前編:保守的な博士と浪漫的な牧師
「では、あれが死なのか?
死が二つもあるというのか?
あの女の連れも、死なのか?」
ーサムエル・コレリッジー
1832年9月20日、スコットランド、アボッツフォード邸。
古びた書棚が所狭しと並び、中世の貴重な絵画が壁を彩る、広々とした寝室。
その中央に置かれた大きなベッドの上で、一人の病弱な男が死の床についていた。ベッドは男の身体の三倍もあろうかという大きさだった。
地中海を巡る旅の途中、彼は不運にも重い脳卒中に見舞われた。家族は急いで彼を故郷へ連れ戻したものの、今や男にできることといえば、ただ横たわり、人生最後の瞬間が訪れるのを待つことだけだった。
苦痛に歪み、深い皺が刻まれた顔。青白い肌には、冷たい汗が滲んでいる。
そんな姿を見れば、かつてスコットランドを代表する偉大な詩人の一人であったなどと、誰が想像できるだろうか。
ヨーロッパ・ロマン主義文学の先駆者。
スコットランド高地地方の文化を熱心に研究した博学の学者。
そして何より、後世において時代小説の礎を築いた作家の一人と称えられる人物。
そう。
今まさに死の床に横たわっているこの男こそ――
サー・ウォルター・スコット(Sir Walter Scott)、初代スコット准男爵。
時代小説の名作『アイヴァンホー』の著者である。
しかし、彼が生涯をかけて築き上げてきた栄光もまた、その弱々しい呼吸とともに、今まさに幕を閉じようとしていた。
スコット卿は、すでに半ば意識を失っていた。虚ろな眼差しは現実と幻影の区別すらつかず、ぼんやりと宙を彷徨っている。
そのときだった。
部屋の奥から、二つの人影がゆっくりと歩み寄ってきた。
二人はベッドの脇に立つと、まるで今にも息を引き取りそうな患者を診察する医師のように、男の顔をじっと覗き込んだ。
――もっとも、二人は医師などではなかったのだが。
右側に立つのは、まだ若い、端正な顔立ちの男だった。
金色に輝く髪に、典型的なアングロ・サクソン系の容貌。
彼は踵に届くほど長い漆黒の司祭平服をまとい、その上から純白の白衣を羽織っていた。
肩には、黒い袖無し上着を羽織っている。そして胸元には、白い長方形の説教用ストラップが垂れ下がっていた。
その装いも、物腰も、間違いなく若き英国教会の牧師である。
牧師はベッドの上の男に向かって、にっこりと微笑んだ。
『やあ、旧友! 私だよ。テンプルトンさ』
スコット卿は、ゆっくりと視線を左へ向けた。
そこには、六十歳をとうに過ぎたと思われる、奇妙な風貌の老人が立っていた。
真っ白な鬘の下からは銀髪が覗き、頭には不釣り合いなほど大きな三角帽子を載せている。
白い布製のボタン付きベストの上には、襟の高い黒い上着。茶色の半ズボンに、膝まで届く白い靴下。
そして、かかとの低い革靴。
まるで古い時代の絵から、そのまま古い肖像画を抜け出してきたかのような格好だった。
しかも、その皺だらけの顔には、病人を気遣う様子など微塵もない。
老人はしばらくスコット卿を眺めていたが、やがて口の端を吊り上げ、いかにも人を見下したような笑みを浮かべた。
『まさか、このワシが、お前の死に様をこの目で見届けられるほど長生きするとはな!』
『ドライアズダスト博士! いくら何でも、言い方というものがあるでしょう!』
『黙れ、この偽善者め! 何がそんなにおかしい? どうしてわざとらしい笑顔を浮かべる必要がある!』
ものの数秒もしないうちに、二人は病床のすぐ脇で、盛大な口論を始めてしまった。
若い牧師は、侮蔑を隠そうともせず老人を睨みつけた。
『私の心の内を知りもしないくせに、よくもそんな言いがかりをつけられますね! 私はただ、親しい友人に別れを告げに来ただけですよ!』
『ふん。お前が、あのレベッカという娘のことで、今も腹を立てているのはお見通しだ! ハハハ! 今さら否定したところで無駄だぞ!』
『なっ……! 何ですって!?』
自分の一言が相手の急所を突いたと悟った老人は、ますます得意げになった。
その声には、露骨な嘲笑が混じり始める。
『歴史書を読み漁人間というのはな、一度見聞きしたことをそう簡単には忘れんのだ! 十二年も前のことを、ワシが忘れるはずがあるまい!』
老人は、にやにやと笑いながら続けた。
『当時、お前はどれほど悔しかっただろうな? あの娘がウィルフレッド・アイヴァンホーと結ばれなかったのだからな!』
『時代遅れの頭しか持たないあなたに、何が分かるんです! そもそも、我々の友人であるスコットに、レベッカの結末について問い詰める手紙が、読者から何通も届いたことをご存じですか!?』
『世も末だ! まったく、イングランドはどうなってしまったのだ!』
老人は大袈裟に両手を広げた。
『ユダヤ人など、この大英帝国の文化に居場所があるものか! 歴史を少しでも真面目に研究した者なら、まともなキリスト教徒が、あんな汚らわしいユダヤ人の娘と結婚するはずがないと分かるだろう!』
『いい加減にしてください、この反ユダヤ主義者!』
牧師は、今度こそ満面の笑みを浮かべた。
『あなたこそ、スコットが「アイヴァンホー」でレベッカにあれほど重要な役割を与えたとき、さぞ腹を立てたんでしょうね!』
形勢は、完全に逆転した。
テンプルトン牧師が勝ち誇った笑みを浮かべる一方、ドライアズダスト博士は顔を真っ赤にして激昂した。
老人は鉄の杖を振り回し、牧師を指差しながら怒鳴り散らす。
『ワシは何度も言ったはずだ! 正史にそぐわぬものは、すべて排除すべきなのだ――!』
『それでも、私は少しだけ満足していますよ……。少なくとも、スコットは彼女にふさわしい役割を与えてくれたのですから』
『だから何度言わせれば分かるのだ、スコット! 高貴なるアイヴァンホーの隣に、ユダヤ人など立たせてはならんのだ! 彼にふさわしいのは、ロウィーナ嬢ただ一人! ロウィーナ嬢だけなのだ!』
二つの人影が互いに辛辣な言葉を浴びせ続けるなか、スコット卿はふと、自分があの壮大な物語――『アイヴァンホー』を書き始めた頃のことを思い出していた。
実のところ、この二人は現実の人間ではない。
かつてこの世に生を受けたことすらないのだ。
彼らはスコット自身の精神から生まれた幻影。
偉大なる作家の心の中で、絶えずせめぎ合っていた二つの相反する思想を象徴する存在だった。
そして、その葛藤こそが、ヨークのレベッカという一人の女性に、数多の読者が惜別の涙を流す結末をもたらしたのである。
美貌と才能を兼ね備えながら、ただユダヤ人であるという理由によって、望む未来を手に入れられなかった女性に。
ーーー
ジョナス・ドライアズダスト博士。(Dr. Jonas Dryasdustー埃のように乾いたジョナス)
考古学者にして歴史研究家。
彼は、スコットの保守的な思想を体現する存在だった。
すなわち、歴史小説は史実に忠実でなければならず、作家の都合によって歴史を勝手に歪めたり、過度に脚色したりしてはならない――という考えである。
確かに、ドライアズダストのような学者たちは、史料の研究、収集、保存において卓越した能力を発揮する。
彼らの努力なくして、過去の歴史を正確に知ることはできないだろう。
しかし、ときとして彼らが大切に守り続ける歴史のページは……その老人の名前が示すとおり……古びた書棚に積もる埃のように、乾ききって味気ないものになってしまう。
ーーー
ーーー
それに対し、ローレンス・テンプルトン牧師(Rev. Lawrence Templeton)は、浪漫主義文学を代表する思想の持ち主だった。
彼にとって、文学とは単に過去を再現するためのものではない。
過ぎ去った時代に新たな命を吹き込み、遠い昔の物語を、現代の読者にも魅力的なものとして届けること。それこそが、作家に与えられた使命なのである。
テンプルトンの考えでは、作家とは画家のようなものだった。
画家が描く絵は、必ずしも現実の世界を寸分違わず写し取る必要はない。
そこには作者自身の個性があり、創意工夫があり、自由な解釈がなければならない。
現実を出発点としながらも、現実を超え、人々の心を揺さぶる芸術作品へと昇華させる。
それこそが、文学の持つ力なのだ。
ーーー
だからこそ、スコット卿の死の間際に、あの二人の亡霊が姿を現したことも、決して不思議ではなかった。
これは、彼が十二年ものあいだ背負い続けてきた負債だったのだから。
ヨークのレベッカ。
『アイヴァンホー』に登場する、最も忘れがたい人物の一人。
彼女に対して、スコットは果たさなければならない約束を残していた。
レベッカは、東方的な美しさを備えた少女だった。
医術に秀で、さまざまな治療法に通じた優秀な女性。
心優しく、慈悲深く、貧しい者や病める者を助けることを惜しまなかった。
そして何より、勇気と誇りを持ち、苦境に陥った人々を救うためなら、危険を顧みず手を差し伸べることのできる女性だった。
それほどまでに高潔な美徳を備えた彼女が、最後に手にしたものは何だったのか。
彼女はイングランドを去り、より平穏な暮らしを求めて、遠く離れたグラナダの地へと旅立たなければならなかった。
心の奥底でひそかに恋い慕っていた騎士、ウィルフレッド・アイヴァンホーと結ばれる希望も、捨て去るほかなかった。
あまりにも突然で、あまりにも切ない結末。
読者たちが衝撃を受け、いつまでも惜しみ続けたのも無理はない。
実際、『アイヴァンホー』が出版されると、レベッカの運命について尋ねる手紙が、スコット卿のもとに千通以上も届いたという。
それに対し、当時のスコット卿は、ただ冷淡ともいえる説明を返すしかなかった。
「徳のある者が、必ずしも幸福な結末を迎えられるとは限らない。それこそが、私が『アイヴァンホー』を通じて若い読者たちに伝えたかった教訓なのだ。」
しかし、本当にそれだけだったのだろうか。
スコット卿は、自分の心の最も深いところで、その答えが決して単純ではないことを理解していた。
当時のイングランド社会には、根強い偏見が存在していた。
ユダヤ人女性とキリスト教徒の男性が結婚することは、依然として受け入れがたいものとされ、ときには社会的な醜聞にすらなったのである。
スコットは、そうした時代の圧力を無視することができなかった。
だからこそ、レベッカにもっと幸福な運命を与えられなかったことを、彼は長年にわたって悔やみ続けてきたのだ。
だが、今となっては、何を変えられるというのだろう。
死はすぐそこまで迫っている。
残された時間は、もはや日数ではなく、時間単位で数えられるほどしかない。
(次回に続く)
注釈:
1. 準男爵は、イギリスの栄典制度において最も低位の世襲称号である。貴族の爵位とは異なり、準男爵位を持つ者には貴族院の議席は与えられない。
2. テンプルトン牧師が身に着けている衣服は、いずれも英国国教会の男性聖職者が着用する標準的な典礼服である。
3. ドライアズダスト博士が身に着けている衣服は、いずれも十八世紀イングランドの服装に基づいており、時代遅れの印象を与える。
4. ドライアズダスト博士の名前は、英語の慣用表現 *dry as dust* をもじったものである。この表現は文字どおりには「埃のように乾いた」という意味だが、転じて、無味乾燥で堅苦しいものを連想させる。博士の名前には、乾いた歴史的事実にこだわる、杓子定規で想像力に乏しい学者という人物像も暗示されている。




