訓練は勿論二つ受ける!
「十時から十二時までは武術の、十三時から十五時までは魔術の訓練を行っているようです。受けるのはどちらか一つでも良いらしいのですが……どうなさいますか?」
今朝は七時にアンジェラさんが俺たちの部屋に来て起こしに来た。まあ、俺はその前から起きていたんだけども。こんな見知らぬ世界で安眠できるほど、俺の精神は図太くない。
対して、八束は相変わらず爆睡してたな……。そういうところは心底羨ましいと思う。こういう人が無人島とかに言っても長生きできるんだろうな……。
今は朝食を食べながら、アンジェラさんに今後の予定を聞いているところである。
「俺はどっちでもいいが……どうする?」
八束はこちらを見た。俺に判断を委ねるということなのだろう。
「じゃあ、両方で」
「両方だと……」
八束は、意外そうな顔をしている。
不服なのだろうか?人に決断を委ねておいてそれはないと思うけど。
「別にいいでしょ。学べるに越したことはないんだから」
少し語気が強くなってしまったのが自分でも分かる。
「いや、確かにそうなんだけども。別に嫌だった訳では無いぞ?ただ、予想外だったんだよ。どちらかを選ぶとばかり思い込んでたからな」
俺の不満が伝わったのか、弁明するような言い方だ。決定に異論があるわけじゃないなら別にいいんだけど。
「私達、王国側からしても、両方参加していただけるのはありがたいことですね。勇者様方が強くなればなるほど、王国が救われる可能性も増えますし……」
「つまり、俺達が強くなることで、俺達の生存確率は上がるし、王国側も嬉しい。これぞまさに、win-winの関係って奴だね」
「まあ俺達は魔物を倒す気は無いけどな」
「それは言ってやるなよ」
ふん。と八束は鼻で笑った。
「そう言えば、戦闘スキルの有無でクラスが分けられるそうですよ?お二人についてはどのように報告しておきましょうか?」
アンジェラさんは、ティーカップにお茶を入れながら言う。
「両方とも無しってことにしよう」
八束は即答する。
恐らく、神谷は、戦闘スキルを持っている。そんな中、戦闘スキル有りと報告すると、彼らと同じクラスになる。それが嫌なのだろう。
戦闘スキル有りの人と無しの人だとやはり訓練の内容が変わってくるのだと思う。どれぐらい変わってくるかは想像もつかないが、それと天秤にかけても、神谷と同じクラスが嫌だったらしい。ならば何も言うまい。
俺は当然戦闘スキルなんて持ってないので、無しと報告することに問題はないし。
あ、俺と同じクラスになりたい説もあるのか。というかそっちの比重が多くあって欲しい。
「かしこまりました。戦闘スキルの有る方が無しと報告する分には問題ないと思います。では報告してきますね」
そう言って、アンジェラさんは俺達の前にティーカップを置いて部屋を出た。
アンジェラさんは、八束がスキル無しと報告したがっているのを見抜いた上で、わざわざ俺たちにスキルがあるかどうか、聞いてくれたのかもしれない。だとしたらありがたい話だ。俺もひとりぼっちで訓練を受けるのは心細いしな。
ティーカップを傾ける。
こうやって、暇な時間ができた時にお茶を用意してくれたり、メイドとして当たり前のことをしているだけなのかもしれないけれど、本当にありがたい。
そんなことをしみじみと思っていると八束が話しかけてきた。
「おい、暇だ。なんかスキルでやってみてくれよ」
無茶振りだ。そもそも俺がスキルを使ったところで俺にしか見えないだから、八束の暇潰しにはならないだろうに……。
しかしまあ、暇なのは分かる。なにか話題はないかとうんうんと考えていると、ふと思いついた。
「そう言えばスマホはどうなってるの?」
「ああ、お前スマホ持ってないんだったな。ほらよ」
八束は、自らのスマホをこちらに投げてきた。ボタンを押してみると案の定、圏外である。
「その有様だから、とりあえず電源をオフにして節電してる」
「なるほどね」
時刻を見てみると12/01 00:00と表示されている。明らかにおかしい。元の世界の時間が分かる……と言うことではないようだ。
「つーか、お前もスマホ持てよ」
「それ、今言う?」
「いや、帰った後の話をしてる。あったら便利だぜ?」
そう、なのだろうか?その辺が良く分からない。持っていない今も別にそこまで不便はしていないからなあ。大学に行ったら流石に持つのだろうけど、それまではなくていいんじゃないか?
然し、帰る目処も立っていないのに、帰った後のことを考えているなんて楽観的過ぎる気がする。
だからといって、俺にはどうすることも出来ないんだけども。能力のせいで、帰還方法を自力で見つけても、帰れるかどうかわからないし。俺の能力でどうにかなる可能性を考えると、むしろ、関わらない方がいいような気がする。
つまり、人任せになってしまう訳だが。
ってこれ完全に負のスパイラルだ。
どうしようもないならどうしようもないで、開き直ってしまった方がいいのかもしれない。なぜならどうしようもないんだから。
「どうした?黙り込んで」
八束は心配そうにこちらを覗き込む。
「いや、俺たち本当に帰れるのかな、とか色々考えてた」
「それ結論出るのか?」
「開き直ることにした」
「なんだそれ」
八束は苦笑いをする。
「まあでも、そう気負わずとも、きっと誰かが見つけてくれるさ。俺達にはミューさんから貰った能力があるし」
「確かに。俺達には能力があるもんな。事前に説明を受けてる訳だし……」
「そうそう」
って説明?そうだ。俺たちは全員ミューさんから能力に関する説明を受けてたんだっけな……。だとするとおかしいことがある。
「全員が説明を受けてたってことは、影井も自分の能力をミューさんに教えてもらってないとおかしくないか?」
「……確かに。聞いた限りだと、影井は自分の能力を知らないようだった。じゃあなんだ?影井は嘘ついてるってことか?」
俺は首を振る。
「いや、嘘をついてるなら、俺の能力で分かるよ」
「じゃあ、ミューさんが説明してなかったということか?」
「ミューさんがそんな差別をする人に見える?」
「いや、見える見えないだったら、見えないが……」
「そもそも何のためにそんなことをしたんだ?」
恩人であるミューさんが容疑をかけられたのがなんとなく嫌で、八束を質問攻めにする。八束ってそういうところがあるからなあ。恩は感じてるんだろうけど、それとこれとは別、みたいな。
たとえどんな恩人でも、先輩でも疑うときは疑う。情に流されない、とでもいうのだろうか?
それが頼もしい時もあるんだけど。例えば、ゲームの時とか、非常時とか……?
あれ、それ今じゃね?
いや、でもミューさんはわざと影井に能力を伝えないなんてことしないと思うんだけどなあ。
「そういえば、お前の能力ってあんまり説明されてなかったんだよな?」
「まあ、そんなに分かりやすい説明ではなかったね」
「影井もそうだったんじゃないか?」
なるほど……。説明しなかったのではなく、説明できなかった、と言うことか。それならあるのかもしれない。俺の能力はミューさん曰く、見ることに関しては神よりも優れているそうだけど、その俺の能力ですら、影井の能力はよく分からなかったし。
「それはあるかもしれない」
「それしかないだろう」
八束は謎が解けて満足した、というかのように腕を組んで、目を閉じた。
「今度機会があったら本人に直接聞いてみるよ」
「別に無理はしなくていいからな」
どうしても知りたいわけじゃないし。と八束はボヤく。彼の中ではこれはもう解決した謎なのだろう。俺は気になるんだけどなぁ。
コンコン。
ノックの音が響いた。アンジェラさんが部屋に入ってくる。
「どうだった?」
八束は何かが気になったのか、アンジェラさんに尋ねる。
「両方の訓練を受ける方は、予想に反して結構いましたね」
「そうなのか……」
意外そうな八束の声にほら見ろ、と言いたくなる。言わないけど。
「異世界だから、好奇心が勝ったのかもしれないね」
「あー、魔法とか剣とか、確かに気になるよな」
「好奇心による申し出なので、明日になれば大体の方が訓練をひとつに絞るとは思いますが」
「え?そうなんですか?」
アンジェラさんは神妙な様子で頷く。
「厳しいですからね。特に能力のない人にとっては」
俺の体から冷や汗が出る。
まじか。まさかそんなに厳しい訓練だったなんて予想してなかった。せいぜい体育ぐらいなものかと。いやでもよくよく考えてみれば、勉強ではなく訓練なのである。自衛隊とか警察官とかがやりそうな代物だ。
あれ、これ、やばいんじゃね?
八束がほら見ろ、と言いたげな顔をしているが、あんなことを言った手前、やっぱりひとつにします、なんて言えない。そもそも俺がどっちに向いてるかどうかもわかんないわけだし。
というかむしろ、事前に知れたことはラッキーだったのかも。心の準備が出来るし。
「まあでもお二人ならきっと大丈夫ですよ」
そう言って笑うアンジェラさんの期待の眼差しが少し怖かった。




