星煌めき水晶
「セレネさん、賢者の石が保管してある部屋、寝泊まり用の部屋以外には何があるのかな?」
「授業で使うのは、賢者の石だけではないから。実験所とか、備蓄用の部屋はたくさんあるよ」
頭を悩ませて答えているあたり、配置とかはセレネは鮮明に覚えていなさそうだけど、総当たりしてモンスターの戦闘回数が増えてしまうよりかは遙かにマシといえる。
この研究所が、クローニア学園の管理下にあったことで、設備そのものは充実している。
通路の分かれ道には、たしかに寝床とみられるスペースが存在していた。
だからこそ、珍しい素材があってもおかしくないといえるのかも。
「それにしても……」
通路をいくら進んでも、モンスターの気配は感じられない。
素材がある部屋に、モンスターが潜んでいないなら、それはそれで良いことなんだけど。
「で、ここが行き止まり」
やや広めな四角形の部屋に、着いてしまった。
ここには棚が二つと、宝箱がひとつ。
棚は赤色と、青色がある。
宝箱は、魔力を注げば開くタイプだと、ひと目でわかった。
先に棚に何があるか、調べておきたいところだ。
私は、赤色の棚に近づいた。
「ファイルが、ひとつ……」
それを手に取ってから、適当なページのところを広げる。
「パルトラのほうは、なんて書いてあるんだ?」
もうひとつの棚から、資料の入ったファイルを取っていたフィナは、何故か私がもっているほうの資料の中身を気にしていた。
「フィナのほうは、何かありましたか?」
「こっちは既に知っている情報だけだ。職員室の近くに設置してある、魔法やスキルを封じる装置の設計図が書かれていた」
「設計図ですか……」
あの職員室にあった装置は、クローニア学園が直々に作り上げたものだったのか。
やっぱり、この学園は優秀な生徒がたくさん集められていたのだろうなと、しみじみ伝わってくる。
「えっとですね、こちらのタイトルは……」
表紙を確認すると、賢者の石による学習プロジェクトと書かれていた。
中身は、賢者の石を使った魔法。
主に精霊を呼び出すもの。
あとは、精霊と意思疎通する手法などが書かれていた。
いずれにしても、賢者の石そのものがないと使い物にならない技術であることに変わりない。
「お次は、宝箱に行きましょう。通路外の状況はどんな感じでしょうか?」
問いかけてみると、通路の見張りをしていたセレネが振り向いてくる。
「モンスターは来てません。開けるなら、今でしょう」
「わかりました。それでは、フィナ、お願いします」
「わかった」
フィナは魔力を注いで、宝箱を開けた。
たまたまなのか、罠は仕掛けられていなかったので、そのまま中身を持ち出すことができる。
「これは、星煌めき水晶だ」
フィナは水晶を拾い上げると、それを自らの手でしまい込んだ。
これで、私とフィナの目的がひとつ達成された。
まだまだやり残したことはあるが、ひとまず安心することが出来そうだ。
「モンスターの気配、未だになしです。行きましょう」
ずっと通路のチェックをしていたセレネが、先陣を切って進んでいった。
私とフィナは、セレネとの距離が離れすぎないよう、来た道を引き返していく。
ブルースピリットの位置は、どうだろうか。
「モンスターは、いません……」
階段のある広間まで戻ってきたセレネは、周囲を見渡して確認する。
一つ下の階には、ブルースピリットが一匹だけいる状況だ。私たちがこの場から離れているあいだに、ブルースピリットが何処かへ移動したのだと予想がつく。
「一匹だけなら、なんとかだけど」
「フィナ、えっと……」
言葉が詰まりはじめる私は、フィナと顔を合わせた。
この先にブルースピリットがいくらでも出てくる可能性がある以上、探索を続けるなら依頼された素材を落としてしまうリスクを背負うことになる。
ブルースピリットの霧の攻撃が来たタイミングで、遅れを取れば大惨事なのは間違いない。一応、魔法の膜で防ぐことは出来そうだけど、フィナの戦闘スタイルからして守れる確実性がない。
このことを、どう伝えようか……。
「フィナ……」
「パルトラ、どうした?」
フィナは、真顔で見つめてくる。
うっ……。
どうしよう。
切り捨てる、残す、留まる。
フィナは足手まといになる。
これは直接言ってはいけない言葉だ。
たしか私って、局所でこういう指示をするのがちょっと苦手なんだっけ……。
私の考えを伝えるには。
深く考えるほどダンジョンの探索が止まる気がした。
いや、ここはシクスオ。ゲームの世界だ。
とにかく、フィナに作戦を共有するだけ。
お茶を濁しながら伝えて、実行してもらうだけだ。
「フィナ、星煌めき水晶を確実に持ち帰る安全策を取る作戦で行きます」
「どうするんだ?」
「ここでフィナは……一度地上に出てください。今は素材を持ち帰るのが一番大事かと思いますので、頼みましたよ。ブルースピリットは、私が頑張ってスカウトします」
「リスクリターンの話題か……わかった、あたしはここで撤退する。パルトラも無理するなよ!」
こくりと頷いたフィナは、星煌めき水晶を持って、ダンジョンの出入り口へと戻っていった。
言えた。私はちゃんと言えた。
私の中に広がっていった後ろめたい気持ちが、フィナに作戦が伝わったことによって和らいでいた。
「さてと、問題はここからですね」
下の階層にいるブルースピリットの数が変化していないことを、私は再確認した。
このダンジョンの探索でやりたいと思うこと、ブルースピリットのスカウトがまだ残っている。
これをどうするか。
ひとまず、攻撃を仕掛けてみるか。
結果は、以前と変わらなさそうだけど、やるしかない。
エグゼクトロットを、ブルースピリットに向かって投げ込むと、下の階層で何か刺さる音が聞こえた。
『グエッ――』
ブルースピリットに命中すると、体が粉々に砕けた。
だがしかし、すぐに新しい体が作られる。
「こちらに来るのかな?」
上の階層から、しばらく様子を見守る。もし気付かれたなら、急いで下の階層に降りて、武器を拾い上げて追撃をする、とまでは考えていたのだけど……これは。
ブルースピリットは、私たちの存在に気づくことなく、ただ周辺を自由に飛び回っているだけだった。
これはこれで、困ったものだ。
いっそのこと、さっさと降りてみる?
「セレネさんなら、どうしますか?」
「物理だと大丈夫ということだよね。だったら、不器用だけど、わたくしが剣を持ちます」
セレネは、器用な手先で白い髪を背中で留めた。
「ちょっとでも動きやすいように、こうやって束ねておくと、気合いも入るよね」
目の前に、青白い魔法陣を生み出したセレネは、剣を掴む動きを行った。
すると、銀色の片手剣が瞬く間に実体化する。見た目からして、SRくらいの装備品だろう。
でも、ブルースピリット相手なら問題ないと思う。
エグゼクトロットを投げたら呆気なく砕けているくらいには、脆いのだから。
「それじゃあ、下に降りましょう」
「はい。補助魔法だけお願いしますね……」
「そうですね。魔法の膜を」
飛び降りた私は、薄い膜をセレネと自身に張った。
薄い膜を貼ると自由に動けないので、空中で大きめに張ることにした。ブルースピリットを処理でき次第、薄い膜を一旦解除して進むことになると思う。
効率は悪くなるが、確実性を取りたい。
とりあえず下の階層に着地したので、エグゼクトロットを拾い上げる。
「行くよ!」
セレネは、大ぶりで片手剣を振った。
だいぶ速度は遅いのだけど、ブルースピリットに命中して、体がボロボロと崩れていく。
だがしかし、すぐに残像が現れて体が復活する。
『ニゲロ、ニゲロ』
ブルースピリットはこちらに攻撃せずに、そのまま退散していった。
もしかしたら、意外と臆病な性格なのかもしれない。
そのブルースピリットは通路に進んでいくのだが、追いかける必要性はまったく感じない。
私は、もっと下の階層へ行くことにする。
上から、次の階層を見てみる。
モンスターの気配はなし。ブルースピリットもいなさそう。
降りてみるか。
「ここは大丈夫ですね、セレネさんも降りてください」
「はいっ……」
セレネが降りてきたら、念のために魔法の膜を張っておく。
「ひとまずは、順調ですね!」
「賢者の石までは、あとどのくらい降りたら良いのかな?」
「わたくしの記憶が合っていれば、この下の階層に、賢者の石がある部屋が存在しますよ」
「それなら、もう少しですね」
気合いが入る私は、下の階層を確かめた。
すると、ブルースピリットが二匹、優雅に飛んでいるのを確認できた。
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