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終幕 ユリア・ジークリンデ ⑪

 そして、ついにこの日がやってきてしまった。

 ユリアにとって試練の日々の幕開けである。

 ダンスのレッスン──今日からそれが始まる。ちなみに、セウェルスにとっては試練でもなんでもないようだ。

 レッスンの場所は、王宮内にある広間。昔から夜会や舞踏会で使用される場所のようで、室内は豪華絢爛な意匠となっている。

 今回は私服だが、ある程度は踊れるようになるとユリアは夜会服を、セウェルスは燕尾服を実際に着用してレッスンを行う予定だ。


「……レッスンの時間まで、まだ少しあるわよね。今のうちに基礎となるステップの練習をしておかないと──」


 この日の朝から、ユリアはいつもより元気がなかった。苦手意識がぬぐえない類に入るダンスの練習が始まるからである。

 慣れるまでは、絶対に恥をかき続けることをしてしまう。なので、彼女はレッスンが始まる少し前に行き、教材として貰った動画を思い出して動きを復習するという手段に出た。


「今日が初回のレッスンだぞ。そこまで気を張る必要はないだろう」


「わかっているわ。ただ……ゆっくりとした動作が……どうも、ね……」


「ああ……。そういえば、昔から『力加減』だけは下手だったな。物理的にも魔術的にも」


「昔から、生死の境を切り抜ける戦いばかりの日常だったもの。誰かとコンビを組んで戦っていたわけでもなかったものだから、誰かと合わせることも、ゆっくりと動くことも苦手なのよ……。無意識に気持ちが急いてしまうから、常に意識して抑えないといけないし──ダンスを楽しむどころの話ではないわ……」


「気持ちを抑える練習よりも、まずはダンスを楽しめるようになれば自然とできるようになるんじゃないか? 相手と踊れば、相手に合わせて動こうと思うだろう」


 すると、ユリアは固まってしまった。

 少しずつ頬を赤らめ、セウェルスから視線をそらしていく。


「……誰かの手や身体に、長く触れながらダンスをしていると……楽しむ気持ちよりも、どんどん恥ずかしさが出てきてしまいそうなのよ……。私は、相手がセウェルスであっても、身体に触れていると恥ずかしくなってきて、それが顔に出てしまいそうで……」


 ユリアが本音を打ち明けると、セウェルスの目が微かに大きく開き、何かを喉に詰まらせたかのような短い唸り声を漏らした。

 本音の内容に対して呆気にとられたのではなく、そう告白したときの彼女の姿が心にきたらしい。


「……それ以前の問題だったのか──」


「わかっているわよ……。情けないことくらい……」


「なにより……俺以外の男に、そんな顔しながらそんなことを言うんじゃないぞ。何とかして澄ました顔をしておけ。お前ならできるだろう?」


 そう言う彼の口調は、不機嫌さと不安そうな感情が入れ混じったものだった。しかし、ユリアはそれを感じ取れていない。


「もちろん、なんとか取り繕うつもりよ。情けない顔なんて見せられないわ。だから、こんなことをしなくてもいいように、頑張って早く慣れたいのよ」


「ああ……。そんな顔で恥ずかしがっていれば、不特定多数の男が心を掴かまれて、面倒なことが起こりかねない」


「……はい……?」


 ここで、ようやくユリアは、なにやら彼は予想とは違った反応を見せているということを認識する。

 そして、なんとなく嫌な予感がした。


「早く慣れるには、数をこなすことが一番いい。──ほら。練習開始だ」


 ポケットから携帯端末を取り出し、操作をしてからまたポケットに入れると、華やかな音楽が流れ始めた。それと同時に、セウェルスはユリアの腰を掴み、彼女の身体を持ち上げた。そして、その場でくるりと回転する。


「ひやぁあっ!?」


 突然、持ち上げられたまま回転されたことで、ユリアはめったに出さない悲鳴をあげた。


「ははっ。お前からそんな悲鳴が出てくるとは思わなかったな」


 セウェルスは愉快そうに微笑みながら、おぼつかない足取りのユリアの手や腰を持ってリードしていく。


「ま、待って! これはレッスンではしないダンスでしょう!? 社交のためのダンスではなくて──ふ、夫婦とか恋人とか……!」


 彼が踊ろうとしているものは、特別親しい者と楽しむためのダンスであり、仲の良さを周囲に見せつけることができるダンスだ。このダンスの始まりの動きは女性を持ち上げて回るため、すぐにわかった。

 このダンスは、社交のためのものに比べて身体の密着度が高く、相方の男性は女性を抱き上げて回る頻度が多い。


「ああ、知っている。ウォーミングアップを兼ねた練習だ。こういう練習を続けていれば、恥ずかしいという気持ちもいつかは薄らいでいくだろう。──ダンスの流れは知っている。だから、ユリア・ジークリンデは俺に身体を委ねていれば大丈夫だ。多少、動きを合わせるだけでいい」


「……いつ覚えたの? このダンス……」


 ユリアは、なんとかセウェルスの動きについていきながらも、彼の顔が目に映らないように目線を外す。やがて、少しずつ頬を染め上げていった。


「教材の動画を見て覚えた。カサンドラが貸してくれてな」


 なぜレッスンとは無関係なダンスの動画をこの人に貸したのですかカサンドラ様ったら──。

 心のなかで言えない文句を呟く。


「……ユリア・ジークリンデ。ここで、墓参りの時に与えてくれた『わがままを言える権利』を発動してもいいか?」


 すると、セウェルスはこんな時にあの日に言ったことを持ち出してきた。

 何を言うつもりなの。どうして今なの。

 ユリアの心臓が激しく鼓動する。


「な、何に使うつもり……?」

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