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死神

章終わりです。

 ゆらりと用具入れのドアが開いたかと思うと、全身に血を被った女性が固まった血を重そうに引きずりながら姿を現した。水田君は目の前まで追い詰めた俺の事など忘れて、自分が殺した筈の女性に釘付けになっている。

 御堂湯那。頼れる生徒会長は迂闊な追及をしたがばかりに殺されてしまった不運な高校生。どんなに頼れて強気でも所詮は一般人。何の庇護にもない高校生の筈だった。そうだ、それは間違いなかった。こんな騒動が無ければ、もしくは彼が先輩を殺さなければこんな事は起こらなかったのだ。


 目の前には確かな現実が広がっている。


 死体を隠した俺だからこそ、或いは直接この手で殺した水田君だからこそ理解出来ている。ただこの二人だけが真実を知っていた。御堂湯那は確かに復活して、ここに立っている。乾いた血は鎧のように肌を隠し、仮面のように顔を塗り潰す。結膜は真っ赤に濁り、瞳孔は鎌のように歪みながら角膜を侵食しつつある。光は決して反射されない。その眼を幾ら凝視した所で反射する景色が見えるなどという事は万に一つもあり得ない。

「な……………な」

「あーでも、良い気分だぜ死ぬってのはよ。なあよくも私を殺してくれたよなあ? 水田」

「おま、おま…………イキテル! あり得ない! だっテ!」

「殺した筈だな。だが運の悪い事に私は死神だ。残念だが殺しじゃ死ねないな。お陰様でしっかり目が覚めたよ。お礼にお前を殺してやるさ」

「うわああああああああああああああああ!」

 たまらず水田君は本能的に逃げ出した―――と思っていたが、それは間違っていたかもしれない。一目散に逃げだす彼の背中を見ていたら、先輩の手にある物が乗っている事に気づいた。小指だ。逃げ出した彼の道筋に血痕が残っている事から、それが水田君の物である事は状況が物語っていた。考えてみれば分かる事だ。軽い思い込みで人を殺しにかかるようなブレーキの外れた奴が逃げ出す理由なんて、自分より圧倒的に強い暴力に遭遇したくらいしかない。

「九十。追う̉͑̈́̚͡ぞ」

「え、は……」

「嘘がバレたら殺されんだろ。出血を防ぐ̲̮͢に̨͍̠͚は取り乱し過ぎてるから、これを追えばアイツが何処に逃げようとも無駄だ。殺しに来た奴を私が殺すんだろ。自分で考えた作戦に取り乱してんじゃねえ。行くぞ」

「は、はい!」

 口調は乱暴だが、それが湯那先輩と身体が勝手に判断した。携帯を起動したままポケットに、二人で血の跡を追って校内を走る。錯乱しているのか水田君の痕跡は無軌道で無作為。その場で一回転したと思ったら昇降口とは関係ない方へ向かうなど読みにくい。二階から一階から三階へ上がったらまた二階。なまじ発狂音と走る音は聞こえるだけに俺の余裕もどんどんなくなっていく。先回りは出来そうにない。

 追っている内に、非常口まで戻って来た。彼はまた校庭へ飛び出したのか。校庭と言えば『オヤシロ少年』だが……

「先輩! オヤシロ少年は本当に居ると思いますか!・」

「ああ!? んなもん聞くんじ̷̡̗̖̐͌͠ゃ̷͚̳̓̎͂͜͠ねえよ知るか! 居るなら居るし居ないなら居ない! 私みたいなモンだ!」

 こんなに走れば出血多量で身動きが取れなくなってもおかしくないとは随分前から思っていた事だ。指一本分でもこんな無茶苦茶に動き回れば出血は止まらない。それでも彼はまるで取り憑かれたように走り続けて止まらなかったがそれも限界だったようだ。

 校庭のど真ん中で、蹲る水田君を発見した。





 そして、その背中を取るもう一つの人影も。





「……本当に居た」

「――――――偽物か、売人か。私にとってはどうでもいいが」

 一歩早く人影の方が俺達の存在に気が付いた。水田君へ向けて進めていた歩みを止めて一目散に逃げようとする。だがそれは俺を見つけての反応だろう。だって湯那先輩はその時にはもう俺の隣に居なかったし。

「不愉快なんで、死͎͇͚̱̲͢んでくれる?」

 水田君に迫っていた人影の行く先に回り込んで、その首を刎ねていた。コロっと落ちた首に遅れて身体に満ちていた血液が湧水の様にドプンと吹き上がる。死体となり果てたそれは間もなく崩れ落ちて、事は一瞬で終わりを告げた。

「…………」

 躊躇もなければ抵抗も許さず、一瞬で人間が死んだ。


 これが、死神の力。

 

 原理不明の瞬間移動、詳細不明の殺害手段。何より意味不明の蘇生能力。悉く常識を覆す現実がそこにはあった。俺には何も分からない。ただ計画通り進んだのに何もかも理解したくない。蹲っている水田君だが、先程から動かないのは出血多量のせいだろうか。無理はない。幾ら毒が弱くても時間が経てば回るように、出血を止めようともしなかったのであればいつかは身体中の血が流れ出てしまう。そして実際は、身体中の血が流れる前に肉体に悪影響が及ぶ。

「ゆ、湯那先輩。そいつは―――」

「…………うちの生徒だ。今回の一件とは何の関係もない女子だ。こんな̴҉奴が私の邪魔をしてたのか? それかクスリを売ってた?」

 携帯を使えばその顔は見えるが、単純に見たくない。幾ら死体に多少慣れたと言っても、これは平気であってはいけない物体だ。御堂湯那は死神かもしれないが、俺はれきとした一般人。特に平和とは縁遠いこれを、興味本位だからって見る事だけはしたくない。

 湯那先輩は水田君の方へ駆け寄ると、首筋に手を当てて頭を振った。

「死んで̸̛͜る̵̨͝な」

「しゅ、出血多量……ですか?」

「近いが、厳密には̶̨̩͚̱҇͗̈́̉そ̴̭͔̾̀̄̑̃͆̄̒͢͝れ̵̡͕͖̗̥̑͆̾͆͒̈͝に̶̛̳̭̞̞̇̒̉̅̄͗͜因るショック死だな。どれ…………」

 先輩が服を弄ると、彼のポケットから見覚えのあるクスリが見つかった。数にして三錠。パックされている訳ではないので元々何錠あったかは分からない。

「やっぱ持ってたか。これは没̓̑͞収̇͗̓̀̔͠だな」

「せ、先輩。その……これで、終わったんですかね。あれがシニガミで、もうクスリは……」

「そりゃ明日以降になってみないと分からな̌̿͝いだろ。なあ九十。お前はこれを服用したんだったな。()()()()()()のか?」

「は、はい」

 俺にはまだ、というか何か起きた試しがない。あれは偽物? 偽物が存在する程流通しているのか? いや、それはあり得ない。シニガミ服用者は決まって姿を消すという話だから、偽物があればそいつは警察に捕まって入手経路を調べられる筈。服用したと思われる奴が最終的にいつも消えてしまうから死体も手に入らず警察も実態が分からなくて手を焼いているという話では。


 ―――どうやって消えるんだ?



















 トイレで俺を襲撃してから死亡した青木田恵理子の死体も消えてしまった。写真は先輩か草延が持っていると思うが、警察には提供されていないし、写真から死体の中身を推察する事は出来ない。


 どうしても自分で確かめたくなって、湯那先輩の協力も借りて家の物置に死体を隠してみた。


 ゴミ袋で誤魔化すのは無理しかないし、万が一消えないならとても大きな問題になるだろうが、消えるくらいなら問題になった方がいい。死体が残れば警察にそれを調べてもらえばいいだけだ。


 ―――忙しかった日々が恋しいな。


 こういう忙しさじゃなくて、ちゃんと学生生活の範疇を出ない忙しさが遠い昔のようだ。自分の命を握られているとはいえ、俺は人を殺す計画を立てた。今更地獄だ天国だとは言わないけど、碌な目には遭わないかもしれない。

 だが正解だった。湯那先輩の力は本物だ。携帯の録音も完璧で、雑音は色々あるが『死神』先輩とのやり取りはきちんと収められている。後は状況がどう転がるか次第で、その時草延に見せれば彼女も自分が追っている『シニガミ』と湯那先輩が違う事は分かってくれるだろう。

 

 ―――本人に直接問い質すなんてことは、しないで欲しいな。


 そこは賭けだ。俺も本当はこんな危ない橋を渡りたくないがいつまでも隠し事をして草延の信用を得られるとは思わないし。








「…………死体が消えませんように」







 星一つ見えない夜空。

 

 流れ星もないのに、そう願った。

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