回帰は少し幸せだった
『どうだ? 誰かに覗かれてる気配するかな?』
『…………特にはしないわね。これで検証一週間くらいだったかしら。そろそろ出鱈目を疑いたいんだけど、未だに生徒会への調査要望が入ってるんだから、動かない訳にも行かない』
『ストッキングありなし、スカートの丈、時間。色々変えてみたけど手応えなしってのは妙だよな。勘づかれてたとしても表向きはお前が一人で歩いてるだけなんだから一回くらい覗いてくれたっていいんじゃないか?』
シニガミと思わしき人間を殺してから一週間。
噂が流れなければシニガミはあの時完全に死んだ事になる。『ハクマ』に始まり、不思議な事件には必ずあのクスリが存在した。だからどんなに関連性がないように見えてもとにかく事件さえ起きなければいい。
ただ待つだけというのも苦痛だったので、前々から解決するべきとされていた覗き魔? について調査している。特別棟の階段を上る時にスカートを覗かれているような気がするという情報が多くの女生徒から寄せられたのだ。前々から調査はしていたが正直片手間に調べる程度では何の進展も見込めなかった。暇を持て余した今こそ本格的に手を入れる時だ。
調査の関係で草延を犠牲にするのはどうも気が引けるのだが、俺がスカートを履く訳にも行かないだろうし、本人も必要な犠牲と認めているからこんな方法を取っている。だが結果は芳しくない。屋上から双眼鏡を使って肉眼での確認もしているのに誰かがそこに居た事は一度としてない。
―――草延がタイプじゃないって可能性はないと思うんだよな。
それにしては不特定多数の女子から被害が報告されている。特定の属性を持った女子が狙われているのかと思ったが、草延が調べた所によるとそれは考えにくいそうだ。無差別であるなら、とりわけその中でも美人寄りな草延が狙われない理由がない。密かにファンクラブさえある程なのに。
『……八重馬クンには言ってなかったけど、下着も変えてみたのよね』
『あー……でも結局収穫なしだろ? 生徒会に関わると碌な事がないから、どういう状況でも生徒会は狙わないって感じかもしれないな。ここまで調べて何もないならそうとしか思えない。これ以降は外部から協力者を募りたいけど……』
『けど、何?』
『一般的に、スカートの中を覗かれて良い気分のする女性はいない。手詰まりだ』
草延が特別鈍感というか割り切っているだけで多くの女子はこんな行動は取れない。生徒会外の女子に協力を募ったとしてこんな事をさせるなんて。もしも俺がとてつもなくモテる男だったとしても難しい。事件解決のために辱めを受けてくれと、そんな事を頼めるか。
『……そろそろ休み時間終わるし、戻ってきてくれ』
『分かったわ。じゃあ今度は昼休みね』
俺も屋上から退散しないといけない。鐘が鳴る時までに教室に居ないと教材の準備が物理的に間に合わない。『シニガミ』同様こちらも根気強くやるしかないのだ。俺達には特殊能力もなければ都合よく証拠を見つける推理力もない。
通話を切って駆け足気味に自分の教室に戻る。全力で走ると何処かで事故を起こすと思うから飽くまでジョギング程度の速さを心がけて。間に合うかどうかは教科担任の速度次第だ。遅い人も居れば速い人もいる。そしていつもは遅くてもたまに早く来る事だってあるし逆も然り。普通に読めない。
白兵辺りが気を聞かせて教材を揃えてくれないものか。
いや、期待はしていない。それをしてくれたのなら、それはそれで俺に借りを作りたいからやったのだろう。アイツの魂胆は透けている。
「すみませーん、生徒会の仕事してて遅れましたー」
先生の気配を察知して謝罪をしながら自分の席へ戻る。最悪だ、数学の教科担任はクラス担任でもあるので早い遅いの問題じゃない。最初から間に合っていなかったのだ。草延との調査に取り組むあまり今日のコマを忘れていた。
「遅いぞー」
「生徒会が漫画みたいに何でもできると思うなよー」
男子から茶化すような野次を浴びせられながら机に座ると、机の引き出しに溜めていた教科書等が既に出されていた。
「えっ」
こんな事をする人間が居るとすれば白兵くらいしか居ない。一瞥してみたが、奴はこちらの視線など気づいていないばかりか、近い机の奴と駄弁っていた。
―――違うのか?
じゃあ誰が…………?
「おい、席につけよ」
「はい」
まあ、授業が集中出来なくなる程ではない。草延も少し遅れて教室に戻って来た。『死神』絡みの話に巻き込まれるまでは毎度昼寝をするような無気力さを見せたが、草延先生の個人授業を受けているのでサボる訳にはいかない。
そこにどんな思惑があろうと勉強をみてもらっていたのだから、こういう時にやる気のなさを見せるのは恩を仇で返すようなものだ。教えてる方が馬鹿馬鹿しさを感じたら関係はそこまで。草延とはちょっと複雑な協力関係になってしまったので関係ない所でも信頼は損なわないでおきたい。
幸い、今日は眠くないのだ。
「…………」
―――シニガミ、死んでたらいいんだけどな。
まだ事件が起きてから一週間。オカルト同好会の閉鎖は解かれたが警察の出入りは続いている。それもパトカーが動き回るというより刑事が私服で動き回っているので、一部の物好きからはかえって不安視されているとか。
でもシニガミが死んだから、今後はゆっくり沈静化していく筈だ。殺人に加担したからには解決してもらわないと困る。先輩も俺もこれに関しては墓場まで持っていく事になるだろう。生徒会室に置いておいた日記帳は読んでくれただろうか。『死神』の力を発揮してからというものそこはかとなく元気がないように見えたので、俺なりに日常を面白おかしく書いたつもりだ。
凄く笑えるとは思わないけど、これで少しでも元気が出てくれたら嬉しい。
昼休みまで残り一限。
昼休みには色々話さないといけない事があるのでこれが事実上最後の休み時間だ。机に突っ伏して身体を休める。怠け者なら分かってくれると思うが、休めているのはこの時だけで、身体を動かすと体力は全く回復していないと分かる。
「ねえ、八重馬」
「…………ん?」
女子から声をかけられるなんて珍しい事もある物だ。だが用件に見当はついている。特別棟の覗き魔についてだろう。眼を擦って見上げるとセミロングの黒髪の女子が俺の肩をちょんちょんと突いていた。
見覚えがないので、別のクラスの人間か。俺の名前を知っているのは生徒会だから。
「あー。何かな? 悪いけど調査結果はまだ教えられないんだ」
「ちょっと葉子が用事あるから外に来てくれる? 返事次第じゃすぐ終わるから」
「葉子ってのは……廊下からなんかこっち見てる女子か。まあ……いいよ。行こうじゃ」
おでこの広さと三つ編みしか目に着かないが、葉子と呼ばれた女子もまた別のクラスの人間だ。面識はないがもしかすると生徒会に調査要望を送ってくれた子の一人かもしれない。だとするなら声をかけるのも納得だ。
廊下に出ると更に人気のない場所へ連れて行かれた。具体的には昇降口まで。体育館側であればコマに体育があるクラスがあっても基本的にはこちらには近づいてこない。今日の天気は晴れなのだから。
「ほら葉子。時間ないからスパっと言っちゃって」
「え、えっと……九十君」
「はあ」
「わ、私と付き合ってください!」




