表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リミットレス  作者: 都々木たいが
プロローグ
5/23

それほどでもない

「……驚いたぞ」

 

 向かいの席で、フォースが目を見開いている。

 俺はコーヒーを味わいながら、答える。

 

「それほどでもない」

「ほめてねーよっ!!」

「椅子の上に立つなよ」

 

 行儀の悪い奴だ。椅子の上に立ったまま、偵察兵のような恰好をした少女は、黒髪をかきむしる。

 赤い瞳が、何か恐ろしいものを見るようにこちらを見下ろしていた。

 

「ちょっとテストする程度のつもりだったのに……なんで? なんでそんなに何も知らねーのっ?」

「ゲームは初心者でな」

 

 フォースがテストと称して、オンラインゲームやテルオンにまつわる問題を、次々に繰り出してきた。

 俺はそれに真っ向から挑んだ。

 結果は、正答率二割前後といったところか。初心者としては中々な成績かもしれない。

 まぁ、後半になると、もはやテストというより勉強会同然になっていたが。

 

「お、おまえぇ……っ! こうならないために、あたしが予習用の資料をさんざん送ってやったんだろ!!」

「……あれを用意したのはお前か」

 

 仕事に入る前の調査期間、サイバーポリスからゲームに関しての参考資料が送られてきた。

 マシーン野郎曰く、ゲーム好きのメンバーがまとめたものだとか。

 椅子の上で憤慨しているパートナー殿がその正体だったらしい。

 

 膨大な資料は、専門用語やら個人的見解とやらも非常に多かった。

 ただでさえゲームに疎い俺がまともにその内容を読み込もうとすれば、一文ごとに辞書が必要になるレベル。

 読み切れる訳がない。

 しかし、たとえ頼んでいないことだとしても、好意は無碍にするべきじゃない。

 

「非常に役に立ったぞ」

「一割も身になってねーでよく言えたなっ!!」

 

 そうは言うが、あれで少なくとも、オンラインゲームという存在が大体どんなものかは掴めた。

 幾度となく辞書を引いたおかげで、一部ではあるが、ゲーム用語も覚えた。十分じゃないかと思うんだが。

 

「くそっ、もうそろそろ時間か……まだまだ足りないけど、仕方ない。足りない部分は歩きながらでも詰め込んでやるからなっ。ほら、行くぞ」

「なんの話だ」

 

 特にどこかへ行くという打ち合わせはしていなかったはずだ。

 フォースが椅子から飛び降り、当たり前のような顔で言う。

 

「決まってんだろ。占術師を助けにさ」

「現場指揮官には参加を断られたぞ」

 

 モンスターの勢力のど真ん中に取り残されている、占術師なるNPC。

 それを救出する作戦があることは、どこぞの引きずり指揮官から聞いた。

 とっとと占術師とやらに会いたい俺も、救出部隊への参加を打診はしたが、新兵ゆえに断られた。

 

 フォースはそれがどうしたと言わんばかり。

 

「気にすんな。実働部隊の指揮はあたしの担当だから。というわけで、お前も参加な」

 

 軍規の乱れもなんのそのだな。

 こういうところはゲーム的というべきか、あるいはこの少女だからこそか。

 ――実にサイバーポリスらしいところもあるようで何よりだ。

 

 頭の巻き角にひっかけるように、フォースが防具を被り直し、意気揚々と店の外に向かう。

 サポート担当のはずのフォースから逆に命じられて供をするという妙な状況だが、今は着いていくしかないだろう。

 

 キャラクターの能力を十全に開放するには、占術師に会うところから始めなければならない。

 ゲーム的面倒な段取りをさっさとこなす良い機会だ。むしろ、ついていかない選択肢はない。

 

 

 外は相変わらず良い天気だ。

 青天の下に映える、ファンタジーの街並み。

 この半分が、既にモンスターに奪われているという。街の各所では、今なおプレイヤーの集団とモンスターとのにらみ合いが続いているんだろう。既に交戦に至っている場所があるかもしれない。

 

 静かな街の様子からは窺えないが、戦場とは得てしてそういうものだ。

 この辺りはゲームといえども変わらないらしい。

 

「静かだな」

 

 店を出たところで立ち止まり、フォースが言い出す。

 

「そうだな」

「静かすぎる」

 

 言われてみれば。

 この辺りは確かにプレイヤーの数が少なかったが、今はもう一人の姿も見当たらない。

 

「ッ!」

「?」

 

 フォースが鋭く視線を向けた先に、俺も釣られる。

 俺たちが邪魔していた店の入り口、そのすぐ脇。

 

 壁にかかる、茶色の毛むくじゃらの手が見えた。

 木造の壁に爪痕を刻みつつ、二足歩行の狼が姿を見せる。

 兵装を身につけた姿。NPC、じゃないな。プレイヤーか。

 頭や手足はどう見ても狼としか言いようがないが、カテゴリとしてはプレイヤー。

 十二の人間種の一つ、山人<ドワーフ>の種族的特徴だ。勉強会のおかげで覚えた。

 

「ふぉ、フォース、さんっ」

 

 ドワーフのプレイヤーは、傷だらけだった。

 狼の性別なんて区別はつかないが、苦し気な声は男のもの。

 倒れ込む様に膝をつくと、おびただしい量の血が体を伝って地面を濡らす。

 息も絶え絶えのドワーフの男に、フォースが微妙な距離で声を張り上げる。

 

「お前、後ろで生産やってたドワーフだろっ。何があった!」

「後ろ、は、もうダメだ。モンスターに、囲まれて、る」

 

 ここより更に後方が襲撃を受けたのか。

 地図を思い出す限りでは、この地点より後ろとなると、ほぼ街の端の方に該当する。

 兵站を潰すのは、戦争でも上等手段だ。そこまで回り込まれて囲まれているというのも穏やかな話じゃない。

 あの黒いのを見る限り、モンスターとやらにそこまで知性があるようには見えなかったが。

 それとも、プレイヤーが未熟なだけなのか。

 

 それはともかく、このドワーフプレイヤーはとっとと治療した方がいいだろう。

 傷が深いのは間違いないが、これだけ話せるならゲームオーバーには程遠いはずだ。

 ローププレイングのオンラインゲームだと、ゲームオーバーはなく、リスポーンって言うんだったか。どちらでもいい。

 

 立ち竦んでいるフォースを回り込んで、死にそうな狼男に近づこうとするが――

 

「止せ! リミット!」

 

 叫びをあげて、腕に飛びついてきたフォースに止められる。

 これは、一体どういう事情なんだろうな。

 

「止めるのか」

「ああ、止めるっ!」

 

 見下ろすと、強い意志を持った瞳が見返してくる。

 分かっていて止める気らしい。負傷兵を治療しようとする傭兵を止める、その意味を。

 

 これはゲームだ。だが、俺は、傭兵だ。

 傷ついた味方に手を差し伸べない、助けない傭兵が、一体戦場でどれほど信用されるというのか。

 それを理解していて止めるのなら、何か理由があるんだろう。

 

「はは、そこの兄さんは、新規、か? じゃあ、おぼえて、おきな。こうなったら、プレイヤーは、もう駄目なんだ。近づくのも、だめ、さ」

 

 何を、覚えておくって。

 問いかけようと、狼男を見て、それが目に入った。

 

 ひび割れだ。一瞬傷跡のようにも思ったが、違う。

 データを引き裂いたかのような灰色の裂け目が、傷ついたプレイヤーの首元辺りに奔っている。

 よく見れば、それは手足にも及んでいた。

 体を蝕む病魔の印象。しかし、それよりもよほど怖気が走る。

 その感覚は、モンスターと向き合った時に味あわされたモノに、よく似ている。

 

「マナを自力で防げるのは、木属性や風属性の適正が強いやつ、だけだ。あとは、水属性で、治療できれば、なァ」

 

 マナ。確か、モンスターがまき散らす、猛毒みたいなもの、だったか。

 モンスター以外の全ての生物を壊し、狂わせる性質を持つ物質。

 迷宮という名のモンスターの巣窟はマナに満ちていて、ゆえに攻略も容易じゃないとか。

 改めて考えると、果てしなく物騒な世界観のゲームだ。

 

 水属性、ね。

 傍らのフォースに視線をやると、彼女は俯いた。

 

「……グレムリンの属性は、金属性だ。あたし自身の得意属性は、木属性」

 

 俺の種族、ヒューマノイドは闇属性。得意属性は不明のまま。

 つまり、このプレイヤーを助ける手段はない。

 手だて無く手を出せば、俺たちもこのプレイヤーと同じ目に遭う。悪辣なことだ。

 

 仕方ないな。あまり良い気分じゃないが、大人しく見送ろう。

 俺が力を抜いたからか、ようやく離れたフォースが、顔を上げてドワーフのプレイヤーに向き直った。

 

「前線にはあたしの方から伝える。お前、名前は?」

「ゼル、ク、だ」

「そうか、ゼルク。その体でよくここまで来てくれた。もう大丈夫だ。言いたいこと、好きなだけ言え」

 

 近寄って、片膝をつくフォース。ゼルクと名乗ったプレイヤーが、空を仰いだ。

 ああ、これは――戦争で、何度となく目にした光景だ。

 

「くそっ、死にたく、ねえ! やっと。おい、やっとだぞ。ミリーちゃんと、仲良くなったばっかだ! ああっ!」

 

 血をまき散らして、体をかきむしる。

 狼男の挙措を嘲笑う様に、灰色のひび割れが、顔にまで及んだ。

 あっという間に顔面を蜘蛛の巣状に化粧された狼男の目から、涙が零れ落ちる。

 

 ――これは、ゲームだ。

 だというのに、目の前にあるのは、間違いなく、兵士の死にざまだった。

 慟哭するプレイヤーに、フォースがかける声は、優しい響きに満ちている。

 

「心配すんな。必ず戻ってこい。そしたら、今度はあたしが仲立ちしてやる。取り戻すのに、必ず協力してやる」

「は、ははっ、さすがっす、フォースさん。おかげで、安心して、いける」

 

 それが、最期の言葉になった。

 ひび割れが、弾ける。

 

 

 後には、何も、残らなかった。

 

 

「――行くぞ」

「ん、ああ」

 

 なぜか、地面に片膝をついていたフォースが立ち上がる。

 そのまま駆け出した少女の背中に続いて、走り出す。

 といっても、新兵である俺の脚は遅いため、フォースは十分加減して走っているのだろうが。

 

「リミット」

「なんだ」

 

 無人の街路を駆け抜ける最中、フォースが声をかけてくる。

 

「ゼルクって名前に覚えは?」

「ゼルク?」

 

 聞いたことのない名前だ。外でも、このゲームでも。

 

「知らない名前だな」

「……だろーな。曲がるぞ」

 

 問いかけにどんな意味があったのか、尋ねる暇もない。

 宣言してすぐ、大通りからそれて、家々の隙間を縫うような路地に入った。

 前には進んでいるが、司令部のあった場所に向かう道には思えない。

 

「前線に戻らなくていいのか」

「だぶん、前の方もとっくに戦闘になってる。こーいう事態も、まったく想定されてなかった訳じゃない。前がどうなっていようと、こっちは本来の任務を遂行する」

 

 NPC、占術師の救出か。

 

「あたしたちプレイヤーは、やられたところで……それなりに取り返しがつく。でも、NPCは駄目なんだよ」

 

 少し先を走る小さな背中が、呟くように言う。

 NPCが無敵だったり、生き返ったりするゲームもあるが、このゲームは違うらしい。

 それが、妙に焦っている理由か。確かに、あんな人間と区別のつかないNPCが死ぬともなれば、ゲームにのめり込むプレイヤーにとっては見過ごせないことかもしれない。

 ゲーム好きの名に恥じず、フォースもこのゲームに入れ込んでいる一人で間違いないだろうしな。

 

「それで、どうやって動く?」

「救出部隊とは言っても、もともと仲良く行進しようなんて話じゃーない。全員が囮係であり、全員が救出係だ」

 

 誰かがたどり着き、NPCを助けられればそれで良し。シンプルで実に分かりやすい作戦だ。

 問題があるとすれば。

 

「人数が著しく足りないな」

「その分を補って余りある人材が加わったから平気だ」

 

 こちらを振り返って、笑いやがる。

 今の俺は新兵だってのに、容赦なく酷使されるようだ。どちらがサポート役なのか分かったものじゃない。

 

「一度止まるぞ」

 

 言いながら、フォースが路地の脇に身を寄せる。二人そろって、家屋の影に張り付くように潜り込んだ。

 そこから、未だ続く路地の先を覗き込む。見据える先には、バリケードだった物。

 無理やりぶち破られたかのようで、路地には残骸がばら撒かれている。

 

 プレイヤーもモンスターも、姿は無い。

 

「破られてるな。まー、予想通り。あそこを超えて、ばらけるぞ。リミット、お前はあの道をひたすら真っすぐ進め」

「どこまで行けばいい」

 

 なし崩しに着いては来たが、バラバラに動くとなると、俺一人では目的を果たせるか怪しい。

 街の地理なんて欠片も把握していないからな。

 いや、囮になるだけなら出来るか。その場合、高確率で俺はやられることになるだろうが。

 

「ずっと真っすぐ行くと、大通りに出るんだ。その通り沿いに、見るからに他と毛色が違うでかい屋敷がある。目的地だ」

「了解」

 

 地図を頭に入れてこなかった新兵には朗報だ。

 これから進むことになる、バリケードの破られた道の先を見据える。

 あそこから先は、モンスターに占拠されている領域。

 さて、一体どこまでやれるものか。

 

「リミット」

 

 テストと言う名の勉強会で学んだことを思い出しつつ、モンスターとの戦い方を考えていると、間近にフォースの赤い瞳があった。 

 

「絶対、死ぬな」

 

 いきなりだ。

 真剣な瞳で、告げてくる。

 

 死ぬな、か。まるで戦場のようなことを言う。

 ここでやられたら、本当に死ぬみたいな雰囲気だ。

 デスゲーム。そんな陳腐な言葉を思い出す。マシーン野郎の話なんて、俺は半分も信じてはいない。

 

 あるいは、ゲームに入れ込んだ人間は、どいつもこいつもこんなモノなんだろうか。

 だとしたら、俺はやっぱりゲーマーというモノにはなれそうもない。

 

 だが、なんだろうな。

 そんな台詞を言われたのが、――あまりに久しぶりだったからだろうか。

 

「わかった」

 

 それなりに、やる気が出たような気持ちで、返事をした。

 

「よしっ」

 

 笑顔を浮かべたフォースが、そのまま家屋の影を駆け上った。

 恰好に恥じない身軽さで、小柄な身体が屋根の上へと消え、足音も遠ざかっていく。

 

 遮蔽物のない上を進むということは、目立つ。ある程度、自分の方へ敵をひきつけるつもりらしいな。

 お互いに囮だというのに、負担が偏るだろ。

 

 遅れる訳にはいかない。

 俺も影から飛び出し、バリケードの残骸を踏みつけて、路地を駆け抜ける。

 

「さっそく始まったな」

 

 路地を進んで幾許もない内に、頭上から音が聞こえてくる。

 近くはないが、耳に届く程度には遠くもない。

 

 家屋の屋根を、派手に踏み砕く音。

 弾をばら撒くような銃声。

 人でもなく動物でもない、不快極まる、ナニカの叫び声。

 

「人の心配なんてしていられる身じゃないか」

 

 上空に影が差す。こちらもお出ましだ。

 急停止。土埃が舞い上がる。

 俺の行く手を塞いで、黒い歪な存在が落ちてきた。

 

 足が六本。見た目は昆虫のようだが、形だけだ。そんな可愛げのあるモノじゃない。

 生物らしい色合いをまったく持たない、黒い存在。牛か馬ほどの大きさのそれに、細長い脚が生えただけ。輪郭も怪しい。

 

 輪郭がおぼつかない黒い奴は、言うなれば雑兵とのこと。

 迷宮から出てきたモンスターは、元々の姿を失ってこうなるらしい。

 これがきちんとした形を保った状態を、実体化状態と呼び、もしも迷宮外でそれらしきモンスターに出遭ったら……全力で逃げろ、だったか。

 

 フォースとの勉強会で得た知識を反芻しながら、モンスターとの距離をはかり、すぐに駆け出す。

 

 機械のような反応で、地面や家屋の壁に張り付いていたモンスターの脚が、俺を狙う。

 二本。機械なんかとは比べ物にならない、不快感をまき散らして伸びてきた脚を、跳ねながら躱す。

 

 更に二本。こちらを狙う様子を見せるが、遅い。

 路地は狭い。家屋の壁に激突する寸前で蹴りつけ、体を捻りながら、更に跳ぶ。

 ちょうどモンスターの頭上を飛び越えるように。

 

機甲道標(ヒューマノイド)

 

 種族の名を冠した、固有の能力。さすがに、戦う手段を一つも用意せずここまで来たわけじゃない。

 両掌の中に出現した得物の感触を握りしめ、跳び越えざまに、眼下のモンスター目掛けて振り下ろす。

 影のように覚束ない見た目の癖して、手ごたえは想像以上に確かなもの。

 

 地面に帰還して振り返ると、揺らぎというよりもはや崩壊に至ったモンスターが、溶けるようにして消滅した。

 見た目は立派だが、やっぱり雑魚だ。一撃だしな。数が揃うと脅威と言ったところか。

 

「悪辣だな」

 

 モンスターが消えた後の地面は、腐った食べ物を更に煮込んでぶちまけたような有様。

 足が張り付いていた箇所も、焼けただれた皮膚のごとく波打っている。

 モンスターはマナの塊という奴らしく、例え倒しても被害を周囲にまき散らす。

 放っておくと、その影響は広がっていき――それが極大化したものが迷宮、らしい。

 

 これを防ぐのには浄化という措置が必要になるが、水属性、あるいは火属性の適正が必要とのことだ。

 

 今の俺には叶わぬ話。捨て置いて走り出す。

 走りながら、能力を発動(ヒューマノイド)

 右手には、肉厚の刃を有した武器。グラディエーターと呼ばれる剣。

 左手には、反りのある柄と弧を描く刃。フランシスカと呼ばれる斧。

 

 両者が一瞬だけ、黒い靄のようなものに包まれ、即座にその重量が俺の手から失われた。

 

 左右の手の平の中に残るのは、機人(ヒューマノイド)を表しているらしい幾何学文様だけだ。

 印、と呼ぶんだったか。それにしても。

 

「やっぱり便利だ」

 

 闇属性は、干渉という性質を司る。

 その対象は空間そのものに限られ、扱いは難しいが、慣れると汎用性の高い使い方が出来るとか。

 

 機人(ヒューマノイド)は闇属性の人間種。

 その種族固有能力は、印を刻んだ物を、対となる印を刻んだ場所に移動させる力だ。

 勉強会で能力について学んだ時、印を刻んだ。

 手頃な武器と、フォースと話をしたあの店の倉庫、そして、この手の平で一セット。

 走る時は倉庫に武器を戻し、必要な時はほぼノータイム呼び出せる。

 戦闘力に直結する能力じゃないが、新兵とはいえ、それなりに動ける俺にとって都合が良い。


 制限や無視できないルールも幾つかあるが、今のところ困りはしない。

 モンスターと相対しても、十分に対処可能なことは、先の一体で確認できた。

 

 

 そんな確認ができたのだが、走り続けること、およそ一時間。

 フォースが上手くやっているのか、あるいは他の要因か。

 最初の一体以外に接敵は無かった。

 

 ただ、頭上で引っ切り無しに響いていた戦闘音は、いつの間にか途絶えている。

 距離が離れたからか、それとも。


 考えても仕方ない。進む以外に道もない。

 

 いよいよ、大通りに抜ける地点まで辿り着いた。

 もちろん、勢いのまま飛び出すようなことはしない。

 一度家屋の角から、通りの様子を伺うために、覗き込む。

 

 

 ――すぐ耳元の壁を、銃弾が掠めていった。

 

 

「っ」

 

 伏せる。

 骨をミキサーにかけたような機械音。

 無数に放たれた銃弾が、俺が身を預けていた建物の壁を、瞬く間に虫食い状態にした。

 角が丸ですらない凹みに変わるほど削られ、頭の上から木片が降り注ぐ。

 

 そして、銃声が止み、声が聞こえた。

 

「避けましたか。なかなか強力なモンスターのようですね」

 

 足音と共に、ブーツを履いた足先が視界に映る。

 見上げると、長い銀髪。軍服のような、黒く分厚いコートが翻る。

 笑顔を欠片も想像できない冷たい表情の中で、氷のような瞳が伏した俺を見下ろしている。


 加えて、こちらに向けられている、銀髪美女が抱える黒い兵器。

 環上に束ねられた銃身。いわゆるガトリング砲。

 美女の視線に比べたら、幾分か暖かいと思えるそれが、俺の眼前で口を開けている。

 軍人のような恰好の銀髪女もまた、色素の薄い唇を開く。

 

「ですが、この距離なら、外しません」

 

 驚いた。

 どこぞのマシーン野郎よりも、感情の見えない言葉を放つ人間がいるなんて。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ