12 榛の神子。
舞香はいらいらと、手に持った扇の房飾りをいじる。これは彼女の幼き頃よりの癖だ。
その前は爪を噛んでしまっていた。そのかわりに、人前で爪を噛まないようにと乳母やがかわりにそう躾けたのだ。
舞香が神子となって、ようやく一ヶ月あまり。
「私だってお祖父様の言いつけがなければ……」
舞香は神子となってから歌の稽古を欠かしたことはない。いやその前からだ。いつか神子となれるかもしれないからと、月に少しであるが声楽の学びをしてた。音楽は貴族女性の嗜みの一つであることだし。
しかし、祖父はまだ舞香が本気を出して歌ってはいけないと命じた。
他の神子に合わせて、その歌にまだ隠れるように……と。
祖父は神殿のなかに遣いを放ち、神子たちが、誰がいつ歌うかを調べたようだ。
そして一番御し易い――というか、考えていないであろう梨璃と重なる日を。
それは、祖父の計画。ここぞというときにこの美声を披露するタイミングを計っている。
例えば帝の前で。皇子たちの前で。
そうした催し物があるときを待っていると言われた。
すべては祖父の――家の悲願。
自分は五家のうち、皇家にも近しい「黄」の家の。その娘であるというのに。
けれど皇家にいる三人の皇子たちは。
彼らは自分を選ばなかった。
第二皇子の峰行はあの生意気な「赤」の蘭子を選んだ。
それはまだ良い。
腹立たしいのは、第三皇子――正統なる妃の皇子が、あんな下級貴族の娘を選んだことだ。
筆頭神子だからなんだというのだ。歌をうたうだけではないか。
別に皇子の相手は神子でなくて良い。そんな決まりとてない。
蘭子とて神子になったのは婚約者となってからだ。
……そういえば祖父が焦り始めたのは蘭子が神子に、《龍の眼》に発現してからだったろうか。
高位貴族な上に神子……。
いや、神子だからなんだ。下級貴族のしおりが婚約者に選ばれたのは神子という肩書きがあったというのなら。
そう、舞香も神子だ。
――神子になったのに。
妃を出すのは祖父の悲願だ。
「榛」へと下げられる前はもっと良い色を頂いていたという。祖父は舞香が産まれたときにことさら喜んでくれたという。
けれどもなかなか舞香に《龍の眼》が発現しないことを祖父は焦っていて。舞香も幼いころはいつも寝る前に「明日は金色の眼にしてください」と。そう龍に祈ったものだ。
その願いが叶ったのは一ヶ月ほど前。
そして祖父が神殿へと話をつけ、舞香を神子へと――舞香にも黄金の《龍の眼》が発現したのだから。
更に運良く。
ちょうど筆頭神子であるしおりが里帰りで事故に遭った。
それで彼女も家族とともに亡くなっていたら良かったのに。
なんて運の悪い。
しおりがいなくなればその座は、きっと舞香に。
しおりと同じく神子として長く神殿にいる梨璃は呪いを受けている。
蘭子は第二皇子が帰国するまでの腰掛けのようなものだろう。
麗は……あの方は、ある意味神子たちの護衛を兼ねているとか。ならばそのまま自分の護衛としてこのまま置いておけばいい。
そう、舞香こそが次の筆頭神子で。
景行の婚約者に相応しい。
そのはずだったのに。
しおりは何と帰ってきた。
けれども《龍の眼》を失った。
つつくならばそこだろう。
神子である証は、その《龍の眼》にあるというじゃないか。
自分も鏡で確認する。
キラキラと輝く黄金色。
これは皇家にも無い、神子だけの――龍の愛し子の証。
それが舞香は両眼に。
なんて稀有な。
高位貴族で両眼とも《龍の眼》な神子だ。
だというのに皇家は――景行は、しおりを婚約者にしたままだ。
腹立たしい。
舞香はまたいらいらとして扇の房をいじる。
そして鏡の横に置いてあった目薬に手を伸ばした。
「まったく、ますます腹立たしい……」
《龍の眼》が発現してからというもの、よく目が乾く。
梨璃が良く泣いているのはきっとそういうことなのだろう。
呪われ子供に戻ったというのに可哀想なことだ。
そういえば、だ。
彼女に助けられた第一皇子はけっきょくどうなったのだろうか。
お祖父様には気にするなと言われているが。
榛家の悲願は、正統なる皇子である景行に皇位についていただき――舞香を妃にしていただくことなのだから。
不穏不穏。




