⑯ゆるっとお買い物
週末になった。
今日はミヒャエルさんと買い物に行くことになっている。
ミヒャエルさんは私に色々与えたがっていたので、昨晩からウキウキしていた。
完全に愛玩動物扱いだなぁ、と少しばかり遠い目になるも、実験動物扱いより遥かにいいことは間違いない。
むしろ私は、癒し系愛玩動物としてなにができるかを考えた方がいいのではないだろうか。
(でも必要以上にお金を遣わせるのはいい気がしない……)
さてどうしようかな、と考えながら支度を整えると、ミヒャエルさんがなんだかきちんとした恰好でやってきた。
私の部屋はあれから本棟の二階の空いてる部屋へと移動した。
家具は入っていないが、ほぼ寝るのと身支度を整えるのに使うだけなので全く問題は無い。
塔の掃除はミヒャエルさんが居る時行い、それ以外では夕食後一緒に過ごす時だけしか、もう塔には行っていなかった。
「……今日は、街に行くのでは?」
「ええ、街ですよ」
なのにミヒャエルさんは、何故か塔へと向かっている。
「もしかして、わざわざ王都に?!」
「ええ。 ソノさん自身に魔法は効かなくても空間移動は出来ると思うので、試してみたい……というのもあります」
「う~ん……」
塔で魔法やら魔術やらの実験になるのも嫌だが、それよりも王都の『高級店』に連れて行かれそうな気がして嫌だ。
しかし私はそもそも癒し系愛玩動物ではなく研究動物……そう言われてしまっては断る術がない。
まさに出鼻をくじかれた感じで、出掛ける前からテンションはだだ下がりだ。
それに比べてミヒャエルさんのご機嫌なこと……鼻歌でも鼻ずさみそうである。
自らの表情が豊かな方でなくて、本当に良かったと思う。
「さあ行きますよ。 あ、これを着てください」
「これ、もしかして魔導院の?」
「ええ」
渡されたケープを羽織ると、ミヒャエルさんはフードを私にしっかりと被せる。
当初、魔導院に行くことを怖がっていた私への配慮だろうか──そんなことを考えている私に、ミヒャエルさんはニコリと微笑んだ。
魔法陣の中央に私を立たせると、彼は後ろからハグし、なにかを唱え出す。
私の言語チートが優秀過ぎて、呪文なのか詠唱なのかはよくわからない。呪文だとしても意味が日本語変換されてしまっているのだ。
ただし、変換されている文言は意味不明である。
敢えて言うなら数学の証明的な感じに厨二感を足して二で割った感じの文言(※ちなみにソノさんは20歳位で日本に戻ってから、中学卒業レベルの勉強を自ら行っている)。
そしてこの体勢も意味不明である。
……魔法陣の中にいるのに、こうする意味はあるのだろうか。
「『……実行』」
青白い光と風が全身を包み、高層ビルのエレベーターに乗った時のような地味な浮遊感に襲われる。
眩しさに目を瞑った私は、漠然と
(派手なようで案外地味だ……)
と、感じていたが「着きましたよ」とミヒャエルさんに声を掛けられて目を開けた。
「おお……凄いですね……」
今までの景色が昼間でも薄暗い塔の中だったのが、一転。
白いタイルに青のモザイク模様の描かれたタイルが美しい部屋。間接照明的に柱に置かれた石。アーチ上の天井からは、繊細なステンドグラスで描かれた蔓草と花、そして小鳥と蝶。
「──おっと」
動き出そうとすると、平衡感覚が怪しく足下が覚束無い。ふらついた身体を戻すように、ミヒャエルさんの腕が伸びた。
「すみません……」
「慣れないうちは、よくあることなんで」
ミヒャエルさんはさも『だから後ろからハグしていた』とでも言いたげにドヤ顔をしている。
「……ここは?」
「魔導院の移転場です」
「移転場……」
なんてぞんざいで、適当な名称だ。
あまりに見た目にそぐわない。
その感じが声色に出ていたのか、ミヒャエルさんはクスッと笑い声を漏らす。
「元々は、王家の礼拝堂だったんです。そもそもこの国はかつて存在した大帝国が分離して出来た国でして。 その名残ですね」
この国と共に出来た当初は王族が管理していた魔導院に似たものが、魔導院として正式に擁立されてからの歴史は浅いという。
出口へと歩きながら、ミヒャエルさんは観光案内レベルの軽い説明をしてくれた。
ミヒャエルさんは出口目前で、私のフードを目深に被せ直してから手を取る。
「さあさあ、さっさとこんなところから退散しましょう。 まずは朝食を採りましょうね」
歩く速度が速い。出掛ける時間も早かったし、やっぱりなるべく人と会わないようにしてくれているのかもしれない。
暫く歩き王城の塀を超えると、ミヒャエルさんは歩く速度を落とした。
「急がせて申し訳ないです。 ここからはゆっくりいきましょうね? 朝食はすぐですから」
ミヒャエルさんの言った通り、食事をする場所は王城から出てすぐだった。
温室と併設されているレストランは、フルーツがメインの華やかなプレートで、食用の花も載っている女の子が好きそうなものが出てきた。量も程よい。
ミヒャエルさん曰く『朝食しか提供していない』らしい。他の時間はティーサロンになるようだ。
「ソノさんの靴から型をとっておいたので、靴はいくつか出来ています。 荷物になるので靴屋は後で行きましょうね。 買った洋服にも合わせないと……」
いつの間に靴の型などとっておいたのか。
確実にオーダーメイドじゃないか……
そんなんしなくてもサンダルで充分なところ(屋敷内と屋敷周辺)しか行ってないというのに。
ミヒャエルさんの散財に不安が過ぎる。
せめて靴に服を合わせたい。勿論既製品を。
これは『すぐ着たいから』というていで買って頂くしかない。
「わぁぁ……今の靴ボロボロだから嬉しいです! 早速履きたいので靴屋から行きましょうそうしましょう!」
棒読みにならないように、嬉しさを前面に出すと、ミヒャエルさんは嬉しそうに快諾してくれた。
……この人こんなチョロくて大丈夫かな?と思ったが、この後私は彼が人嫌いだという事実を思い出させられることになる。