これは、ゲームだよな
「……っ。不覚、だな」
意識を失っていたことに、すぐに気が付いた。
ここが本当の戦場だったら、即死案件だ。
――どれだけ経った?
覚えている最後の景色は、屋敷の壁が吹っ飛んで、文字通り天井が落ちてきた光景。
体感からしてせいぜい数十秒。長くても数分といったところか。
「――――」
状況を確かめるために立ち上がると、周囲の景色は一変していた。
天井や壁はすっかり崩れ落ち、建物の取り壊しに遭ったかのような有様になっている。
ここは一階だったはずなのに、頭上に広がるのは青空だ。
その空が、歪んでいる。色こそ分かるものの、まるで汚れたガラス越しに眺めているように見える。
よく見回せば、辺りの様子も普通じゃない。
崩れた屋敷の残骸。壁が無くなって、見えるようになった街の建物も。
全てが、歪んでいる。
思い出すのは、あやふやな姿のモンスターを始末したときのことだ。
なにより、一帯に覆いかぶさるような濃密で……不快な気配に頭痛がする。
……頭上へと視線を持ち上げて、その元凶を目視した。
この惨状を造り上げた下手人。いや、人、ではないか。
とにかく……それと目が合う。
巨大な一つ目と、それよりも幾分か小さな無数の目玉。
木に実った果実のようにそれらをぶら下げているのは、巨大な頭――人間を数人程度なら丸のみにできそうな大きさだ。
深い土色をした、蜥蜴のものによく似た形。ソイツが、すっかり吹き抜け状態となった屋敷を、覗き込んでいる。
これが、本来のモンスターの姿か。
実体化状態。強敵、と呼ぶのが流行りなんだったか。
その姿を前にした今、確信を以て言える。
勝てない。
これに比べれば、群れれば厄介、などと考えていた形を保てない雑兵モンスターを、数万でも相手取るほうがマシにさえ思える。
こいつは、紛れもない怪物だ。
周囲の景色がおかしいのは、モンスターがばら撒いているマナに侵されているからだろう。
「こほっ……」
キャラクター自身も、もれなくその対象だ。
脳みそを抉ってくるような不快感に、思わず膝をつきそうになる。
耳鼻から溢れた血が、顔や首筋を流れて伝っていった。
そして、眼前。花開くように、怪物の巨大な口が四つに分かれて、徐々に近づいてくる。
喰われる。分かっているのに、体は、動かない。
キャラクターアバターの体は、縛り付けられたかのように、モンスターの威容に飲まれていた。
ああ、どうにも不思議な感覚がすると思えば。
これは、緊張だ。緊張感なんて物を味わうのは、思い出せないくらいに久しぶりな話。
同時に、迫るモンスターを前にして。
不快感を叩きこまれた脳髄が、絞り出すように、別の感覚を生み出していく。
今度は、どこか懐かしい、これは――
郷愁と共に湧いた何某かの感情が、響き渡った音に、裂き散らされた。
機銃掃射。岩盤を掘削するような音が絶え間なく轟き、飛来した無数の弾丸が、モンスターのむき出しの眼球に浴びせられた。
銃撃音を遥かに上回る、モンスターの絶叫が響き渡る。
「っ。く……っ」
間近で聞かされたそれは、自ら鼓膜を破ってしまいたくなるほどに不快だ。
生物が発するものとは認めがたいその音から、離れたい一心で、転がるように後ろに跳んだ。
「呆けるなッ! 抗いなさい、傭兵!」
機銃の咆哮が収まり、鋭い声が後に続く。
屋敷の残骸たちの上を転がりながら、振り返る。
機関銃を携えたメイド服が目に映った。最後に見た瞬間より、だいぶ薄汚れた姿のアイス。
メイド女が、機銃を放り捨て、近付いてくる。
そのまま襟首を掴まれ、引きずられるままに下がらせられた。
未だのたうち回る巨大なモンスターを遠目に、なんとか身を隠せそうな屋敷の残骸の裏へ。
屋敷の壁と、二階へ通じていた階段だけがかろうじて残っている場所だ。
そこに滑り込んだところで、俺は放り出される。
「生きていたとは、悪運が強いですね。もっとも、その運も尽き果てようとしていたみたいですが」
冷たい声が降ってくる。
その通りだ。アイスが来なければ、あのままモンスターの腹の中に収まっていたことだろう。
「礼を、いう」
言えたのは、それだけだ。
声を出すのが、ひどく億劫に感じる。
言葉と共に吐き出された血の塊が、地面に赤い染みを作った。
アイスは、俺の窮状には興味が無いらしい。冷たいままの声が、話を続ける。
「すでに、辺りの迷宮化が始まっています。この場所は――いえ、この街は間もなく、迷宮に成り果てて沈むでしょう」
ネームドの力、か。話には聞いていたが、迷惑極まりない。
頭痛と吐き気、そしてついに両目からも血が流れ出した。目を閉じても、止まらない。
「……その様子では、あなたも長く無さそうですね。この場から離れられれば、まだ芽はありますが」
ようやく、半死人を前にしたらしい言葉がかけられる。
この場から離れられれば、か。それは、いささか難易度が高い話だな。
目を閉じていると、地響きがよく聞こえる。
「はっ……は」
目を開くと、赤い視界。その中で階段の端まで這って行き、向こう側を覗く。
暴れ回るモンスターは、遠くから全体像を見ると、巨大な植物のようにも見える。
まるで大木のようなシルエットだ。頭は目玉だらけの蜥蜴だったが。
蔦だか蔓だかよく分からないものが数本。細長いそれらを振り回しては、地面を砕き、すでに粉々の屋敷の残骸を蹴散らしている。
巨体の動きだけはゆっくりだ……が、周囲をめちゃくちゃに破壊しつつも、徐々にこちらに近づいている。
出て行ってもすぐに見つかるだろうし、このままこうしていても見つかるのは時間の問題だろう。
……また、だ。背筋に氷を突き入れられたかのように、身体に走る緊張感。
それを鎮めるように、残骸の影に仰向けになった。
「……これは、ゲームだよな」
「……一体何を言っているんです? 早々と狂いましたか?」
思わず呟いた台詞に、冷たい声が反響する。
実に、NPCらしい受け答えだ。
間違いなく、これは、ゲーム。それなのに。
俺はあの瞬間、確かに死ぬと思った。
おかしな話だ。しかし、不思議な確信がある。
普通のゲームなら、ゲームオーバーになる。
ロールプレイングのオンラインゲームの場合、復活地点と呼ばれる、定められた場所に移動させられる。
そこから再出発だ。
なぜだ。根拠はない。だが、感覚が違うと訴えている。
ありえない。
ありえるはずがないのに……間違いなく、モンスターを前にしたあの瞬間、俺は――死を予感していた。
ゲームで、人が死ぬはずがないというのに。
マシーン野郎の話を鼻で嗤ってやったにも関わらず。
フォースの真面目な態度を、胸中で白んでいたにも関わらず。
なんて様だ。
「はは――」
喉の奥から、声が出た。思わず、笑ってしまった。ついでに、口から血が溢れる。
緊張。焦燥。恐怖。痛痒。
なんて……なんて懐かしい感覚だ。
いつしか、戦場においてすら、久しく感じることが出来なくなったそれらの感覚が、今ここにある。一緒くたになって体を苛んでいる。
「――ゲームごときが」
まさか、こんな思いもよらない感覚を与えてくるなんて。
最近のゲームはこういうものなのか? 分からない。
分からないが、もっと……もっと試してみたくなる。
いけないな。俺は決して、遊びに来たわけじゃないというのに。
「っ」
?
息を呑む声に顔を上げると、アイスがひきつった顔を見せていた。
「どうした」
「……なんて顔をしているのですか。酷いものです。やはり、私の見立ては間違っていなかったと確信できました」
なんの話だ。
まぁいい。今は、よく分からない話について考えている暇なんて無い。
地に頭を預けて、地響きを味わいながら、考える。あれを倒す――のは無理だ。
逃げる算段を立てる必要がある。そういえば、今更だが一人、姿が見えない奴がいるな。
NPCとはいえ。いや、NPCというこのゲームの世界の住人だからこそ。
ぜひともアレに対する、有効な対応策を授けてほしいところだ。なにせ、こっちはゲーム初心者なものでね。
「ファトは、どこに行った」
寝ころんだまま、尋ねる。返ってきたのは、暗い声。
「……ここには、おられません」
少し息の落ち着いた体を起こすと、氷の女が、声と同じく暗い目をして佇んでいる。
ぼろぼろの服。か細い腕に抱く、散弾銃。
まるで、戦場で迷子になった、子供のような姿。
ごくありふれた、よく見た覚えのある姿だ。
「占術師様方は、精霊様に愛されています、から。危機が迫れば、精霊様が必ず救いの手を差し伸べてくださるのです」
要領を得ないが、要約すると、精霊が助けた。
ここにいないということは、どこかに匿うなりなんなり、とにかく連れて行かれたということだろう。
アイスのような護衛がいながら、もはやシステム的に保護されていると言っても良いレベルだな。
どうせなら、揃って連れて行ってくれればいいものを、サービス精神に欠けている。
しかし、助けられておいてなんだが、俺はともかく、この女はなぜここに残っているんだろうか。
「お前は、一緒に行かなかったのか」
「無知蒙昧ですね、傭兵リミット」
暗い目はこちらを見ないまま、小馬鹿にしたように笑う。
「主を守る刃たれ。時には盾となり。終には弾丸となる。それこそが、精霊様に遣わされた、私たち奉仕の妖精に定められた宿命であり、使命……ただただ占術師様方を守る道具足り得ればそれでいい。ですが、それすらも叶わない道具に、存在価値はないでしょう?」
皮肉げに口元を歪めたアイスが、両腕を広げ指し示すのは、辺りの惨状。
もはや跡地という呼び方の方がしっくりくる有様と化した屋敷と敷地。
「私にはもう、戦う力は残されていません……精霊様の思し召しでしょう。もはや、そんな必要などない、と」
懺悔するように、再び散弾銃を抱きしめて、口にする。
確かにそうみたいだな。燦々たる有様の屋敷に、占術師まで傍にいないのでは、種族としての能力を十全に発揮できないだろう。
なにせ、守るべきモノが無いのだから。目の前のアイスからは、あの屋敷の中で感じた威圧感も、もはや欠片と感じない。
つまりは、役目を果たせなかったが故に首切りということのようだ。
どこぞへ攫われた占術師に対して、一人置いてけぼりにされている辺りが良い証拠だろう。
いかれた雇用主については同情の余地があるな。
なにより。
「やったな。これでお前も、俺と同じ、精霊に嫌われた者同士だ。お互い頑張っていこう」
笑ってやると、アイスが目を見開いてこちらを見た。
「ふざけたことをっ……精霊様に見放されて、この世界で生きていけると思っているのですか」
知ったことじゃない。
そもそも俺に関して言えば、とっくに手遅れだ。
ゲームを始めてまだ数時間だというのに、こんなにも話が進まないものだとは思わなかった。
それもこれも、管理AIと目される精霊とやらが邪魔をしているせいだ。
ん。考えてみれば、このネームド襲撃もまさか奴の手引きか?
もしもそれが事実なら、腹に据えかねるものがある。
元から……ナビゲーター嬢からこのゲームの説明を受けた時から気に食わない存在だったが。
あの化物の件はあくまで暫定的な疑いがあるだけとして。
今それよりも気に食わないのは――道具の扱い方だ。
とかく精霊とやら、戦場というものをまるで理解していないと見える。
兵士の命も、打ち捨てられた武器も、転がる弾丸の一つに至るまで。
それぞれ相応の使い方がある。それが、戦場というものだ。
ましてや、これだけの力を持つ護衛……否、兵士を、こんな風に切り捨てるなんて。
指揮官だったら、真っ先に部下に殺されていいタイプだな。
「よし」
「……何を、するつもりですか」
立ち上がる。再び血が流れだし、体を滴り始めたが、幸いにも動くことはできた。
右手にグラディエーターを呼ぶ。武器はこれだけだ。
怪物の近づく音が、いつの間にか随分と近くなっている。
逃げる機会を、完全に逸したか?
そんなことはない。逃げ道はいつだって、どこにだって残されている。
その道で逃げられるのが、自分であるとは限らないが。
未だ暗い目で、狂人を見るかのように俺を見ていたアイスの腕をとった。
あれほど俺を嫌うあの態度から、振り払われるかもしれないと思ったが、無気力な視線で一瞥されただけに留まった。
抵抗がないのは結構だ。もう時間がない。
アイスの腕を握った左手の下に、力の蠢きを感じる。
きっと、握った手の平の下には、機人……闇属性のマークが浮かび上がっていることだろう。
機人の種族固有能力は、いくつかのルールの上に成り立っている。
移動場所を示す二つのマークと、その場所を行き来する移動対象に刻むマーク。計三つのマークで一セット。
プレイヤーはこれを、三セットまで同時運用できる。
俺の場合、倉庫と右手、グラディエーターで一セット。
同じく倉庫と左手、フランシスカでもう一セット。こちらのセットは、例外的な運用のおかげで、今はもう消えている。
消えたからと言って、そのセットがすぐに使えるようにはならない。
一度使用したセットは、再使用可能になるまで、およそ二十四時間の冷却時間がある。
この二十四時間と言う時間は、使用したセットの有効時間でもある。
俺が今使用したのは、使用可能な状態で残されていた最後の一セット。
アイスの手首に焼き付けた、移動対象のマーク。
移動場所の片方だけは、最初から刻んで用意してあった。
武器を出し入れするのに用いている、フォースと話をしたあの店の倉庫。
向こう側がどうなっているかは分からないが、問題なくグラディエーターを呼び出せたことから、こちらよりもマシな場所であることは間違いないだろう。
アイスの腕を離して、今度は足元へ、移動場所のマークを刻む。
アイスは己の手首を見て、愕然とした声を漏らす。
「これは……っ! 傭兵! なんのつもり――っ」
「機甲道標」
能力を発動。手の平サイズだったマークが黒い光を発し、一瞬で人一人分の歩幅ほどに広がった。
この能力の制限の一つとして、自身を移動対象にすることはできない、というものがある。
実際には自陣に限らず、他のプレイヤーやNPC等、人型に類する存在に対して等しくあてはまる。
ただ、フォース曰く。
有志のプレイヤーによる調査の結果、この移動対象に関しての制限は、人間種に限る、という事実が判明しているようだ。これがどういう意味を持つのか、俺にははっきりと分からない。
分かることは、今まさにそれが幸いしたという事実だけ。
アイスの姿は、瞬きする間もなく消え失せていた。
情報通り、能力は問題なく発動したようで、何よりだ。
足元に残されたマークを見やって念じると、ひび割れるようにして、黒い粒子を吐き出しながら消えていった。
刻んだセットは、任意で消すことも出来る。冷却時間はそのままなので、使えるようになるのはやはり時間が経ってからだが。
「はっ……咄嗟の思いつきにしては、上出来だな」
嗤う。視界が傾く。体が傾ぐ。
自分が倒れる音を、他人事のように耳にした。
体にある感覚は、未だマナによってどこかしらが壊れる感覚と疲労感のみ。
力を失った手から、グラディエーターが零れ落ちたのが分かった。
自身の移動のため、例外的な能力運用を行った時と、同じ……いや、あの時より酷い疲労感。
運用そのものは例外ではなかったが、これは単純な燃費の問題だ。
移動させる対象と距離。
この二つによって、能力が消費するエーテル、ひいてはエーテルの元になるキャラクターの生命力消費の燃費に差異が生まれる。
検証によれば、移動場所間の距離よりも、移動対象の方が影響が大きいのだとか。
どういう計算式が行われているかは知る由もないが、NPCの妖精種を移動させるのには、よほどエネルギーを必要としたらしいな。
もう指一本動かせる気がしない。
そもそもが、ネームドモンスターがまき散らす不快なマナのせいで、ぼろぼろの体だ。
終わりはすぐそこまでやってきている。
だが、気分は、愉快だった。
「は、は――見ている、か?」
精霊。戦場の傭兵が、ゲーム内で送る、初めての出し物だ。
楽しんでもらえたなら幸いといえる。こちらの胸もすくというもの。
ろくでもない指揮官は、ろくでもない兵士一人すら思い通りに操れない。
それが戦場だ。本当に管理AIだというのなら、これを機に学ぶといい。
一際強い地響きが、倒れたままの俺の体を揺さぶった。
近い。頭上を、影が覆う。愉快だった気分が消し飛ぶほどの、途轍もなく不快な気配。
身を隠していた屋敷の残骸を押しつぶして現れたネームドが、蜥蜴頭にぶら下げた目玉で、こちらを見下ろしていた。
不快な視線だ。見るんじゃねえ。
毒づこうにも、もう声は出ない。
蜥蜴頭の口が開いて、影をより濃くする。
奇しくも、ついさっきと、まったく同じ状況に至った。
このゲームの世界に降り立って、たった数時間程度の話だが。
思えば、こんな風にモンスターにやられそうになった時、助けが入ってばかりだった気がするな。
最初に、前線の指揮官だったシーヴに助けられ。
さっきは、占術師の護衛アイスに助けられた。
が、今度こそは、助けなど来ようはずもない。
古いことわざを思い出す。三度目の正直、だったかな。少し違うか?
なんだっていい。
ようするに今度こそ、ゲームオーバーというだけの話だ。
「……?」
なんだ。音が、聞こえる。
もはや目前にモンスターの開かれた口腔がある中で、奇妙な音が鼓膜を揺さぶった。
指一本動かせる気はしなかったが、首だけはかろうじて、ほんの少し動かせた。
妙に気になる音の方へ、顔を向ける。これは、車輪が地を噛む音、か?
あたりだ。音の正体が、ちょうど、顔を向けた俺の目の前に現れていた。
人の頭ほどの四角体。鋼色をしていて、見るからに機械的な存在。
いくらかの車輪がついているそれが自走する音こそ、俺の耳に届いていた音の正体だった。
しかし、これは一体なんだ――疑問に感じたのもつかの間、四角体がひび割れるように変形し、瞬く間に台座のような形へ。
その台座から伸びた、太めの筒。見間違いがなければ、それは銃口に間違いなく――
「――――っ」
次の瞬間には、けたたましい音を立てて、天に向いた銃口が弾丸をばら撒いた。
口腔の中に銃撃を受けて、モンスターが絶叫する。
こんなところまで、先刻の再現か? さっきと違って動けないという点で、俺が被っている被害はとんでもない。
耳をふさぐこともできないからな。
更に、爆撃音。銃撃を受けたモンスターに対する追撃。
どこからともなく飛来した炸裂弾が、モンスターの頭に直撃しては、炎の花を咲かせている。
モンスターがのたうつように離れると、炸裂弾の攻撃も止んだ。
そして、聞き覚えのある声がする。
「悪いな、少し遅くなった」
聞き覚えのある、少女の声。なんだか久しぶりに聞いたような気もする。妙な感じだ。
視線だけで見上げる。
足元に、機銃を備えた自走式の台座を幾つも従えて。
周囲には、浮遊する球体。自走式の台座よりも口径の大きな銃口を持った球体たちだ。
よく分からないそんな機械兵器の群れを引き連れて、残骸の上を歩いてきたのは、偵察兵のごとき身軽な格好の黒髪少女。
健康的な肌色の脚や二の腕を晒し、ついでに黒い尻尾を揺らして歩いてくる。
「あーあ。手ひどくやられたもんだな……でも、なんかちょっと見ないうちに、お前がすげープレイヤーしてて嬉しいかも」
赤い目を細めて、言葉通りに嬉しそうに笑っている。
頼もしい、この仕事のパートナー殿の登場だ。
こういうのを、なんて言うんだったか。
古いことわざだ。確か、二度あることは三度ある、だったかな。
違うかもしれないが、なんだっていい。
ようするに、ゲームオーバーには少し早いということだろう。