ギベオ校長
「さあて、授業の続きをやるぞ?」
両手を合わせたギベオの手元には、小さな黒い紋章が浮かび上がる。
「ダークスライムゼリーと、ラムウ石を、烙印調合!」
ギベオは両手を少しずつ離していき、黒い紋章を大きくした。
「弾ける漆黒の稲妻!」
紋章から黒い電撃が解き放たれると、教室の床を一直線に焦がした。
狙いを定めていたであろう教室用机は、もう使い物にならないレベルで焦がされていた。
「あれが錬金術……」
「そうだ。語弊がないよう先に言っておくが、烙印調合は俺様だけがもつスキルだ」
「固有スキル、ですか?」
「そうだが、遠慮は要らんぞ」
「だったら尚更ですね」
私は手を抜く気など最初から存在しない。
だからこそ、より本気でぶつかり合う必要性があるだろう。
「いでよ、光の雷鳴」
「良質のお肉と、銀の砂時計」
私が詠唱を開始すると、ギベオも錬金術の準備をする。
「無数の流星となりて、降り注ぐ」
「烙印調合! 加速する肉体」
白い流星群が、教室内に降り注いだ。それらが地面に着地すると、円形の稲妻を発生させた。
だがしかし、ギベオは白い流星群をもろともせず、私のもとに飛び込んでくる。
「オラオラ、いくぞ!」
距離を詰めてきたギベオは、こぶしで攻めてくる。
右、右、左、右。ジャンプしながら右フック。
続いて左、左、右、左フック。
私は、エグゼクトロットを動かしてすんなりと受け流した。
「なかなかやるではないか。だが……」
「パルトラさんから、離れてください! 届いて、光の弓」
セレネは魔法の弓を放った。
「ちっ、面倒なこと」
ギベオが素早く動いた上に、元々軌道が僅かに外れていたので、ダメージは入らなかった。
ただ、距離が空いたので詠唱して追撃する。
「宿れ、炎の球体!」
「ぐっ!」
炎の弾が、ギベオに命中する。
「もう一発、いくよ!」
遅れて飛んできた光の弓が、ギベオに当たった。
「ぐはっ……なかなかやるなぁ……」
深手を負ったギベオは、跪きそうになる。
「はぁはぁ……。賢者の石と、俺の体で、烙印調合だ!」
賢者の石とギベオの体が、赤く光りだした。
これは不味いかもしれない。
食い止める方法は……駄目だ。何をやっても間に合わないのかも。
「さぁ、二回戦と行こうか」
ギベオの肉体は、修復した。
賢者の石の効力によって、与えたダメージがなかったことにされた。
ただ、傷が癒されたというよりかは、肉体の一部が結晶化して傷口が広がらないように食い止めたようにも思えるが……。
「酸の土と、フレアウルフの牙よ」
ギベオが両手を合わせると、黒い紋章が現れる。
「烙印調合! 火球の地獄!」
小さめの火球が、不規則に並べられた。
その火球は、時間が経つにつれて徐々に膨張していく。
「これは、なんでしょうか。……ひゃわっ!」
たまたまセレネと距離が近くなった火球のひとつが、爆発した。
これは手早く処理しないと、詰みに繋がりかねない。
錬金術って、こんな厄介なものばかりなのか?
とにかく、行動の手は止めないようにしないと。
右手でエグゼクトロットを振り回し、詠唱する。
「恐怖と暴食の彗星よ、常闇の磁場となり無に帰れ」
その場で見上げた私は、教室内に黒い雲を発生させる。
強力な吸い込みがはじまった黒い雲に向かって、たくさんの火球が浮上し始める。その際、地面から吸い上げる突風が吹きあれた。
たくさんあった火球は、そのまま黒い雲へ飲み込まれて、無に帰す。
「ほう、やはりやるではないか」
「いえいえ、それほどでも」
「だが、まだ足りない。足りてない」
一度回復したギベオは、やる気に満ちている。
まだまだ体力的にも余裕があって、錬金術による隠し玉も持っていそうだ。
長期戦になると、どんどんこちらが不利になることは目に見えていた。だからといって、短期戦に持ち込もうとすると、標的を片方に絞ってきて気を乱されそうだ。
「ダークスライムゼリーと、ラムウ石よ」
ギベオの視線は……セレネに向いている。
詠唱は、間に合いそうにない。
「セレネさん!」
「烙印調合。漆黒の稲妻……!」
「えっ、いやああっ――」
黒い電撃が直撃したセレネは、その場で倒れこむ。
「セレネさん! しっかりしてください!」
「手間をかけさせやがって」
ギベオはゆったりと近づいていき、左手でセレネの頭をつかみ取った。
「あっ、ぐっ……」
まだ意識はある。が、非常に宜しくない。
行動パターンからギベオの思考が読めなくなってきそうだが、ここはどうするか。
魔法で牽制を入れるのは、ダメそうかな。ギベオとセレネの距離が近すぎでクッションにされると無意味となる。
他には……教卓の上に賢者の石があるけど、私は使い方を知らない。
「さて、このまま倒したいところだが、セレネ君には感謝しないといけないことがあるな」
「な、なんのこと……ですか……?」
「忘れたのか? 職員室にある制御装置のことだ。今回の紛争は、まずはじめにセレネ君があの制御装置に小細工を仕掛けてくれたお陰で上手くいったんだよ。賢者の石は我々モンスターが取り返すという形だから、紛争という単語を用いるのはちょっと変かもしれないが、セレネ君には感謝するよ」
淡々と口を滑らせるギベオは、笑っている。
それよりも、気になってしまったことがある。
セレネさんは、クローニア学園のことを裏切った?
教室で怯えていたセレネの表情。
夜のグラウンドで、たくさんの生徒がモンスターに豹変しそうだったこと。
スキルと魔法を封じる装置が稼働していたこと。
窓のない教室での、明るい笑顔。
本当は、どうなの?
「パルトラさん、ごめん……なさい……」
セレネの口から出てきたのは、謝罪の言葉だった。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「セレネさんは謝らなくても……」
「謝ったところで、何も変わらない。セレネ君は自らの意志で選んだのだから」
「セレネさんの意志……?」
「そうだ。……烙印調合」
ギベオは、空いている片手を黒板に向けていた。
「文字列を書き換え、魔法陣の形成」
白いチョークが宙に舞い上がり、一本の線になる。
一本の線になったあとは、黒板に再度くっついていく。もしかして、ギベオはワープゾーンをつくっている……?
「ゲートの完成だ。さてと」
ギベオは、片手にセレネを持ったまま黒板に近づいていく。
「セレネ君を倒す気は失せた、弱すぎる。但し、恩義として命だけは助けてやろう」
「ギベオ校長先生、何を……して……」
「とにかく、セレネ君が邪魔に思うんだ。どうしてかわかるか?」
「わかりま……せん……」
「だろうな」
ギベオは、息を吞む。
「ところでだ。セレネ君が俺様と初めて出会った時のこと覚えているか?」
「はい……。わたくしを推薦してくれたのは、ギベオ先生です……から……」
「そうだ、その通りだ。それで、出会った頃から、セレネ君は一部だけ記憶喪失だったんだが、まだ自覚はないのか?」
「きおくが……ない……?」
「そうか。それなら、やはりアレを思い出させるのが正解ということか」
「ギベオ校長……先生……。わたくしは、これから……どうなるのですか……?」
「今回は見過ごしてやるからな。欠けた自分の記憶を探しにいけ」
「わかりました……。お言葉に甘えて……」
「別に甘えさせるつもりはないが……。じゃあな、セレネ君」
抵抗できないセレネは、黒板に叩きつけられると、身体が光りだした。
別の場所へワープさせて、命だけは残してあげる。
優しさが見えつつも、決して良いものとは言い切れない、ギベオが選んだ道。
それに対して、この手で助けるか迷いが生じていた私は、ただセレネが消えていく姿を眺めることしか出来なかった。
「さて。邪魔者は消えたし、三回戦と行こうか」
その場で振り返ったギベオは、心の奥底から何かを楽しもうとしていた。
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