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40話 幕間:幼馴染の不運 2


 県道沿いにある農協の、肥料等の受け渡し窓口に近い駐車場――正面玄関からは陰になった側――に軽トラックを停めた。

 先に注文していた肥料を積み込んでおいても良かったが、まずは恋人とのデートの約束を取り付けておこうと思って建物の角を曲がる。途端に視界に飛び込んできたのは、玄関前にデーンと停まったデカイ黒塗りの車。県道の向こうに広がる田んぼ――植えられたばかりだろう稲の苗が並んだ――を背景にするにはあまりにミスマッチなそれに、「どこのお偉いさんの視察だ?」と内心で首を傾げつつ、農協の中に入る。

 自動扉をくぐったところで視線を“デカイ黒塗り”から建物内に移す途中で、背の高い観葉植物の陰に隠れるように立って携帯の画面を覗き込んでいる女性の姿が見えた。農協の女性事務職員の制服に身を包んでいるのにモデルのような優雅さを醸し出して立つあれこそが俺の彼女の篠宮しのみや小夜子さよこである。胸まで真っ直ぐ伸びた艶やかな黒髪が俯いた横顔を隠していたが、自分の恋人を間違えることはない。


 勤務時間中にこんなところで携帯を開いてるなんぞ、彼女らしくないことだったのだが、「呼び出す手間が省けてラッキー」と思ってしまった俺は、その“らしくない”理由など考えようともせずにそのまま声をかけた。

「よう、小夜子――」

 次の瞬間、素早く携帯をたたんだ小夜子がつかつかと歩み寄ってきたかと思うと、Tシャツの首元を掴まれてそのまま来客用トイレの入り口(人目に付きにくい場所)まで引っ張られた。


 手荒い歓迎だな、オイ。


 いきなりなんだよと文句を言ってやろうとしたが、相手から先に抑えた声を叩きつけられた。

「ちょっと祥二、なんで携帯に出ないのよ!」

 切れ長の目が苛立ちを込めて睨んでくる。

「なんでって言われても、運転中だったんだから仕方ないだろ」

 知り合いだらけの地元で、公務員やってる俺が携帯かけながら運転しているところなんぞ見られたら、その日のうちに職場に10本以上の文句電話がかかるだろーが。

「……まぁいいわ」

 なんだよ、その舌打ちが聞こえそうなセリフは。まぁ、小夜子だからしゃーねーかと思い、ここに来た目的を果たすべく

「ところで今日昼食を一緒に――」

 食わねぇか?と続けようとしたのだが、

「アンタ今日ヒマよね?」

 こちらの誘いを途中でぶった切り、“暇”以外の答えを欠片も受け付けないという勢いで聞いてきた。

「はぁ? 暇って言うほど暇じゃ――」

「ヒ、マ、よ、ね?」

 ただでさえキツめな顔立ちの美人が、アイメイクばっちりの目ヂカラ5割増しで、落ち着いた色合いながら口紅をきっちり塗った口元だけの笑み(目元は笑ってない)を浮かべて「あたしに逆らおうっての?」と無言の迫力を込めてきたら――しかもそれが自分の恋人ときた日には――男としては頷くしかないというものである。

「で? 何をさせようってんだ?」

 溜め息交じりで尋ねれば。

「おつかい、頼まれてちょーだいね?」

 にっこりと、10代後半から50代後半の男なら間違いなく見惚れるような艶やかな笑みを浮かべた。――どう見ても、何かしらの面倒事に巻き込まれるとしか思えない笑みに、再度溜め息が漏れる。




 小夜子に案内されて付いて行った先は、窓口の奥にある応接室。

 ノックして扉を開けた小夜子は、一礼すると中に向かって呼びかけた。

「失礼いたします。豊嶋とじま様をご案内いたしました」

「ありがとう、君は外してくれていいよ」

 中から応えたのは、嫌になるほど聞き覚えのある声。

 一歩下がった小夜子と入れ替わるように室内に踏み出せば、入り口側の下座に座っていた男――兄の豊嶋とじま慶一けいいち――がこちらを振り返っていた。


 兄貴は俺より3歳年上の27歳。農協職員で係長だが、課長補佐も兼任しておりこの支店で――どころか県内の農協で――一番の出世頭と言われている(らしい:小夜子談)。

 兄弟だから俺と兄貴が似ているのは当たり前なのだが、兄貴の方が“優しい顔立ち”と評されることが多い。今は仕事向けのスタイルで、前髪をぴっちり撫で付けて細い銀フレームのメガネ(やや乱視)をかけている。そこそこ整った顔で職場の若い女たちに結婚相手の超優良株と目されているらしい(やはり小夜子談)のだが、浮いた話は聞こえてこない。……俺は、兄貴が隠すのが上手いだけで実はムッツリスケベだと睨んでいるが。


 ともあれ、この兄が(いろんな意味で)“実力者”と思い知らされている弟としては、

「お忙しいところ申し訳ありませんが、お力をお貸しいただけませんか?」

 余所向けモードで話しかけてくるそのにこやかさ(メガネの奥の目が笑ってねーよ!)に、厄介事の臭いしか感じなかった。


  


 いつもお読みくださってありがとうございます。

 

 “祥二の不運編”はさらっと3話程度で終わらせるはずが、2話目投稿でまだドナドナ状態に至ってないという……orz

 主人公と全く被っていないシーンだから……と言い訳しつつ、頑張りたいと思います。

 


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