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終幕 ユリア・ジークリンデ ⑥

「この世に帰ってきて、まだ一日も経っていないのに……。知らない間にそのようなことが……」


 今日の夕方ごろになって、ようやく一日が経つ。

 驚きが強すぎたあまり、ユリアは自分の今の感情を上手く表すことができずにいた。嬉しいやら、恥ずかしいやら、申し訳ないやら──守るための行動があまりにも大胆すぎて度肝を抜かれてしまった。

 セウェルスは、〈名もなき神〉──この星と同等の力を持った大いなる存在から生まれた、人間のかたちをしている『人間でも星霊でもないヒト』。彼らと同じ生まれ方をした〈きょうだい〉たちの暴動が起きるまでは、弟のルキウスとともに傭兵を稼業として生きていた。

 その後、セウェルスは、ユリアや弟、そして遥か未来にいる家族に出会うために、数千年という果てしなく永い時間の旅路を彷徨うことになった。傭兵稼業のなかで培われた知識や、嬉しかった想い出や大切な人たちとの想い出など、すべての記憶を奪われた状態で──。

 だからこそ、ユリアは想う。


(せめて、現代では……穏やかに生きてほしいと思っている……けれど……)


 セウェルスは、そういう男ではない。

 くわえて律儀な性格だ。ユリアの父親であるシルウェステルの願いを果たすために、この道を選んだのだろう。

 たとえ、シルウェステルの言葉がなくとも、彼はユリアを守るために王族となる道を選んだはずだ。

 彼は、それを選んだことに後悔はしないだろう。常人では気が狂いそうになるほどの時間をかけて、そもそも再会の約束を果たすという記憶すら忘れることを──『アイオーン』となることを、彼は戸惑うことなく選んだのだから。

 私と彼の立場が逆だったら、きっと私もそうしたと思う。だから、わかる。


「こちらとしても、シルウェステル・ヴィーラント様とカタリナ・ゲルトルーデ様から娘を守るよう頼まれたのだと言われるとね……ヒルデブラント王家の者として無視できません。我が国を守ってくださった英雄とご先祖様の願いですから」


 ふとユリアは思う。

 ふたりが王族になることを決めたのは、おそらく両親の墓参りの時だろう。その時にヴァルブルクの名字を名乗りたいという話をしたからだ。

 屋敷へと帰ろうとした際、ルキウスが驚いた声を出していた。あの驚きの声は、セウェルスが『ヴァルブルクを名乗るようになったユリアを守るためには、近い立場になったほうがいい』という感じの言葉を伝えたからだろう。


(ふたりが、私と同じ王族の立場に──)


 どれだけ時代が離れていようとも、世の中に公表できない存在であっても、現代のヒルデブラント王家にとっては、ユリアもヒルデブラント王族の一員。血筋や家系図を辿れば、間違いなユリアとつながる。

 それに、ユリアの性格ならば、平穏な日常のなかで暮らす『一般人』になるはずがない。ヴァルブルクの戦士として、ヴァルブルク王家の娘として、ヒルデブラント王族のひとりとして、今を生きる者たちを守るという立場を望むはず。そういった直感が、セウェルスにはあったのだろう。

 だが、そもそもセウェルスは普通の人間ではない。そんな自分であっても、ユリアと同じ立場の人になるには──それを叶えることができるのは、カサンドラくらいだと思い至ったと思われる。


「……ルキウスには、ひとりで勉強をさせるおつもりですか? せめて、同じ年頃の──できれば、同じ男の子と一緒にいさせてあげたいと思うのですが……」


「セウェルスも同じことを言っていたわ。彼によると、あの子は生まれた時代では傭兵であったため、同世代の友達が作れなかったようですね。──ですが、大丈夫ですよ。あの子は、私の孫のフェリクスともう友達になっていますから」


 フェリクスとは、カサンドラの孫であり、王太子の子どもだ。ユリアは何回か会ったことがある。ルキウスと同じくらいの年齢の男の子で進学校に行っている。性格は穏やかで真面目だが、自分に自信がないのか王太子という立場を重く感じている節がある。


「あの子たちは、年齢が近い同性で、性格も似ていることから仲が良くてね。お互いに気を張ることなく過ごせるでしょう。……ルキウスもいずれ極秘部隊となりますが、それでもフェリクスの支えとなってくれそうな気がしております」


 そして、カサンドラは「話が逸れましたね──」と、話をもとに戻す。


「ふたつめの条件は、民衆にヴァルブルクの名を継ぐ意思を表明することです。次の春頃に、そのための舞台を整える予定です」


「春頃に、舞台を……?」


「ほら。ちょうど、たくさんの人々が集まるイベントがあるじゃない──ヒルデブラント王国の古典祭ですよ」


 ヒルデブラント王国の古典祭とは、長き歴史を持つこの国の一大イベントだ。国外でも有名なイベントである。

 このイベントが始まると、旧市街の半分ほどがイベント会場となる。イベントスタッフたちは全員、さまざまな時代に生きていた人間──各時代において一般的だった服装を着用する──に扮する。そして、その時代の文化や食事を観光客に提供するのだ。当然、ユリアとテオドルスが生まれた時代の人間に扮したスタッフもいる。

 さらには、現代では使われなくなった古い時代の武器を学び、実際に扱ってみるという体験や、魔術師ではない者に簡単な魔術を使える体験ができる装置もあるという。魔術師でも一般人でも楽しめるイベントだ。

 そして、そのイベントのなかでは、ヒルデブラント王国の重役から選ばれた数名ほどの警官や軍人──もちろん、全員が魔術師である──が、各時代の傑人に扮し、その傑人が得意としていた技や、魔術師ならではの武芸を披露するという催しがある。


「ということは、まさか……」


「ええ──。あなたには、極秘部隊所属の軍人として『英雄ユリア・ジークリンデ』に扮して武芸を披露していただき、その後に、ヴァルブルクの名を継承することを表明する時間を設けようかと思っております。あなたの言葉で、民衆にヒルデブラント王族に属したことやヴァルブルクの名を継承したこと、ご自身の決意などを伝えてほしいのです」


 本人が、本人役として出演する──。まさかの条件にユリアは思わず苦笑した。


「わかりました」


「イベントで行うこととはいえ、国が催す式典には代わりありません。ヒルデブラント王族、ならびにヴァルブルクの名に恥じぬよう、心して挑んでください。──私からのお話は以上となりますが、貴女からは何かありますか?」


「……あの、はい。その……厚かましいことであるのは、重々承知なのですが……実は、お願い事が──さらに、ふたつもできてしまいまして……」


「今更、遠慮などしなくていいのですよ。貴女は、かつて多くの民と国々を守ってくださいました。それに、貴女も間違いなくヒルデブラント王族の一員なのですから」


 怖じ怖じと目線をそらしながら言うユリアに、カサンドラはきっぱりと返事をした。そのことで、ユリアも真っ直ぐに彼女を見る。


「……テオドルスにも、彼の実家の名を名乗れるようお願いしたいのです。『テオドルス・マクシミリアン』という本名は名乗れなくても……せめて、彼の実家の名前だけは──。その前に、本人がそれを望むのかどうかの話ではあるのですが……」


 『ユリア・ジークリンデ』という名と同じく、本名に名前がふたつあるのは、彼が古い時代の貴族だからだ。

 しかし、現代のヒルデブラント王国の法律により、ふたつの名前を持てるのはヒルデブラント王家だけしか許されていない。

 なので、ユリアも『ユリア・ジークリンデ』とは名乗れない。この時代では、ユリア・ヴァルブルクが本名となる。


「ライフェルデンの名を、ですか……。できないことはないでしょう──ですが、まずは彼の意思を聞くことが先ですね。この時間が終わり次第、(わたくし)から聞いてみるわ。……もうひとつのお願い事とは何ですか?」


「もうひとつは、クレイグからの提案なのですが──」


 それからユリアは、しばらく昨晩にしたクレイグとの会話の内容をカサンドラに伝えた。すべて伝え終えると、彼女は意外そうに言葉を発した。


「……なるほど。ですが、貴女はそれでもいいのですか? あの人たちをこれ以上危険に晒すことは望んでいないでしょう?」


「たしかに、できれば危険な目に遭わせたくはありません……。しかし、それは、みんなが戦うのはもう嫌だと思っていたらの話です。こんなことを提案してくれたということは、そう思っていない──それどころか、頼ってもいいと言ってくれたようなものでしょう。なので、私はその言葉に甘えたいと思います」


 ユリアの言葉を聞いたカサンドラは、感慨深く笑みを浮かべて息をついた。


「……だから、『日常』と『非日常』を行き来できる、貴女達だけの特別な組織を──ですか」


「はい。それに、カサンドラ様としても、極秘部隊という優秀な人材を簡単に手放したくはないと思っているのではありませんか? 私としては、手放すのはもったいないことだと思うのです。なにせ、魔物だろうがこの星に巣食う敵だろうが、何にでも立ち向かえる人たちですから」


「そうですね……。もとは普通の魔術師だったとはいえ、正直に申せば極秘部隊を抜けられることは痛手です──なんとかやってみせましょう」


 カサンドラは胸を張って微笑んだ。

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