かすむ記憶と光の少女⑪
「朝丘ぁぁー!」
「ふっふ~ん! どうしたのかなぁ、松丘く~ん」
怒鳴り声を上げる松丘。しかし、自分に酔いしれた愛奈にはまるで響いていなかった。
「話のいいところで変な茶々を入れるな! 何だあのクソダサい技名はっ!」
「だっ……ダサいっ!?」
だが、聞き捨てならない言葉だけは、愛奈の耳にしっかり届いてしまった。
「ダサくないし! ちゃんとした技名だよ! かっこいいんだからっ!」
「何がちゃんとしただっ! あの戦いはなぁ……神秘的で、幻想的で、胸を打つものだったのだ! 闇を裂く桜色の剣閃! 夜を駆ける薄紅の残光! 天より舞い降りし流星のごとき飛び蹴り! それを、昇天キックだの、ぐるぐるカッターだの……お前のせいで彼女を汚された気分だ!」
「けっ……汚されたっ!? なんでわたしがっ!?」
あの戦いは自分の戦いであり、あの技名も自分のものである。それなのに、なぜこうも文句を言われなければならないのか。
「……愛奈の技名センス、壊滅的……」
「なっ!? 伊吹ちゃんには言われたくないもんっ!」
横から伊吹にも、容赦なくケチをつけられてしまった。
「いいじゃん、愛奈っちのセンス!」
「響華ちゃん!」
「たぶん小学生にはウケるよ!」
「それ褒めてないよねっ!?」
おしゃれな響華にまで、フォローの形をした追撃を受けてしまった。
「と、ところでさっ! 松丘を助けた女性って、どんな人だったのっ!?」
このまま技名の話を続けるのはまずい。そう感じた愛奈は、やや強引に話題の転換を図った。
「おお、そうだ! 肝心なところを聞いてなかった!」
「もったいぶるなぁ、松丘!」
「まったく、お前たちは……まぁいい、よく聞け!」
松丘は、あからさまな話題の転換にため息を吐いた。
だが、愛奈のセンスをこれ以上追及しても時間の無駄だと判断したのだろう。周りの男子たちも、松丘を助けたという女性がどんな人物だったのか、気になって仕方ない様子だった。
松丘は目をつむり、記憶をたどるようにゆっくりと口を開く。愛奈は期待に胸を膨らませて話を待った。
「彼女の素晴らしさは何度も話したが、特に印象的だったのは……そうだな、彼女は綺麗で」
愛奈は目を輝かせた。
「かっこよくて」
愛奈は激しくうなずいた。
「頼りがいがあって――」
愛奈は胸に手を添えた。
「機転が利いて……」
愛奈は親指と人差し指を顎に当てた。
「スレンダーで、美人で…………」
愛奈はしなを作り、髪をかきあげた。
「…………」
愛奈は腰に手を当て、得意げに胸を張った。
「おい、朝丘……」
「どうしたの松丘? もっと言ってくれていいんだよっ!」
松丘の硬く握られた拳が震えた。
「なんなんだお前は! さっきから妙ちくりんなポーズばかり! 気が散ってしょうがないではないか!」
「ええっ!? そんな変なポーズしてないよっ! だって、なんというか……」
「なんで嬉しそうにしているのだっ! お前を褒めたわけではないぞっ!」
「そんなことっ……! いや、そうかもしれないけど……」
さすがにあの女性が自分だと言うわけにもいかないことを思い出し、愛奈の歯切れは悪くなった。
「……ふっ、愛奈に対する褒め言葉じゃないのは分かりきったこと……」
隣にいた伊吹が薄ら笑いを浮かべた。
「んなぁ!? わたしだって言われたことあるんだからねっ!」
具体的には昨日。ちょっと違った気もするが、それは些細な問題である。
「ふふっ、愛奈ちゃんは機転が利いて、頼りになるのは本当ですよ」
「雫ちゃん!」
反対側にいた雫がたおやかに笑みを浮かべた。
「で、それ以外はどうなのさ、雫っち?」
後ろにいた響華が軽薄な笑みを浮かべた。
「愛奈ちゃんには、愛奈ちゃんの良いところがありますから……」
「雫ちゃーんっ!」
さすがの雫にも、フォローしきれないものはあったようだ。
「朝丘っ! コントならよそでやってくれ!」
「コントじゃないよぉ!」
がっくしとうなだれている愛奈に対し、松丘がいら立ったように声を上げた。
「それで、顔はどんな感じだったんだ!」
「美人って話だけど、有名人で誰に似てる?」
「かっこいいってことは……もしかして、外国人とか!?」
「マジで!? スタイル抜群のねーちゃんだったりするのか!?」
「いやいや、スレンダーって話だろう」
周りの男子たちは、さらに詳しく聞こうと色めき立つ。松丘がこれまで積み上げた話により、彼らの期待はすっかり高まりきっていた。
「うっ……いや、それが、顔は……その、よく覚えていないんだ……」
だが、松丘は目線を逸らし、だんだん背中を小さくしながら答えた。
「はぁ? ここまで来てそれはないだろ~」
「なんだよ、やっぱり作り話なんじゃねーだろうなぁ」
「作り話にしたって、そこが一番重要だろ~」
高まった期待を裏切られ、周りの男子たちが一気に白けた反応を示す。
「そーだよ~! なんでそこ覚えてないのぉ、松丘~!」
「なぜ朝丘が一番大きな声で文句を言うのだっ!」
散々期待を高めた自覚はあるのか、松丘はしばらく黙って非難を受けていた。だが、これまで散々話を邪魔してきた愛奈にまで文句を言われ、ついに逆ギレした。
「仕方なかろう! 彼女の顔を思い出そうとしても、なぜか光でかすんでしまうのだ! 正体を隠すための魔法か技術なのだろう! それともなにか! 俺が昨日のことも覚えていないほどボケたとでも言いたいのか!」
キレた勢いで、松丘はとっさに思いついた理屈をまくしたてた。
「ああっ! そうだったっ!」
何のための変身か。
何のための認識阻害か。
(あ、危ない危ない。これからは気を付けなくっちゃ!)
自ら正体をバラしかねない方向へ話を進めていたことに気づき、愛奈は心の中で反省するのであった。
「あ~さ~お~か~……!」
「あ、あれ? どうしたの松丘?」
「お前は、どうあっても俺を……バカにしたいようだなぁ!」
「ええっ! なんでぇ!?」
松丘は歯を強く食いしばり、口を歪ませていた。さらに、頭からは湯気が出ているようであった。
一体全体、何がそこまで松丘を怒らせたのか。皆目見当のつかない愛奈は、ブンブンと首を振って周りを見回した。
「……愛奈は天然鬼畜。哀れ、松丘ボケ老人……」
「いくら松丘でも、まだボケてはないっしょ……」
「さすがに、今のは愛奈ちゃんが……」
「わたしが悪いのっ!? なんか……ゴメンね、松丘っ!」
伊吹、響華、雫。三人とも、今回は苦笑するしかなかった。何かをやらかしてしまったことだけは理解し、愛奈は手を合わせて頭を下げる。
「お前というやつは……っ!」
松丘は歯を食いしばったまま、どうにか言葉を絞り出した。バカにしてきたのも本気に見えたが、今回の謝罪もまた本気に見えた。それゆえに、怒るべきか、許すべきか、迷ってしまった。
だが、そうこうしているうちに時間が来てしまった。
「なにしているの、あなたたち! もう授業が始まるから、さっさと席に着きなさい!」
授業の開始を告げる予鈴が鳴り響く中、教室のドアが開き、厳しい声がクラスに響く。
学級委員の土井が、次の授業で配るプリントを抱えて教室に入って来た。その姿を見た全員が、慌ただしく自席に戻っていく。
愛奈も自席に戻ろうとし、最後にもう一度だけ松丘の方を見た。
「じゃ、じゃあねっ! また後でっ!」
そう言って、慌てて自席に戻っていった。
「また、後で……?」
愛奈が最後に言った言葉を、松丘は口の中で転がした。
何かが、妙に引っかかった。
――じゃ、じゃあねっ! また明日っ!
「――っ!?」
昨日、あの不気味な空間で最後に聞いた言葉が、不意に頭をよぎる。
桃色の光に滲む笑顔。
別れ際に聞いた、明るい声。
声も、姿も、雰囲気も、覚えているものとは何もかもが一致しない。
だけど、不思議と違和感が感じられなかった。
「まさか、な……」
松丘は小さく呟いた。
いつも通りの教室。
いつも通りのざわめき。
新しいクラスになったという浮ついた雰囲気は、もうすでにない。
教室には見慣れた顔が並び、自席という居場所がここにはある。
窓から入る初夏の風が髪を撫でた――そんな教室での一幕。
――お姉ちゃん。わたし、がんばってるよ。
お姉ちゃんは眠っちゃったままだけど、わたしは独りじゃない。
この前は起きてくれて、お話もできた。だから、もっとがんばれるよ。
お金のことはやっぱりよく分からない。契約はもっと難しくて全然分からない。
あんなに難しいことができるって、やっぱり大人の人はすごいんだなぁ。
今は全然ダメダメだけど、いつかはわたしも、できる大人になるんだ。
だって、魔法少女にもなれたんだから。
でも、魔法少女ってむずかしいね。
がんばったねって、すごいねって、みんなに褒めてほしい。
だけど、正体がバレちゃったら大変だもんね。
だから、やっぱりみんなには――ナイショだよ。
◇◇◇
がさりと風に吹かれた茂みが音を立てた。
だが、それを気にする者は、誰もいない。
線路を揺らす電車、エンジンを動かす車、客を呼び込む店、足早に移動する人々。
都会の喧騒の中に紛れ、駅前の小さな茂みの音はかき消された。
昨夜、この場所で人が数人、世界から離脱したことを知る者はいない。
昨夜、この場所で聖契士と侵魔の戦いがあったことを知る者はいない。
がさりと風もないのに茂みが音を立てた。
だが、それを気にする者は、誰もいない。
茂みの中、一匹の小さな蛇が紛れていた。
地に伏せ、息を潜め、じっとそのまま。
昨夜、この場所で人が数人、世界から離脱したことを蛇は知っている。
昨夜、この場所で聖契士と侵魔の戦いがあったことを蛇は知っている。
この蛇もまた、その身に瘴気を纏う侵魔であった。
戦う力は持っていない。纏う瘴気も薄く、あまりに弱い。
街に漂う聖気によって、瞬く間に浄化される。
そんなちっぽけな存在。
だが、その蛇は浄化されずに存在していた。
薄い膜に包まれたように外界から隔てられていた。
蛇の存在を永らえさせるための特別な魔結界。
わずかな瘴気で稼働を続ける精密な術式。
いずれはこの魔結界も消えてなくなる。
だが、蛇に焦りは微塵もない。
蛇は己の主をただ待ち続ける。
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