無意味な犠牲
章終わりです。
「…………お兄ちゃん。一応朝起こしに来たけど」
「悪い。もう起きてる」
「……からかってる?」
「いや、万が一にも起きられなかったら困ると思った。もう行ってもいいよ」
妹を顎で使えるのが兄の特権だ。百花にはやっぱり馬鹿にしてるか弄ばれたとしか思われていないと思うがそれどころじゃない。まず予定通りに朝五時という早朝に起きられた。それが大切で、それ以外はどうでもいい事だ。
「お兄ちゃん一回聞きたいんだけどあの子」
「家には呼ばないぞ。彼女でも何でもない役員仲間だからな」
「人の話を先回りする人嫌い」
「…………じゃあ何を聞きたいんだ?」
「あの草延さんって人、家に呼んでよ」
「お前は人の話を聞いてないんだな……」
似た者兄妹というか、これで血を感じるのは自分も恥ずかしい。先回りだって人の話を聞いていないから、これでお互いにアイツとは違うと言い張ったとてそれもまた血筋だ。妙な所が似てしまった。あんまり似る所はないと思っていたのにどうしてこんな内面の部分が、と思う。
「彼女でも何でもないから無理。後、俺に脈はない」
もう一度同じ言葉を繰り返す。遠回りに否定しても妹の強引さは破れないのでこちらもちゃんと拒絶しよう。
「ほら行った行った。何なら二度寝してもいいから、俺はやる事がある。生徒会の仕事は見ててもつまらないよ」
「けち」
「親しくもないのに家に呼ばれたら迷惑だろ。向こうの気持ちを考えたら頷く訳にも行かないよ」
大体家に呼んだら百花から質問攻めにされる景色が何となく想像出来る。何故かってそういう経験があるからだ。俺が一番親しい女性が誰かと言われたら答えるまでもない。あの人は気にしていなかったけど、大人しい草延じゃ呑まれる。
さておき階段を下りて物置の正面まで移動。水田君の死体をここに隠したのは昨夜の事。衝撃的な出来事は色鮮やかに脳内へ刻まれ、数秒前のように思い出せる。さあ死体は消えているのか、消えていなければそれが一番嬉しい。その消えてない死体をどう処理するかという問題はあるがそれは現実的にどうにかなる範囲だ。警察に渡せば大手柄。
消えている方がどうにもならない。
そして消えてしまうと、俺は何故消えないのかという問題がてんで分からなくなる。例外がもう一人居てくれるだけでも気の持ちようは違う。だって消えないならそれ以外の何かとてつもない症状が俺に現れるという事だろうから。
天気は晴れ晴れとしているものの、季節柄どうしても寒い。陽が上り切る前は下手すると夜以上の寒冷地だ。寝起きが悪くてもこれは目が覚める。さっき手を洗ったせいで突き刺すような冷たさが神経を蝕んでいた。少し感覚が痺れている。物置の取っ手を触る指に感触がない。
「…………すぅ」
周りをどうしても確認したくなるが、それは挙動不審だ。俺は怪しい事なんて何一つしていない。かといって胸を張れる様な行動でもないけど、犯罪者として扱われるのは到底納得がいかないような行為ではある。俺は真実を確かめたいだけだ。
もう、いつまで経っても心の準備が出来ない。扉の鍵を開けて、物置の中の袋を確認した。
「……………………」
死体は、跡形もなく無くなっていた。
何故?
誰かが奪った?
どうやって?
放置された死体が消えるのはいいとしよう。誰かが隙を見て持ち去ったと考えられる。今回はその前に俺と先輩でここに持ち帰ったのだ。鍵を掛けていてその鍵は俺が握ったまま眠った。絶対に手放さないように拳を握ってうつぶせで寝た。ここまでやってどうして物置の死体が消える? 裏に回ってみたが破壊されているとかでもない。
「…………?」
死体が消えないで欲しいと願った。裏を返せば心の何処かで消えてしまうだろうなと思っていたという事でもあるが、ここまでやってまだ消えるのはおかしい。じゃあどうすれば死体が消えないようになるのか。どうして俺だけが何の影響も受けないのか。分からない事だらけだ。これも、後で先輩に報告しないといけないのかと思うと気が重い。
分からない事態をどう報告すればいいのだろう。
―――いや、まだ。大丈夫だ。
死体は消えてしまったが、向こうは解決しているかもしれない。あの時、死神先輩は『シニガミ』を殺した筈だ。明日以降、二度と『シニガミ』について話を聞かなくなったならあの時殺した見ず知らずの生徒が売人だったという事で話は終わり。
そうあってくれ。
「……お兄ちゃん? こんな所で何してんの」
頼むからこれ以上死んでほしくなかった。自分の周りに死が満ちていく事が我慢出来ないから。願わくばあの子が『シニガミ』であった事を願う。
「お兄ちゃん! おーい!」
背後から聞こえる筈の声はまるで遠くの喧騒のよう。間もなくそれも冷たい風に攫われて消えていく。自分たちのやった事は無意味でないと証明したい。それだけが救いで、俺が望む唯一の事。これでもし彼女が『シニガミ』でなかったのなら、そいつを炙り出すまで俺達は。
浴槽一杯の血に溺れながらワタシは目を覚ました。
髪は赤黒く染まり、谷間を伝う血液が音を立てながら滴っている。足の指を這う血は泥のようにぬかるんで気持ち悪い。何度入ってもこの感覚には慣れないし、慣れたくもない。また掃除をしないと駄目なのか、気が滅入る。
立ち上がると、揺れた乳房から水滴が跳ねる。湯船から体を出して脱衣所へ。タオルを手に取って慣れた手付きで体の血という血を拭き取った。身体を拭いたタオルはいつも真っ赤になるからすぐ捨てる。これで三回目。日に日に意識の遠くなっていく自分が恐ろしくなる。
「……………………」
私はいつになったら死ねるんだろう。
いつになったらこんな事をやめられるんだろう。
「死神…………」
ただ死にたかっただけなのに、こんな事をさせて何がしたいのか。彼が出会った死神は私と同じだったのか。答えなんてない。同じなら目的が分からないし、違うなら何で私と彼を選んだのかという別の問題が降りかかる。
「後、五回………………」




