終幕 ユリア・ジークリンデ ⑫
「これからも、俺と踊ってほしい。できるなら、ずっと──」
「ず、ずっと?」
「そういう場に出席することになっても、俺以外の男と踊ってほしくはない……。しかし、だからといって、ユリア・ジークリンデと連続で踊ることはマナー違反となる行為だ。今の俺は『セウェルス・ヒルデブラント』──その名に恥をかかせるわけにはいかない……。だから、せめて練習する必要がなくなったとしても、俺と踊ってほしい」
道理を優先しながらも、独占欲を主張した。
アイオーンだった頃の想いが、今も彼のなかにあるのだろう。
それでも、自分が抱く想いのことは気にしなくてもいいと、あの時は言ってくれたが──。
「た……たまに、なら……。それでも、変なことをしないということが条件よ。あなた、ときどき私のことをいじるでしょう?」
「安心してくれ。今は何もしない。──『無理矢理』は趣味じゃないからな」
「……はい……?」
『無理矢理』? それは、ダンスの時にということ?
そもそも、『今は』とは──?
いったい何が言いたいのだろう。
ユリアは、不思議に思いながら彼の顔を見た。そこには、なにやら形容し難い雰囲気を醸し出す微笑みが浮かんでいた。
(……なんだか……彼が、『怖い』……)
そう感じる理由は、感じ慣れない色気を漂わせているように見えるからだ。
そのせいで、ユリアの心臓がまた激しく鼓動する。
「──俺はお前の好みに寄り添う、という意味だ」
「この、み……?」
いきなり何を言い出すのか。雰囲気はいつもと違うが──これは、きっと自分をいじっているのだろう。わざと意味深な言葉を言っているに違いない。
もう。またこの人は──。
呆れは感じる。だが、不快な気持ちを抱くことはなかった。
(……私……何か、変……? いじられるのは、あまり好きではなかったはずなのに……)
彼からのは、嫌ではない──?
ふと、そう思った。
その理由をうまく説明することができない──自分が『おかしい』としか表現できない。
ユリアが自らの心に困惑していた、その時。
セウェルスが足を止めた。
携帯端末から華やかで軽快な音楽が流れ続ける中、彼はユリアの手と腰に自らの手を添えたまま、妖艶な微笑みを浮かべはじめる。そして、腰に添えられていたセウェルスの手は、少しずつユリアの背中へと絡むように這っていき、彼女の耳元には彼の唇が近付いていく。
「できるかぎり善処する。もしも……酷くされることが好みだというのなら──俺は、お前の欲望に応えたい」
小さくて優しく、それでいて甘い声色。それを耳元で囁かれた。
なんなの、なんなの、なんなの!? 意味がわからない!
「な、なっ、な、な、にの……!?」
ユリアの頭はひどく混乱していた。
しかし、それでもセウェルスを突き放すことはせず、顔を伏せる。セウェルスの腰に触れていたユリアの手は、助けを求めるように彼の服を握りしめていた。
セウェルスは、そんなユリアを離そうとはせず、耳元に唇を寄せたまま言葉を紡ぎ続ける。
「どちらかといえば、俺は優しくしたい。我慢することは得意だ。『無理矢理』は、あまり好まない──。だが……『衝動』がまったくない、というわけではなくてな──」
「だからっ……! あなたは、さっきから何の話をしているの……!?」
意味がわからない言葉ばかり言ってくるせいで、ユリアの顔はかつてないほどに火照っていた。
脳が沸騰しそうだ。頭がおかしい。
だから、いっそのこと息の根を止めてほしいと思ってしまう。
ユリアからの返事に、セウェルスはゆっくりと深く息をついた。何かを抑えている、あるいは耐えているかのような緊張感のある顔つきをしてユリアを見つめている。
「──ユリア・ジークリンデ。お前とルキウスが未来へ行く前に、俺は『お前に言いたいことがある』と言ったのを覚えているか?」
「え……」
そうだ。彼は言っていた。
だが、それは今言わないといけないことなのか。
何も、頭に入ってこない。
「俺には、初恋が二回あった。アイオーンだった頃の時と、セウェルスという名が馴染んできた頃の時──俺の初恋は、二回ともユリア・ジークリンデなんだ。……つまり、あの頃から……俺は、お前のことが好きだ」
「っ……」
これだけ困惑しているのに、彼は畳み掛けるように言葉を紡ぎ続ける。
ユリアの頭は、とうとう真っ白になった。何も考えられない。
すると、ユリアに密着していたセウェルスの顔が離れていった。
彼の顔は、申し訳無さそうにしている。
「……今の俺には、ヴァルブルクの戦士としての誇りと、ヒルデブラント王家の養子としての誇りを持っている。だから、お前が持つ誇りを理解できる。そして、今でもこれからも……俺はユリア・ジークリンデをひとりの女性として愛している。──だが、前にも言ったとおり……俺の気持ちことは気にするな。お前が選びたい道を選んでくれ」
心に強く絡みつく、希う想いを伝えてきたかと思えば、ユリアを気遣って一歩引く言葉とともにあっさりと離れていった。
そのことに、ユリアは心のどこかで寂寥感を抱く。
くわえて、心が苦しい。応えられない彼への罪悪感もあるが、寂しさからくるもののように感じた。
感じたことがない気持ち。この思いは──。
「私は……」
「悪い……。これでも、自分でもおかしいとは思っているんだ……。今の俺は、どうかしている──気にするなと言いながらも、想いをぶつけ続けている……。そのうえ、少し前にこんな積極的な行動はしないと言ったはずなのにな……」
と、セウェルスは自らの矛盾に対して自虐するように鼻で笑う。
「……それでも、俺がこんなことを言ってしまうのは──お前のせいなんだぞ……?」
仄暗く湿り気が漂う雰囲気が一変し、いつもの彼に戻った。
それでも、ユリアは変わらず精神をかき乱されたことで呆けている。
「ユリア・ジークリンデは、今の自分が『どう』なのか判っているか? ──俺は、なんとなく判る気がする。お前と一番付き合いが長いのは、今となってはテオドルスではなく俺だからな」
そうして、セウェルスは目線をそらし、どこか恥ずかしそうに微笑みを浮かべた。
「今のお前は……俺からいじられたり、イタズラされることに、本気で嫌がってないだろう……? お前の顔に唇を寄せて、あんなことを言っても……お前からは、拒絶や嫌悪の意思は感じ取れなかった。少しでも拒絶されたら、俺はすぐに止めて謝罪するつもりだった──度の過ぎたイタズラだと言い訳してな……」




