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終幕 ユリア・ジークリンデ ⑧

 彼から手を差し出され、ユリアは握手を交わす。

 まさか、彼らと義理のきょうだいになるとは。自分にもきょうだいが欲しかったと思ったことがあるが──人生とは、本当に何が起こるものなのかわからない。

 すると、ユリアはとある疑問を口にする。


「……あなたのほうが、私よりも年上?」


「外見年齢は、どう見ても俺のほうが年上に見えるだろう。カサンドラからは二十代後半か三十代前半に見えると言われた。お前は、どう頑張っても二十代前半だろう」


「けれど……私の本当の年齢は、それよりもプラス──」


「俺の実年齢と比べたら、お前は若すぎる」


「そう来る? まさか三、四千歳と比べられるとは思わなかったわ」


 と、ユリアは肩の力を抜いて苦笑した。


「──養子となったら、ユリア・ジークリンデさんは、正式におれの『姉さん』となったということですよね? あだ名でもなんでもなく、堂々と『姉さん』と呼べることができるなんて、すごく嬉しいです」


 そんなルキウスの喜びの言葉を聞いた刹那、ユリアは衝撃のあまり表情が無になった。

 その時の彼女の脳内には、雷やら猫やらさまざまな現象や動物が縦横無尽に暴れまわり、直後に『私は正式にルキウスの義姉(あね)』という文字が浮かぶ。背中に翼が生えた幼子のが射った弓矢が胸に突き刺さる幻覚が見えた。そして──。


「私も、とってもとっても嬉しいわ……! 正真正銘のルキウスのお姉さんだなんて……! なんて素敵なのっ……!」


 感無量のあまり、ユリアはセウェルスと交わす握手の強さをじょじょに増させながら、自分の頬にもう片方の手を添えて感激と恍惚とした顔を向けた。


「おい、ユリア。やめろ、痛い。俺の手の骨が軋む。おい」


 そんな対応の差が激しすぎるユリアにセウェルスはジト目を向けるも、彼女の握力が弱まる気配はない。手を外そうにも外れない。


「これからは、遠慮なくわがままを言ってもいいのよ。だって、ルキウスの義理の姉さんだもの」


「いえ。おれは、もう大人なので──。だから、俺への対応も、ほかの皆さんと同じようなものにしてください」


 その時、ユリアはあることを察してセウェルスの手を離し、何かを案ずるような顔を浮かべた。

 少年は、そうあるべきだというように微笑んでいる。

 ──いけない。

 少年の笑みの裏側には、これから大人に囲まれて暮らすことに、必要以上に気を張ってしまっている気持ちがあるはずだ。周囲に追いつこうと背伸びをしてしまっている。それが当然だと感じている。このままだと、彼の心は──。

 真面目なルキウスにとって、今の環境はあまりよくないものなのかもしれない。

 優しい大人たちに囲まれていても、ルキウスと同世代の子がいない。きっと、そのことに心のどこかで窮屈さを感じているはずだ。

 フェリクスという友達を作れたが、普通の学生のように毎日顔を合わせ、一緒に行動できるわけではない。地位的には近いが、置かれている立場や状況はまったく違う。同じような境遇の子と、気持ちを共有したいという心はルキウスにもあるはずだ。その気持ちはユリアも知っている。

 それに、兄であるセウェルスにも強がってしまうときがある。ユリアでも、兄のような優しいテオドルスであっても言えないことはあった。

 このままでは、ルキウスの心が参ってしまう──ユリアは、少年の目を見つめた。


「……そう。それが、今のルキウスの気持ちなのね。それでも、もしもルキウスの心なかに、少しでも『そうでない』気持ちがあるのなら──それは悪いものではないわ。私には、強がって大人びた選択をしていた時期があるけれど、強くなれなかった……。それは、自分の本心を押し殺して、無理をしていたからだと思うの──」


 そして、ユリアは小さく息をつく。


「もしかしたら、子ども時代というものは……楽しいことや嫌なことをたくさん知って、感じて、好きなものや嫌いなものを見つけて……そのなかで、自分が大切だと思うものを見つけるための『大人よりも自由な時間』だったのかもしれない……。自分の心を支えるものを見つけるための、ね。『大人』になると、子ども時代のときに許されていたことが許されなくなって、しなければならないことがたくさんやってきて──いろいろなものを見つける余裕がなくなってしまうのよ……」


 ルキウスは口をつぐむ。これは、ユリアの実体験で得た言葉──それを感じた彼は、静かにユリアの言葉に耳をすませる。


「『もう大人だ』と言うあなたは、どことなく昔の私と似ている気がする。私は、ルキウスがかつての私のようになってほしくはないの……。頑張って『大人』になろうとしなくても、あなたはきっと強くて素敵な大人になれるわ。だから、今は『本当のルキウス』を見せてほしいのよ。私は、ありのままのルキウスが好きよ」


「……わかりました」


 しばらくの沈黙の末、ルキウスは答えた。

 どうか、かつての私のような子どもにはならないでほしい。望まれたからとはいえ、苦しい時間だったことは確かだから。だから甘えてほしい。少しでも、ルキウスにその想いが届いてくれていたらいい──。


「──そうか。もうそんなことを考える年頃になったのか……。生まれたばかりの頃のルキウスは、大きな雷の音が聞こえると、怯えて泣きそうになるのを耐えながら俺にしがみついていたというのに」


 すると、セウェルスは不意打ちのようにさらっと弟の恥ずかしい記憶を暴露した。当然、ルキウスは唇を尖らせて拗ねる。


「……それ、けっこう昔のことでしょ? もうそんなことしないよ。おれ」


 ルキウスは『けっこう昔』と表現したが、意外とまだ三年ほど前のことである。


「ああ、わかってる。けどな……正直に言うと、大人になろうとするお前を見ていると頼もしくもあり、寂しいんだ。どちらかといえば、寂しさのほうが強い──お前よりも『大人』だというのに情けないとは思うがな」


 こんな大人でも別にいいんだ。頑張って『立派な大人』を目指す必要はない。

 おそらく、それを伝えるために、セウェルスはわざと情けない一面を見せたのだろう。

 兄の言いたいことがなんとなくわかったのか、ルキウスはむくれた顔を見せながらも「無理だと思ったら、兄さんに頼るよ」と言った。

 やはり、素直な子だ。だからこそ、少しくらい年相応なわがままを言ってほしいと思ってしまう。あれを買ってほしいとか、もっと遊びたいとか、ドリンクバーにある飲料を全部混ぜてみたいとか──だが、今のルキウスはしないだろう。

 余談だが、ユリアはしてみたいと思っている。ドリンクバーにある飲料を全部混ぜてみることを──。

 子どもだと指摘されても、してみたい気持ちは強い。いっそのこと、ひとりでファミレスに行ってやろうか。絶対にひどい味になるだろうが、飲める自信はある──と本人は思っている。


(……もしも、ルキウスに反抗期が来てしまったら、この人は──)


 その時、ユリアは、ふとそんな疑問が浮かんだ。

 セウェルスは耐えられるのだろうか。

 この時点で『寂しさのほうが強い』と言ってしまうほどなのだから、なってしまったら相当にショックなのではないか。実際のところ、どうなのだろう。

 それが気になったユリアは、ルキウスに気付かれないように空気中に漂う微量な魔力を使って聞いてみることにした。


 ──もしもルキウスに反抗期が来たら、あなた大丈夫なの?


 ──大丈夫なわけがないだろう。


 彼に疑問を投げかけた瞬間、ユリアの脳裏にその言葉が浮かんだ。即答だった。

 現代の大気にある魔力量が微量のため、相手の感情がわからない文字情報だけの簡易的な意思伝達の魔術だったが、今の彼の感情は手に取るように解る。

 やっぱりとんでもないブラコンだわ、この人。

 あれから数千年経っているのに何も変わっていないじゃない。


(けれど……私もルキウスに反抗期を向けられたら、しばらく立ち直れないかもしれない……)


 彼の気持ちが、とてもよく解る。

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