面白き事なき世も面白く
「生徒会だ、新聞を押収させてもらうぞ!」
「うわあ! 何だ何だあ!」
「そろそろ明日掲載する記事が出来た頃だと思ったんだ。悪いけど見せてくれないか?」
勢いだけで突入したのが仇になっただろうか。新聞部は陽気なノリの俺にいまいちどういう反応をしていいか分からず戸惑っている様子。後ろの方で草延のため息が聞こえた。
「彼の馬鹿なノリはさておき、新聞を確認しに来たのは本当よ。私達保健室に入れなかったの。だから二人の様子を知りたくなった訳」
「あ、ああ……成程。だがまだ掲載されてない物を理由もなく見せろというのは横暴じゃないか?」
当たり前の反論を返してくるのは新聞部の部長こと二年の須灘理夢。三年生はスクープどころではないとの事で大分前に引退したらしい。俺達とは違うクラスで特別面識もないが、あまり過激な記事を書くと生徒会に目をつけられる事から、一方的に苦手意識を抱かれている。そんな苦手意識が共有されているのか他の部員からの目線はそれほど歓迎されていないようだ。中には記事を見せまいと机に突っ伏して隠す者もいた。視力検査によると俺の視力は二・〇を上回らないのでそんな事をしなくても別に見えない。
「私達が『シニガミ』の事を調べているのは知っているかしら」
「『シニガミ』……ああ、あれか。この学校に居ると言われている薬物の売人」
「知ってるのか?」
「与太話としてね。まさか天下の生徒会がそんなバカみたいな噂を信じるなんてお笑いだけど」
「馬鹿みたい……ええ、そうね。馬鹿みたいな話。貴方達のように記事が面白ければそれで構わないような部活には理解出来ないと思うわ」
「何だとお!」
「草延。あんまり煽るなって」
「あの生徒会長が証拠もなく噂だけを調べてるんだと思うのがそもそも見当違いね。私達は生徒会長指示の下、独自に『シニガミ』を調査するに値する証拠を手に入れた。鼻で笑うのは結構だけれど、自分達が信じたくないからって相手に愚者のレッテルを貼るのはどうかと思うわ」
「リンネ!」
「新聞部なんて御大層な名前を掲げているけれど、所詮は私達と同じ学生。権威ぶったって貴方達の調査能力はたかが知れているわ。『シニガミ』がこの学校に居なくて、私達を愚かと決めつけるのなら是非ともその証拠が欲しい所ね全能さん」
「おいいい加減にしろって! 俺達はお願いする立場なんだから!」
須灘は論破されてどうというより、散々侮辱されて頭に血が上り切っているようにしか思えない。憤死なんてモノはおとぎ話だと思っていたが、このまま放っておくと今すぐにでも現実で見られそうだ。
「で、見せてくれるのか?」
「見せる訳ないだろ! 帰れ! 部活の妨害だ!」
「ですよね……しょうがない。草延、帰ろう。今まで目こぼししてたけど、協力しないんだったら生徒会長に報告だ」
「ふ、その手には乗らんぞ。我が新聞部はさほど予算を喰っていない! 校内部活だからな!」
「そうじゃなくて不正に入手したネタがあったろ。新聞部が掲載してくれるとついでに他の部活や学校からの掲示物も見られやすいからって見逃してたんだけど……仕方ないよな。協力してくれないんだから」
「………………おい。待て! 分かった! 見せるからやめろ!」
半分本当で半分嘘。目溢ししてる事自体は俺も知っているが、湯那先輩が何を握ってるかまでは知らない。だがこのような仕草を見せて態度を変えるなら相当やましいというか、誰にも知られたくない不正に手を染めて手に入れたと見える。
―――焦ったよ。
脅したみたいで悪いけど、草延が交渉下手だったのでどうか許してほしい。須灘が机から印刷の済んだ記事を取り出すと、俺に向かって押し付けた。
「好きなだけ見ろよ……クソっ」
「協力どうも有難う」
「言っておくけどな、他のには見せるなよ! 生徒会だけで見てくれ! さあ分かったら出て行った!」
須灘に押されて廊下へと追いやられる。乱暴な手つきで扉が閉められたかと思うと、これまた雑に鍵が掛けられた。本当は直接話を聞きたかったけど、これはこれで記事を私物に出来るからいいか。
記事にはめぼしい情報は見つからなかったが、誰が激写したのか保健室で絡み合う変わり果てた二人の姿が映っている。ベロを出して涎を垂らしながら互いの身体を舐め回す光景は口で言ってもその悍ましさは理解出来まい。いや、文字通り理解に苦しむ光景だ。
二人はこれでも正気な状態……と記事には書かれているが、とてもそうは思えない。二人で愛の言葉を機械的に呟きながら―――何もしない。呟くだけ。身体が涎でベトベトになっても気にも留めない。目を見開いて、二人だけの世界に浸っている様子。
「…………リンネ。参考までに聞きたいんだけど、これはラブラブに見えるか?」
「私には早すぎる愛情表現ね」
「奇遇だな、俺も理解出来ない。でもこれをラブラブだって言ってた奴が一人居るんだけど……」
「誰?」
「俺達が最初にこの事を耳にしてた時話してた女の子だよ! あんまり異常事態だからつい忘れてたけど、これを見てラブラブって思うのは不自然だ! そいつ、何か知ってる可能性があるんじゃないか? オヤシロ少年は嘘だと思ってたし」
「…………けど、探しようがないわね。声を聞いただけだから。でも二人を先輩と言っていたのなら、一年生である事は確かね……何処から重点的に調べるべきか分からないけど、今度は手分けしましょう。私は一年生を当たるから、貴方はオカルト同好会にあたって『オヤシロ少年』について聞いてみてくれる? 物好きな彼らなら、少しくらい情報は集まってるんじゃないかしら」
「…………対応すべき問題が多すぎて人手が欲しいよな。気持ちは分かる。どれを放置してもなんか、良くない気がするんだよ」
「協力者はもう少し欲しいわね。でも今は、そんな悠長に構えている場合ではないわ」
「あれ、九十。どうしてこんな所に居るの?」
「先輩!? どうしてここに」
「いやこっちの台詞。暇を出してるんですけど」
オカルト同好会の部室前でうっかり湯那先輩と遭遇してしまった。会うのを避けていた訳ではないけれど、二人で勝手の動いてる事がバレると単純に後が怖い。
「ほ、放課後はプライベートなもんで、何してても勝手かなあって」
「ふぅん。それじゃあここに居るのは?」
「…………お、オヤシロ少年に興味があったんですよね。だから聞きに行こうかなって!」
「……」
口を半開きに湯那先輩は呆れていた。自分でも分かっている。その場しのぎの嘘でさえクオリティが低い事に。でも本当の事情は言うに言えない。勝手に囮にしてる手前、都合が良すぎる。
「……ま、いいわ。プライベートなのよね」
「は、はい。そうですよ?」
「それじゃあちょっと付き合ってよ。生徒会としてじゃなくて、後輩として」
腕を組んで嬉しそうに微笑む先輩。だがしかし悪魔の誘いだ。嘘に嘘を塗っているのをいい事に、取り返しがつかなくなっている。
「せ、先輩はどんな用事ですか?」
「オヤシロ少年と『シニガミ』が無関係とは思えないのよね。私もクラスであんまりその噂聞いたから気になったの。プライベートなら、デートのつもりで付き合ってくれるわよね」
「うーん。先輩も強引だなあ……でも。まあ。そういう感じで結構です。俺もこれ以上はしんどいので」
何事も落とし所。
納得した様子で先輩はオカルト同好会の扉を開いた。
「……なにこれ」
暗闇から充満する血の匂いに、目を細めながら。




