終幕 ユリア・ジークリンデ ⑨
「うわー……。なんか、びっくりお値段しそうな物がたくさんある……」
「博物館に寄贈したほうがいいレベルの遺物だろ、これら……」
「なんか珍しい素材使われとるモンとかあったりするんかな。特殊な環境下でできた石とか」
数日後。
セウェルスとルキウスは、今日も王族となるための勉強をしに王宮へ赴き、ユリアたちは、ローヴァイン家の当主が代々受け継いできた『ご先祖様の宝』を調べるためにその別荘を訪れていた。
『ご先祖様の宝』は離れの棟に保管されていた。
部屋の窓は、陽の光が入らないように遮光カーテンで締め切られており、遺物には埃が被るのを防ぐための保護シートが被せられていた。
しかも、そのシートは現代で作られたものではなく、被せられた物を管理するために適した湿度や温度を一定に保たせるための古い魔術道具だった。現代に漂う微々たる魔力でも、シートに組まれた術式は起動し続けている。
シートのなかの遺物は無事だろうが、部屋の中のカビのにおいがひどく、埃もひどい。なので、ユリアたちはまず換気と軽く掃除をした。
そして、シートを外した後、イヴェット、クレイグ、アシュリーの先ほどの台詞に至る。
「ひゃ〜……こんなにもいろいろとあったんだぁ……。伯父さんたち、こういうことに興味薄くてね。この遺物の存在すら、息子が話題に出すまで思い出せなかったくらいで──全然把握していなかったよ……」
「あたしも、世間のブランド物にすら興味ないわね。ローヴァイン家の遺産とかの話題なんて、今までしなかった気がするわ」
と、ローヴァイン家の現当主であるエゼルベルトとその妻ミルドレッドは、魔術師社会では問題発言となる言葉を素で口にする。
保管されていた遺物は、片腕で抱えられるほどの大きさがある額縁に入れられた真っ黒に塗りつぶされた絵画らしきものや、派手な絵が描かれた壺。文房具に、古い時代にあった型の弦楽器。貴族らしい服飾品や男女それぞれの衣類。いくつもの武器や武具──意外と、宝石が施されたアクセサリー類はなかったが、それでも幅広い種類のものが保管されていた。
「そのおかげで、俺はじいちゃんやばあちゃんと会った時にしか、そんな話は聞かなかったな。そんな話を聞いても、その時の俺は『とりあえず凄いのか』という感想しか思い浮かばなかったが──」
ラウレンティウスも、間違いなくそんな両親の遺伝を強く引き継いでいる。そういう部分だけはしっかりと遺伝していったらしい。
ローヴァイン一家が、揃って自分の家系の歴史に関心がないことに、次期当主の従弟であるクレイグは呆れていた。
「マジで一家揃って血筋が持ってる歴史への興味皆無だな……もったいねぇ……。俺は歴史系のものが好きだから、ご先祖が残した遺物にはわりかし興味あったんだけどな──」
「なら、テオドルスと関連性のない遺物はクレイグにやろうか? 欲しいなら全部でもいいぞ」
ラウレンティウスがそう言うと、クレイグはジト目を返す。
「いやいや、貰ったとしてもどこで保管しろって……?」
「家を増築するとか、家の近くで新しく土地を買って保管するための建物を建てるとか」
「はっは~。ラウレンティウスのお坊ちゃま発言久しぶりに聞いたな──って、出来るか! こっちはただの庶民だって! ラウレンティウスとは従兄弟だけど、ローヴァイン家と違ってベイツ家はただの一般家庭だっつーの!」
「俺が当主になったら、そのくらいの金なら出してやれるぞ」
「……マジ?」
その言葉を聞いた瞬間、クレイグがわずかに期待を持った目になった。
「ああ、マジだ。このくらいの物を保管するだけの建物なら──」
「アカンアカン! 甘やかしたらアカン! これでも一般家庭で育った人間や。上流階級特有の金銭感覚バグ覚えさせたらアカン!」
ラウレンティウスの言葉を遮ったのは、クレイグの姉アシュリー。彼女は、従兄と弟の間に入り、ラウレンティウスへ『止まれ』の意を込めて手のひらを突き出した。
「なにが金銭感覚バグだ……。そもそも、定期的にローヴァイン家の屋敷に転がり込んできて、屋敷のなかに個室もある人間が一般家庭の人間か? 王室と関わりのある一族の血筋が?」
「魔術師社会から見たら、ベイツ家はただの一般家庭やろ。知らんけど」
「逆に普通の社会から見たら、絶対に一般家庭とは違うだろ」
ラウレンティウスとアシュリーの言い合っている隙に、三人の従妹にあたるイヴェットがクレイグの肩を揺さぶる。
「イグ兄、思い出して。あたしたちはしがない一般人なんだよ。ラルス兄とは住む世界が違うの! ラルス兄は従兄弟でも異世界の人間!」
「なんか……違う世界に触れすぎて頭痛くなってきた……」
クレイグが頭痛を起こすと、「なにが『異世界の人間』で『違う世界』だ」とラウレンティウスが文句を放つ。
「ちょっと、ラウレンティウス。アンタ、当主になったら身内を甘やかしまくって破産とかさせないでよ」
「そんなことしたら、ある意味歴史に残っちゃうよ」
「するわけないだろ! そんなこと!」
両親から指摘されると、ラウレンティウスは照れくさそうに拗ねてしまった。
何人か揃っただけでも、本当に賑やかになる。それが、ローヴァイン家とベイツ家だ。
「──あ」
その時、無心に遺物を探っていたテオドルスが短い言葉をこぼす。手に取った物は、美しい装飾が施された長剣だ。
「これ……アウグスタ姉上の剣だ……。ほら、ラインフェルデン家の紋章に、姉上の名前が彫られてる」
テオドルスは、柄の部分を指差す。
少し掠れているが、そこには『アウグスタ・マルレーン』という文字があり、柄頭にはラインフェルデン家の紋章がある。
「本当だわ。間違いなく、アウグスタ・マルレーン殿の剣──。懐かしいわね……いつでも元気溌剌としていて、戦場ではとても勇猛果敢で頼もしい方だったのを覚えているわ」
勇猛果敢すぎて、家族や友達からは『魔猪』だと言われていると言っていた。動き出したら止まらない性格だったようだ。
「アウグスタ姉上も、君のことを褒めていたよ。年下なのに、立派なヴァルブルクの戦士であり、皆の士気を上げることができる勝利の女神だとね」
「──何かあったのか?」
ラウレンティウスが問いかける。
「ああ。私の二番目の姉が持っていた剣があったよ。アウグスタ姉上のね」
「アウグスタ……? ローヴァイン家に嫁いできた人は、ベレンガリアという姉ではなかったか……?」
「ああ。これがここにあるということは……アウグスタ姉上は、ベレンガリア姉上の嫁ぎ先だったローヴァイン家に住んでたのだろうね。アウグスタ姉上は、結婚せずにそのまま生涯を終えた可能性が高いな……。まあ、姉上らしいといえば、らしいけれど」
「剣だけで、そこまでわかるんですか?」
イヴェットが会話に入る。
「当時は、戦士が戦場で死んでしまったら、武器と一緒に葬られるのが慣例だったんだ。遺体がなくなっていた場合は、遺体代わりとして棺に入れられるものでもある。だから、戦後も生きていた可能性が高い」
「んじゃ、結婚してないってのはどこで判断したん?」
アシュリーが聞くと、弟のクレイグが口を開く。
「あの時代は、戦いが絶えない時代だったからよ、男でも女でも戦士となることが尊ばれてたんだよ。だから、女であっても戦士であれば、剣は嫁入り道具のひとつとなったって話だぜ。──だから、テオドルスは姉ちゃんが未婚のままだって考えたんだろ?」
「ああ。そのとおり」
「にしてもよ、その人は家を継いだ兄ちゃんのところには戻らなかったんだな? 実家だってのに」
「たぶん、兄上がかなりの過保護だったからではないかな。アウグスタ姉上は、昔から過保護すぎる兄を恥ずかしく思っていて、若干避けていたからね」
「あ~……なるほどな……」
クレイグは苦笑する。
すると、ラウレンティウスは少し言いづらそうにしながらも、あることを伝えた。
「……少し前に、カサンドラ様から聞いた話だが──ラインフェルデン家は、直系の子孫が現代にはいないらしい……。血筋を継いでいるという記録が残っているのは、ローヴァイン家だけだ」
「そうか……。けれど、その理由は、子孫が流行り病に倒れたとか、結婚しても子を成せなかったとかじゃないと思うな。私は──」
と、テオドルスは気を落とすどころか、やれやれと言いたげに微笑んでいる。




