終幕 ユリア・ジークリンデ ⑮
それから、ふたりは旧市街地に入り、観光客からの歓声や高揚感を感じる目線を浴びながら進んでいった。
弓術の披露は上々だった。距離が離れたところにある移動する的に的中させるほどの弓術と魔術の技量の高さに、観客からは大きな喝采が起こった。
円形闘技場の遺跡で行われたテオドルスと模擬戦も、一応は問題なく終了した。模擬戦の結果は引き分け、というよりは、はっきりとした決着をつけずに中断した。
その理由は、模擬戦をしているうちにふたりは興が乗ったようで、わりと本気の打ち合いをしていた。それは剣術だけの演技のような打ち合いではなく、体術も交えた『戦闘』じみた戦いだった。
それを見ていた審判役の者は、その激しさに圧倒されて呆けてしまっていた。
観客のなかにも、それを見て盛り上がる人もいれば、戦いの激しさに戸惑い、恐れる人も見受けられた。
これはまずいと気付いたふたりは、即座に戦いを止め、審判と観客に熱が入りすぎたことを謝罪して戦いを中断したのだった。
イベントとしては盛り上がったかもしれないが、度が過ぎたことは『失敗』だ。
そして、その後。
ユリアは、スピーチを行うために神殿へと向かった。
旧市街にある大きな神殿は、古い時代の人間や星霊によって作られた丘の上にある。神話では、この地に神が降り立ったとされ、そのためここに神殿を建てられたのだという。わざわざ丘を作って、その上に神殿を建てたのは、天にいる神への敬意を表すためだろう。このことから、神殿に行くには長い大階段を登らないといけない。
その神殿の近くには、比較的近代に作られた大きな時計塔がある。
その頂に、セウェルスとルキウスはいた。
「ここから見ていると……なんだか、姉さんが別の人みたいだね」
彼らの警備の持ち場はここだった。ユリアがこの神殿に着いた頃には、ほかの仲間たちもあまり人には見つからない場所で彼女の安全を守ることになっている。
ふたりでいる理由は、ダグラス曰く、ルキウスにとっては初仕事であるため兄であるセウェルスが面倒を見てやれということだった。ただの警備だが、その最中でも兄として教えられることはある。この配置はダグラスなりの気遣いなのだろう。
「公の場では、普段の顔や言動は一切見せないのがあいつだからな。昔からそういうやつだ」
「姉さんは、これから有名人になるよね……。極秘部隊だから個人情報は隠されているけど、今日のイベントで大勢の人から顔は知られることになるし。ネットには、姉さんの写真が出回るだろうし……」
「ああ。一般人だけでなく、上流階級や魔術師の社会でも、あいつに興味を持つ輩が出てくるだろう。その都度、俺達が追い払わないといけないな」
「変な人を追い払うのはいいけど、制裁しすぎて逆に姉さんを困らせたらダメだよ。『この人は俺のだ』とか言ってさ」
ルキウスにそう指摘されると、セウェルスは小さく笑った。
「そんなことは、さすがにまだ言えない──。テオドルスからも、『シルウェステル国王とカタリナ王妃に頼まれたといえども、オレはまだ認めていないから』と言われているからな」
「テオドルスさんも、姉さんのことが好きなの?」
「ああ。ユリアもテオドルスが好きだぞ。両人ともに『別枠の特別』という意味でな」
「別枠の、特別……?」
意味があまりわからなかったルキウスは、首を傾げる。
「あのふたりは、根の部分が似ているんだ。だから、互いが互いの『半身』となることができた。血の繋がりはなくとも、仲の良い兄妹のような部分もあるな。ユリアが何かを頼むときは、いつもテオドルスだ」
「家族愛、っていうこと?」
「端的に言い表すと、そうなるだろうな。俺が思うに、テオドルスが俺を牽制するのは、『頼れる兄』という立場を取られたくないからだと感じる」
「……ラウレンティウスさんは、テオドルスさんとは違って、姉さんを異性として見ていたんだよね? でも、もう身を引いているんだったっけ……」
ユリアとの関係性の話の流れで、ルキウスがその件に触れると、セウェルスは小さく息をついた。
「……本人は、そう言っていたな──。幼馴染との婚約未遂の件もそうだが……まさか、あいつからあんな言葉を聞くことになるとは思わなかった。だが、本当にきっぱりと諦めがついているのかは……個人的には疑問が残るな」
「どうして?」
「十年間も想い続けていた男が、そう簡単に諦められるものなのか──。俺がラウレンティウスだったら……すぐには無理だ……」
「……そう、なんだ」
「だが、ラウレンティウスは身を引くことを決めた。あいつは、一度口にしたことは違えない男だからな」
兄の総評に、ルキウスは静かに頷く。
「ラウレンティウスさんって、自分が苦しい思いをする選択でも選べる人なんだね……。姉さんの幸せのことを、ずっと考えていたから選べたのかな──。『自分は、身の程知らずで愚か者だったから』って言ってたけど……本当にそういう人だったら、そんな決断はできないと思う」
「ああ……。俺もそう思う」
そして、セウェルスは、大階段を登って神殿へと向かっているユリアの姿を捉える。
彼女は馬から降りると、華やかなマントを靡かせながら神殿へ続く大階段を、堂々とした足取りで歩いていく。
丘の上にある神殿前でスピーチなど仰々しいことだが、この場がイベント地のなかで一番目立つからだろう。そして、国にとって暗に期待していることがあるからかもしれない。
彼女という優れた魔術師の存在があることで、魔力学を用いた犯罪の抑止力となること。ヒルデブラント王国やその友好国に悪意を持つ者への牽制にもなる。彼女は極秘部隊であるため、他国を助力することも可能だ。そして、このイベントで『英雄ユリア・ジークリンデ』に扮し、ヴァルブルクの名を与えることを公表することも、その特別さに箔をつけられる。スピーチが終ると、ユリアは大神殿の中に入り、祭壇の前で神々に平和の願う祈りを捧げるという。
これらはすべて、ユリア自らの意思で決定したことだという。自分という存在を使って、世間の平和を守る。
まさに、国を守るための彼女の行動が、今この時から始まっている。
ヴァルブルクの戦士として、王族としての誇りだ。
ユリアが大階段を登り始めると、セウェルスは左手の人差し指に嵌めている指輪──ヒルデブラント王国軍極秘部隊の一員である証──に魔力を込めた。
──不思議だな。民衆のためのイベントではなく、お前の戴冠式が催されているように見えてきた。テオドルスもそう感じているだろうな。
セウェルスは、魔力にその意思を込めて指輪に伝わらせると、その魔力は見えない結びを辿り、ユリアの指輪へと流れていく。そして、彼女の体内の魔力に言葉が刻まれる──セウェルスの言葉がユリアに伝わった。
これは、本来では緊急用の連絡手段だ。そのため、特務チーム全員が特殊なこの指輪を身に着けている。
──私も、まるでヴァルブルク王国にいるような感覚があるわ。父上と母上も、見てくれているような気がする。
緊急用の連絡手段を使って私情を伝えたセウェルスだが、彼女はそれを咎めなかった。
──ああ。きっと見ているはずだ。忙しさが一段落したら、墓参りにでも行くか?
──そうね。春になったから、お墓の周りにも雑草が伸びているだろうし。テオも誘っておくわ。
この三人でヴァルブルク夫妻の墓参りに行くのは、もはや恒例だ。あの夫婦のことを知っているのは、この世にはこの三人しかいない。
──そういえば、セウェルス。今日から十日後に、国立美術館で『ヒルデブラント王国の至高』という特別展があるの。一緒にどうかしら?
──ふたりでか?
──ええ、そうよ。
現代の大気中にある魔力濃度では、メールのような『簡易的な連絡』しかできない。誰から来た連絡なのかということは判断できるが、互いの感情までは判断できないのだ。
どうして、俺を誘うのか。
その言葉に他意はないのか。
深く考える必要のないことでも、彼女からの誘いとなると気になってしまう。
──王族として、座学でひと通りの歴史は学んでいるけれど、美術品のことまではまだ知らないでしょう? この知識も、どこかで役立つかもしれないと思ったの。
返ってきた言葉には、なんとも彼女らしい真面目な回答。
その言葉の裏側に、少しでも期待をしてもいい感情があるのかはわからない。
──わかった。行こう。
彼女の感情がわからないため、セウェルスは当たり障りのない返事しかできなかった。
──美術館の近くには、美味しいと評判のカフェもあるわ。お昼はそこにしましょうか。
変に期待した言葉をかけたら、ただの軽い男だ。今までも余裕のない男のようにしか振る舞っていないような気がする。そんなのは格好悪い。彼女の心にも負担をかけてしまう。
どれだけ彼女の気持ちが気になるといっても、ここは堪えるべきた。
「……どうしたの、兄さん」
その時、ルキウスがセウェルスに顔を向けた。何か不思議がっているようすだ。
「いや……俺も、ユリアが別人のように感じてきてしまってな」
声なき会話でも、このまま交わしていると真面目なルキウスにバレてしまう。このことが知られれば、『本番中の姉さんにどうでもいい連絡をするとか、兄さんはどういう神経してるの?』と弟に怒られてしまう。
(──いつかは、あいつの素直な気持ちを聞いてみたいものだな。もちろん、意地悪な言動はしないから……)
セウェルスは、初回のダンスレッスンのときの、彼女とのやり取りを思い出す。
彼女のあの反応は、昔だと有り得なかったものがあった。昔と似たような反応ではあるものの、少し違う。
俺は、期待していてもいいのか──そう思ってしまう感覚があったのだ。
(それでも、急かす必要はないな。あいつは想像以上に初心だ。ユリア・ジークリンデの歩幅に合わせて、ゆっくりと一緒に歩んでいければいい──)
それも楽しみのひとつだ。一緒に歩いていれば、また可愛い表情が見られるだろうから。
彼女が、自分のそばから離れていくことは、きっとない。
──これは、デート……よね。
ユリアからの言葉が届いた時、セウェルスは呆気にとられた。
セウェルスは、あえてその言葉を使うことを避けていた。デートだとはっきり言えば、彼女からは「違う」という言葉が返ってきそうだったからだ。
返事をしようと思ったセウェルスだったが、ユリアはもう神殿前に設置された演説台の前に立ち、言葉を述べようと口を開いている。
「──」
セウェルスは、マイクから拡声された彼女の言葉に聞き入った。
責任ある立場となった年若い女性だが、それに臆する様子はない。多くの人々を前にしても堂々とした、よく通る声を発している。
一見すると、言葉遣いが上品なため、物腰が柔らかな人に見える。しかし、その口調や浮かべる微笑みの底には、見かけの若さに似つかわしくない威厳のような雰囲気を漂わせていた。
彼女のスピーチを聞いていた人々は、まるで元々そのような立場の人だと感じ、心をざわつかせた。
先の模擬戦では、すべての観客を圧倒する武術を、相方と共に見せつけた。
豪奢なマントを靡かせ、美しい純白の鎧を身にまとう彼女は、時を超えてきた戦士に見えた者もいたことだろう。
もしも、ここにヴァルブルクの兵士がいれば、感情を昂揚させ、鬨の声を高らかに上げたに違いない。
「……やはり、お前は『ユリア・ジークリンデ』だな──」
大きな拍手が周囲を包むなか、セウェルスは微笑みながらそう呟いた。
ほかの仲間たちも、それぞれの持ち場からスピーチを聞き、ユリアの姿をずっと見守っていた。
ユリア・ヴァルブルクのスピーチが終わると、多くの人は携帯端末からネットワークに思い思いの言葉を発信した。
ヒルデブラント王家は、彼女を『ユリア・ジークリンデのようだ』と思ったんだって? それも、ヴァルブルクの姓を与えるほど。すごいなぁ、雲の上の人だわ。
王家がここまでの待遇をするほど、魔術師としての腕前と人柄を信頼しているんだろうね。若いのに堂々としててすごいわ。戦う才能もあったんだろうな。
そういや、ユリア・ジークリンデの詳細な人物像は、現代でもわかってないよな? 戦いで活躍した女性ってことだけだったっけ。
そうそう。でも、その時代の歴史をちょっとかじってるから思うんだけど、ユリア・ヴァルブルクさんの顔立ちは、ユリア・ジークリンデの母親であるカタリナ・ゲルトルーデに似てる感じがする。
自分も思った。しかも、シルウェステル・ヴィーラントと同じ髪と目の色してね? ヴァルブルク王もあんな色だったよな?
偶然? でも、彼女のスピーチでは、自身はヒルデブラント王家の遠縁にあたると言っていた。隔世遺伝のような感じだったら、カタリナ・ゲルトルーデに似ていてもそこまで不思議ではないかも。
血の繋がりがなくても、歴史上の人物と顔が似てる人はいるよ。私の知り合いにもいるし。淡い金髪で薄い青の目ってのも、この国じゃそれほど珍しくないし。他人の空似でもおかしくない。
──それでも、何かしらの運命を感じた人は少なくなかった。
見かけのことだけでなく、『ユリア』という名前が同じであることも、彼女と英雄には何か見えない繋がりがあるのではと感じてしまう人は多くいた。
後日、ユリア・ヴァルブルクはこう称されることになる。
若くして死んでしまった、ヴァルブルク王国の英雄となった姫君の生まれ変わり。
ゆえに──。
ユリア・ジークリンデ
〜おわり〜
やっっっと完結させることができました……!
自己満足から始まった処女作の物語ですが、思いきって挑戦してみて良かったと感じております。
第一部を終わらせたあと、『ユリアが選ぶ未来』や『昔の記憶がない星霊アイオーンとは、いったい何者なのか』という設定を練って第二部、第三部を執筆してみると、いつの間にか話が長くなりました……。
第一部~第三部あわせて100万字も書くことになるなんて想像もしてなかったです……。
第一部を書いていた頃は、この物語の結末や、恋愛要素をどう扱おうかといろいろと迷いながら執筆していたため、第一部は迷走している感があったかと思います。
情けない話ですが、この物語は勢いだけで始まった物語なので……。
恋愛要素については、ユリア・ジークリンデの設定を踏まえると、「彼女の精神面や性格で、作中で恋愛要素を強く出すのは何か違うな」と感じました。
ユリア自身がそれっぽい雰囲気を出せるのは本当に最後くらいだろうなと思ったので、ストーリー的には物足りなく感じるかもですが、恋愛要素は『物語のスパイス』程度に留まらせることにしました。
ちなみに、本編終了時でもユリア・ジークリンデの恋愛レベルはまだまだ低いです。
ユリア・ジークリンデの物語は、執筆しながら話の流れを作っていたので、心理描写や伏線の描写などが不足していたと思います……。
設定や物語の練り方が甘いところや、設定がブレてしまっているところもあるかと思われます。気がついたところは直していましたが……反省点が多々ありますね(~_~;)
それでも、自分なりにやりたいことをやり遂げられたと思います。くわえて、意外とまだ続きが書けそうだなという気持ちもあります。
たとえば、王族の養子としての生活や、そのなかで起きる事件や騒動。
世間に知られた存在となったので、上流階級の人々や他国の極秘部隊の隊員などとの関わりはどんなものなのか。
作中では書けなかった『現代の魔術師社会』のことについてとか。
あのふたりの関係はどう進んでいくのか、などなど──。
しかし、自分なりに上手く終われたと感じているので、もう触らないでおくつもりです。
……と、そんなことを書いておきながら、後日、調子に乗って続きを書いていたら笑ってください……_(┐「ε:)_
それでも、これからのことはまったくの未定です。
今はネタが何も思い浮かばないほどに燃え尽きています……。
最後に、ここまで読んでくださった皆様へ感謝を申し上げます!
本当にありがとうございました!
「いいね」を付けてくださっていたこともとても嬉しかったです! 励みになりました!
もしも、この作品を「まあ良かった」と思ったら 『( ´∀`)b』 という顔文字だけでもコメントを送ってくださると嬉しいです!
それでは、さようなら!
※11月26日追記
思っていた以上に物語の書き方や展開、伏線不足など上手くできなかった悔しさがジワジワと出てきたので、自己満足上等のノリで『ユリア・ジークリンデ』のリメイクを作ろうと思います。
(本当に上手く書けるかどうかは別として……)
『活動報告』にて、上記の詳細を書いております。




