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リミットレス  作者: 都々木たいが
プロローグ
4/23

帰っていいか

 陣幕の内側に入ってきた人物。

 目線は低い。黒い髪の小柄な少年、いや少女か?

 身軽な兵装は偵察兵、あるいは密偵とでも呼ぶのがしっくり来る。

 軽装でも、こちらの新兵装備より明らかに質の良い物であることは間違いなさそうだが。

 

「あー……――」

 

 相手は何事か呟き、俺を見ている。なんだか眩しい物を見るかのように目を細めて。

 その赤い瞳と目が合うと、すぐに逸らされた。

 頭に巻き付けた頭巾のような防具の位置を手直ししつつ、視線がさ迷っている。

 明らかに不審な態度だ。

 最終的に、その視線は俺ではなく、シーヴに向かった。

 

「シーヴ、こいつが新人?」

「フォースか。そうだ。戦場のど真ん中に突如現れた、期待の新兵リミットだ」

 

 シーヴが意外にもユーモアの効いた台詞で俺を紹介する

 フォースと呼ばれたプレイヤー。気安いやり取りからして、シーヴとは顔見知りらしい。

 不審な態度から一転、フォースは軽快な足取りで俺の傍に寄ってきた。

 

「ほーほー、なるほどねぇ」

「……なんだ」

 

 俺の周りをくるくると回って、赤い瞳から放たれる視線が、無遠慮に這いまわる。

 まるで珍獣を観察するような表情。

 

 ――そういうことか。

 

 こちらを見上げるフォースが、俺の表情に気づき、笑顔を浮かべてシーヴに向き直る。

 

「シーヴ、こいつあたしの連れだわ」

「なにっ。どういうことだ」


 シーヴが声を上げるのと同時に、脚を軽く叩かれる音。

 視線を下げると、シーヴからは見えない角度。

 フォースの腰の辺りから伸びた黒く細い、蛇のような尻尾が俺の脚を叩いていた。

 

 合わせろ、って意味だろう。とうに察しがついているので、口を閉じている。

 特に俺が何かを言う必要もない。余計なことを言わないのが最善だ。

 

 案の定、俺が何を言うまでもなく、フォースがぺらぺらとシーヴとの話し合いを進めている。

 

()での知り合いでね。こんなところで会うとは思ってなかったけど。せっかくだから、あたしが面倒見るよ」

「だが、お前は占術師殿の救出部隊に加わってもらうはずだろう」

「準備はもう済んでる。出発までの間に、ちょっとこの世界の常識を教えてやるだけだよ」

 

 話し合いはすぐにまとまった。

 フォースが俺にいろいろ教えることになり、シーヴは本来の役目に戻るようだ。

 去り際に、シーヴが俺の肩を叩いて言う。

 

「私は指揮もあるため、これで失礼する。リミット。フォースは一流の傭兵だ。彼女からよく学ぶといい」

 

 最初は、失礼かつ尊大な態度の引きずり女、と思っていたシーヴ。

 俺の中で、強引なところはあるが意外と面倒見の良い引きずり女、という評価に落ち着いたシーヴが、陣幕を出ていくのを見送った。

 

 さて。

 この状況を作り上げたプレイヤーに、俺は向き直る。

 フォース。名前に心当たりはない。

 若く中性的なその容姿にも、見覚えは無い。

 

 だが、分かる。

 こいつの立場は、俺と同じだ。

 

「場所を変えようか」

 

 ニヤリと笑いつつ言ったフォースが、俺の脚を尻尾で一度叩き、陣幕の外へ向かう。

 否は無い。黙ってそれに従った。

 

 相変わらず、プレイヤーが右往左往している防衛地点を、バリケードとは逆の方向に進んでいく。

 そうして、プレイヤーの数が少々減ったと思えるくらいになったころ。

 奇妙な光景に、出迎えられた。

 

 街路のど真ん中に、家屋や小屋が立ち並んでいる。

 

 明らかにおかしい。通行の邪魔だとか、街の景観的だとか。諸々を考えて、全てがおかしい。

 疑問が顔に出ていたのだろう。

 立ち並ぶ建物の一つを前にして、フォースがこちらを振り返って口を開く。

 

「九つの属性の話は知ってるよな。その一つ、金属性は製造を司るんだ。プレイヤーによって得て不得手はあるが、基本的に作れない物はねーぞ。武器や防具はもちろん、道具類や薬品。こんな風に家も作れるし、果ては砦や城なんてものもな」

「へぇ」

 

 これは素直に驚きだ。ネット上において、()()()()()という行為はあらゆる面で難易度が高い。

 専門的なネットワーク技能の習得が必須の上、作成ジャンルに応じた資格(ライセンス)を持たない製作行為(クリエイト)は犯罪だ。

 サイバーポリスがすっ飛んでくる案件だな。

 

 外では容易でないことが、ゲーム内では簡単に体験できる、ということか。

 ゲームにのめり込む人間が多い理由を、また一つ見つけた気分だ。

 とはいえ、街路のど真ん中に乱立する建物群は、さすがに失笑物だろう。空き地とか無かったのか。

 

「邪魔するぞー」

 

 フォースが気軽な挨拶と共に、建物に入っていく。

 開いた扉がベルを鳴らし、小気味よい音を立てている。

 そういえば、この建物は結局何なんだ。

 

 よく見たら、看板のような物があった

 存在するどんな言語にも当てはまらない文字だ。

 目にしただけで、その意味が勝手に頭に叩き込まれてくる。

 "歩く方舟"。ゲームだけあって、言語の壁は存在しないようで安心だ。

 

『おーい、こっちこっち』

 

 中からフォースの呼ぶ声がする。俺も建物内に踏み込んだ。

 

 内装は、レトロなバーといった感じだな。

 洗練されてはいないが、味のある雰囲気……雰囲気はあるが、客は一人もいない店内。

 というか、持ち主のプレイヤー? 店員か、それとも店主と呼ぶのか知らないが、それすらもいない。

 いくつか設置された丸テーブルの一つに、フォースが陣取っているだけだ。

 

 いつの間にか、頭につけていた防具を外し、果物が浮かんだ飲み物まで手にしている寛ぎっぷりだ。

 もしかして、持ち主がいないのではなく、こいつが持ち主なのか?

 

「この店、ひょっとしてお前の持ち物か?」

「ん? あー違う違う。あたしのキャラの能力じゃ、こーいうのは作れない。ウチのメンバーが作った、って言えば伝わるか? だから安心していいぞ」

「そりゃ結構だ」

 

 ウチのメンバー、ね。これ以上ない程安心できる台詞だ。

 どうやら乗り込んでいるのは、目の前のフォース一人ではないらしい。

 俺が席につくと、待っていたとばかりに話し出す。

 

「聞いてた思うけど、この後ちょっと野暮用があるからね。打ち合わせはぱぱっと済ませよう。改めて、フォースだ。種族は工人(グレムリン)。一応、お前のサポートをする予定だ。よろしくっ」

 

 マシーン野郎から聞いている、サイバーポリスから派遣されるサポート要員で間違いなかったようだな。

 快活に笑う少女は、あのマシーン野郎と同じ所属とは思えないほど表情豊かだ。

 

 それにしても、変な自己紹介だな。

 名乗りはともかく、種族なんてものがくっついてる。きっとゲームの作法みたいな物だろう。

 工人(グレムリン)とやらの種族的特徴は分かりやすい。

 俺のキャラクターには無い黒い尻尾に、黒髪の間から象牙色の巻き角が生えている。

 

「リミットだ。種族は、機人(ヒューマノイド)らしいな」

 

 とりあえず、こちらも合わせて種族名とやらを名乗る。

 主題の一つでもあるしな。相手にも意図は伝わったらしい。

 フォースの表情が気まずいものに変わった。

 

「その件については、悪かったな。でも、お前の声はきちんとこちらに届いていたし、要望に応えるべく動いたのは本当だよ」

 

 サポート要員はフォースのように、直接顔を合わせる相手だけじゃない。

 こちらにその存在すら気取らせずに、裏から支援する要員も派遣する、とマシーン野郎から聞いていた。

 ある程度の要望を込めて合図を出せば、ゲーム内で要望に則った支援をしてもらえる。

 だから手始めに、選べないとされた種族と属性を望みのままにしようとした。

 

「まさか、失敗したのか」

「そのまさかだな」

 

 フォースがため息交じりに認めた。

 驚きだ。この星のネットワークそのものからバックアップを受けている連中が、たかがゲームのデータ一つを改竄するのに失敗するなんて、誰が思うだろうか。

 

「手痛いカウンター付きの警告まで貰った。お陰で今、本部はてんやわんやさ」

 

 また随分な話だな。

 ゲームで人が死んだ。そんな嘘か誠か分からないモノの解決をサイバーポリスに依頼したのは、他ならぬこのゲームの開発運営会社のはず。

 だというのに、その仕事の邪魔をするのは不可解極まる。

 サイバーポリスを退ける技術力も驚異的だが、何を考えているのかまるで意味不明な辺りも驚異的だ。

 

「警告ってのは?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってさ」

 

 驚異的ではなく、狂気的の間違いだったな。

 言ってることもやってることも、何もかも狂ってやがる。

 フォースが申し訳なさそうに言う。

 

「重ねて残念なお知らせだ、リミット。たぶんこの件で、お前は完全にマークされてる」

「…………はぁ」

 

 そりゃ、俺のキャラクターデータを改竄しようとしたのだから、そうだろう。

 ため息くらいは許してほしい。減らすと言ったが、あれは気の迷いだった。

 席を立ったフォースがカウンターの方へ行ったかと思えば、カップに入った飲み物を持ってくる。

 慰めのように、俺の前へと置かれるそれの中身は、コーヒーだった。

 

「お前がキャラ作っていきなりモンスターの前に放り出されたのも、たぶん偶然じゃない」

「そこまでするかよ」

 

 ああいうゲームだったのではなく、完全に暗殺未遂だったようだ。

 

「仲介越しとはいえ、俺は開発会社の依頼を請けてここに来てるんだがな……」

「それだけどな。実は、あたしたちのちょっかいを防いだり、逆にちょっかいをかけてきたのに、あっちの会社自体は関わってねーんだよ」

「……?」

 

 どういう意味だ。

 依頼で招いた傭兵を自らのホームグラウンドで苛める。

 そんな酷いマッチポンプ劇場が展開されているのかと思ったが。

 

 いや、そうか。

 

「管理AI」

「その通り」

 

 ゲームの運営や管理の実務なんてものは、どこも業務用AIが回している。

 AIを所有、あるいは利用する会社は、基本は大方針を定め、たまに具体的な指示を与えるという姿勢が大体だろう。

 ただ、今回の件は毛色が違う。フォースの言い様だと、相手方の会社は指示どころか方針にすら関わっていないように聞こえる。

 

 それは、この話に大きな矛盾を生む。

 

「たかが管理AIに、お前らが返り討ちにあったと? 笑えない話だな」

「ああ、ほんとに笑えねーよ。笑ってもいいぞ?」

 

 フォースは笑っている。笑えるかよ。

 ネットワーク上において、数の暴力と質の暴力、その双方を兼ね備えた無敵の集団こそ、電脳界の処刑人(サイバーポリス)

 そんな連中が、たかが一企業が運営するゲームの管理AIに返り討ちにあっただなんて、メディアが大喜びしそうな話題だ。

 ついでに、世界中の犯罪者もな。笑うのはそんな連中ばかりだ。

 

「んな顔するなよ。リミット、お前もキャラクリん時に会ってるだろ。判ってると思うが、このゲームのAIは、はっきり言って異常なんだ」

 

 異常なAI。思い起こされるのは、青い髪と目を持つ、感情豊かなナビゲーターAIの姿。

 

「ミニュイか」

 

 あの失礼なナビゲーター嬢が、実は管理AIだった。と言われもピンとこない。

 そもそも俺はAIかどうかすら疑っていたからな。だが、フォースが言う限り、彼女はAIで間違いないんだろう。

 異常と表現することに否はない。あのAIは、ネットの常識から外れている。

 だからと言って、サイバーポリスに勝てるような存在とは思えないが。

 

 しかし、フォースは更に信じられないようなことを言う。

 

「そうか、お前が会ったのはミニュイか。ちなみに、あたしはセーラだった」

「……ナビゲーターは複数いるのか?」

 

 それら全て、本当にAIなのか?

 フォースが頷く。

 

「情報を集めた限りじゃ、ナビゲーターは現在までで八人確認されてる。全員AIだな。属性にちなんで九人いるってもっぱらの噂だ」

 

 俄かには信じられない話だ。あのミニュイと同等と思われる規模のAIが、八体稼働している。

 そんなリソースは、この星のネットワーク上のどこを探したって存在しない。

 

「その顔だとお前、ナビゲーターがAIだって信じてなかったな?」

「まぁ、な」


 そういえば、テルオンについて調べた時、NPCについて取り扱っていた記事があったような気もする。

 あまりの専門用語の羅列に、読むのを断念した記事だが、主題だけはぼんやりと覚えていた。

 あれをもっとしっかりと読んでいれば、事前情報として有益なものが手に入っていたかもしれないな。

 今更な話だ。読んだところで、信じていなかった可能性も高いしな。

 

 フォースがやれやれと言う様に首を振っている。

 

「プレイヤーだけじゃない、業界でもかなり話題になってるんだぞ。このゲームが人気を誇る三大要素の一つだ。そうだ、リミット。お前、シーヴと話してどう思った?」

「シーヴ?」

 

 三大要素って何だとか考えていたら、いきなり関係なさそうな名前が出てきたな。

 と思ったが、このゲームのプレイヤーで俺がまともに話したのは、あの引きずり女くらいだった。

 

 どうと言われても、耳は尖がっていたが美人だった、くらいか。

 最初は、失礼かつ尊大な態度の奴だと思ったものだ。こんなプレイヤーもいるんだな、と感心したほどに。

 面倒見が良いという一面もある。そのお陰か知らないが、プレイヤー集団の代表的な立場についているんだったな。

 あるいは――()()()()()()()()()か。

 

 あの時は色々と突然で考えが至らなかったが、今ならあの女の態度について、はっきりと断言出来る。

 

「ずいぶんと、気合の入った役割模倣(ロールプレイ)だったな」

「だろ?」

 

 フォースが笑う。

 役割模倣(ロールプレイ)は、ロールプレイングゲームの伝統的な遊び方だ。

 物語の主人公になりきる。または登場人物の一人となる。

 あるいは、プレイヤー自身が世界の一員となって、自由に楽しむ。

 

 差し詰め、シーヴはこの世界の()()。それも()()()という立場になりきって楽しんでいるのだろう。

 あの指揮官然とした振る舞いからして、もしかしたら記憶に制限をかけているかもしれない。

 より成り切るために、自らの記憶に制限を施してゲームを楽しむことが出来るサービスがある。

 また、これは大体が課金によるサービスだが、ゲーム世界における望みの立場に就くこともできるとか。

 

「傭兵っていうより、ありゃ騎士って感じだよなっ。あははははっ――……はぁ。なわけあるかよ」

 

 向かいの席のフォースから、笑顔が消えた。

 

「リミット。あの子も、AIだ」

 

 ……嘘だろ。言いそうになったが、黙った。

 目で続きを促すと、フォースが話し出す。

 

「プレイヤーは傭兵になってモンスターと戦うって設定は覚えてるよな? でも、傭兵として活動してるのはプレイヤーだけじゃない。あのシーヴみたいな、NPCノンプレイヤーキャラクター傭兵もたくさんいる。それだけじゃないぞ。街に出ればもっと多くのNPCがいる。町民、農民、兵士に商人。僧侶や王様なんてのもいる。その様子は、言うまでもないよな?」

 

 あんな、プレイヤーと見分けがつかないようなNPCノンプレイヤーキャラクターがわんさかいる、と。

 どのゲームにも当たり前のように存在するノンプレイヤーキャラクター。プレイヤー以外のキャラクター存在たるそれらに人工知能が搭載されていることは珍しくもないが、その性能は決して高いものじゃない。

 安価なそれらを指して、業務用AIならぬ、業務用NPCなんて用語があるほどだ。無論、品質として一段下に位置するものとしてそう呼ぶ。


 あのシーヴのように、自在に感情を表現するNPCなど、ネットの常識からして考えられない。

 ……考えられない話だった。まったく、眩暈がしそうな話だが、フォースの話は続く。

 

「テストプレイの段階でとんでもない話題作だったこのゲームを、サイバーポリスは最初から注視してたんだよ。だから、あたしはサービス開始の日から、このゲームをプレイしてる。この目で散々見てきたし、情報も嫌というほど集めた。それを報告するたびに、上が大慌てだったのはちょっと面白かったぞ」

 

 なるほど。聞いてみれば、色々と合点の行く話だな。

 俺にこの依頼が持ちかけられるよりも前から、サイバーポリスと運営会社は繋がっていたということだろう。

 むしろ、繋がりがあったからこそ、依頼という形が成立した。

 もっとも、その繋がりは監視者と監視対象という関係だ。

 謎の新技術を披露するテルオンに、サイバーポリスは人員を送り込んで、監視を行っていた。

 その辺りの話がどうまとまっていたのかは知る由もない。

 ただ、フォースが今日までゲーム内で普通に活動していたことから、表面上は穏やかな関係であったと想像はできる。

 

 そこに投じられた一石が、プレイヤーの死亡という真偽の怪しい珍事。

 

 そこから今に至っては、事件解決に向けて発足した両組織の足並みは乱れているなんてものじゃなく。

 何も知らずに現場に投入された傭兵が一人、戸惑うばかり。しかも管理AIに嫌われて、暗殺未遂、と。

 

「帰っていいか?」

「え? お、おい、急にどうしたんだよっ」

「冗談だ」

 

 思わず口走ってしまった。

 軽口だったが、意外なほどに焦った少女の様子に、逆にこっちが内心戸惑う。

 不機嫌な様子になったフォースが、手に持っていた飲み物を一気に飲み干して、コップを乱暴に置いた。

 

「とにかくっ。このゲームは色々と特別で、こっちも色々と考えて動かなきゃいけないってことだっ。聞いたところによれば、リミット。お前、マードックに言ったらしいな。ゲームと戦争の違いなんて、人が死ぬか死なないか程度だって」

「……ああ」

 

 マードックって誰だ、と一瞬悩む。

 すぐに思い出した。マシーン野郎の名前だ。名前で呼ぶことなんてないので、覚える必要もない。

 マシーン野郎で十分だろ。

 

「――本気でそう思ってるのか? 今日の様子からすれば、お前はゲームだからと舐めてるようにしか見えないぞ。実際、シーヴに助けられてなければ、初っ端にモンスターに殺されて終わりだっただろ」

 

 殺されて、ね。まるで戦争のようなことを言う。

 フォースの言い分は、つい今しがた口にした最大の違いを失念しているかのようだ。

 ゲームじゃ、人は死なない。例えサイバーポリスが言ったところで、俺は信じていない。

 

 ああ、そうか。

 自分でも意識していなかったが、だから、ゲームってモノを侮っているのかもしれない。

 その辺りはさすがに、改める振りをする必要があるだろう。

 

「悪かったな。雇われ傭兵の身としては、不相応な態度だった」

「本当だ。サポートするこっちの身にもなれよ」

 

 素直に謝ると、フォースは憮然とした顔つきで息を吐く。

 

 未だまともにサポートをされた記憶がない、とか。

 そもそも、まともに比較できるほどゲームのことなんざ知らない、とか。

 ――本来の仕事、すなわち戦争においても俺の態度はこんなもの、だとか。

 

 波風を立てるような言葉を、まとめて飲み込んだ。

 これから仕事を共にしようという相手の機嫌を、わざわざ損ねることもない。

 そのパートナー殿は、不機嫌な顔から一転、悪戯を思いついた顔で口を開いた。

 

「残念だな。こっちとしては、せっかく()()()()()の情報を教えてやろうと思ったのに」

「とっておき、ね」

 

 こういう勿体ぶる情報に限って、大したことがないのだ。

 経験上よくある話なので、俺は気のない返事しか出来ない。

 

 俺の態度に腹を立てたのか、再び不機嫌そうに顔を歪めたフォース。

 本当に、サイバーポリスの面子にしては、驚くほど感情を表に出すタイプだな。

 

「まーた信じてないな、お前。態度に反省が見えないっ。本当にとっておきなんだぞ?」

「勿体ぶってないで早く言ったらどうだ」

「ち」

 

 舌打ちが返ってきた。こいつの態度も大概だ。

 不貞腐れた子供にしか見えない。そういえば、このパートナー殿の年齢は幾つぐらいだろうか。

 さすがに俺より上ってことは無いだろうが。

 

「じゃー言うぞ。実はな、プレイヤーとNPCを見分ける方法があるっ」

「ほぅ」

 

 ()()()()の情報だな。言うとまた五月蠅そうなので言わないが。

 

「その方法は?」

「誠意が足りない」

 

 ……おい。

 向かいの席で顎を逸らすフォースは、まさしく拗ねた少女そのものだ。

 見た目はともかく、中身まで子供ってことはあるまいに。

 笑顔はなりを潜め、ジトっとした視線が、こちらに向けられる。

 

「せっかくのとっておきの情報だ。これを教える前に、お前をテストしてやる」

「テスト?」

 

 聞き返すと、表情は一変する。

 フォースは今日一番と言っても過言じゃない笑顔を浮かべながら言った。

 

「ゲームについて、きちんと調査してきたんだろ? どれだけ予習できてるか、テストだ。良い点とれたら、教えてやるよ」

 

 そういうことか。

 フォースの表情からして、どうやら俺は舐められている。

 

 それは、付け入る隙だな。人に油断するなと言っておいて、この態度か。

 俺は、傭兵だ。そして、戦場に赴く傭兵が、どれだけ念入りに事前の情報収集を行うか。

 仕事を共にする前に、その辺りを教えてやるのも悪くない。

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