11 神子のお勤めとは。
その日、小さな地震があった。
さおりは神子としてのお勤めの内容もさっぱりだった。
周りは事故により記憶喪失だから仕方がないという目で見てくれているが、本当は神子しおりの双子の姉だから何もわからなくて当然なのだけど。
どうしてみんな、自分が「姉」だと言っても信じてくれないのか。
神子仲間たちは「さおり」と呼んでくれるが、それは事故で記憶が混乱しているから「そっとしておこう」といった配慮からだと、さおりはそろそろ察しはじめた。
神殿に来て、三日目。
神子としてのお勤めは手足のケガが治ってからにしましょうと、会うことができた大神官さまからも。
「わたくしたちが代わりますわ」
そう、蘭子たちも優しく。
けれどもさおりは首を傾げる。
神子のお勤め、とは?
「歌だよぅ?」
きょとんと、何を今さらと梨璃が首を傾げながら。それはさおりの真似をしているのではなく、つられた動きで。
「歌?」
さおりがそのことも忘れているのかと、麗は驚いている目をしていた。
「しお――あ、さおりちゃん、これは世間一般でも知られてるんだけど……」
さおりの記憶喪失は、そうした一般的なところまで忘れていると、慌てて麗は神官やお医者さんに伝えてくれた。
「今日は蘭子さんがお勤めしているから、良かったら見学に行く?」
そうしてさおりのリハビリは、神子だけならず世間一般の常識を学ぶことも含まれることになった。
蘭子の歌声が高く響く。
そして合わせて舞香の歌声も。
「あ、今日舞香ちゃんもいるぅ」
珍しいと梨璃が驚いていた。
「本当だ、舞香さん、今日は神殿に来ていたんだね」
そこは神殿に設えられた舞台であった。
夜の帳が下りる、そんな時間。
神子の役割は歌を神――龍に捧げることにある。
それは子守唄ともいわれている。
この大地に眠り護ってくださっている龍が安心して眠れるようにと。
地方でも神子がこの時間に歌を捧げるが、やはり大神殿での神子の歌が一番重要視されるとある。
何故なら、龍はこの神殿の地下にて眠っている――と、伝えられているから。
蘭子の歌は、彼女が本来は優しいひとであるのを表すように聞く者たちの心をあたたかくした。
舞香はそのあたたかさを引き締めるように凛とした歌声だった。
誇らしげに歌い上げた二人は他の神子たちが見学していることに気がついていたようだ。
「あら、あなたたちが来たならわたくしはお勤めしなくてよかったかしら?」
そんなことを舞香は。
それは彼女が神殿に住んでおらず、こうした用があるときだけ訪れているから。
彼女はこの都に舘を構える榛の当主の一族だからだ。
そうした融通もまた、許されてはいる――一応、だが。
神子のお勤めは、この時間に神殿で歌を捧げること。
つまりそれまでは自宅待機でも良いわけだ。
他の神子――とくに蘭子と――折り合いが悪い舞香が、通いの神子となっても許されているのは、そうしたところから。
歌さえ。
龍に捧げる歌を歌うことさえできれば良いのだ。
それは一人でも。
今のように何人でも。
「舞香さんが来るのは珍しいね」
麗が首を傾げている。
彼女は舞香とあまり歌ったことがないそうだ。
「でも舞香ちゃん、たまに梨璃と歌うよ?」
けれども梨璃はよく舞香とお勤めを同じくしていると。さきほど驚いたように、たまに、だが。
「そういえば今日は本当は梨璃ちゃんが歌うはずだったっけ」
「うん、でも梨璃、今日はお昼ご飯で火傷しちゃったから」
「あぁ、大丈夫?」
「うん、あちちで痛いの。でも天ぷらは熱いうちに食べないと!」
それは確かに。
お昼を同じくしていたからさおりたちもそれは頷いてしまう。神子に美味しく食べて欲しいと、作りたて揚げたてを用意してくださった料理人さんに感謝だ。
熱々に齧り付いてしまった梨璃に「気を付けないから」と、小言で叱りながらも、お勤めの順番を変わってくれるのが蘭子だ。言い方はそれは相手の為。そしてやはり本当は優しい蘭子さんなのだ。
けれどもやはり言いたいことは我慢できないのも蘭子さん。
「舞香さん、そろそろお一人で歌えるようにはなりまして?」
返事なく。
舞香は扇の向こうでそっぽを向いて帰っしまった。
子守唄です。




