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序章


あるところに、竜の領土と、人間の領土がありました。

人間は竜を恐れ、敬いました。

ですが竜は、人間を瑣末な存在と見下していました。


ある竜王のとき、次代の王を決める話が進んでいます。

竜王の親族たちは、宮殿で扇越しに誰が次の王になるかを、見定めるために熱く密談し、時に勢力を争って諍い、退け合いました。


その話の中で、最有力だったのは龍の一族で最も強力な赤龍、ラウルディアです。

彼女は王の長女で、継承権がある中では唯一の女性でした。


そんな彼女は、王位継承の争いにほとほと嫌気が差し、自分は人間の国で結婚をすると気まぐれに決めました。


龍の一族は、彼女の気まぐれに全員が驚愕しました。ただ一人、彼女の父親である竜王だけは、お前が望むのならばと優しい微笑みで受け入れました。


そして、竜の領土と地続きの、辺境伯邸へ縁談が持ち込まれました。

領主邸では、突然の縁組に大混乱しています。次期領主である一人息子は、化け物との結婚とは、自分を人身御供にするつもりかと国に、家に、怒っていました。

ですが領主である父は、むしろこの話に乗れば、大きく国を超えてパワーバランスを動かせる、と乗り気です。


一人息子の抵抗もむなしく話は進み、花嫁が到着する日が来ました。

森から現れる、竜の一団。彼らは皆、怯え切った人間たちの瞳にまさしく化け物として映りました。

醜くはないのです。むしろ彼らは、人間ではありえないほど美しかった。

ですが、分かるのです。その瞳に浮かぶ些細なものを見る表情、動いたものへの意識、微妙な身体感覚。

どれも「人間とは違う」と。

恐怖と怒りで顔を引き攣らせた一人息子の前に、花嫁が籠から降り立ちます。


ラウルディアは、豊かな赤髪と輝く紅玉のような瞳を持つ、長身の絶世の美女でした。

そんな彼女。美しく、たおやかで、そして人ではない彼女に。一人息子は一瞬で魂が描き変わるほど、撃ち抜かれるのでした。


結婚生活は、驚くほど穏やかなものでした

赤龍は、彼に多くを望みませんでした。ただあなたは、自分の隣にありさえしてくれれば良いのだと

一人息子は、彼女が思っていたような、残酷な竜ではないと思いました。美しくて気高い女性なのだと。


周囲は、ご主人様は化け物に籠絡されたのだ、と噂しました。

そんな彼らに、一人息子は怒りました。彼女は化け物ではない、気高く美しい、一人の女性なのだと。

揉めている現場へ、ラウルディアが通りがかります。

彼らは言い争いをやめました。なんでもない、あなたが気にすることではない、と掠れた声で口にする一人息子に、彼女はうっすらと優しく笑いかけました。


「庭園を散策しましょう」

そう彼女はいうと、一人息子の腕に優しく手をかけ、庭園へと二人で歩き出しました。

色とりどり、形もそれぞれの溢れる花たち。一人息子の心も落ち着いてきます。

「あなたに一番似合う花を選びましょう」

一人息子はそう言うと、真剣に花畑を見渡しました。どれが彼女に、一番似合うだろうか?

あの、大輪の牡丹。赤く、宝石よりも瑞々しく咲き誇る花、あれだろうか。

そんな彼の視線を受けて、ラウルディアはなぜか白く、清廉な百合をその手に取りました。

「私は、白い花も好きですのよ」

そう言って花の香りを胸いっぱいに吸い込む彼女の姿は、本当に幸せそうでした。

一人息子も、あなたには白い花も良く似合う。...いいや、この庭園に咲く花は、全てあなたの美しさを讃えるために咲いているのだ、と囁きました。

二人は幸せでした。


そんな中、二人にはめでたく赤ちゃんが生まれました。女の子です。父親に似た黒髪でしたが、その髪は光を浴びれば、赤を帯びた艶が出ました。瞳は母と同じ宝石のような紅色でした。

その赤ちゃんを見て、父親は喜びよく面倒を見ましたが、母親はなぜか、だんだんと赤ちゃんに、結婚生活に、興味が薄れていく様子でした


そしてある夜のこと。

ラウルディアは、私は、この夢から醒めようと思う。そろそろ時間だと、伸びをして言いました。

一人息子は、訳がわかりませんでした。ただ、自分が捨てられるのだと察して、ゾッとしました。


「...全部、嘘だったのか」

震える声で彼女に問います。なぜ、という驚愕でまともに頭が働きません。


「いいえ。本当に幸せな、いっときの微睡でしたわ」

そう答えるラウルディアは、本当に幸せそうに微笑んでいました。でもそれは、優しい彼女の姿ではもはやありませんでした。


赤ん坊はどうするのだ、と我を忘れて彼女に縋ります。どうか行かないでくれ、俺をここに置き去りにしないでくれ、と叫ぶ夫から、彼女は身を離して窓辺へと向かいます。


「その子は竜ではない。赤龍ではない」


その冷たい突き放しが、彼女の最後の言葉でした。

呆然とする父親、その腕の中で、赤ん坊がむずがって泣き声を上げ始めます。

まるで、去った母を恋しがるように。狂ったように。

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