっと覗いてみると・・・居た。最前列の廊下から2番目の列に座っていらっしゃった。そして私はその余りの美しさに眼を瞠った。
白銀の髪は艶やかで腰まで伸び、やや吊り目がちのその双眸は深いエメラルドグリーン。かなり小柄な方に見えるけどその白磁の肌と整ったお顔は絶世の美少女という表現がまさにピッタリだった。
でも何故かしら?・・・その静かに本を読まれているお姿は、何処か憂いを帯びていて暗い影を纏っているように見受けられた。少なくとも社交界に出回っている噂が当て嵌まる様な方にはとても見えなかった。
「・・・」
私は彼女を見つめ、猛烈に話し掛けたい衝動に囚われていた。
でも彼女と私は違うクラスの上、侯爵令嬢と伯爵令嬢。余程の理由が無い限り、下位の私から話し掛ける事は出来ない。
私はクラスの御令嬢達と交友関係を築きながら、悶々とした日々を送る羽目になった。廊下などで偶に擦れ違えば目だけは彼女を追ってしまう。
「ごきげんよう、アビスコート様。」
勇気を振り絞って挨拶して見ても、彼女は目を伏せて会釈を返すだけ。
話しを続けたくとも会話を続けられずに立ち去る彼女の後ろ姿を眺めながら溜息を吐く。
「ふふ。コレじゃあ、まるで恋じゃない。」
私は自嘲気味に嗤ってしまう。
彼女はいつも1人だった。その表情はいつも無表情で、その小さな唇が楽しげに弧を描く処を私は見た事が無い。
そう気付いてしまうと私の妄想は広がる。あの愛らしい顔はどんな風に微笑むんだろう?まだ聞いた事のない声はどんな風で、どんな笑い声を上げるんだろう?
『笑わせてみたい。』
私は強くそう願うようになった。
そしてその切っ掛けを作れそうなイベントに私は当たりを付けていた。
五草会。新入生の為に催される交流会だ。そこで話し掛ける。そして出来れば友達になりたい。
そう思っていたのに。
クラスメイト達に掴まってしまった。
「俺と一緒に回ろう。」
「僕と回って下さい。」
「リーズリッテ様、私達と御一緒致しませんか?」
「・・・」
私は困ってしまった。
マリーベル様をお誘いしたい。その気持ちは揺るぎもしないが、クラスメイトの誘いを無碍には出来ない。
「・・・ええ、喜んで。」
私は折れた。
五草会の当日。やっぱり彼らのお話は家の自慢話に終始した。御令嬢方のお話は殿方の噂話と如何に優れた家柄に嫁ぐか。・・・これまでに何度も聞いてきた内容だ。ただその設定と登場人物が変わるだけで何も代わり映えしない。
つまらない。
私はせめてマリーベル様と一言だけでも良いから言葉を交わしたいと彼女を目で探すが彼女はドコにも居なかった。違う会場にでも行ってしまったのだろうか。
結局、五草会で彼女と言葉を交わすことは出来なかった。折角のチャンスを生かす事が出来ずに私は無念を引き摺る形で五草会を終える事になる。
それから暫くの間、私は忙しかった。五草会を終えた後、クラスメイト達の接触が激しくなり彼らとの付き合いに時間を割くことが多くなった為だ。
そして6月の或る日、クラスの席でボンヤリと廊下を眺めていた時だった。授業開始前の時間に隣のクラスの生徒達がザワザワと移動を始めていた。
『隣は教室移動か・・・』
そう思っていたらマリーベル様が通り過ぎた。
「!!」
そして私は目を瞠る事になる。
彼女は・・・笑っていた。とても楽しそうに。その白磁の頬を薄紅色に染めて。
「・・・」
私はその余りに美しく可憐な笑顔に魅入った。
銀髪を棚引かせて弾けるような笑顔を見せる彼女は、正に年齢相応の・・・いえ、それより幼くすら見えるほどの無邪気で愛らしい姿だった。
そしてまるで恋をしているかの様なその視線が見上げる先には・・・。
『彼女は誰・・・?』
彼女の横に立ち歩く其処には見惚れんばかりの美しい少女がいた。
ダークレッドの艶やかな髪を肩口までで短く切り揃え、同じくダークレッドの美しい切れ長の双眸が優しくマリーベル様を見ている。マリーベル様に勝るとも劣らぬ白い肌に、整ったお顔。そして屈託無く笑うその表情から連想されるのは、私が憧れる自由そのものだった。
2人は確かに信頼し合う視線を互いに向け合っていた。
そして彼女達の周りを楽しげに囲む御令嬢達が居て、見ているだけでも心温まる光景が在った。
『チクリ』
と胸が小さく痛む。
彼女がマリーベル様のあの笑顔を引き出したんだ。確証は無い。確証は無いけど私は確信した。
『・・・私がそうしたかったのに。』
そんな嫉妬心がジワリと滲み出てくる。
「・・・ハァ。」
暫くして私は溜息を吐いた。
いや、彼女に嫉妬する資格なんて私には無い。『そうしたい』と願ってはいたけど、結局は何もしなかったんだから。何をしたのかは分からずとも、実際に『何か』をしてマリーベル様の笑顔を引き出したのは彼女なんだから。
そして私の興味の対象はもう1人増える事になる。勿論、あのダークレッドの少女だ。見ているだけで楽しくなりそうな、あの魅力的な御令嬢は誰なのだろう?
その正体は調べるまでも無く直ぐに判った。
ハナコ子爵家の御令嬢でヤマダ様。
世界有数の大商会であるハナコ商会。商材に扱っていないモノは無く、支店の無い国は無いと言われる程の大商会で、その当主たるハナコ子爵様は財力において王家をも凌駕すると言われる程の大富豪。その大事な一人娘がヤマダ様だった。
それから私の視線は、マリーベル様の他にヤマダ様も追い掛ける事になる。もっとも、二人は殆ど一緒にいらっしゃるので視線が散ることも無かったが。
彼女達の周りはいつも楽しげな笑い声で溢れていた。貴族特有の気取った笑い声では無い。本当に楽しいときに沸き起こる偽りの無い笑い声で満ち溢れているんだ。
他クラスで未だに言葉を交わしたことも無い・・・後から思い返せばまるで気にする事では無い理由で、私は何となく彼女達の中に入る機会を失ったと感じてしまい、気落ちしてしまった。
1学期の定期考査が終了した後、とある噂が学年の御令嬢達の間を駆け抜けた。
『ヤマダ様がクラスメイトの男子を剣術試験で叩き伏せた。』
ソレを聞いて私は驚いた。
御令嬢が男子生徒に剣術で勝つなんて聞いた事が無い。彼女の見た目を思い返すけど、そんな男勝りな風体には見えなかった。・・・実は制服を脱げば凄く逞しい体格の持ち主なんだろうか?私は彼女を気に掛けながら実家に戻って行った。
2学期になると学園祭の話が話題に上る。
私は実は少しだけ期待していた。何をするにもいまいち盛り上がりに欠ける私のクラスも、コレには何か奮起してくれるのではないかと。
クラス会議でも内容は直ぐに決まった。出し物は『我が国の歴史』だ。
悪くないと思う。教科書の内容でみんな大まかな歴史は知っている。敢えて其処に挑戦するなんて。観る人が知らないような細かい面白ネタを披露するのだろう。調べ甲斐もありそうだ。
・・・と、みんなのやる気に感動していた時期が私にも在りました。実際は教科書の内容をほぼ丸写しにして張り出すだけだと判って愕然とした。
『何ソレ!?それじゃ意味が無いじゃない。』
私は焦った。流石に黙っていられない。
「待って下さい。ソレでは観に来る人達を感動させられません。もっと深く掘り下げた歴史を披露しようでは在りませんか。」
努めて笑顔で提案してみる。が、みんな無言だった。視線が合うと慌てて逸らされる。
恐らくみんなは面倒臭がっているんだろう。解ってる。だから私は続けて提案する。
「勿論、1人1人が調べてくるのでは無くてグループに分けてテーマを決めて調べてくるというのは如何でしょう?」
コレなら1人当たりの負担はだいぶ減らせる。
「それなら大変さも減りますし、みんなで作業をする楽しさも味わえると思うんです。」
「・・・」
でも、やっぱり返ってくるのは無言と面倒臭いと言った雰囲気だった。
・・・嘘でしょう?コレでもイヤなの?
私は心底ガッカリした。そしてこのクラスに期待をするのを止めた。
それから私はクラスメイトの誘いを断る様になった。そしてクラスの出し物に使えるネタ集めに学園図書館と王立図書館を奔走し、下書きの作成に取りかかった。
期待するのは止めた・・・とは言っても一縷の期待は残っていたんだ。私がやってるのを見て誰か1人でも手伝ってくれるんじゃ無いかって。まあ、無駄な期待だったんだけど。
私はネタを纏めた下書きをクラスのみんなに渡すと
「あとは任せます。」
と言って丸投げした。
好きに使ってくれて構わない。使わなくてもいい。とにかく睡眠不足もあって疲れただけだった。
そして学園祭の本番。1日目は午後から招待客がやって来る。私は何やら受け付けの係に回されていた。
お客は入っていたけど、皆あっさりと出て行く。私が提供したネタの部分には唸るような声も聞けたけど全体の反応としてはイマイチだった。まあそうでしょうね。
私は廊下を歩く人達の話を盗み聞きながらボンヤリと受付をしていた。
そして1日目が終わり寮に帰ろうとしたとき、男子生徒が話し掛けてきた。
「セーラ、明日は俺達と回らないか?」
「・・・」
私は彼らを見た。
コイツら・・・どの面下げて言ってるんだ。いい加減に私も頭に来た。面倒臭い事には知らん顔を決め込んでおいて自分のやりたい事には積極的なのか。ウンザリだ。
私はニッコリ微笑んだ。
「ごめんなさい。私、学園祭の準備の疲れが取れていないんです。折角のお誘いですが遠慮させて頂きますわ。では、ご機嫌よう。」
「え!?」
今まで誘いを無碍に断った事の無かった私の断りの返事を聞いて、彼らは驚いた表情をする。が、私はソレを無視して帰路に就いた。
翌朝、私はクラスには顔を出さずに違う場所へ歩を進めていた。昨日、受付をしている時に盗み聞いたお話。
『リトル=スターがとても面白かった』
『明日は午前と午後の2回演る』
リトル=スターはマリーベル様達の出し物だ。確か小講堂を借り切って演っている筈。コレを聞いて私は昨日から今日の行動予定を決めていた。今日は1日ソレを観るつもりだ。
ただクラスに顔を出せば、また鬱陶しい誘いが来るのは目に見えている。だから私は直接に舞台となる小講堂に向かっていた。
『・・・早すぎたな・・・』
私は小講堂に着いてからそう思った。まあでも開演まで待っていれば良いか。
『・・・ん?アレは隣のクラスの人かな?』
5~6人の男子生徒が小講堂に入っていくのが見えた。
『もうすぐ扉が開くのかしら?』
私はワクワクしながら待っていたがいつまで待っても扉は開かず、男子生徒達もまた小講堂から出て行ってしまった。
「なんだ。まだか・・・。」
でもその後、直ぐにマリーベル様達がワイワイとやって来て小講堂に入っていった。そして小講堂の扉が開く。
私は一番乗りで最前列の中央の席を陣取った。とても楽しみ。マリーベル様とヤマダ様。あの御二人はどんなリトル=スターを見せてくれるのでしょう。
「あら?リーズリッテ様?」
声を掛けられ視線を上げるとクラスメイトの御令嬢方が私を見ていた。
「あらレイナー様、皆様方。ご機嫌よう。」
私が挨拶すると
「御一緒しても宜しいかしら?」
と尋ねられたので手で隣の席を勧める。
「リーズリッテ様もコレを観に来ていらっしゃったんですね。」
「ええ。今日は一日、此処に居るつもりです。」
「先程、クラスでデアルタ様達がリーズリッテ様を探していらっしゃいましたよ。」
デアルタ様・・・?・・・ああ、今日一緒に回ろうと言ってた令息達か。
「そうですか。」
やっぱり小講堂に直接来て正解だった。
「宜しいのですか?」
「ええ。私が此処に居ることはご内密にして下さいませね。」
「はあ・・・。」
レイナー様達は理解しがたいといった表情だが気にしない。
やがて公演が始まる。
出て来た2人の美少年に黄色い悲鳴が上がる。ダークレッドのスーツに身を包んだ戦神ニケイア。ヤバい。カッコ良い。私は初めて同年代の男子を見てカッコ良いと思った。そしてブルーのドレスを見に纏った光の神アーレ。
「男の子?女の子?」
アーレ役の子を見て興奮したレイナー様が尋ねてくる。
「男の子だと思うけど・・・。」
私はそう答えたけど余り自信が無い。キャスティングではリューダ様という男子の名前だった。けど今見ているアーレはどう見ても女の子にしか見えない。しかも彼(女?)が動く度にスリットから脚がチラチラ見えて艶めかしい。
「キャー・・・」
レイナー様達も素足が見える度に小さな喜びの悲鳴を上げている。アレが男子なら素もトンデモナイ美少年だわ。
そしてヤマダ様が扮するロンディールの登場シーン。
ダークレッドの髪をした想像を上回る麗人が現れた。一瞬、女性客の声が響く。けど、私の耳には殆ど入らなかった。
何て美しいんだろう。黒い緩めのカットソーと真っ白なタイツがヤマダ様の柔やかな肢体を際立たせている。肩口までの短めなショートボブが返ってヤマダ様の美しく凜々しい表情を鮮明に伝えてくる。
『・・・何故、争いは終わらないのか。神と言えど、所詮はこんなモノなのか。』
ヤマダ様の朗々とした耳に残る声が響き渡る。
賊に襲われロンディールが剣を振るって撃退する場面でも、ヤマダ様は無理を感じさせない自然な動きで剣を振るっていた。
「・・・カッコイイ・・・」
私は思わず呟いて慌てて口を手で押さえた。
傷を受けたロンディールが小川に辿り着くシーン。ここはマリーベル様が扮するアルテナの登場シーンだ。
男性客の響めきが上がる。
私は息を呑んだ。天使という言葉はきっと彼女の為に在るんだろう。真っ白なカットソーとミニスカートを穿き、上から透け透けのシルクの衣を纏っている。衣装はソレだけ。なのに彼女の銀髪と小柄な体格が相俟って幻想的な美しさを観客に魅せていた。
『どうかされましたか?』
鈴の音の様な心地良い声と共にマリーベル様は小首を傾げる。
「・・・カワイイ・・・」
私は思わず呟いて慌てて口を手で押さえた。
そして噂のシーンがやってきた。
横たわるニケイアにアーレがかがみ込む。
『ああ・・・私のニケイア・・・』
アーレがやや高めの声で呟き、ニケイアを抱き締める。
「・・・」
得も言われぬ背徳染みた美しさに私はポカンと口を開けて魅入った。周囲の観客の女子生徒達からは盛大な歓声が上がる。
私はその悲鳴にハッとなって口を啜った。
そしてもう1つの噂のシーン。ロンディールとアルテナのキスシーン。
ヤマダ様がマリーベル様を引き寄せて抱き締める。
『・・・どうか私の側に居て欲しい。君が好きだ、アルテナ。』
『私もお慕い申し上げます、ロンディール様。』
ロンディールの告白をアルテナが受け入れる。
そして2人の顔が近づき・・・一瞬動きが止まったかと思うと、マリーベル様がグイと勢いよくヤマダ様の顔を引き寄せた。
あの勢いであの顔のくっつき方って・・・。
「え・・・ホントにしてる?」
私は思わず声を上げてしまう。
「ホントにしてない!?」
レイナー様達もザワつき始める。
結局ザワめきの収まらない中、午前の公演は終了を迎えた。拍手は喝采だった。私も力一杯の拍手を送る。とても楽しかった。
演者達が舞台に勢揃いして嬉しそうに頭を下げる。どの顔も上気していて「やりきった」と言う笑顔だった。とても羨ましかった。私が欲しかったモノの全てがこの人達の顔には在った。
客席に座った生徒の半数が席を立たない。
私も勿論席を立つ気は無い。
「もう1回観る。キスしているか確認する。」
そう言って私は午後の公演も楽しんだ。
学園祭が終わった後も私はマリーベル様とヤマダ様のキスシーンが頭から離れなかった。
『アレはホントにキスしてたのかな?』
確かめたい。本人達に訊きたい。
もし本当にキスしていたのなら、女の子同士のキスってどんな感じなのかが知りたい。そして私もあの2人とならキスをしてみたい。
・・・幼い頃から素敵な恋物語に憧れながらもなかなか素敵な出会いに巡り会えない私の乙女心は、妙な方向に拗れて行ってるのかも知れない。
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
武術祭が近づいて来た頃。1年生の間で変な噂が流れていた。私が観た学園祭2日目のアーレ役の衣装は『誰かにズタズタにされて急遽用意されたモノだった』と言う噂だ。
「怖い話ですわね。誰がやったんでしょう?」
ゴシップが大好きなレイナー様達が話を振ってくる。
私は苦笑いをしながら首を傾げた。
「さあ?・・・あ、でもそう言えば2日目の朝早くに小講堂に入っていく数人の御令息達を私見ましたよ?」
「え!本当ですか!?」
「ええ。」
レイナー様達の眼に好奇の光が爛々と輝き出す。当然と言えば良いのか、この話はお隣のクラスにも知られる事となる。
そして私はお隣の担当教諭でいらっしゃるマルグリット先生に呼び出しを受けて、当時の話と入っていった一行の特徴を聴取された。
まあ、別に悪いことをしていた訳では無いので、有りの侭を答えたけれど。
数日後、私は見知らぬ御令息の一行に呼び止められた。
「おい、お前。」
お前とは何だ。と言う不快な感情は隠して私は振り返った。
「・・・何でしょう。」
一行は憎々しげな視線を此方に向けている。
あれ?何処かで見たな・・・ドコだっけ?・・・あ、小講堂に朝早く入っていった一行だ。
「あ、貴男方は確か、小講堂に入っていった方々。」
「取り消せ。」
「はい?」
「お前の適当な戯れ言に俺達は非常に迷惑をしているんだ。」
先頭の男子の言い草にカチンとくる。
「・・・戯れ言とは聞き捨てなりませんわね?私がいつ戯れ言などを?」
「黙れ!」
男子は怒鳴った。・・・何だか眼に危険な光が宿っている気がする。
「お前が誰かは知らんが、俺の名前はエロル=デル=デイプール。伯爵家の嫡男だ。俺に従った方が身の為だぞ。」
デイプール伯爵・・・?そう言えばそんな貴族も居たような気がする。
私はわざとらしくカーテシーをした。
「わざわざ名乗って頂いたからには私も名乗るべきですわね。私の名前はセーラ=ステイ=リーズリッテ。貴男と同じく伯爵家の娘ですわ。」
「!」
男子は明らかに怯んだ顔をする。
ま、上位貴族でリーズリッテの名前を知らない人は居ないでしょうし普通の反応か。
「と・・・とにかく取り消せ。いいな。」
一行は逃げるようにそう言い捨てて立ち去った。
取り消す筈が無いでしょうが。
その後、ヤマダ様が武術祭に参加すると聞いて私は驚いた。女子が参加するなんて凄い。そんなに凄い腕前なの?
もう私は学園祭以降、ヤマダ様に近づきたくて仕方が無かった。
何か、何か切っ掛けって無いのかしら?
でも結局、ヤマダ様の参加は無くなった。体調が悪いとの事。残念。
私は御令息に頻りに話し掛けられるので適当に返事を返しながらヤマダ様の事を考えていた。
あの方と武術祭の後のパーティーを回りたいな。無理なのは解っている。多分、彼女はクラスの方々と回るでしょうから。でも回りたい。話をしてみたい。
「セーラ、武術祭後のパーティーは一緒に回ろう。」
うちのクラスから参加するレンゼル様が私に言った。・・・いや、私を誘う前に、この人は武術祭に向けて練習はしているの?
「それよりも、本番に向けての練習は宜しいのですか?」
「必要無いさ。俺は剣には自信があるんだ。」
・・・そうですか。
何でウチのクラスにはこういうカッコ悪い人しか居ないんだろう?応援する気にもなれない。
武術祭の当日。
「セーラ。この勝利を君に捧げたい。」
レンゼル様が私に言った。
はいはい。その言葉は勝ってからになさって下さいまし。私は微笑みながらそう思う。ソレといちいち私を引き出さないで欲しい。恥ずかしいから。
お相手はお隣のクラスのリューダ様だった。学園祭でアーレ役を演じられた方。そして良く学園の隅でトレーニングをされている方。
やっぱりもの凄い美少年だった。フワフワの金髪と小柄な体格のせいもあってか、パッと見は美少女にも見えてしまう程だ。
大丈夫だろうか。どうか怪我だけはしないで欲しい。
けど、そんな心配は杞憂だった。彼は力強く攻撃を組み立てながら、華麗にレンゼル様の胴を打ち抜き駆け抜ける。
・・・カッコイイ・・・。コレこそ男の子だ。私は見惚れる。
「いやあ、あんな小さい相手はやり辛くてね。後少しだったんだけどな。」
「そうでしたか。」
レンゼル様の言い訳を聞き流す。何が少しなモノか。相手になって無かったじゃん。
私も幼い頃から兄に剣術を学んでいるから少しは解る。相手が小さいのだから相当にやりやすかった筈だ。解らないとでも思っているのかな?アレが貴男の実力だとしたら、多分だけど私、貴男相手なら勝てるよ?・・・まあ、言わないけど。
結局、ウチのクラスの参加者は4人とも1回戦で全滅していた。まあそうだろうな。なんかウチのクラス、出場者も適当に選んでたし。
そして、翌日、私はお隣のクラスの選手達の試合を観ていた。当然のように御令息達が付いてきていたが基本的に無視して回る。
お隣のクラスは3名しか出ていなかったのに、初等部で第2位になっていた。本当に何をしても熱いクラスだ。
その後、お疲れ様パーティーが始まる。
ソコでデアルタ様とレンゼル様が言い争いを始めた。
「彼女とは僕が一緒に回ろうと先約していたんだ。」
「知った事か。僕も彼女と回ろうと約束をしていた。」
皆が楽しんでいる中で・・・もういい加減に止めて欲しい。何故、私は毎回晒し者にされなきゃならないの?多分、私の2人を見る目は相当に冷たいモノだったと思う。
「セーラ!君は一体どちらと回りたいんだい!?」
「僕だろ!?セーラ!」
「決めてくれ。君はどちらと回りたいんだ?」
結局、私に決めさせるの?私は溜息を吐いた。もうイヤだ。答える気も無くなって私は人だかりに視線を彷徨せた。
その中、人だかりの後ろから伸び上がるようにして此方を見ている1人の御令嬢と目が合った。口にクラッカーの様な物を運んでモグモグさせている。
あのダークレッドの髪は・・・。
私の胸がドキリと高鳴った。
ヤマダ様が私を見ている。初めて彼女が私を認識してくれている。セーラ=ステイ=リーズリッテを見てくれている。
私は顔がどうしようも無く火照り出すのを感じた。
もう目の前の茶番なんかどうでも良かった。さっさと終わらせて彼女の下に行こう。多分、コレが最初で最後の大チャンスだ。この機会は絶対に逃さない。
私は目の前の令息2人に言った。
「私、別にどちらとも回るなんて言った覚えは無いのだけど。」
多分、相当冷たい声だったと思う。2人は舌戦を止めて私を呆然と見ている。が、直ぐに立ち直って言った。
「い・・・いや、一緒に回ろうと告げていたじゃないか。」
「ええ、聞きました。でも、私、それに対して『解りました』と言った覚えは無いのですけど。」
「・・・」
うん。動きが止まった。
もうこの話はおしまい。
私はヤマダ様目掛けて歩き出した。人垣が割れていく。そしてヤマダ様も皆に釣られて私に道を空けようと動いたので私は彼女を見てピタリと歩みを止めた。
心臓がドキドキと高鳴って破れてしまいそうだ。
「は?・・・あ・・・え?」
足を止めた私を見て、彼女はビックリ顔で口に頬張っていたクラッカーをゴクンと飲み込んだ。
私はそんな彼女に精一杯の微笑みを向けて言った。
「お待たせ。一緒に中庭でも回りましょう?ロンディール様。」




