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星が輝いた日⑤

「……っ……ぅぁあああああっ!」


 叫ぶ。勇気を奮い立たせるために。

 最初は声が出なかった。間抜けな声が漏れた。それでも無理やり息を吐き続け、腹の底から声が出た。


 一回転して遠心力を使って買い物袋をバケモノ目掛けて投げつける。幸いにして買い物袋はバケモノの顔面目掛けて飛んで行った。後を追うようにバケモノ目掛けて地面を駆ける。


 ビニール製の買い物袋が派手な音を立てる。鈍い音も乾いた音も同時に響く。買い物袋に詰めた様々な品が互いにぶつかり大きな音が出る。重たい買い物袋がバケモノの頭にぶつかった。だけどもバケモノは動じもしなかった。


 手提げのカバンをわきに構えてバケモノに突っ込んでいく。あんなに重かった買い物袋が当たっても痛がる様子がない。

 このまま殴っても意味は無い。それでもカバンを振りかぶる。関係ないと身体を捻る。反撃されて驚いて、帰ってくれと念を込め。勢い付けてカバンを振る。


 ボスン、と音が鳴る。バケモノの腹にカバンが当たり、カバンの中から空気の抜ける音がする。軽い音。先ほどの買い物袋よりも軽い音。


 それでも何故だかバケモノが、身体を折り曲げよろめいた。





「はぁ……はぁ……はぁ……!」


 荒く呼吸を繰り返す。全身の血が沸き立つように体が熱く、酸素をよこせと訴えかける。


 数歩下がったバケモノはその場で立ち止まったまま。目を見開いて自身のお腹をさすっている。そこから黒い染みが噴き出した。バケモノの口から上擦った声が出る。

 意味ある言葉には聞こえなかった。動物の鳴き声の様だった。それでも驚愕している事が、声と態度が物語る。バケモノなのに、いやに人間くさい動きをもって。


(驚いて帰ってよ! わたしたちをもとの場所に戻してよ!)


 荒い呼吸のままバケモノをにらみつける。しかし、ことは愛奈の思うようには進まなかった。


 バケモノが低いうなり声をあげる。怒気を込め。目を細めてこちらを睨む。憎々し気に。


 愛奈の攻撃はバケモノに効いたのだろう。中途半端に、相手を怒らせるだけの威力で。





「……っっ……!!」


 瞬間、大気が震える。耳から入る特大の音。とっさに耳をふさぐも全身に振動が走る。

 バケモノが吠えた。攻撃ではない。ただの威嚇。それだけで身が竦む。奮い立たせた勇気が瞬時に萎む。

 足が震える。歯がかみ合わない。涙が目に溜まり、鼻の奥がツンとする。身体と心が凍り、動けない。

 生き物としての次元が違う。そんな存在を怒らせた。本能が、原始的な恐怖を訴える。絶対に助からない。そう理解させられた。


 バケモノの叫びに呼応して、世界が歪む。バケモノの手前の空間が捻じれてひしゃげる。陽炎の様に揺らぎ、うつろう。

 ほどなく、炎がそこに生まれる。

 暗く、昏い、光を飲み込む紫黒の炎が。



「なに、あれ……?」


 愛奈は呆然とその光景を見ていた。理解が追い付かない。目の前で起きたのに、およそ現実に起こったこととは思えない。

 身体を刺すほどの熱がそこから放たれている。それだけが、最悪な現実であることを如実に物語る。


「なに、する気……?」


 準備は整ったと言わんばかりにバケモノがこちらに視線を送る。嫌な予感がした。誰が考えても同じなくらい明らかな予感だが。

 でも、もう遅かった。

 いや、遅い早いの問題でも無いだろう。あのバケモノに見つかった時点で結果は同じなのだから。


 視界が――紫黒に染まる。その瞬間、時間が止まったように感じられた。

 世界から意識だけが切り離されたように。風も、音も、心臓の鼓動さえ、なにもかも。





 全身に衝撃が走る。視界が揺さぶられる。間延びした地面が一瞬上にあり、縮んだ空が瞬間下になる。

 天地はひっくり返り、残像を残して回り続ける。視界から入る情報の全てが、いままでの人生で見たことのないほどに動き回る。脳が理解を拒み、なすがままに視界が回り続けた。



 ようやく落ち着いた視界から入ったのは、横半分以上を埋め尽くすアスファルトだった。地面の冷たい感触が頬から浸食してくる。

 吹き飛ばされた。ようやく自分に起きた現象を理解した。理解した瞬間、次に来たのは――


「……ぁ、ぁああっ……い、ぎぃ……!」


 全身を襲う痛みだった。



(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!)


 思考の全てが痛みに支配される。それ以外の事は何も考えられない。身体の至るところが痛みを訴えかける。どうすることもできないというのに。この痛みを誰かどうにかして欲しい。もうすべての事がどうでも良い。この痛みが消えてくれるなら。



〝……ぁ……なぁーー〟



 遠くから声が聞こえる。

 自分を呼ぶ声が聞こえる。

 痛みに支配される思考の間を縫って聞こえてきた。フィルターを通した様にこもっていたが、確かに耳に入って来た。痛みに縮まる身体を伸ばし、声のする方に頭を向ける。



(おねえ……ちゃん……)


 姉の優奈の姿が見える。

 距離が離れてしまっている。それでも姉だと認識できる。こちらに向けて手を伸ばしている。


(よかった……おねえちゃん……)


 姉が無事でいる。姉が自分の心配をしてくれている。


 しかし、そんな安心はすぐに絶望に変わる。

 バケモノが優奈に覆いかぶさった。





◇◇◇





(やだ……やめて……)


 バケモノが両手でお姉ちゃんを掴む。


(やめて……やめて……やめてやめてやめて!)


 お姉ちゃんの顔が引きつるのが分かる。


(なんで……どうして……)


 お姉ちゃんがこっちに向けて手を伸ばす。


(わたしから……奪っていくの……)


 〝愛奈〟……そう唇が動いたような気がした。


(わたし……悪い事、した……?)


 感覚が引き延ばされる。スローモーションの映像を見るかの様に。

 見せつけるかの様にバケモノの開いた口がお姉ちゃんに迫る。何もできない。声すら出せない。


(こんな……こんなこと……)


 耳がすべての音を拒絶する。バケモノの口が閉じる。お姉ちゃんの首元で口を閉じる。赤い液体が高く吹き出る。



〝絶対許せない!!〟




「ぅぁあああああああっ!!」


 叫ぶ。衝動のままに。

 怒りが痛みを凌駕する。軋む体が悲鳴を上げる。それでも無理やり息を吐き続け、腹の底から声を出す。


 叫んだところで意味は無い。怒ったところで意味は無い。ただの人であるわたしがあんなバケモノに勝てるわけが無い。

 そんなことは分かってる。そんなことは分かりたく無い。誰でもいい。何でもいい。わたしはどうなったって構わない。



――見つけた……


 だからわたしにお姉ちゃんを救う力を!



――私と、共に……


 だからわたしにあれを退ける為の力を!





 どこからともなく女性の声が聞こえる。凛としたその声に勇気があと押しされる。身体が芯から熱くなる。心と魂が燃え(たぎ)る。理不尽に抗えと。この不条理に立ち向かえと。



――私の、契約者……



「あああああああっ!!」

 わたしの叫びに呼応して、世界が歪む。わたしの胸元の空間が膨張してあふれ出る。星光の様な輝きと、きらめきが。

 ほどなく、結晶がそこに生まれる。

 純潔で、清浄な、ハート型の結晶が。


 わたしはその結晶をつかみ取る。

 胸元にある結晶を握りしめる。



――さあ、変わるための……変えるための……



 何を言うべきかが脳裏に浮かぶ。何を叫ぶべきか魂が伝えてくる。

 理解ができない。説明の仕様がない。

 それでも瞳は前を向き――


――〝言葉キーワード〟を!


『ピュリティステラ・グローイング!』





 そして――星が、地上で輝く。


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