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第91話(アーダの泉に行こう6/憩い4)

[九十一]


 目を覚ますと、エルンストと目が合った。

(あぁ、そういえば……)

 アスピスは、昨夜、エルンストの布団に潜ったことを思い出す。

 何故にエルンストを選んだかというと、一番傍らで寝慣れた人物が、エルンストだったからなのだ。選ばれた側のエルンストには自覚がないようだが。

(まぁ、エルンストからしたら、あたしよりも寝慣れた人がいるんだろうけどね)

 アスピスがエルンストたちと共に暮らすようになってから、未だ半年も過ぎてないのだ。けれども、11歳まで閉ざされた中で生活を送ってきたアスピスにとって、半年というのかなり長い時間となる。しかし、エルンストは盗賊団の中ではあるが自由に動き回れていたし、なによりもアスピスには存在していない10年という歳月があるのだ。

 アスピスが、一緒に寝る相手としてエルンストを選んだ理由を、エルンストには分かるはずもないだろう。

「おはよう、エルンスト」

 目が覚めた上に、目が合ったのだから、朝の挨拶は必須だろうと思い口にしたら、頭を思い切りグシャグシャにされてしまう。

「未だ早いから、もうひと眠りしておけ」

「んー」

 言われてみれば、外はまだ暗い。起きる時間には外が明るくなっているはずである。

 そのため、エルンストがアスピスを抱き直すよう腕を回して来るのを感じながら、アスピスは言われるままにエルンストの胸の中で丸まるようにして、再び眠りに落ちていった。

 それから数時間後のことである。

 アスピスは肩を揺すられるようにして起こされた。

「朝飯だとよ」

「あ、ごめんなさい」

「さっさと着替えて下りて来いよ。お前が下りてくるまでお預けだそうだからな」

「うん。分かった」

 アスピスを揺さぶり起こし、言いたいことを言って1階へ去って行くレフンテを見送りながら、アスピスは自分が寝ている布団以外片付けられていることに気づく。そして慌ててアイテムボックスを開くと、寝着を脱いでワンピースに着替える。

 そして、アスピスとしては最高速度の歩みで一階に下りて行った。

「寝坊してごめんなさい」

「わざと起こさなかったのよ。レフンテが余計なことでも言ったんでしょう、ごめんなさいね。気にしないで。」

「ううん。起こしてくれただけだから」

 フォルトゥーナが謝ってくれたことに対し、アスピスは慌てて訂正を入れる。

 そして、空いている席に腰を落とすと、すでに配られているお茶やスープ。パン皿や取り分け皿に、フォークにスプーン。そして、中央には、三ヵ所に分けるようにして、パンやジャムや、カップに差し入れられている木製のジャムスプーンが置かれていた。

 ほぼ、いつもの朝の光景である。

 みんなで一斉に「いただきます」と声を合わせて言うと、それぞれパンに手を伸ばす。

 アスピスも、中から小さめなパンを選び出していた。それは以前食べたことのある、もちもちとしたチーズ味のパンであった。

 サイズも味ももちもち感も、アスピスのお気に入りである。

 嬉しそうにそれを食べていると、エルンストが脇から声を掛けてきた。

「お前、それが本当に気に入ったんだな」

「うん。美味しいよ」

「アスピスが気に入っていたので、買っておいたんですよ。喜んでもらえて良かったです」

 レイスが横から口を挟むようにして、嬉し気に告げてくる。

 いつも食事はレイス任せなので、本当にありがたいとアスピスは心から感謝する。

「レイス、いつも美味しいごはんありがとうね」

「いいえ。それに、今はフォルトゥーナが一緒に作ってくれるので」

「私の場合準備に手間がかかってしまうから、レイスにかなり任せてしまっているけどね」

「そんなことありませんよ。やっぱり、2人だと早さが全然変わりますよ」

「なら嬉しいんだけど」

 レイスの台詞に、フォルトゥーナが笑みを零す。

 貴族ということもあるのだろうが、後ろ楯という名目で、長いことウロークに使い勝手の良い精霊使いとして、飼われるよう扱われてきたアンリールは、食事の準備などとは無縁だったのだろう。冒険も、ギルドから直接依頼されたものを受けるくらいの最低限度しかしたことがないということで野宿の経験も少ないだろうから、料理の腕はアスピスレベルなようである。つまり、ほとんどなにもできないということなのだが。

 そして、総勢10名の食事はとても賑やかに行われ、片付けも全員が参加するには多すぎるため、あぶれた者は広いリビングにあるソファーに座って、未だ人のいないアーダの泉に目を向けたりしていた。

(今なら、誰もいないし、色々と試してみれそうだよね)

 水中で作り出した気泡が踊るようにくるくると舞って水面に昇っていく光景など、さぞキレイなことだろう。

 水中に留まり、水面を見上げていると、キラキラ揺ら揺らと光るらしい。しかもその光を纏うようにして泳ぐ魚がいるそうだ。ただ、人がいると泉の底の岩場などに隠れてしまっていて、泳いではくれないらしい。

 泉の底には、すばしっこい魚が沢山住んでいるそうだ。その中には、この泉にしかいない魚も多くいて、透明で夜になると光を放つ魚がいるという。それ以外にも、ピンク色をした底で四つ足で歩く生き物もいるとあった。人がいると砂に潜って隠れてしまうそうだが。

 割ると七色に光るという、この泉にしか存在しない石も割ってみたい。

 薬草も見てみたい。

 そんな感じで色々と夢は広がっているのだが、今日は泳ぐのを禁止されているのだ。なんて非情なことだろうとアスピスは思ってしまう。

(アスレチックコースっていうのがあるらしいけど、そういうのはみんなと行きたいし)

 どんなものなのか知らないので、アスピスとしてはクエスチョンマークだらけなのだが、響きとしては楽しそうな感じである。

 そんなことを考えていたら、片付けが終わり、食後のコーヒータイムに入ったようである。テーブルに10人分のカップが並べられていた。

 リビングにいたメンバーが、ぞろぞろとテーブルの方へ向かって行く。そんな中、エルンストがアスピスに、アスピス専用のコーヒーを渡してきた。

 つまりは、アスピス以外は、みんなブラックを飲んでいるということだろうか。

(あたしだって、成人したら、ブラックで飲むんだから!)

 気取ってブラックを飲んだとき、その苦さに顔を顰めたら、エルンストが『アスピスには、大人の味はまだ早そうだな』と揶揄ってきたのだ。以来、目標は成人したらブラックでコーヒーを飲んでみせることになっていた。

「あ、そうだ。アスピス、お前は今日は着替えるなよ。水着になったら、絶対に泳ぎたくなるから」

「えー」

「自業自得だろ」

 エルンストはアスピスの非難の声に、即座に言い返す。

「ここの泉の水は飲んでも大丈夫なくらい綺麗らしいが、念のために2日から3日くらいは泉には浸からない方が無難だろ。炎症でも起こしたら大変なんだぞ」

「縫われた上に、まだ注文つけるとか。ひどすぎる……」

「だったら、傷のある方の手に、ビニール袋をかけて、水に浸からないようにするとかはどうかしら?」

「フォルトゥーナ、甘やかしすぎだ。怪我したのは自業自得なんだから、数日くらい我慢させるべきだろ」

「あら。でも、この旅行って、アスピスのためのものなんでしょ。アスピスが楽しめなくちゃ意味ないじゃない」

 フォルトゥーナがとてもありがたい助言をくれたことで、エルンストが少し考え出してくれたのであった。



 エルンストは悩んでくれた。その末に、結局許可が下りず、アスピスは水着には着替えず、ワンピースを着て過ごしていた。

 実はこのワンピースは、エルンストと一緒に服を買いに行ったときに、エルンストが買ってくれたものなのだが、それについての反応は一切ないことに、買ってくれた当人はすっかり忘れてしまっているのだろうと、アスピスは思っていた。

 べつに褒めて欲しいわけでもないし。と強がりつつ、なにかやることがないかと思って、家の中をうろうろしてた最中、偶然に洗濯ボックスを覗くと、10人分を一度に洗えなかったため、数回に分けて洗濯ボックスを活用したことで、最後に回した洗濯物が中に残っていることに気づく。

 脇にあった適当なカゴに洗濯の終わった服などを移し、3人分の洗濯物を抱えてリビングに移動すると、それを床に落として、3つのカゴにそれぞれ分けることを試みることにした。

 一回目が、エルンストとレイスとカロエとレフンテ。二回目が、アスピス、フォルトゥーナ、アンリール。そして三回目がシエンとイヴァールとカサドールの洗濯物だったと記憶していた。

 つまり、この中にはシエンとイヴァールとカサドールのものが入っているということなのだろう。そう思いながら、カゴ自体に名前を書くスペースが設けられていることで、それぞれきちんとそこに名前が書かれていたため、誰のカゴか迷うようなことはなく、アスピスは洗濯物を分けていく。冒険装備の下に着るシャツやズボン、下着代わりのタンクトップなどがあったが、体形の差や身長の差で。あとは性格でこんな感じだろうと憶測しながら分けていく。そんな中、家では有り得ないパンツが洗濯物の中から出てきた。それもしっかり3人分。ボクサーパンツが2人とトランクス1人。サイズ的におそらくは、と思いながらも、家では見られない男性用のパンツをまじまじと見つめていたら、不意に後頭部を思い切り叩かれた。

「痛い……」

「なにやってんだ、お前は。変態か? 男物の下着をまじまじと眺めて感動してるなんて」

「あれ? エルンスト、どうしたの」

「どうしたのじゃねぇよ。下着の話しをしてるんだろ」

 水着ではなく、普段着で家の中にいるエルンストに驚きつつ、今までどこにいたんだろうと考えてしまいながら、アスピスは目の前に並べたパンツの分け方を悩んでいた。

 3人の中で一番小さく。と言ってもシェーンが169センチなのに対して、シエンは179センチあるので、だから一般的には十分長身なのだが。細身であることを考えると、三つの中で一番小さいボクサーパンツが、シエンのものだろうと想像できる。

 問題は、体形の近いイヴァール185センチとカサドール188センチの2人である。筋肉のつき方も双方ともに、綺麗な感じで均等についていて、体はしっかり絞られた体系なので、差がほとんどないのだ。そして、パンツのサイズも形は違うが同じであった。

「ねぇ、どっちがイヴァールので、どっちがカサドールのだと思う?」

 パンツを両手に一枚ずつ持ちつつ、エルンストに真面目に問いかける。

 瞬間、それを取り上げると、適当にカゴに入れ分け入れてしまい、アスピスからカゴを取り上げるようにして、器用に三つのカゴを持つと、それをリビング脇の邪魔にならないところに置いてしまった。

「お前、もう、ここでは洗濯物に手を出すな」

「えー。仕事って程じゃないけど、洗濯物の仕分けをしただけじゃん」

「女にパンツをまじまじ見られた男の気持ちを考えろ」

「だって、分け方がわからなかったんだもん」

 エルンストの台詞に、アスピスは正直に打ち明ける。

「っていうか、なんで家ではパンツがでないの? みんな出してるじゃん」

「いいから、パンツにこだわんな。変態にしかみえねぇぞ」

「ケチ」

「なんで、そんなにパンツにこだわんだ? その方が変だろ?」

「だって、どうせ洗濯するんだから出せばいいじゃん。って、思うでしょ。陰でこそこそ洗って部屋で干したりしないでさ」

 素直にアスピスの考えを告げるが、エルンストはアスピスの額を軽く叩き押すようにして「バカか」と呟いてきただけだった。

「まぁ、いい。ちょっと手をみせろ。消毒すっから」

「いじめっこめ」

 アスピスは額を緩く擦りながら、言われるままに包帯が巻かれた左手を差し出す。

 すると、エルンストは包帯を解き始め、テープをはがしガーゼを取ると、昨日縫った場所を確認し始める。

「まぁ、大丈夫そうだな」

「縫うとき、すごく痛かったけどね」

「だとしても、あれは騒ぎすぎだ」

 呆れた口調で告げつつ、エルンストはアイテムボックスを開くと、治療キットを取り出して、中から炎症止めの消毒薬と化膿止めの塗り薬を取り出してきて、アスピスの傷口を消毒して塗り薬を塗り直すと、上からガーゼで覆いテープで止めると、一度包帯を巻き直して、それをアスピスの手に巻いていく。

「エルンストって、意外と包帯とか巻くのうまいよね」

「縫い目だって綺麗だぞ。っつーか、冒険を長いことしていれば、自然と身につくもんなんだよ。俺やレイスやカロエは不要だが、他のみんなは怪我をしたら治療が必要だからな」

「ルーキスも必要とかいってたもんね」

「アスピスが例外なんだよ。リンク値全開放で、怪我しても即回復なんて、本来なら有り得ねぇことなんだよ。普通はリンク値を下げておいて、死ぬことはないけど、設定以上の傷を負わない限り回復されないんだ。だから、怪我を負った場合、傷口は動ける範囲でそれなりに残るもんなんだ。それくらいじゃないと、精霊使いの負担が大きすぎて、共倒れになっちまうからな」

「そうなんだ」

「そうなんだよ。おかげで命拾いを何度もしてきたけどな」

 エルンストはそう告げると、包帯の最後に留め具を刺して、アスピスの頭を掻い操りながらゆっくり立ち上がる。

「今日はカサドールとアンリールが泉に入るそうだから、サマーベッドを貸してくれるそうだ。そこで本でも読んでいろ」

「エルンストは?」

「俺もサマーベッドを借りたから、せっかくの休暇中だ。昼寝でもするさ」

 伸びをしながらあっさりとした口調で告げてくるエルンストを、アスピスは真面目に見つめてしまう。

「エルンストは泳がないの?」

「お前の監視役が必要だろうが」

「付き合ってくれるんだ?」

 当然だという物言いをしてきたエルンストに、アスピスはにこりと笑って、エルンストの手にしがみつく。

「だったら、添い寝してあげる」

「あ? 夜だけでなく、昼までくっつく気かよ」

「なによ。不満なの?」

 呆れたように言ってくるエルンストに、アスピスは不満の声を上げる。

「不満っていうか、布団が届くの大夫先になりそうなんだよ。今日はフォルトゥーナのところに入れてもらえよな」

「えー。だって、エルンストの傍が一番寝慣れているんだもん」

 正直に、エルンストを選んだ理由を告げたのだが、エルンストからあっさりと拒否されてしまう。

「俺がゆっくり眠れねぇんだよ」

「なんで?」

「お前を潰したら困るだろ」

「エルンストって、寝相が悪かったっけ?」

 エルンストの台詞に、アスピスは真顔で返す。

「少しくらいなら、潰れないよ? 全体重かけられたら自信ないけど」

「ったく。今夜も来る気かよ」

「ダメなの?」

「ダメじゃねぇよ。好きにしろ」

 どうやら、諦めて折れてくれたようである。

 腕に纏わりつくアスピスを連れ、エルンストはカサドールたちから借りたサマーベッドが置かれている場所へと向かう。

「ほら、お前はそっちで本でも読んでろ」

「エルンストは?」

「俺はこっちで寝てる。なにかあったら起こせ」

 そう言うと、エルンストはサマーベッドに乗り上げ、横になってしまう。しかも、本当に寝るつもりでいるらしく、目を瞑ってしまっていた。

(つまんないの)

 アスピスはアイテムボックスを開くと、話し相手を失ったことで、中から読みかけの恋愛小説を取り出す。

 これなら、アネモスに寄りかかって寝る方が気持ちよさそうだと思ってしまうが、当のアネモスはベランダの一角で心地よさそうに寝ていて、周囲に興味を示していなかった。

 しかも、中には屈強の冒険者も混ざっているだろうが、ここに遊びに来るのは、貴族とか平民とかの一般人が多く、アネモスを見ても毛色の変わった大きな犬としか認識しないようで、たまに触りたがる好奇心旺盛な子供や犬好きの大人もいるが、寝ている場所がうまく、ちょうど人の手が届かない位置を確保していることで、アネモスは誰からも惰眠を邪魔されることなく堪能していた。

 そして、腹ばいになって本を読もうかとしたところで、エルンストが起き上がり、アスピスの腰から下に掛けて大判のタオルを掛けてきた。

「お前、無意識に足をばたつかせるから、気を付けろよ」

「あ、うん」

 以前、そのせいでパンツが丸出しになっていたことがあったことを思い出し、さすがにそれをここではしたくないとアスピスも素直に頷く。

 そして、再び本へ意識を向けようとしたところで、エルンストが耳元で囁いてきた。

「その服、似合ってるぞ。他のも、しまっていないでちゃんと着ろよ」

 言い終わると同時に、頬へ軽く唇が押し付けられてくる。

 それに反応し、慌ててエルンストの方へ視線を向けたが、その時にはすでにエルンストは横になり目を瞑って寝る体制を築いていたのであった。

誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。

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