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第89話(アーダの泉に行こう4/憩い2)

[八十九]


「おい、起きろ。上がるぞ」

「んー、よく寝たぁ」

「本当にな。熟睡するとは思わなかったぞ」

 気持ちよさそうに寝ていたアスピスを落ちないように気を付けているのは、結構気を遣う作業であったようである。エルンストはちょっと疲れていた。そして、アスピスたちと一緒に来たみんなが次々と泉から上がっていく中、アスピスとエルンストも泉から上がっていった。

 その後、ベランダに置いておいたタオルで水分をふき取ると、家の中に入って行く。

「アスピス、フォルトゥーナ、アンリールたちは。最初にお風呂に入っちゃってください。男たちは後から適当に入りますから」

「そう? じゃあ、お言葉に甘えて、アスピス、アンリール、露天風呂に入りましょう」

 レイスの台詞に、フォルトゥーナは遠慮なく甘えることにしたようである。2人を連れて、脱衣所に入って行った。

「シェリスとは何度もお風呂に入ったことあるんだけど、アンリールとは初めてね」

「えぇ、今回は楽しい旅行に同行させてもらって。ありがとう」

「今日も2人の世界を築いていたものね。普段はそうはいかないでしょうから、幸せで貴重な時間よね」

「えっ……、そんなことは」

 真っ赤になって、フォルトゥーナの台詞に戸惑いをみせるアンリールは、少し前までウロークという老人にいいように扱われていたため、未だ幸せに慣れていないようである。そのため、後ろ楯という役目を盾に、カサドールがアンリールの傍を離れないようにしているようであった。

(子供の頃から辛い思いをして、この年までずっと苦しんできたんだもん。幸せになって欲しいよね)

 アスピスは素直にそう思いながら、水着を脱ぐと、洗濯ボックスに入れてしまう。そして、タオルを片手に露天風呂の方へ入って行った。

 体を流している最中、扉の向こうからは、大人な会話が響いて来ていたが、よくわからない部分が多くあり、アスピスは半ば聞き流す。

 アスピスの持つ知識と、色々と違いすぎていて、理解不能なのだ。

 盗賊団にいたとき、ルーキスやエルンストの瞳を通して見た景色の中にあったのは、盗賊団たちに襲われるのを怖がり怯え泣いて嫌がる女性の姿ばかりであった。だから、男にはそうしたいという欲求があるらしいとは分かるのだが――。

(女の人がそれを受け入れるっていうのが、よくわからないよね)

 恋愛小説を読んでも、そんなことはどこにも書かれていないので、余計に意味不明である。本を読んで学んだのは、キスは好きな人とするものだということと、好きな人と一緒に寝ることは幸せなことらしいということであった。

 その2つに関しては、アスピスも同意できるところがあったので、さすが恋愛小説に書かれているだけのことはあるなぁ。と、思っていた。

 そんなことを考えながら体を洗っていたら、フォルトゥーナとアンリールがタオルで前を隠すようにして、談笑しながら中へと入って来た。

 脱衣所でかなりフォルトゥーナに揶揄われたようで、アンリールは顔を赤くしていたが、気分を害した様子はなく、明るい様子でフォルトゥーナの話しに応じていた。

(にしても、ふたりとも本当にスタイルいいなぁ)

 何度も思ってしまうが、こうして裸になった2人を見つめていると、改めるようにしみじみと思ってしまう。

「どうしたの、アスピス?」

 視線を感じ取ったのだろう、フォルトゥーナがアスピスに問いかけてきた。

「ふたりともキレイだなって思って」

「アスピスも年頃になれば、綺麗になるわよ。今だって十分可愛いんだもの」

「えぇ、アスピスは綺麗になるわよ。以前、幻術の肉体変化でアスピスの20歳の姿になったじゃない。あの時のアスピスはとても美人だったわ。スタイルもよかったし。心配しなくても、アスピスは綺麗になるわよ」

「そうよね! うっかりしていたわ。あの時のアスピス、とても可愛くて綺麗だったわよ」

 アンリールの台詞に、フォルトゥーナが即座に反応してみせる。

「ただ、そのためにももう少し食事を摂れるようにしないとね。栄養が足りないと、いくら未来像が美しくても、ガリガリだったら意味ないもの」

「えー……」

 そこへ話が行くのかと、にっこり笑って告げて来たフォルトゥーナの台詞に、アスピスが不満の声を上げてしまう。

 そして、アスピスは体を洗い切ると、逃げるようにお風呂に入って行った。そんなアスピスの様子を、フォルトゥーナとアンリールがおかしそうに見送る。

「でも、あんなアスピスを見ちゃったら、エルンストだって耐える価値があるってものよねぇ」

「ねぇ、フォルトゥーナ。あなたは先ほどから人のことばかり言っていますが。ご自身はどうなんですか? 対のノトスがかなり積極的に結婚を申し込んでいるという噂があるのですが」

「あら、そんな噂が広がっているの? ノトスは嫌いではないけど、私に夢を見すぎているのよねぇ」

 ちょっと困ったように呟くと、フォルトゥーナは体を洗う手を止める。

「ほら、私ってアスピスの代役じゃない。それも、12歳のころから。(赤)の対なのだから、本当の事情を知らせておくべきことだったと思うのだけど、どんな理由が六賢者の間にあったのか知らないけれど、対であるにもかかわらず、ノトスはその理由も知らせてもらっていなかったから、私って彼にとって本当に気の毒な少女にしか映っていなかったのよね。というか、つい最近までそうだったのよ。だから、彼の中では、私は、守ってやらなければならない対象として確立されちゃっているみたいなの」

 困ったことに。と、フォルトゥーナは嘆息する。

「あら、それだけじゃないと思うわよ。最初はそうだったかもしれないけれど、成長したフォルトゥーナを純粋に見初めてしまったんじゃないかしら。フォルトゥーナは少し自分の美しさに自覚が足りないと思うの」

「そんなことないわよ? 自分のことはちゃんと分かっているつもりだもの」

「そうかしら? あなたの周りにいた男性って、アスピスの使い魔だった人たちじゃない?」

「そういえば、そうかもしれないわね」

「だからよ! みんなアスピスに夢中だったから、フォルトゥーナは誤解しているのよ、自分には魅力がないって」

「そうかしら? そんなことないと思うけど……」

 自信に満ちたアンリールの台詞に、フォルトゥーナは言葉を弱らせる。

 事情はいかにしろ、是非はともかく誰も彼もが腫れ物に触るのを避け見ているだけだったのに対し、エルンストは違っていた。アスピスの代役をしてくれているからという理由もあったのだろう。けれども、そうだとしても、フォルトゥーナが置かれている状況を見兼ねるようにして、フォルトゥーナへ向け最初に手を差し伸べてみせたのがエルンストだったらしい。

 その影響とでもいうべきか、それ以降、フォルトゥーナの周りを囲んでいた男性は、実際にアスピスの使い魔ばかりであった。しかも、主が不在の使い魔だったため、アスピスを常に求めている姿を見つめてきたのも事実なのだろう。

 だから、最終的にはアスピスのことしか念頭にない、脈なしのエルンストを諦めるために、他の男性と交際してみたりもしたのだけれども。やっぱりそれではダメだったのだろう。交際をしてみようと思った切っ掛けが切っ掛けなだけあって、結局はエルンストと比べてしまい、その全てが破局となってしまったのである。

「難しいわよねぇ」

「フォルトゥーナがその気になったら、きっと、あっという間よ」

「だと嬉しいけど。当分無理そうね」

 苦笑と共に体の泡を流し落とし、フォルトゥーナはイスから立ち上がると、アスピスの脇に足を差し入れ、お湯の中へ入って来る。そして、その後に続くよう、アンリールが、アスピスを挟んで、フォルトゥーナとは逆側に足を入れてきて、お湯の中へ入って来た。

(隅っこに入っておくべきだった……)

 スタイルの良い美女2人に挟まれて、アスピスはのろのろと立ち上がる。

「あら? どうしたのアスピス」

「もう少し温まった方がよくないかしら?」

 フォルトゥーナとアンリールに呼び止められる中、アスピスはお湯から上がる。

「頭を洗うから」

 へへらと笑い、アスピスはイスに座ると、頭をお湯で濡らし始める。

 大人の会話に入っちゃならない気がしたのもあるが、話の中にアスピスの名前が出てきたことで居心地の悪さも覚えてしまったのである。

(エルンストを、奪っちゃった形だもんなぁ)

 フォルトゥーナは気にするなと言ってくれているが、フォルトゥーナの想い人は今もエルンストのままなのだろう。だから、フォルトゥーナは前に進むことができないのだと、アスピスは思ってしまう。

 だからと、以前のようにフォルトゥーナとエルンストがうまくいくことを素直に望んであげられるかといえば、否となってしまった気がする。今のアスピスにとって、エルンストがいない世界は想像できなくなっていた。

(あぁ、もう。エルンストのバカー!)

 八つ当たりでもいいから、そう思わずにはいられず。頭を泡だらけにしながら、心の中で叫んでいたら、フォルトゥーナが傍らに座ってきた。

「そんなに乱暴に洗ったら、髪が痛んじゃうわよ」

「え? あ、うん」

「それに、アスピスはなにも気にせず、あなたの好きなようにしていいのよ」

 髪を洗うのを手伝ってくれながら、フォルトゥーナがゆっくりと語り掛けてくる。

「心配しなくても、私は私の道を自分で選んで進んでいけるから。世の中の女性の大半はね、失恋なんて普通に経験していることなのよ。子供のころから初恋相手と両想いで、婚約までしちゃっているアンリールのような話は特別な部類なんだから」

「そこで、私の話を持ち出さなくても……」

「だって、それが普通だなんて間違えて覚えられたら、大変だもの。アスピスにはそういう知識はないのだから。ちゃんと教えておかないと」

 慌てるアンリールが、お湯から上がり、イスに座りながらフォルトゥーナがへ苦情を述べる。けれども、フォルトゥーナはそれには取り合わず、くすくすと笑ってみせた。

「はい。アスピス、流していいわよ」

 アスピスが適当に洗っていた髪を解し、真っ直ぐにしてくれると、フォルトゥーナからの許可が下りてきた。

「ありがとう」

「後で香油を塗ってあげるわ。その方が髪が滑らかになるから。特に今は泉で遊んでいるから、付けた方がいいと思うわ」

 フォルトゥーナの台詞を聞きつつ、アスピスは髪にお湯をかけ始める。いつもよりも泡のキレがよく感じるのは、フォルトゥーナのが丁寧に髪を洗ってくれたおかげのようである。

(髪をサラサラに保つのも大変そうだな……)

 三つ編みは寝癖を隠すにもちょうどいいし、邪魔にはならないし、気に入っているのだが、髪の長さについて思わずちょっと考えたくなってしまった。



 フォルトゥーナ直伝の『乾燥』をアンリールにもレシピのコピーをあげることで、三人揃って体と髪を乾かす。その際に、微妙に髪を湿らせておくよう言われて、アスピスはそう設定付けておく。

「完全に乾いた状態よりも、湿り気がある方が、香油の効果が高いの」

 そう説明しつつ脱衣所から女性3名が出てきたところで、男性陣の中のカロエとレフンテとレイスとエルンストの4人が交代するように脱衣所へ入って行く。

 その際、フォルトゥーナが男性たちに声を掛けた。

「着替えの汚れ物は、後で洗うから。今回は水着とタオルものだけにしておいてね」

「はーい」

「わかりました」

「わかった」

「わかったよ」

 それぞれに返事をしながら、中に入ってしまうと、脱衣所の戸がぱたんと絞められた。

「さてと、それじゃあ。まずはアスピスの髪に香油を塗りましょうか」

「いいの?」

「なにが? 約束したでしょ。さ。後ろを向いて」

 フォルトゥーナはアスピスに背中を向けさせると、櫛に香油を垂らして、それをアスピスの髪に通すことで、ゆっくりと香油をアスピスの髪に伸ばし沁み込ませていく。

 その脇では、やはり香油と思われる。けれども入れ物が異なることから香りが違うらしいものを、アンリールが同じ要領で髪に伸ばし沁み込ませていた。

「はい。アスピス終わったわよ。髪を乾燥させていいわ」

「うん、ありがとう!」

 アスピスはお礼を言うと、立ち上がり、場所をずらして『乾燥』のレシピを唱える。

 それを見つめながら、フォルトゥーナは自分の髪に香油を塗り始めていた。

 そして、しばらくすると香油を塗り終わり、アンリールと共に仕上げの『乾燥』のレシピを唱えると、2人はキッチンの方へ向かって行った。

「今夜はどうしましょうか?」

「実は、私、料理が下手で……」

「あたしもなにかやりたい!」

 フォルトゥーナがアイテムボックスを開きながら、中からエプロンを取り出し、身につけながら問いかけてくる。それに対して、アンリールは申し訳なさそうに。アスピスは興味津々に、返事をしていた。

「そう。じゃあ、肉はそれぞれ1枚ずつ焼くとして。野菜はみんなで摘まむ感じで煮てしまいましょうか。味付けは簡単な固形調味料を使えばいいし」

 フォルトゥーナはそう告げながら、アイテムボックスの中から出来上がっているコーンスープが入っているパックと、大量の野菜を持ち出してきた。

「私は冒険用の調味料ナイフを使うから、2人はここにある家庭用の調理用ナイフを使ってちょうだい。そっちの方が安全だから」

「ありがとう」

「わーい」

 ようやく念願がかなったと、アスピスは思いながら、野菜を次々と洗っていき。すべてを洗い終わると、皮を剥く必要のあるジャガイモやニンジンを取り分けて、3人で黙々と皮を剥き始める。

 それからしばらくは、アンリールもアスピスも下手なりに皮を剥いていたのだが、最初に悲鳴を上げたのはアスピスであった。それに驚き、アンリールも悲鳴を上げた。

「い、痛い……」

「ごめんなさい。失敗してしまったわ」

「それはいいけど、2人とも傷口を洗ってちょうだい」

 2人が怪我をしたことで、心配したカサドールとシエンとイヴァールがキッチンへ駆け寄ってくる。

「アスピス、だいぶ深く切ってしまいましたね。これじゃあ、明日は湖に入るのは……」

「それはいやー」

「それだったら、俺が付き合ってやるから。アスレチックコースとかもあるというし」

 シエンがアスピスの傷口を見ながら呟いた台詞に、アスピスが泣きそうな顔をして嫌がったのを見て、イヴァールが慌てて新たな提案をしてみせるが、アスピスはそれも気に入らなかったようである。

「治せばいいんだよね?」

「え? えぇ。まぁ……」

「だったら、分かった。アンリールも手を貸して」

「あ、はい……」

 血がぽたぽたと垂れている2つの手を並べると、アスピスは右目を使って「結界」と呟き、2人の手の周辺に結界を築くと、「回復」と唱えた。

 途端にみるみると2人の怪我が治っていった。

「解除」

 結界を解除すると、アンリールが驚いたように自分の手を見ていた。

「回復術なんて、珍しいわね。レシピが複雑すぎて滅多に存在していないのに」

「足を治してもらったところで、聞いておいたの」

 そして、アスピスは自分の手を見たら、完全に治っていないことにがっくりと来てしまう。未だ血がダラダラと流れていた。

「この回復術は弱いものだって、言っていたものね。それに、あまり使いすぎないようにとも、教えてもらうときに聞いたわ。そこまで治ったのだもの、さっきの傷の深さを思えば、かなり良くなってるわよ。化膿止めを塗って包帯を巻いておきましょうね」

「うん」

 しょぼんとしてしまったアスピスに、フォルトゥーナは頭を軽く掻い操ってあげる。

「ごめんなさいね、未だアスピスには早かったのね」

「ううん。料理を早く覚えたかったの」

「大丈夫よ。少しずつ覚えていけばいいんだから。ところで、アンリール。申し訳ないけど、消毒して、化膿止めを塗って、包帯を巻いてあげてくれる?」

「えぇ、それならできるわ。それから、後でいいから、私にも回復術をおしえてくれないかしら?」

「もちろんよ。料理が終わったら、レシピをコピーしてあげるわ」

「ありがとう」

 フォルトゥーナはにっこり笑って快く返事をすると、アンリールはお礼を言うと、カサドールから消毒薬と化膿止めと包帯を受け取り、アスピスの手を消毒すると、傷口に化膿止めを塗り、その上にガーゼを被せてテープで止めてから、包帯を巻いてくれる。

 そして、フォルトゥーナが煮物の準備を終え、火にかけると、アンリールと約束していた回復術のレシピをコピーして渡したのであった。

誤字脱字多発中。少しずつ直していきます。すみません。

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