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第四話:ガラスの歪み

朝、明るい太陽の光がシェーラの部屋に降り注ぎ始める。シェーラは出窓に近づくと、窓辺にそっと腰を下ろした。淡く、それでいて凛とした朝の光に包まれて、シェーラの髪は一層艶めいたが、僅かなガラスの歪みに応えるように、その艶は赤のほかにも、淡い色をいくつもはらんで揺れていた。

外からは木剣を打ち合う音が響く。カイルがいつものように、指南役と激しく模擬戦をしていた。


カイルがこの屋敷にやってきて三年。子どもだった彼は、もうすぐ十五になる。シェーラは静かな目で彼を見つめた。背がぐんと伸び、その体は毎日の鍛錬で鍛えられていることが伺えた。指南役との模擬戦も、ほぼ互角の戦いとなるまで彼は成長しつつあることが、一歩も引かない互いの動きから見て取れた。シェーラの形のいい唇から、少しだけ静かに息が漏れた。


鏡台に目をやる。象牙色の大理石で作られた立派な鏡台。上には巨大な一面鏡が設置され、見るも優美なアーチを描いている。鏡の縁は金細工で作られ、植物のつる模様で彩られていた。圧迫感を抑えるためか、やや細く作られたその精密な縁の飾り細工が、シェーラは気に入っていた。


「お嬢様、お支度をいたしましょう」

鏡台の上に、数々の化粧品を順序良く、丁寧に並べながら侍女のマリアが言った。

シェーラは素直に立ち上がり、床板の上をさっと進み彼女の前、鏡台の椅子に腰を下ろす。マリアに化粧を施してもらうのは、毎朝の習慣だった。


マリアが手際よく、シェーラの透き通るような素肌に香油を薄くのばしていく。どこか清楚な花の香りが鼻先をくすぐり、漂う。

普通の化粧法では、香油は最初に二種類使われる。肌を保護するため最初に使う香油と、白粉をよくのせるための下地としての香油だ。だが、マリアはいつも二番目の香油を省いた。シェーラの肌は真珠のように白く輝き、ムラがないため、化粧がそもそも寄れにくい。そのためマリアは、粗を隠すために白粉を厚く塗るよりも、かえって薄付きにすることで、素肌の美しさを引き立てることを選んでいた。

続けてマリアは毛量の多い化粧筆を使い、ごく薄くシェーラの肌に白粉をはたいていく。マリアの筆先が瞼を撫でる、わずかに冷たい粉の感触。シェーラはほんの少し目を細めた。

肌の完成を確認した後、マリアは眉墨を手にとって、形のいいアーチ形の眉にそっと流れだけを書き足した。小さな細い筆先で眉を整えた後、別の筆に持ち替え、用意していた化粧箱の蓋が開けられる。精密な花の模様が彫刻された化粧箱は、中に何種類もの花の粉が行儀よく収まっている。影色の粉を選び、瞼に濃淡を調節しながら乗せたあと、銀砂をひとつまみ、そっと散らした。シェーラはマリアの指先が目元から離れたわずかな時間に、ゆっくりと瞬きをして瞼の色合いを確認した。

頬紅はいつもと同じ、薄紅色。ただでさえ淡い色を、マリアは慎重に頬に乗せた。

シェーラの、抜けるような色白の肌。切れ長でありながら光輝く大きな瞳。長い睫毛、紅玉のような虹彩。形の整った鼻梁に、やや小さめながら蠱惑的な唇。どれをとっても年に似合わないほど艶やかなため、この年頃の少女が好む、可愛らしさを強調するような化粧よりも、より妖艶に大人びて見えるよう意図した化粧の方が、はるかにシェーラには似合った。


最後に、紅が唇にひかれる。シェーラの柔らかな唇が、春の咲き始めの牡丹のような色合いに染まった。

完全な深紅ではない。深紅よりもほんの僅かに、明るく淡い色。これはマリアが何色も紅を重ねて出す、こだわりの色味だった。鮮やかな緋色を基調とし、桃花色や薔薇色をごく少量加えて整えたのち、最後に一滴は、深みのある生成り色。マリアの作り上げるシェーラの唇は、赤く、華やかながら、しとやかな落ち着きも感じられた。


深紅では、お嬢様は完成されすぎる――マリアは、他は妖艶さを醸し出す化粧だとしても、紅で完成させずあえて僅かな少女らしさを描くことで、かえってシェーラのみずみずしさを切り取って見せるのだった。


鏡台の端には、マリアが用意した香水瓶が置かれていた。 澄んだ淡い紫の液体が光を受けて揺れる。貴族の令嬢であれば、香水を重ねるのは礼儀であり、嗜みであり、最後の仕上げだ。

だがシェーラは、それに触れなかった。

肌にのばした香油からは、ほんのわずかに花の香りが立つ。 髪を整えるための特別な香油は、揺れるたびに、印象的な香りをわずかに残す。 それだけで十分だった。

身支度に使う品々には、すでに練り込まれた香料がある。マリアは、シェーラが好む香料だけを、その段階で選び抜いていた。


強い香水を足すことで、どこか雑味が出て、香りが濁る気がしていた。そのため化粧品自体はたくさん持っていたが、所持品の中でも香水は数点しかなかった。

本当に近くに寄らなければ、彼女の香りは分からないほどだった。


それ以上の距離は、必要なかった。



マリアは身を起こすと、鏡台越しに施した化粧の全体像を確認した。


「お綺麗です、お嬢様」

シェーラの美しさへの感嘆と、自分の技術への誇りに満ちた声でマリアが言った。

シェーラは、鏡台の上にずらりと並んだ化粧品を見やった。義弟からの贈り物が多い。彼は誕生日をはじめとして、社交場に出かける際など、時々シェーラに化粧品を贈ってくれた。だが多くの場合侍女越しに、カードもつけずに寄こすのでシェーラは最初、誰からの贈り物かわからず困惑したものだ。


化粧品を選ぶのは侍女マリアの仕事だったが、彼女はいつも服装との釣り合いを考えたうえで、手持ちの中で最もシェーラに似合う化粧品を選び、毎朝並べていた。

「ありがとう」

そういうと、シェーラは視線を上げて鏡台から目を外した。今日は多分、長い一日になる。


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