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リミットレス  作者: 都々木たいが
プロローグ
6/23

機甲道標

「消えなさい、モンスター」

 

 こちらを見下ろす、銀髪の女。

 俺の鼻先わずか一メートルにも満たない距離で、構えたガトリング砲をぶっ放そうとしている。

 

 迷う暇はない。機甲道標(ヒューマノイド)

 右手に出現したグラディーエータ―で切り上げる。武装を破壊できるとは思っていない。

 

 金属音。刃に手ごたえ。

 それらを打ち消すように駆動音が響き渡り、弾丸がばら撒かれた。

 

「っ……」

「……外しましたか」

 

 機銃の咆哮は十も数えないうちにおさまり、冷血な瞳の女が、どことなく残念そうにつぶやいた。

 

 その言葉の通り、俺の身は無事だ。

 代わりに、道端の家屋が新たに一軒、廃屋になった。

 

 ……手が、痺れる。

 グラディエーターの刃が、ガトリング砲の銃身を逸らしている――が、この女、今一度照準を合わせんとするが如く、銃身を動かして、こちらの剣を押し返してくる。

 馬鹿力。そう拮抗なんてしていられない。すでに押し切られそうだ。

 

「待て、俺はプレイヤーだ。モンスターじゃない」

 

 どこからどう見ても、人間だろう。黒くもないし、輪郭が怪しくもない。

 にもかかわらずこの女、人のことを二度もモンスター呼ばわりだ。

 一体どこをどう見ればモンスターに間違えられるのやら。

 

 しかし、俺がどれだけモンスターに見えたとしても、さすがに言葉を発したのは通じたらしい。

 敵意がないことを示すために、グラディエーターも倉庫へ飛ばし、空になった手の平を振って見せる。

 観察するように俺を見つめつつ、銀髪女がようやく銃を下げた。

 

「プレイヤー……なるほど、異界の傭兵ですか」

 

 ()を連想させるような言葉や表現を、NPCや役割模倣(ロールプレイ)で遊んでいる者に投げかけると、自動的にゲームの設定に準じた言葉として解釈されるらしい。

 

 物言いからして、この女はNPCか。あるいは、記憶を制限してる模倣遊戯者という可能性もある。

 もっとはっきりとNPCとプレイヤーとを見分ける方法は、フォースとの勉強会できちんと覚えてきた。

 

機人(ヒューマノイド)の傭兵、リミットだ」

 

 今度こそモンスターなんて間違われないように、首にある機人の種族の証を指で示しながら、名乗る。

 同時に、お前は、と目で問いかける。

 傭兵が行う、種族を明言した名乗りは、このゲームにおけるテンプレートのようなもの。

 NPCやロールプレイに準じている者は、これを受けると、必ず同じように名乗りを返してくる。らしい。

 実践は初めてだが、果たして。

 

奉仕の妖精(フィルギャ)。アイス、といいます」

「妖精か」

 

 銀髪女、アイスが静かに名乗り返してきた。

 情報通りだな。種族は、妖精種。NPCだ。

 

 このゲームの世界には、大分類として二つの種族が存在する。

 その片割れである妖精種は、基本的にNPC。

 もう片方は、人間種。プレイヤーが扮する十二の人間種族というやつだ。

 こちらは、"一つの例外"を除き、NPCとして存在しえない。分かりやすい分類だな。

 

 まぁ、今さらこのテルオンのNPCを前に、プレイヤーと接するのと、対応を明確に分ける意味はあまり感じない。

 せいぜいゲーム外の話題を露骨に振らない程度だろう。

 

「それで、傭兵リミット。あなたは何の為にここに?」

「この区画に取り残された占術師を迎えに来た」

 

 佇むアイスの後方へ視線を向ける。

 この辺りは雰囲気から察するに、商売をする店が集まった通りだ。

 平素なら賑やかであることを想像させるが、今は人の姿もなく、ただただ荒れ果てて物悲しさが漂うばかり。

 

 その一角――もはや目前と言っても差し支えない場所に、異彩を放つ建物を見つけた。

 周囲の他の建物に対して、軽く三倍はあるだろう大きさ。

 複数の建物をくっつけたような造りで、それぞれ壁の色が赤やら灰やらと異なる。

 建物ごとに設けられた屋根は尖がっており、舘というより城を小型化したような見た目だ。

 

 間違いなく、目的地だろう。

 俺の視線をアイスが追い、頷いた後、再度こちらに視線を戻した。

 

「ご苦労様、と言っておきましょう。しかし、傭兵リミット。あなたはたった一人ですか? その貧相な装備で?」

「あいにく新兵でね。相棒は一人いるが、今は囮として仕事中だ。他の連中は、襲撃してきたモンスターの対処に追われてるよ」

 

 前線の状況は未だ掴めないが、フォースと別れ、ここに至るまでプレイヤーの姿は見ていない。

 NPCの救出に人手を割く余裕がないんだろう。

 

 そういえば、このアイスは何者なんだろうか。

 NPC傭兵もいるという話だから、その類か。

 NPC……まさか、こいつが占術師だなんて言わないだろうな。機銃をふりかざす姿は、占い師という名前からはかけ離れている。ないな。

 

「俺の方も聞きたいんだが、あんたも占術師を助けに来たのか?」

 

 この女ほどの実力者の助力があるのなら、助かる限りだ。

 しかし、アイスは冷たい表情のまま、首を振る。

 

「何を言っているのです。私こそ、知る人はいない、偉大なる占術師――」

 

 ――嘘だろ。

 

「そう、偉大なる占術師であるファト様に仕えることを許された、唯一の護衛。アイスです」

「…………そうか」

 

 斜め後ろに聳える奇妙な舘を手で示しながら、堂々と主張する銀髪女。

 言いたいことはあるが、飲み込む。

 僥倖と考えるべきだ。救出対象の関係者と、早々に出会えた。

 しかも、強力な護衛だ。案外楽な任務かもしれない。ラッキー。

 

「言ったように、俺達は占術師を迎えに来たんだ。こんなモンスターの巣窟にいつまでもいたくないだろう」

「その意見には同意します。しかし、ファト様はまだ避難できません」

「理由を聞いても?」

 

 さりげなく占術師がいると思われる舘に足を向けようとして、さりげなく進路を塞ぐように立たれる。

 警戒、されてるな。プレイヤー――傭兵であることは表明したはずだが。

 俺から目を逸らすことなく、アイスが言葉を口にする。

 

「この付近に蔓延っていたモンスターが、少しばかり数を減らしたことはすぐに分かりました。だから、私はこうして表を掃除しに出てきたのです」

 

 その減った分のモンスターは、今頃プレイヤーたちが構築している前線に襲い掛かっているのだろう。

 ああ、どこかで聞いたような気がするが、背後に回り込んだのもいるんだったか。

 そうしていなくなったのに加え、フォースの働きとアイスの掃除。

 俺がモンスターとほとんど出くわさなかったのは、そういうことらしい。

 

「なら、今が好機じゃないのか。こんな所で孤立しているよりも、戦闘になっているとはいえ、プレイヤーの集団と合流したほうが――」

「そうとも限りません」

 

 一言に、言葉が遮られる。

 

「新兵だから、分かりませんか。モンスターはより強いエーテルの気配に惹かれます。つい先刻までここには、占術師であるファト様の身を狙って、数えるのが嫌になるほどのモンスターが押し寄せていました」

 

 前線の指揮官であるシーヴに聞いた話だったか。

 占術師狙いでモンスターが集まっていて、手が出せない、と。

 

 モンスター一体は、大した相手じゃない。新兵の俺が一撃で倒せるくらいだからな。

 だが、群れると厄介なことは間違いないし、なにより、マナを撒き散らすという性質が悪辣極まる。

 その集まったモンスターを……唯一の護衛と言うくらいだから、おそらく一人で防いでいたのだろう。

 その点だけ見ても、この銀髪女は腕利きだ。

 

「あなたの話では、モンスターは前線の傭兵たちの下へ向かった。しかし、目前のエーテルの気配を放ってどこかに行くなど、通常ならばあり得ない行動です。とかく地上に出てきたモンスターは、愚かなほど一心に、エーテルの気配に集まって離れない」

「尋常じゃない何かが起こったと?」

 

 それをこの女は知っている。勿体ぶらずに話せ。目で促す。

 凍ったように動かない表情でアイスが語る。

 

「前例はあります。似た事例も。特に、傭兵が分かりやすい例でしょう。指揮官がいなければ、いくら戦闘巧者が集ったところで烏合の衆」

「それは――」

 

 ただ目の前にある餌に食いつくだけのモンスターを、指揮する存在が現れたということか。

 守りの固い占術師を放置して、潰しやすい標的に切り替えた。

 そんな真似ができる存在について、心当たりはある。勉強会で知ってばかりだ。

 

「実体化モンスターか」

「最近巷では、強敵(ネームド)という呼び方が流行っているそうですね」

 

 見ただけで、明らかに違うと分かるらしいな。

 あいにくネームドという呼び方は知らないが、実体化のことは勉強会でも学んでいる。

 モンスターは迷宮の中においてこそ本領を発揮するが、地上に出てきてしまえば、どいつもこいつも俺が始末したようなあの黒くあやふやな存在になり下がる。

 

 だが、例外という奴はいるものだ。

 地上に出てきても、自らの力と実体を保つほどの強力なモンスター。

 新たな迷宮が生まれる、その引き金となるモンスターだ。

 

 数十人の徒党を組んで倒しにかかった傭兵集団を壊滅させたとか、街を占領して瞬く間に迷宮を造り上げたとか。

 ずいぶんとやりたい放題な存在であると聞いている。

 今の状況を鑑みるに、有象無象のモンスターを指揮して操る能力もあるようだな。

 

「ネームドの出現ともなれば、もはや今この街に集まっている傭兵たちだけでは、手に負えない事態です。故に、この状況を打破できるだけの援軍の訪れを、この場にて待つのが最善と考えています。場を移すとしたら、それからでしょう」

「援軍、ね。来るのか?」

 

 この街に集まっている傭兵では手に負えない。つまり、その援軍は外部から来るということ。

 ゲームにおける事情諸々はまったく知らないので、援軍とやらが本当に来るのか、俺には疑わしい。

 その疑念を両断するように、アイスが告げる。

 

「元々、この突然の襲撃に対し、ファト様は強い危機感を抱いておられました。この街を拠点とする傭兵団だけで対処できなくなる可能性を考え、傭兵協会を通し、あらかじめ援軍の要請を出しています」

 

 そんな予感があったなら、援軍なんて要請するよりも、さっさと逃げていれば良かっただろうに。

 なんて考えていたのが、伝わってしまったらしい。あるいは、誰か俺以外に同じことを考え、口にした人間がいたのかもしれない。

 アイスが一層冷たさを増した視線を向けてくる。

 

「……新参の傭兵風情には分からないことでしょうが、占術師様方は、己が属する街から逃げ出すことは叶いません。それが、精霊様との契約ですから」

 

 精霊、ね。フォースが言っていた。何かとNPCが口にするという話だ。

 

 それぞれの属性に応じた精霊という存在がおり、それは精霊信仰という宗教の形で、この世界に息づいている。

 曰く、その精霊とやらは、設定だけの存在ではなく一応の形を伴って存在しているという。

 何だったか、恩恵がどうとか。不味いな、この辺りはゲームのシステム的側面の話が強かった上、情報量が多かったからド忘れした。容赦ないパートナー殿が、自身のまとめた資料をないがしろにされた復讐だと、いろいろと詰め込んできたからな……。

 

 ただ、そんな中で、一つ覚えている話があるとすれば。

 あくまで推測の域だが、精霊という存在は、このゲームの管理AIと同一存在であるかもしれないということだ。

 

 となれば、この精霊との契約云々は、ゲームの世界観的な設定であると同時に、システム的な制約と捉えられる。

 

 占術師は、とかくゲームに参入した新規プレイヤーが真っ先に会わなければいけない存在だ。

 話によれば、世界の各街や村に大体一人の割合で存在する。そう多い数じゃない。

 いくらNPCが他ゲームでは類を見ないほどに人間味のある存在だとしても、好き勝手に街を移動したら困るということだな。

 それに、このゲームのNPCは、モンスターに襲われて死ぬことがある。

 

 仮にだが、全ての占術師が死んでしまったら、どうなるか。

 新規参入プレイヤーは、自身の得意とする属性を得られない。

 

 こういった現象を――ゲームが詰む、というんだったな。

 だから、プレイヤーは必死になって占術師を守ろうとしているのだろう。もちろん、それだけが全てではないと思うが。

 

「さて、傭兵リミット。以上のお話で、あなたの疑問は氷解したことでしょう。ファト様は避難致しません。疾く、お引き取り願います」

 

 ちっとも氷の解けていない表情の女が、そんなことを言う。

 残念ながら、こちらも肝心の疑問が解消されていない。

 

「強力なモンスターの存在は分かったが、それなら尚のこと、プレイヤーと合流した方が安全じゃないのか」

「……はぁ」

 

 盛大にため息を吐かれた。こちらを見るその視線は、まるで馬鹿を見るようなものに相違ない。

 

奉仕の妖精(フィルギャ)とは、主に仕えし者。主を守り、主の座す玉座、そして玉座が成す拠点の防衛において、最大の力を発揮します。つまり、ファト様は舘に在り、私がこれをお守りすることこそが最も安全です。ご理解いただけましたか、新兵リミット」

「ああ、よく分かったとも」

 

 確か、妖精種にも人間種と同じように、得意とする属性が存在する。

 そして、その種族と属性に応じた固有の能力があるって話だ。アイスの話は、まさにこのことだろう。

 詳細はよくわからないが、あの舘という場所も重要なのだと思われる。要塞、という風にも見えないが。

 

 しかし古来より、数は力、という言葉もある。

 

「それでも、護衛はあんた一人しかいないんだろう。プレイヤーと合流するよりも、本当に安全なのか」

「まだ言うのですか……言っておきますが、舘の門前において私が守りを固めるとなれば、たとえあなたたち傭兵が数百人で徒党を組んでも、攻め落とされない自信があります。モンスターごとき、それこそ千だろうと万だろうと屠ってみせましょう」

 

 そこまでか。

 いや、考えてみれば当然かもしれない。

 モンスターがNPCを殺せるということは、おそらくプレイヤーでもNPCを殺せるだろう。

 そうした悪意を以てゲームに臨む輩がいたとして、占術師の護衛は、それを防ぐだけの力を持たされている。

 容易に死なれてゲームが詰んでも困るだろうしな。

 とにかく、そういうことであれば、もうこちらから言うことは何もない。俺のパートナー殿が何と言うかは知らないが。

 

「分かった。無理に避難しろとは言わない。ただ、それとは別件で俺は占術師に用がある」

 

 話は終わりだ。ここから先は、新兵として占術師に会う用件となる。とっととキャラクターの得意属性を解放しないとな。

 言いながら、占術師のいる舘に足を向けるようとして――氷の女が、明確に進路に立ち塞がった。

 

「……避難云々の話は終わりだ。俺は個人的に占術師に用があるだけだ」

「お引き取りくださいと申し上げたはず」

 

 会話が成立しない。

 再度足を動かしかけたところで、黒い銃身が起こされた。

 完全に、こちらを照準に捉えている。

 狙いは胴体のあたり。距離は、鼻先に向けられた時から少し開いて、およそ二メートル弱。

 

「笑えない冗談だな」

「あいにく、私は冗談が嫌いです。そして、傭兵リミット、あなたのような人間も嫌いです」

 

 はて。

 初対面の人間に、これほど嫌われる態度をとった記憶はないんだが。

 

 アイスが浮かべるそれは、酷く見慣れてしまった表情――戦場で出会った敵兵が浮かべる顔だった。

 氷の彫像じみた雰囲気は変わらないが、その下は煮えたぎる溶岩を押し込められたような顔。器用なことだ。

 

「お引き取りください。あなたのような人間を、ファト様に会わせるつもりはありません」

「あいにく、こっちとしても、ここまで来て会わずに帰る選択肢はないな」

「そうですか――」

 

 交渉決裂は、早かった。

 アイスが構える機銃が、即座に唸りを上げる。

 躊躇も容赦もなかった。こうなると予測していなかったら、今頃はハチの巣だ。

 

 ただ、予測できていたから、対処できる。

 弾丸がばら撒かれて、俺の体を穿つよりも早く、地を蹴ってアイスに肉薄した。

 

 弾丸の群れは、俺がいなくなった後の空間を裂き、路面を削っている。

 射線をぎりぎり躱して、飛び込んだおかげだ。見開かれた瞳だけが、俺の姿を追ってきている。

 

 機甲道標(ヒューマノイド)

 拳で殴りつけるように見せかけて、右手に出現したグラディエーターを、突き入れる。

 

「それは一度見ています」

 

 速い。アイスの左手が振られる。握られているのは、沈黙したガトリング砲。

 重量は十分。鈍器同然の機銃に、こちらの剣は容易く弾かれる。


 弾かれるのは予想通り。あらかじめそのつもりで、体の力は逃がしている。

 傾いだ身体を捻り、その勢いで逆の手を突き出す。拳を握った左手。


「見え透いてますね」

 

 余裕の表情だが、それでも煽らないと気がすまないらしい。

 アイスの右手。突き出した左拳が、あっさりと手首を掴まれて、止められていた。

 あいにくだ。これも、想定通り。こっちは、まだ見てないだろう。


「っ!」


 気づいたな。アイスの表情が変わるが、遅い。

 左手を捻り、逆に相手の手首を掴むように組み替える。

 機甲道標(ヒューマノイド)

 

 即座に振り払われたが、手ごたえはあった。その証拠に、左手に握ったフランシスカの刃に、血が滴っている。

 

 アイスが機銃を左手に引きずったまま跳躍し、互いの距離が開く。

 奴の右手は……負傷はしているが、思ったより浅いな。

 距離を置いて向き合うと、アイスがこちらを睨みつけながら、口を開いた。

 

「新兵とは思えない動きです。これほど種族固有能力(オルテライズ)を使いこなしているとは……なにより、他者を傷つけることに、躊躇も容赦も抱いていない」

 

 奇しくも同じ考えだ。

 お前も、過去に同じ手順でプレイヤーを始末した経験があるんじゃないかってくらいに、攻撃に迷いがなかったな。

 

「やはり、あなたは危険ですね、傭兵リミット。絶対に、ファト様に会わせるわけにはいきません」

「どうしてそう、俺を目の敵にする。別に、占術師に何かしようなんて思っちゃいないが」

「いいえ、そうではありません。あなたがファト様に会い、自身の属性能力を解放する。それ自体が危険なのです」

「……なんでそうなる」

 

 今もって理由は不明だが、余計に嫌われたことは分かった。

 あと、ゲームに詳しくない俺でも、これが尋常じゃない状況だと分かるぞ。

 コンテンツの消化を邪魔されているのだ。これでは、ゲームが進まない。

 まっとうにゲームを楽しもうというプレイヤーだったら、きっと泣いてる。

 

「あなたが躊躇わないのと同じように、私も、躊躇いを捨てるとしましょう」

 

 一体どこにそんなものがあったんだと問いたい。

 

 言いながら、足腰に力を込める様子が見えた。

 距離が開いている今は、飛び道具があるあっちが有利だが、撃ってこないのは分かっている。

 ちょうどアイスが立つ位置は、占術師がいるだろう奇怪な屋敷の前。

 

「――来るのならば、必ず殺します」

 

 アイスが跳ねる。

 横目で忌々しそうに俺を見つつ、呪いの言葉を吐き出して。

 一息で、屋敷の門の中に飛び込んでいった。

 

 ま、そうなるだろうな。

 腕の立つ女。それは間違いないが、それでもあの程度では、プレイヤー数百人を相手取ったり、モンスターを千や万屠るほどではない。

 それを事実としうるのは、語っていた能力。

 こうも言っていた、門前で守りを固めるならば、と。

 守るべき主とその居住、そこに立ってこそ、あの妖精は真価を発揮するに違いない。

 

 このまま後を追えば、俺はまさに飛んで火にいる夏の虫、だ。

 

「行くわけないだろう」

 

 聞こえていないだろうから、言ってやる。

 やっぱり、彼女が一時的にも外に出ていたのは僥倖だった。

 最初から籠られて備えられていたら、こうはいかなかったに違いない。

 

 俺を殺す準備を着々と進めているだろうアイスのことを考えながら、血の滴るフランシスカを振りかぶる。

 

 狙いは、占術師の舘の二階。テラスがあるのが見える。

 最悪屋根の上でも構わない。振りかぶった斧を、ぶん投げた。

 

「よし」

 

 飛んで行った斧が、二階テラスの中に吸い込まれ、壁に突き刺さったのが見えた。

 気づかれる前に、済ませよう。

 

 その場に佇んだまま、意識を左手に集中させる。

 

 機人(ヒューマノイド)の種族の能力には、いろいろと制限がある。

 その最たるものが、自分自身を移動の対象に出来ないという点だ。

 最初に知った時は、正直落胆した。フォース曰く、それが出来たらぶっ壊れ性能だろ、とのことだが、俺は一向に構わない。仕事が楽になるからな。

 

 そんな能力の制限だが、例外がある。

 この自身の移動を可能にする技だ。使えるのは一日に一回。

 それに加え、一度刻んだら、再度刻めるようになるまで一日のインターバルを要する印が一セット、消費されることになる。

 この場合だと、あのテラスに突き立ったフランシスカと、倉庫と左手に刻まれた印によるセット。

 

 これを媒体に、俺と、あの斧の位置を入れ替える。

 いろいろとデメリットと制限だらけだが、使いどころもあるものだ。

 

機甲道標(ヒューマノイド)

 

 発動した。

 そう思った時には、既に俺は、占術師の屋敷のテラスに立っていた。

 左の手の平を見ると、印が消えていく。

 

 俺が立っていた路上に目を向ければ、斧がぽつねんと突き立っているのが見えた。

 成功だ。フランシスカは回収できないが、致し方ない。

 それにしても。

 

「――予想以上、だな、これは」

 

 テラスの壁に手をつき、背を預け、結局は立っていられずに座り込んだ。

 結構な疲労感と、眠気に襲われる。

 

 能力は使えば使うほど、精霊力(エーテル)を消費する。より正確に言うと、自身の体力を、エーテルという名の謎のエネルギーに変換して消費される。

 今しがた使った一日一度きりの技は、はっきり言って燃費が悪い。

 武器の移動を数百回繰り返しても、ここまで消耗しないだろうってほどだ。こんな特殊な状況でもなければ、使いどころはやはりないに違いない。

 

『あ、あ、あ、ああああああああああああっ!? リミットオオオオオオオオオッ――――ッ!!』

「早いな」

 

 外。それも下の方。屋敷の庭のあたりだろうか。

 殺意と怨嗟をこれでもかと詰め込んだような叫び声が響き渡った。

 冷血さの面影はない。すっかり溶けたアイスのようで何よりだ。

 

 それにしても侵入に気づかれるのが、予想以上に早い。

 間違いなく、何か絡繰りがあるな。この舘、思っていたよりもアウェイかもしれない。

 億劫さを抑え込んで、立ち上がる。早々に目的を果たすべきだろう。

 さすがの冷血女でも、自らの主人の前で、銃弾をばら撒いてひき肉をこしらえようとは思わないはずだ。

 

「……大丈夫、だよな」

 

 大丈夫なはずだ。

 占術師と呼ばれるNPCが、それを諫めてくれる程度にマトモであることを願いつつ、屋内に通じる扉を開いて中に入った。

 

 古めかしい一室が、俺を出迎える。

 お屋敷らしい広い部屋。だが、壁際を隙間なく埋める本棚が、圧迫感を生んでいる部屋だ。

 どの棚にも、本が乱雑に横積みされている。整理整頓という言葉は皆無だった。

 

 次点で、事務仕事でも出来そうな大きな机が目に付く。そこにも、本が山積みだ。

 椅子は空。

 

 本来はそこに座っているだろう人物は、俺のすぐ真横にいた。

 窓辺に置かれたシングルのソファチェアに腰掛ける人物。

 

 黒い髪の青年。濃い紫色の、ゆったりとしたローブのようなものをまとっている。

 同じく黒い瞳は、唐突に部屋へ侵入してきた男に対して一瞥もくれず、片手で器用にページをまくる本に釘付けだ

 

 その代わりとばかりに、空いたもう一方の手だけはまっすぐに伸びて――そこに握られた回転式拳銃の口が、俺を一心に見つめていた。

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