終幕 ユリア・ジークリンデ ⑦
「──? メール?」
カサンドラとの会談が終わったユリアが、屋敷の大きな鉄格子の門まで戻ってきていた時、携帯端末が小刻みに振動した。画面を見ると、メールの送り主はカサンドラとミルドレッドからだった。ほぼ同時に受信したようだ。
カサンドラからのメールの内容は、『後日、王宮にて、セウェルスとルキウスも呼び、こちらの親戚を呼んで挨拶を兼ねた立食パーティーを開催する』とのことだった。正式に王族の一員となるため、その挨拶だろう。
そして、ミルドレッドのメールには、『帰ったら居間に来て』──それだけだったが、ユリアはなんとなく理由の察しがついた。おそらく、テオドルスの名字についてだろう。
携帯端末をコートのポケットに入れると、ユリアは小走りで屋敷の玄関へと向かい、居間へと向かった。
「ミルドレッドおばさん。戻りました」
部屋の扉の前でそう言うと、「入って」とミルドレッドの声が聞こえた。
部屋に入ると、そこにはミルドレッドだけではなく、彼女の夫と息子、さらにテオドルスがいた。
すると、ラウレンティウスは少しだけ呆気にとられた様子で問いかける。
「……お前、ヴァルブルクを名乗るつもりなのか……?」
「ええ……。何も言わずに、勝手に進めてごめんなさい。本名を名乗れなくても、せめて名字だけでも名乗れるようになりたいと思ったの……だから、カサンドラ様に相談したのよ。──カサンドラ様からは、いろいろと聞いているの?」
「ああ。さっき父さんの携帯端末に、カサンドラ様からテオドルス宛の電話が入った。ラインフェルデンの名字を名乗れるようにできるが、テオドルス自身はどうしたいかという内容だったが──なぜ、急にそんな話が出てくるのかを問うと、ユリアがヴァルブルクを名乗りたいという話からすべて教えてくださった。……セウェルスとルキウスのこともな。全員、とんでもなく驚いたが……まあ、このことは今はいいか」
テオドルスの携帯端末にではなく、わざわざエゼルベルトの携帯端末に電話を入れたのは、ローヴァイン家の者にもすぐにその話が行くようにするためだろう。
──びっくりしたわよね。私もすごく驚いたもの。
心の中で同感しながら、ユリアはテオドルスに顔を向ける。
「テオ……。あなたは、どう思う?」
「そりゃ、名乗りたいとは思うよ。……もう会えない家族と、つながりがあるということを思い出させてくれるからね──。だから、カサンドラ様にはそう伝えたよ。ユリアも、カサンドラ様からの条件をのむんだろう?」
「ええ」
迷いなくユリアが頷くと、ラウレンティウスは小さく息をついて口を開く。
「お前たちがそうするなら──俺は、ローヴァイン家を継ぐ」
「……どうして……?」
「ヴァルブルクを名乗るために、お前はヒルデブラント王族の養子になるんだろう? 養子とはいえ、王族の人間だ。特例で養子となるお前は、必然的に世間から注目を浴びるようになる。そんな人間と関わっても面倒なことが起きないのは、それなりの立場を持った人間だけだ」
ローヴァイン家は、ヒルデブラント王族とも関わりがある上流階級だ。だからこそ、千年前とはいえヒルデブラント王家の血縁者であるユリアの居候先に選ばれたのだ。
「俺がローヴァイン家を継がなければ、お前との約束が守れなくなるし、日常も守れなくなってしまう──。お前が近くにいない日々が、『日常』だとは思えない……」
その言葉を聞いた瞬間、ユリアはポカンとした。その後、少しずつ彼から目線をそらしつつ、ほんのりと困ったような顔をしながら頬に朱を走らせていった。
彼の両親は互いに目を向け、息子の隠された本心を察してやや呆れを見せている。
そして、テオドルスはというと、真顔ではあるが心のなかはまったく穏やかではない感情を醸し出していた。怒りと呆れと警戒といった一言では表現できない感情だ。
ラウレンティウスの反応を見るに、どうやら無意識に口走ったようだ。本人はまだ、周囲の反応に気づいていない。
「……ラウレンティウス。君は、ユリアのことは諦めたと言っていたけれど……実は、さり気なくヴァルブルク家の婿養子になれないかを狙っているのかい……? ユリアが王族になってしまえば、ローヴァイン家の当主くらいなれないと立場が釣り合わなくなるから、当主になるつもりだと──?」
「はッ、あ!? ち、ちがッ……! ユリアは、今もずっと俺ん家の居候だろう!? だから単純にそう思ってしまっただけだ!」
「ふーん」
テオドルスからはいまいち、いや、まったく信じられていない。両親も懐疑的な目線を息子に向けており、ラウレンティウスはそんな三人からの反応を不服そうに見ている。
「……それに、セウェルスとルキウスも王家の養子になるんだろう? それも理由だ。だから、俺はローヴァイン家の当主になる」
「それで良いのか? 本当に──。結婚どころか、婚約相手すらいない状態で当主になったら、たぶん性根の腐った魔術師たちがまた陰口叩いてくるだろうけど」
父であるエゼルベルトが確認すると、ラウレンティウスは臆することなく頷いた。
「ああ。そんなの気にしない。俺は、こいつらと一緒に生きていく。──俺は、『俺の日常』も守りたい」
やっぱり、この人は『家族の人』なのね。
ユリアは思った。血がつながっていようがなかろうが、彼は、自分の家族だと認めた者たちへの『愛』を優先する。それがラウレンティウスという男なのだ。ローヴァイン家は、テオドルスの姉の血筋を引く一族──ラインフェルデンの血が入ってから千年近く経つというのに、そういうところは似ている。
だから、ヴァルブルク辺境伯家とラインフェルデン伯爵家は長らく仲が良かったのだろう。
ミルドレッドが「そう決めたなら、母さんも何も言わないわ」と言うと、エゼルベルトは頷いた。
「──なあ、父さん。じいちゃんとばあちゃんが生きていた頃に住んでいた別荘には、ローヴァイン家が代々受け継いできた『ご先祖様の宝』があるんだろう? もしかしたら、テオドルスの親族が使っていたものとかもあるんじゃないのか?」
と、息子に話題を振られると、エゼルベルトは一瞬固まった。何のことだかわかっていない様子だ。
しばらくして、彼の口から「あー……」と、何かを頑張って思い出してる声が出た。
「久しぶりに聞いたなぁ、その単語……。そういや、父さんが小さい頃に、これはユリア・ジークリンデ様とともに戦ったご先祖が使っていた剣だとかなんとか聞いたことがあるような……」
「まさか……そのご先祖というのは、アウグスタ・マルレーンという人ではありませんか……?」
アウグスタ・マルレーンとは、ヴァルブルク王国に仕えていたテオドルスの二番目の姉にあたる女性だ。ユリアも知っており、共に戦っていたことも事実だ。
「いやぁ……ごめん。そこまでは覚えてなくてね──」
「探してみるぞ。そういう物があるのなら、俺はテオドルスに返したい」
と、ラウレンティウスがそう言った瞬間、テオドルスは意外な言葉に驚いて目を丸くした。
「……いいのかい?」
「ああ、あればな。そのほうがお前の親族の人は喜ぶだろう。……なあ、父さん母さん。いいだろう? テオドルスに返しても」
「お前がそうしたいならそうしなさい。それじゃ、いつ探しに行こうか? あと、人手ももう少し欲しいな──」
その会話の後、数日後にローヴァイン家の別荘へ行き、代々受け継がれてきた『ご先祖様の宝』を調べることが決定した。
しかし、調べる前に、もしかしたら部屋の掃除が必要かもしれない。だから、もう少し人手が欲しい──ということで、ユリアは手伝ってくれそうな人を探す役目を名乗り出た。人を探すついでに、セウェルスとルキウスに話がしたいと思っていたからだ。
探した結果、歴史好きなクレイグ、好奇心がうずいたイヴェット、魔力学に何か関係がありそうな物はないか期待したアシュリーがついてきてくれることになった。
ただ、ダグラスは相変わらず多忙であるため、声をかけることは避けた。
「──手伝ってやりたいところだが……すまない。急な話なんだが、俺達は明日から王族としての勉強を始めることになっていてな……。王宮で、カサンドラの親族の方々が指導してくれることになっている」
そして、セウェルスとルキウスだが、重要な先約があった。
ユリアは軽く触れた程度だが知識はあり、王族としての心構えもわかっている。だが、ふたりは傭兵あがりであるため知識も心構えも何も知らない。そのため、早くに授業を始めることになったようだ。
ということで、別荘に行くメンバーは、声をかけて了承してくれた三人と、ラウレンティウスと彼の両親、そして、ユリアとテオドルス。合わせて八人だ。
「わかったわ。ふたりは、そちらを優先してちょうだい。……それにしても、あなたたちの『サプライズ』は、喜びより驚きのほうが大きかったわよ……」
ユリアは、義理のきょうだいとなることを告げられたことについて、軽く呆れをもらす。
「すみません……。ただ、ここまですんなりと事が運ぶものだとは思わず……」
「悪かったとは思っている。だが、俺もルキウスと同じ気持ちだ」
それには同感だ。カサンドラは、こうなることが読めていたからと言っていたが、まるで一族全員がすでにそう思っていたかのような早さだった。ユリアたちを王族の一員とするほうが、何かあったときに守りやすいという結論を、家族会議の際に出していのだろうか。
「まあ、そうね……。ところで、まるで出世譚のように、あなたたちは王族の一員となったけれど……礼儀作法や知識のほうは身につけていけそう? もともとの身分と全然違うけれど──」
「たしかに、俺達はただの傭兵あがりだが──そういうお前こそ、王女として生まれたというのに身分相応の学びの機会を取り上げられて、生粋の戦士として育っただろう? それでも、学びたいという気持ちあったから、ある程度の知識や作法をすでに会得している。つまり、やる気さえあれば、俺達であってもできるはずだとは思っている」
「ええ、そうね。そういうものは血筋があるからではなく、その人の精神が作るものだわ」
「うっかり傭兵時代の頃のような、下品で荒っぽい口調が出てしまうかもしれんが……まあ、それは相当、腹に据えかねることがあった時くらいだろう」
「そう? あの頃のあなたは、そんなに下品で荒っぽい口調ではなかった気がするけれど……?」
「これでも、昔はわりと普通に、荒々しい言葉遣いや下品な言葉を使っていた人間なんだ。特に、下賤で不逞の輩を相手にする時はな──。だが、ルキウスが地上で生まれて共に行動するようになってからは、言葉遣いに気を遣うようになり、今に至るというわけだ」
「そうだったのね……」
言葉遣いを改めるようになった理由が、まるで親である。
やはり、セウェルスにとってルキウスの存在は大きいようだ。
「ともあれ、正式にカサンドラの従弟の家の養子となれば、俺達は義理のきょうだいだ。よろしく頼む」
「ええ、こちらこそ。改めてよろしくね」




