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モノノタトエ

「康永先生はいらっしゃいますか?」

 草延的には二度目の職員室訪問。尤も不思議な話とて生徒が死んだ話を早々蒸し返されたくはないらしい。彼女の再訪に先生達は露骨に良い顔をしなかった。ただ一人―――探し求めていた先生を除いては。

「僕はここに居るが」

 顎鬚を整えた強面の男性こそ、康永緑斗。眉間の皺と目つきの鋭さが一部の女子に人気を博している。こんな見た目とは裏腹にテストに困る生徒には優しく、特別授業は成績の悪い生徒にとっての救済措置なんだとか。俺は世界史に関してはそう悪い成績でもないので参加していない。

 それにしてもわざわざ名乗り出てくれた行動は奇妙に思う。ならば何故あの時は逃げたのか。思惑が何にせよ生徒会に関与した事で先生は好奇の目に晒されていた。空気の読めない草延はこのまま話し出そうとするけど、流石に誰がどれだけ聞いてるかも分からない場所でこんな話は避けるべきだ。職員室には無関係の生徒だって来る。

「場所を移動しようか」

 康永先生から言い出してくれたのは僥倖だった。生徒から言い出すのは違う。それも生徒会だ、もしもここに『シニガミ』が居ると仮定した場合、それはあまりにもリスキー。勿論こちらの動向はある程度バレていると思うが、だからって隠そうともしないのは相手からすると不自然ではないか。 

 先生に案内されて俺達がやってきたのは理科準備室だ。そういう名前はあるが備品すら置かれていない。俺が入学する前から殆ど空き部屋の様相を呈しているそうな。

 康永先生は隠し持っていた煙草を手に取ると、窓を開けて流れるように火を点けた。マナーをきちんと守っているかと思いきや、ここは敷地内禁煙だ。密室の中で喫煙されるよりはマシでも違反には変わりない。

「先生。あの。普通に違反……」

「君達は『シニガミ』について調べているんじゃなかったのか?」

「……康永先生は、何かご存じなのですか?」

「先に質問したのは僕だ。無視しないでくれ。その質問に答えるとしたら、まずはそちらが先に回答するべきだ」

「生徒会として見過ごせない噂です。御堂湯那会長の指示の下、動いています。今回の一件も『シニガミ』に関わる事です」

「お化けの話が? ……失礼。じゃあ質問を変えようか。何故僕を探していた?」

「先生が『オヤシロ少年』の話を私が口にした時、一人だけ逃げたからです。コーヒーはまだあったのに、また珈琲を淹れに行きましたよね。私が来た時は丁度飲んでいて、口にした途端そんな行動をしたら誰でも怪しく思います」

「怪しく思う……ならばその怪しい先生に声を掛けたのは何故だ。『シニガミ』の噂は君達が入学する前から続いている。理屈で考えれば『シニガミ』は教師陣の中に居る……そうは思わなかったのか?」

 確かにそれは俺も密かに考えていた事だ。留年でもしない限り何年も生徒が居るのは不可能。そしてそんな生徒が居るなら鬼の生徒会長は確実に目をつけている。先生なら怪しまれずには無理でも生徒と関わりを持てばクスリを流す事も出来る。

「そうは思いません。何故なら教師の中に居るなら私達の捜査活動はもっと密かに行われていたでしょう。警察も尻尾を掴めず、かといって薬物の売人として精力的に活動している訳でもない。クスリを与えるのは青少年のみ。警察だって馬鹿じゃないんですから、被害のあった学生の学校くらい調べる筈です。私達が入学する前から噂があったのなら猶更……知らないだけで警察の手は入ったのでは?」

「成程」

「また、これらの特徴から『シニガミ』は自分を追う者を弄んだり、隠れる事に愉しさを見出す様な異常性はないと考えられます。だから貴方が死神だったら、校長に言いつけるなり生徒会の顧問に私たちの活動を悪し様に言わないとおかしいんです」

 草延に全てを丸投げしたような形になっているが、これは偶然だ。ただ俺にはここまで力強く言い返す事は出来なかったというだけ。彼女はこういうけど、決して可能性はゼロじゃない。全ての人間が合理的に動くとは限らず、また凡ミスなんて犯罪でなくともよくある事だ。 

 そしてゼロじゃないなら、俺には否定が出来ない。精々己が名探偵であると信じて『何となく』と言うだけに終わっていた。

「……質問には答えてくれなかったけど、先生は『シニガミ』の事知ってるんですね」

「この学校に来て七年。最初の年からずっと聞いている。興味を惹かれて調べようとした子も居た。僕は遠目で見るだけだったが、誰も辿り着けやしない。その内何故か追うのをやめて、そう言う子は皆消えていった」

「……行方不明になったんですか?」

「転校、退学。理由は様々で、それ自体はどの学校にも起こりうる事だ。ただ僕に言わせると、ピンポイントで狙い撃ちされているとしか思えない。君達が『シニガミ』を追うのは勝手だが、精々排除されないように気をつける事だ…………今のを聞いてまだ追う気か?」

「勿論です」

「隣に同じ」

 選択権なんてない、というのは言うだけ無駄か。銃で脅されていたり命を握られていたり。何というか、一番ややこしい立場は俺ではないか。湯那先輩が追っているのは売人ではなく偽物の『死神』だし。

「…………そうか。だったら僕も知っている事を教えよう。ただし、一つ条件がある。君達に協力して大丈夫かどうかを見極めたい」

「どういう事ですか?」

「『オヤシロ少年』は作られた噂だ。それもつい最近。僕は仲瀬がそんな根拠も呪いもなさそうな怪異に殺されたとは思わない。犯人を見つけ出してみてくれ」

「…………康永先生。それは難しいです。だって犯人を見つけたとして、それを正しいと証明出来る人がいない」

「いや、大丈夫だ」




「犯人が見つかれば、そいつは近いうちに殺される」





















「この期に及んで正気じゃない事を言うな。本気で言ってるのか?」

「ええ」

 こんな流れになると湯那先輩を調査なんて言っている場合ではない。そこまではいいが、何とあの人と協力はしないと言うのだ。原因は不仲ではなく、囮。俺達も十分露骨に動いているが、生徒会の顔たる彼女はそれ以上に目立っている。

 だから『シニガミ』はどちらを危険視しているかをはかる為に、敢えて協力を仰がないという。

「大丈夫よ。私には八重馬クンが居るから。信頼関係は大切でしょ」

「そ、そうは言うけど。本当に大丈夫か……? 囮って言うけど俺達の方を危険視してるかも」

「それならそれでいいのだけれど、可能性は低いわ。さっき康永先生にも生徒会長の指示の下と言ってある。敵を騙すにはまず味方から。本人に直接聞かなきゃ私達が独断で行動してるとは思えない。組織的な行動を潰そうと思うなら頭からごっそりとね」

「……」

 言いたい事はつまり、湯那先輩に全責任を押し付けたという意味だ。放課後の自由行動のその全てが、知らぬ所で彼女の責任になっている。生徒会役員としてその行動には異を唱えたかったが、立場としては如何ともしがたい。

 

 だってそうだろう。先輩が危機に陥れば見られるかもしれない。あの人が『死神』であるという、その証拠が。


「……これからどうする?」

「新聞部に顔を出しましょうか。掲載されるとしたら明日だけど、試し刷りくらいは読ませてもらえるんじゃない?」


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