第十話
その日は、特に依頼も入っていなかった。
珍しく、平和。
(……平和っていいな)
私は街の武具屋の前で、足を止めた。
看板には大きく、
【冒険者御用達・老舗武具店】
と書いてある。
(そろそろ、
ちゃんとした武器欲しいよね)
ハリセンは強い。
精神的に。
でも見た目が、
どう見ても日用品だ。
店内に入ると、
壁一面に剣、槍、杖。
店主が、ちらりとこちらを見る。
「いらっしゃい」
「武器、探してます」
「ほう?」
店主は、私の腰回りを見る。
「……それ、武器か?」
「主力です」
「そうか……」
少し困った顔をしつつ、
店主は一本の短剣を差し出した。
「軽くて扱いやすい」
「初心者にもおすすめだ」
私は、手を伸ばした――が。
触れた瞬間。
短剣が、淡く光る。
「……ん?」
次の瞬間。
カン、という音と共に、
短剣が床に落ちた。
「え」
私は、手を見る。
「今、
落としました?」
「いや」
店主が、眉をひそめる。
「弾かれたな」
「弾かれた?」
店主は、奥から古い板を引っ張り出す。
そこには、文字が浮かんでいた。
⸻
【武器適正判定】
・適正武器:判定不可
・戦闘職:ツッコミ
・精神属性:特殊
→ 短剣装備不可
⸻
「……は?」
私は、二度見した。
「精神属性?」
「特殊?」
「未判定?」
店主は、腕を組む。
「最近多いんだよ」
「変な能力の冒険者」
(私のせいではないのよ‥)
別の武器を差し出される。
槍。
触れた瞬間、同じ表示。
杖。
同じ。
剣。
同じ。
「……全部?」
「全部だな」
店主は、はっきり言った。
「君、
“普通の武器を使う前提じゃない”」
「そんな……」
私は、腰のハリセンを見る。
試しに、店主が聞く。
「それは?」
「ただのハリセンです」
「……触っていいか?」
店主が持った瞬間。
ハリセンが、
ぴしっと鳴った。
店主の手が、止まる。
「……なんだ、これ」
「ただの紙製です」
「嘘つけ」
板に、新しい文字が浮かぶ。
⸻
【簡易鑑定】
・名称:ツッコミ用ハリセン
・分類:精神干渉系武装
・適正者:モブ
・備考:他者使用不可
⸻
「……専用装備?」
店主が、乾いた笑いを漏らす。
「しかも、
他人は使えない」
私は、天を仰いだ。
「日用品なのに……」
店主は、真顔で言った。
「いや」
「立派な呪物だ」
「言い方!」
私は、深くため息をつく。
(新しい武器、
買えないのか……)
店主が、少し考えてから言った。
「一応、方法はある」
「なんですか?」
「特注だ」
「君の“属性”に合わせて作る」
「時間も金も、
かなりかかるがな」
私は、財布を見る。
中身は、
銅貨が数枚。
(無理)
「しばらくは、
それで行け」
店主は、ハリセンを指差す。
「世界が、
もうそれを武器だと
認識してる」
私は、肩を落とした。
「……ツッコミ、
卒業できないな、神様もっとサービスしてよぉぉぉ」
武具屋を出る。
今日も平和。
そして――
私の装備欄は、
相変わらずハリセン以外空白だった。
武器がダメなら、防具だ。
(せめて、
殴られた時の保険は欲しい)
私は武具屋を出て、
そのまま防具店へ向かった。
看板には、
【冒険者用防具専門店】
【初心者歓迎】
(歓迎されたい)
店に入ると、
革鎧、軽鎧、魔法ローブ。
夢が広がる。
「いらっしゃい」
防具職人が、こちらを見る。
「今日は何を?」
「防具を」
「いいですね」
即答。
職人は、
軽そうな革鎧を持ってきた。
「動きやすい」
「初心者向けだ」
私は、恐る恐る手を伸ばす。
――その瞬間。
ぴしっ
嫌な音。
「……?」
革鎧が、
私の手を避けるように、
ずるっと床に滑った。
「え」
「またか」
職人が、ため息をつく。
「鑑定板、出すぞ」
例の板が、現れる。
⸻
【装備判定】
・防具適正:なし
・職業補正:未設定
・精神干渉耐性:過剰
→ 装備不可
⸻
「……精神干渉耐性?」
私は、文字を指差した。
「防具に、
そんな項目あります?」
「普通は、
“魔法耐性”だな」
職人が、真顔で言う。
「だが君の場合、
精神面が異常に安定してる」
「安定?」
「外からの“イメージ”を、
受け付けない」
私は、はっとする。
(つまり)
(中二設定が、
入ってこない)
「……防具って」
職人が、続ける。
「着ることで、
“守られている自分”を
想像させる装置でもある」
「君は」
一拍置いて。
「それを、
信じていない」
「信じてない」
「信じてない」
大事なことなので二回言われた。
「じゃあ、
これもダメですか?」
私は、魔法ローブを指す。
「試してみるか」
羽織った瞬間。
ローブが、
しおしおと萎んだ。
「うそでしょ」
鑑定板が、また光る。
⸻
【再判定】
・防具効果:発動せず
・理由:着用者が効果を否定
→ 装備不可
⸻
「否定って……」
職人が、頭を掻いた。
「つまり」
「君は、
“守られている気がしない”と
本当に守られない」
「世界のルール的に」
私は、天井を見る。
「……裸同然?」
「見た目はな」
職人は、申し訳なさそうに言う。
「ただし」
「条件付きで、
使えるものはある」
「何です?」
「日用品」
「日用品」
「布の服」
「普段着」
「作業着」
私は、沈黙した。
「……それ、防具じゃないですよね」
「だが」
職人は、真面目な顔で言った。
「君はそれで十分だ」
私は、店を出た。
装備欄。
武器:ハリセン
防具:なし
備考:私服
(……大丈夫かな、私)
遠くで、誰かが言っていた。
「最近、
変な冒険者増えたな」
私は、そっとハリセンを握る。
「変なのは、
世界の方だと思うんだけど」
誰にも聞かれないツッコミが、
今日も街に消えた。




