エゴイスト
部屋に戻ると、大きな箱に出迎えられた。
「アンジェラさん、これは一体……?」
「以前、カシオカ様に頼まれたものにございます」
俺に頼まれたもの……?
ああ、もしかして八束も俺の能力が見えるようになりたい!と言っていたことだろうか?となるとこの道具は八束と俺の視界を共有するための物?
そう思ってみてみると、確かに、テレビっぽい。地デジ化される前のね。
しかし、アンジェラさんにこのことを相談したのが朝だったから、たったの一日でこのテレビ(仮)を用意したことになる。そうなるとかなり行動力があるというか.......有能すぎる。
八束も同じような結論に至ったようで、期待のこもった眼でテレビ(仮)を見つめていた。
「けど、これ、どうやって使うんだ?」
八束は恐る恐ると言ったように、テレビ(仮)を触るが、パッと見、ボタンやスイッチ等は無さそうだ。
「この装置を使うにはコントローラーを使う必要がありますね」
そう言ってアンジェラさんが取りだしたのはまんまテレビのリモコンである。
「これを握り、魔力を込めると思い浮かべたものがその箱に写ります」
テレビの方を見てみると、画面の中では、なにかの動物をモチーフにしたのであろうぬいぐるみらしきものが奇妙な動きをしていた。その体や顔はほぼ円で構成されており.......まあ失礼を承知で言うと子供の落書きのようだ。
「これは熊か?」
「いえ、猫です」
即答したアンジェラさんは冷たい目を八束に向けているが、いや、今回は八束、悪くないと思う。可哀想に、八束。
でもまあ欠点らしい欠点が見つからなかったアンジェラさんに欠点が見つかった気がするのは新鮮な気持ちだ。
想像力があまりない、ということなんだろうか?多分、だけど。脳内で考えるだけなら画力とかはあんまり関係なさそうだしな。絵も下手なのかもしれないけど。
「その魔力を込める、つーの?
どうすれば出来るんだ?生活するのにも必要そうだし、今学んでおいても損は無いと思うんだが」
八束はアンジェラさんの冷たい目線にも気にした様子はなく、問いかけた。
なんだかんだいっているけど、このテレビ(仮)を使ってみたいだけだろう。
「いえ、やはり魔力は私のような、素人に教わるよりも、きちんとした先生に教えて貰った方が良いと思いますよ?きっと明日には教えて貰えるでしょうし」
ふむ、アンジェラさんの言うことも一理ある。魔力を込めないと使えない道具はあるにしろ、それとは別に、魔力を使わなくても使える道具も大体近くにおいてある。だから、別にそんなに急いで魔法を習わなくても特段不便さはない。
かと言って、アンジェラさんが魔法の素人だ、といったことを鵜呑みに出来る訳でも無いんだけどね。なんか、アンジェラさん強そうだし。あの魔法使いのおじいちゃんよりも技術がある、って言われても納得してしまいそうだ。
八束は不満そうな顔をしながらもとりあえずは納得したようで、ふーん。と不貞腐れたような声を出した。
「あ、でも魔法について教えて貰えるのって午後の授業ですよね?それだと魔法の授業とってない人は魔力が使えず、この国で生活する上でかなり不便なんじゃないですか?」
俺が思いついたことを言うと、八束は不貞腐れるのをやめたのか、腕を組む。
「確かに。昨日の様子だと、魔法の授業受けてても明日にはやっぱ授業取るの辞める、って奴も少なくないだろうしなあ。まあこれは魔法に限ったことじゃないが」
八束は何かを見定めるような目でアンジェラさんを見た。
アンジェラさんは目を伏せる。
「申し訳ございません。教会は、勇者たちが能力とは違う授業を受けることに、反対している、ということは知っていましたが……」
そこで伏せていた目をこちらに向ける。
「まさか、なにか教会側から授業を妨害されたのですか?」
その瞳には動揺が滲んでいるようだった。
「いえ、妨害という程の妨害ではありませんが……武術の授業は結構厳しかったですし、魔術の先生は眠りの呪文をかけてきましたね」
「眠りの呪文、ですか……?」
アンジェラさんは鳩が豆鉄砲を食らったような顔している。
多分だけど八束の責めるような顔を見て、勇者たちのうちの一人に何らかの危害を加えられた。具体的に言うならば、怪我をさせられたとでも思ったのだろう。
この世界は元の世界よりも物騒だ。その違いが今、俺達とアンジェラさんの意識の差となって顕著に表れていると感じた。
まあこればっかりはどうしようもないと思うけど。育ってきた環境が違うわけだし。
それに、正そう。とはあまり思わない。
確かにこの世界で生きていく上では、必要な適応なのかもしれない。
だけどこの世界に適応しても、元の世界に戻ったらどうなる?
きっとこの世界と元の世界とのギャップで苦しむことになるだろう。小さなことならまだいい。だけど大きな違いが現れたら?
気がついた時には、大量殺人を犯して捕まっていました。なんてこともあるかもしれない。
いや、すごい大袈裟な例えだけどね。
あーでも、元の世界の感覚のままだと平和ボケしすぎて死亡、なんてこともあるかもしれないのか。
……となると元の世界に戻った時になんの問題もない程度は変わらず、でも死なない程度にはこの世界に適応しなきゃいけない、ってこと?
……難しすぎでは?
ま、まあ、何とかなるだろう。多分。きっと。
「ま、まあ、その程度で済んで良かったです。しかし、たかだか眠りの呪文とはいえ勇者に攻撃を仕掛けるとは……」
アンジェラさんは表情をきゅっと引きしめ、難しい顔で考え込む。
「あ、あの、このことは報告しないようにして貰えますか?」
何となくアンジェラさんがあのおじいちゃんに罰を与えてしまいそうな気がして、思わず口を出す。
「何故ですか?」
アンジェラさんは驚いたような顔を見せた。
「いえ、あのおじいちゃんも進んで眠りの呪文をかけたわけじゃなくて、悩んでたので。だからそれで罰を受けるのは、少し可哀想じゃないですか」
そう言うとアンジェラさんは目を見開いた。
甘い、って思われてるんだろうな……。でもこれが俺の本心だ。おじいちゃんが苦しんでるのを見て、そのうえでさらに罰を与えよう、なんて思えない。
八束もきっと同じ思いのはずだ。そう思って彼の顔を見ると……八束も顔を顰めていた。
え?なんでだよ?お前もこっち側の人間じゃないのかよ……。
なんとなく裏切られたような気持ちになり、呆然としているとアンジェラさんがため息をついた。
「分かりました。私が言わなくてもほかの使用人から話は伝わると思いますが……その際にも彼の罰が軽くなるよう、お願いしてみましょう」
「ありがとうございます!アンジェラさん!」
俺は嬉しさのあまりに思わず、3回ぐらい頭を下げた。
するとアンジェラさんは手で俺が頭を下げるのを制し、困ったような表情を浮かべる。
「そんなに頭を下げないで下さい。私がカシオカ様に勝手に協力したくなっただけですので」
まあ、確かに……。
特に誰かを助けようとした訳でもなく、ただただ自分の為に行動していただけなのに、思わぬ相手から感謝をされると戸惑う気持ちは分かる。し、なんだか感謝されればされるほど、申し訳なくなってくる感じも分かる。
分かるけど、それでも感謝の気持ちは伝えたいんだよなあ。すごい自分勝手な話だけど。
感謝っていうのは言わなきゃ伝わらないし。
なんというか、人の事と、自分の事、この二つを上手く尊重させるって言うのはやっぱり難しい。
まあ、一度言ってみて、嫌そうな反応をされたらそれ以降は言わないことにしよう。うん、それがいい。
だから今回もこれでお礼は終わり。
しつこい男は嫌われるって言うしね。
「ところでなんでアンジェラさんは柏岡に協力したくなったんだ?
別に柏岡のことは嫌いじゃないってか、むしろ好きではあるんだが、そういう、なんつーの?甘いところだけはどうにも気になるからなあ。
そこに協力したいと思った理由が知りたい。アンジェラさんって、別に柏岡みたいにただただ甘い人間、って訳じゃないだろ?むしろ、冷血?って感じするし」
優しいでもなく、親切でもなく、甘いと表現するところがなんとも八束らしい。棘は感じるけど、それは多分、俺の甘さで俺自身が傷ついたことがあったからだと思う。
八束はその辺、上手く自分が傷つかないように、割りきれてるから、俺のことを見てるともどかしくなるのかもしれない。
そんなことを考えているとアンジェラさんがほうっと息を吐いた。
「そうですね。私が優しさと程遠い存在だということは、自覚しております」
「いや、そこまでは言ってないんだが……」
八束はさすがに言いすぎた。と思ったのか、バツの悪そうな顔をした。
「あら、そうなんですか?」
ふふふと微笑むアンジェラさん。
あ。この顔は分かってたけど、わざと大袈裟に捉えたフリをして、八束をからかってたんだな?
八束には悪いけど、いつも口の悪い八束にはいい薬になったんじゃない?からかわれたからと言ってそう簡単に治るものでもないと思うけど。
「まあ」
と吐き出した言葉は先ほどとは打って変わって重く、彼女は遠くを見つめていた。
「私が目的のために沢山の人を傷つけてきたことも、それを大して気にしていなかったこともありました。
ですが、そんな私も、優しくなりたい、と思うことはおかしいでしょうか?」
俺たちに問いかけている、と言うよりは自分自身に問いかけているような、そんな声が空虚に響く。
その問いになんと答えていいか分からず、まるでまとわりつくような、重い空気が場を支配した。
「あ、すいません。なんだか変な空気にしてしまって……」
「えーっと、それでなんの話してたんだっけ?」
沈黙に耐えられなくなったのか二人が同時に話し始めた。
互いに互いが話すとは思ってなかったらしく、二人は驚いた顔をし、顔を見合わせて……そして、吹き出した。
互いの驚いた顔がそんなに面白かったのだろうか?何にせよ仲が良さそうで羨ましい限りである。
「優しくなりたいって思えるのはいいことだと、俺は思いますよ」
悩んでいるような彼女に、どうしても、俺の思ったことを伝えたくなって、彼女は本当は他人の答えなんて求めていないのかもしれないけれど、口を開く。
すると、アンジェラさんはキョトンとした顔をして、少し考えた後、自分のことだと気づいたようで、はにかんだ。
その表情は、まるで初々しい少女のようで、普段とのギャップを考えると、物凄い破壊力のように思えた。
ぼうっと彼女の顔を見ていると、その彼女の声で我に返る。
「そういえば、カシオカ様の質問に答えていませんでしたね。魔術スキルを持ってない勇者様方は魔力を使えずに不便ではないか?との事ですが……。
その心配は必要ありません。
そもそもこの世界は全てが魔術ありきで成り立っています。子供の頃初めて教わるのが魔術、と言われるほどです。ですから武術の訓練の時も、魔術の基礎は教えて貰えるでしょうね」
あーなるほど。武術って言うと空手とか柔道とか魔術を使わない物を想像しちゃうけど、実際は違うらしい。
ファンタジーとかでよく見る、魔力を拳に込めて殴るとか、魔力剣!とか多分そういう感じなんだろう。
「じゃあ、魔術スキルも武術スキルも持ってないやつはどうなるんだ?」
「その方は……独学で学ぶか、自分で先生を見つけるしかないですね」
「随分と放任的なんだな」
「正直、訓練を受けない方がいる、というのは想定外でしたので……」
アンジェラさんが申し訳なさそうに身を縮こませたが、彼女は悪くない。
って言うか、これって完璧に教会のせいじゃん。能力のないやつはどうなっても構わないってそういうことなのだろうか?わざとじゃなかったとしても、酷い話だ。そこまで神の声とやらは大切なものなのだろうか?ちょっと俺には理解できない。
「あー、まあそうか。確かに教会は悪いが、何も行動せず、学ぼうとしないものは生活するのにも不便するってことならまあいいんじゃない?働かざる者食うべからず、ってーのとはちと違うが、そんな感じだろ」
八束の言葉で熱くなっていた思考が冷やされる。
まあ、それは確かにそうかもしれない……。厳しいようだけど、自分のことは自分でなんとかしないといけないよね。義務教育も終わってる年齢なんだし。
自分が先生を見つけられない、自分で学べない、そんな状況に陥ってないから許容できてるだけなのかもしれないけど。
でももう起こってしまったことなのだから、仕方がない。それを阻止する力は僕にはないし、元に戻す力も、改善する力も、ない。
ただ困ってる人がいたら、協力してあげようとは思った。これも利己的なのかもしれないけど。
「あー、でも、このテレビ?使えないのは残念だなあ」
八束は、恨みがましい目でアンジェラさんを見たが、アンジェラさんは八束から思いっきり目を逸らした。
そんなやり取りを見てると、なんだか、無力さを嘆いてる自分が滑稽に思えてきて、俺は今までの考えを吹き飛ばすように、朗らかに、笑った。




