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【冤罪なし、反省ゼロ。溺愛の罰を召し上がれ】悪役令嬢、ヤンデレ王子に飼われ溶かされ壊される〜今さら謝られても、もう一生離さないよ〜  作者: 重井 愛理
一章

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11話:雨

 ルイスは、私を抱いて夜の庭園を歩いていた。


「僕の麗しいアリエルは、審美眼まで兼ね備えているんだね」


 彼の称賛が私の心の柔らかいところに触れる。

 折り曲げた指の関節でこしょこしょと私の脇腹をくすぐる。しかし、私はその手をやんわりと抑えてから、ベンチを指さした。


「……ルイス様。少し一人にしていただけませんか?」


 心配そうに顔を覗き込む彼に向けて、言葉を続ける。


「この靴では”直ぐには”逃げられません」


 彼は小さく息を吐くと、ポケットからハンカチを取り出した。それを敷いてから、ベンチに私を下ろした。


「少し離れた位置にマヤを控えさせておく。何かあれば彼女を呼ぶといい」


「ありがとうございます……」



 彼は、俯いたままの私の顎を指先で掬い上げた。否応なく目が合う。


「君の全ては僕のものだ。一人でいようと誰といようと変わらない」


 上着を私の肩に掛けると、彼は本宮へと踵を返した。



 私は、ベンチから空を見上げた。

 厚く重たい雲に覆われた空。上着に染み付いた彼の香水に混じって、雨の匂いがした。


 ——目を瞑って考える。


 罪を犯し死ぬはずだった私は、彼に救われて王宮へと連れられた。

 ここに来てからは色々なことがあった。


 使命を果たすため、二度逃げ出そうとして失敗した。その結果、ソフィーと……、ルイスの心を傷つけた。

 そして、彼が私に向ける支配欲と独占欲。その根底にあるものを私は知ってしまった。


 私の自由を奪う靴の鍵。解錠に必要な数字を探るために交わした会話で、答えの見当はついていた。あとは、彼の目を盗む事さえできれば、実行に移せる。



 やがて雨がぽつぽつと降り始めた。

 寒い隣国の雨は、まるで氷の刃のように冷たかった。凍てつく雫が、彼の上着の隙間から忍び込み、体温を容赦なく奪う。私の身体は、強くなっていく雨に、寒さと恐怖で小刻みに震え続けた。



 雨の音に隠れて、本宮の方角から泥が跳ねる音が聞こえた。ルイスが、手に持った傘を開く時間さえ惜しいと、ベンチに向かって全力で走ってきていた。その姿には、優雅さなど欠片も残されていない。



「もう……! これ以上……私に近づかないでください!!」


 思わず声を張り上げていた。膝の上で白くなるほど固く両手を握りしめる。

 彼はその場に立ち止まって、私の顔を見つめていた。


「ルイス様……! あなたは、私のことをどう思っているのですか?」


 彼はいつもの低く甘い声で答えた。


「僕の愛しいアリエルは、世界で最も美しい。何度も言っているだろう?」


 彼はことあるごとに愛を嘯く。その言葉に全身の細胞が歓喜するのを止められない。彼の体温をどうしようもなく求めてしまう。

 でも、違う。私が今聞きたいのは。


「ふざけないでください! 冤罪だとでも思っているんでしょう? だから私に優しくする……! でも、私は——」


 熱い雨が頬を伝う。

 嗚咽がこみ上げる。

 私の言葉はそれ以上続かなかった。


「いいや? 君は司教に刃を向け、国の金を着服した……。そう思っているよ」


 彼は、事も無げに告げた。止めていた足を前に進め、私の方へ一歩ずつ地面を踏みしめて近づいてくる。


「正当な手続きを経て、死罪を言い渡された。捜査にも裁判にも不正は一切なかった」


 そうか。執務室のデスクにあった、祖国からの書類。あれは事件の情報を取り寄せていたんだ。


「君は紛れもない罪人だ」


 彼は、はっきりと断言した。

 心臓が握りつぶされてしまったかのように激しく収縮する。それでも黄金の瞳は真っ直ぐに私を貫いていた。


「断頭台から生還して尚、悔い改めることさえない。君の瞳は、未だ司教の首を見据えている。そうだろう?」


 ベンチの前にたどり着いた彼の顔を見上げる。

 耳を飾る小さな赤い宝石から、雫が地面に向かって落ちた。その水鏡が一瞬、私の顔を映した。歪んでいたのは私と水面、どちらだったのだろうか。


「それなら……どうして…………?」


 掠れた声を絞り出した。


 彼は傘を開いて、私の頭上に差し出した。

 ドーム状の傘の生地で、音が乱反射してこだまする。彼の言葉が前後左右から私を包み込むように響いた。

 

「もし仮に君が救いようのない外道だとして、僕が君を愛してはいけない理由になるのかい?」



 世界が反転した。


 ああ、なんて倒錯的で絶対的な愛だろう。彼は、私の罪も、生き方も全てを赦し受け入れている。その温もりに、今すぐ溺れてしまいたい衝動に駆られる。


 だけど、この愛は檻だ。ルイスは、私の命を懸けた使命さえも、『僕の愛の前では無意味だ』と切り捨てるだろう。だから、私はこの檻を引き裂いてでも、逃げ出さなければならない。


(そう分かっているのに……。)



 彼は私に傘の手元を無理やり握らせて、そっと抱き上げた。

 その瞬間、魂の飢餓(きが)を満たす激しい奔流が私の全身を灼いた。先ほどまで凍えていたのが嘘かのように、震えはぴたりと止まっていた。



 孤児院の儀式が再開されるまで、まだ時間はあるはずだ。だから、どうか今だけは、浅ましく汚らわしい私を許してほしい。

 私は全身で彼の身体にしがみつき、頬を硬い胸板に擦り付けた。

これにて一章完結です。

二章は今週末開始予定です。

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