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断罪された悪役令嬢は、なぜか隣国の美しい王子様に支配され溺愛されます。【※ただし、冤罪ではない】  作者: 重井 愛理
三章

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29話:【幕間】夜の執務室

今回のみ視点変わります。

 ——深夜、王宮の執務室。


 整理整頓されたマホガニー製のデスクに一人の青年が向かっている。


 頬が蝋燭の光を反射し、眠気を払うように時折眉間に深い皺を刻む。彼は、周囲の冷気を遮断する襟元の詰まったシャツ姿で、ひたすらに分厚い公文書のページをめくり続けていた。


 カップに残る冷たくなったコーヒーを飲み込み、青年は再びデスクに視線を戻した。彼の背後、窓ガラス越しに見えるのは、寸分の光もない暗闇だけだった。


 コンコン。


 老紳士が執務室の扉を叩く。


「ジェラルドか。入っていい。」


 青年の許可を得て、ジェラルドが入室する。彼の姿勢は、年齢を感じさせず、研ぎ澄まされた剣のようにまっすぐだった。


 彼は、青年に一枚の封筒を手渡す。封筒の中の羊皮紙、その前半部には、青年の筆跡でこう記載されている。


『フロストリアスは、アリエル・フォン・エルトマンに対する処断権を自国の排他的管轄とすることを要求する。本要求が認められる場合、当該事案に関連するあらゆる賠償請求権を放棄するものとする。』


 ジェラルドは、丁重に頭を下げてから報告を始めた。


「最初に申し上げます。良い知らせではございません。……我が国の提案に対して、彼の国は一定の理解を示しました。」


「そうか。直ちに偽装の手筈を整える。」


 青年は、顔を上げ、即座に立ち上がろうとした。羊皮紙に最後まで目を通すことなく、逸る様子で次なる命令を下す。彼の指先は、すでに目の前の書類ではなく、最愛の女性の救出計画へと向いていた。


「……殿下…………。」


 ジェラルドが静かに毅然とした声を発する。しかし、青年の耳には届かない。いや、彼の本能が聞き入れることを拒もうとしているようだった。


「まずは、死体検めの役人を、」


「殿下!彼の国は、亡骸の引き渡しだけは譲れないと仰せです。」


 ジェラルドは、視線をわずかに上げ、殿下の目を見据えた。一歩踏み出し、事実を告げる。


 羊皮紙の後段には、ヴェルザード王国の印鑑と共に、こう記されている。


『その他の事項については受諾する。ただし、遺体の引き渡しに係る権利は、断固として保持するものとする。』



 グシャリと封筒が握りつぶされる音が響く。


「なら、死体を入れ替えればいい。」


「万一それが露呈すれば、彼の国との関係は破綻します。どうか、ご冷静な判断を。」


「僕に!!アリエルを殺せとでも言うのか!!!」


 青年は激情に任せて立ち上がり、両手を強く机に叩きつけた。室内の蝋燭が、衝撃で一瞬揺らぐ。


「……ひとまずは”新たな証拠の精査”を口実に拘留期間を延ばしていただきました。」


 その言葉が、青年に幾ばくかの理性を取り戻させていた。彼は荒れた息を数回吐き出すと、力なく椅子に座り込んだ。

 沈黙を破り、ジェラルドは諭すように続けた。


「今一度、何が最善かお考えください。」


「…………すまない。」


 手で顔を覆った主君に対して、執事が微かに姿勢を崩す。彼らの瞳には、同じ苦悩が浮かんでいた。


「ルイス様ご誕生の折より仕えて参りました。お気持ちは痛いほど分かっております。」


「ありがとう、ジェラルド。頭を冷やしてくる。」



 ——数分後、庭園。


 夜露に濡れたベンチに、青年は腰掛けていた。外気に身を晒し、遠く南の城壁を見つめる。


「孤児院と……雷の国を統べる”能力”……。アリエル、君が目にしたのは——。」


 掠れた声は夜空へと溶けていった。

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