星が輝いた日⑦
『ギイィ! イィ! イィ!』
バケモノは叫び続ける。目の前の空間を捻じ曲げようと力を込める。
「またあの炎を……!?」
ピュリステラ・ハーティアは呟く。変身前は分からなかったが、今ならその力の奔流がなぜだかわかる。
紫黒の炎を作るにはまだ猶予がある。そう判断したピュリステラ・ハーティアはバケモノ目掛けて地面を駆ける。ピュリステラ・ハーティアが地面を蹴るたびに薄紅の粒子が舞い踊る。
少し湾曲したルートを取りながらバケモノに近づく。もし何か遠距離でも届く攻撃をしてきた場合に備え。自分目掛けてくるなら避ければいい。もし姉の優奈の方に向けられても身を挺して防げるように。そんな狙いと共に駆け抜ける。星屑の光と共に。
しかしてピュリステラ・ハーティアの考えは杞憂に終わる。バケモノが何かをするよりも先にピュリステラ・ハーティアがバケモノの懐に入る。
「やああぁぁあぁぁ!」
駆けた勢いのまま蹴りつける。光の粒子も後を追う。ピュリステラ・ハーティアのブーツがバケモノの腹に食い込む。
『ギイィィィ……!』
蹴られた衝撃でバケモノが後ろに吹き飛ぶ。しかしバケモノは先ほどとは異なり、二足のまま着地する。最初に顔面を蹴り飛ばしたほどのダメージは与えられなかったようだ。
(さっきより……、力が出ないような……)
最初のキックはもっと力を込められた気がした。走る速度もちょっと遅くなった感覚がした。
――そうね。あなたのお姉さんを治療するために魔力を結構消費してしまったから
心の声の疑問に反応して、凛とした女性の声が心に中に響く。しかし、ピュリステラ・ハーティアにとって良くない情報がもたらされる。
「えっ、ええぇっ!?」
想定外の情報にピュリステラ・ハーティアは思わず変な声が出る。だとしたらマズいのではないか。あとどの程度残っているか分からない。三分の時間制限があったりするのだろうか。ピュリステラ・ハーティアの心の中に焦りが生まれる。
――大丈夫。安心して。あの程度の侵魔に負けるほど、今のあなたは弱くないわ!
「わ、わかったよ!」
意を決して、バケモノに近づく。
『ゲアアァァ!』
しかし、バケモノも黙ってやられるばかりではない。ピュリステラ・ハーティアが攻撃のためにバケモノに近づいたタイミングで暴れだす。
「うわっ……! ちょ……!」
右、左とバケモノの振るう腕とは逆の方にピュリステラ・ハーティアは身体を動かす。避け方は素人臭い。だがまずは当たらないことが大事とばかりに。
『ギイィ! アァァ!』
目の前の小さな敵を捉えられないことに業を煮やしたのか、バケモノは苛立ちをあらわにし、力任せの雑な攻撃が多くなる。腕を振るたび、地面がえぐれ、風が渦巻いた。そして、大振りの横薙ぎの腕をピュリステラ・ハーティアは潜り抜ける。
(この隙に……!)
バケモノの懐に入ろうとするピュリステラ・ハーティア。しかし、それはバケモノの誘いだった。バケモノは薙いだ腕の勢いのまま回転していた。
(回った……? 尻尾!?)
ピュリステラ・ハーティアが気付いた直後、衝撃が身体を揺らした。
「あぐぅ……!」
ピュリステラ・ハーティアの口から空気が漏れる。そしてマズい事に尻尾で叩かれた衝撃でピュリステラ・ハーティアの身体が浮いてしまった。
一回転したバケモノがもう一度腕を大きく薙ぐ体勢を取っているのが分かる。分かってはいるが、避けられない。
(来る……っ!)
ピュリステラ・ハーティアは覚悟を決めて衝撃に備える。
バケモノが大きく腕を振るう。ピュリステラ・ハーティアの小さな身体が振るわれた腕のままに吹き飛ぶ。
放物線を描き飛ばされたピュリステラ・ハーティア。しかし、その眼は死んでいなかった。
力に逆らわず、空中で縦に回転したピュリステラ・ハーティアは両足で地面に着地する。着地の衝撃を減らすため、着地と同時にひざを落とし体勢を低くする。そのまま後方に滑っていき、地面との摩擦を利用して止まる。
「はぁっ! はぁっ!……っはぁっ!」
荒く呼吸を行うピュリステラ・ハーティア。命を賭した戦い。異形の物との対峙。
変身したとは言え、さっきまで普通の少女だった娘にかかる精神的負担は相当の物だろう。
「うわっ! 衣装が……!」
ピュリステラ・ハーティアは自身の状態を認識し驚きを露わにする。先ほどのバケモノの攻撃で衣装の一部が引き裂かれていた。
わき腹からおへそに向けて引き裂かれて、破れた布が下に垂れる。スカートは縦に割かれ、太ももは付根の近くまで見えてしまっている。ピュリステラ・ハーティアは自分の太ももが大胆に晒されてしまっている状況に気付く。
(あ、あれ……? これ、もう少しで……パンツが……?)
――まだ衣装が定着しきっていないわね
「うえぇっ!? だ、大丈夫なのっ!?」
不穏な言葉が聞こえた。上って来た羞恥心が静まり、逆に不安になるピュリステラ・ハーティア。
――見た目だけだから問題ないわ。現に痛くないでしょう
「えっ!? いや……まぁ」
確かに痛くない。いやでもちょっと痛かった。あんなに吹き飛ばされたら、普通は大けがで病院行きだろう。今受けた痛さはせいぜい駅でおじさんにぶつかった程度だろう。そう考えれば痛いというほどの範疇でも無いかもしれない。変な声が出てしまったが、戦いに支障はない。
「う~……なんかこう、武器とか無いのかなぁ」
手ごたえのある攻撃が当たったことに満足したのか、バケモノはその場から動いていなかった。しかしこちらからバケモノに突っ込むのはと、躊躇するピュリステラ・ハーティア。
速さは勝っている。しかし、バケモノとは如何ともしがたい差が存在する。そう、リーチだ。
小柄なピュリステラ・ハーティアと大柄なバケモノ。いくら速さで優っていても、ピュリステラ・ハーティアが攻撃するには極限まで近づかなければならない。しかしそうすると先ほどの様に逆撃にあうリスクが高い。
ないものねだりとは分かりつつも、つい言葉が漏れてしまう。何とかリーチの差を埋める方法は無いかと考え――
――武器ならあるわよ!
るまでもなく答えが返って来た。
「あるのぉっ!?」
強く悩んでいたことに対しあっさり解決策が提示された。そのことに素っ頓狂な声がでてしまったピュリステラ・ハーティア。
「でも、どこに!?」
武器はあると言われても、そんなものが近くにあるようには思ってなかった。変身した時にも装着していなかった。だから武器があるとは思ってなかった。
「って!……くっ!」
もたついている間にバケモノがピュリステラ・ハーティアの近くに来ていた。相手の攻撃速度にもなんだか慣れてきた。回避に専念しているため、当てられてはいない。しかし武器の事が気になって攻撃に移れない。
――スターサインを形成中だからっ……お願い、もう少しだけ耐えてちょうだい!
「う、うん! わかった!」
とりあえずもう少し耐えれば状況が変わる。その言葉を信じてピュリステラ・ハーティアは相手に集中する。
しかし、対峙相手に慣れてきたのは相手も同じであった。ピュリステラ・ハーティアが攻撃しあぐねている事を察知したのか、単調だったバケモノの攻撃が複雑になっていく。
バケモノの両腕の攻撃に集中していたピュリステラ・ハーティア。ピュリステラ・ハーティアの目線が上に固定されるように誘導していたのだろう。バケモノがその誘導を利用する。
「……っ! あっ……!」
ピュリステラ・ハーティアは後ろに下がろうとしたときに何かに躓いた。それが尻尾であると気づいたときには体勢が崩れていた。巨体の腕が空気を切り裂く音が迫る。
「……ぅ、ぐぅっ……!」
脇腹付近を殴り抜かれ、吹き飛ばされる。ピュリステラ・ハーティアは一瞬滞空してから着地する。そしてその衝撃を吸収しきれず、よろけて片膝をつく。
(うぅ~……、痛いぃ~。なんかスース―する~)
先ほどの攻撃よりも痛かった。少しだけ目に涙が溜まる。しかし、あんなバケモノの本気の殴打を受けてこの程度で済んでいるのだからまだマシなのだろう。
(って胸の下ぁ!? これ以上は見えちゃうよ~!?)
今度は胸下の一部が引き裂かれてしまっていた。
「でも……今なら……!」
こみ上げて来そうな羞恥心に蓋をする。バケモノと距離が取れた。今なら武器を受け取れる。そう思ったが、再びバケモノが距離を詰めてくる。
「……っ!」
落ち着く暇がない。また殴られるかもしれない。そう考えがよぎり気持ちが一瞬竦む。
(怖い……でも……負けたくっ、ないっ!)
――準備できたわ! さあ、受け取って!
ピュリステラ・ハーティアの眼前で光が輝く。その強い輝きにバケモノが唸り声をあげて、目を細めてたじろぐ。しかし、ピュリステラ・ハーティアの眼は見開かれ、強く前を見据える。
光の中に何かがある。そう感じた瞬間にはその光の中に手を伸ばし、つかみ取った。
瞬時に光が収まる。そして、ピュリステラ・ハーティアの手にはステッキが握られている。先端に星と翼が形どられた短いステッキ。
――力を込めて! ピュリステラ・ハーティア!
「はあああぁぁっ!」
何の力を込めるのか。言われなくてももう分かっている。そのステッキに魔力を込めるピュリステラ・ハーティア。冷静に、着実に、そして強い気持ちも声に出して込める。
星が回り、翼が羽ばたく。小さな粒子が連続して煌めく。
込めた魔力にステッキが呼応する。ステッキの先端から伸びた桜色の光が刃となりて固定される。
〝星光の剣〟
その武器の名を知る。




