精霊《ブルースピリット》の秘めたる力
『ミナ、ワレノイシニシタガエー』
ブルースピリットの体内から、結晶の破片が混じっていそうな白い霧が吐き出された。
その霧に当たった生徒たちの体が、変形していく。
「あの精霊は、人間をモンスターに書き換える力を持っているのですね。なるほど……」
足もとから結晶化していくのを目の当たりにして、事態の深刻さを受け止める。
いや、どっちかというと参考になるかもしれない。
新しいモンスターを作り出す方法がひとつ身につきそうだ。
それはそうと、ダンジョン探索中の私には、しておかなければならないことがある。
「あの精霊さんには悪いけど、モンスターとして動く前に止めさせてもらいますね」
エグゼクトロットの先端に魔力を込める。
「輝く隕石――。地を這う汚れし魂に、虚無の刻を与えたまえ」
私は、グラウンドにひとつの魔法を解き放った。
どこからともなく現れた、たったひとつの絶望の意思を込めた隕石が、地面に急降下する。
それが地面に到達すると、破片となって飛び散る。
――と、同時に波動が周囲に拡散して、モンスターに変わろうとしていた生徒たちは、石像へと変化する。
あの数を相手にするなら、石化させたほうが処理が早い。
『オ、オノレー』
ブルースピリットだけ生き残ってしまった。
これは、私の詰めが甘かったかも。
『ホウコク、ホウコク』
この場から逃げていく。ブルースピリットは、奥の建物を目指している。
あれを、逃がしてはいけない。
スカウトなんて後回しで大丈夫だろう。
そう思いながら、エグゼクトロットを槍のように投げ込んだ。
『グエッ――』
ブルースピリットに命中すると、体がボロボロと砕けた。
だがしかし、残像が出てきてすぐに新しい体が召喚される。
「再生能力でもあるのかな?」
気分的にもう一度投げたいところだけど、武器を回収しないといけない。
「宿れ、炎の球体!」
指先を標的へ向ける私は、炎の弾を放った。
それがブルースピリットに当たるも、手応えはなし。
ブルースピリットは、そのまま奥にある建物へ入り込んでしまう。
「逃げられてしまいましたね……」
私はグラウンドに足を踏み入れて、地面に突き刺さっているエグゼクトロットの元へとまっすぐ進んだ。
周囲に突っ立ってる、モンスターとなれなかった者たちは、全部石化させてしまっている。
入念な安全確認も兼ねての行動。
もっとも、エネミーポイントを大量に獲得していたので、取りこぼしはないとみて問題ない。
「さて、どうするかな……」
エグゼクトロットを拾い上げた私は、フィナとセレネが待っている校舎へと戻っていくことにした。
「うん……パルトラ、どうだった?」
「ブルースピリットという精霊がいましたね」
「精霊が、いたのですね」
「それでね……。ブルースピリットは生徒たちをかき集めて、モンスターを生み出そうとしてました」
「そんなっ……」
セレネは、酷く悲しんだ。
両手で顔を隠して、口で何かを囁く。
言葉に発せなかったくらいには、精神的に参っていそうである。
現状では、セレネを守れているだけでよしだと思うしかない。
他の生徒たちをどうしたかまでは言わなかったけれど、それは後に理解するだろう。
「ブルースピリットは、グラウンドの奥にある建物へと逃げていったのだけど」
「パルトラは追いかけたいのか?」
「そうですね、ちょっと気になることもありまして。セレネさんは動けますか?」
「わたくしは……大丈夫です……」
無理しないでと言いたいけど、弓を構えられる以上はまだ戦える意思があるということ。
「では、グラウンドに出ます。たぶん戦闘は起こらないと思いますが……」
私が先頭に立ってグラウンドへ出る。
石化した生徒たち、おおよそ百程度――。
そのあいだを通り抜けて、グラウンドの奥にある建物へと近づいた。
「この先って何があるのですか?」
「体育館です……」
「体育館か、大きなモンスターが隠れていてもおかしくないかもな」
傷がほぼ癒えていたフィナは、やる気に満ちていた。
「フィナ、私たちの目的を忘れてはいけませんよ」
「精霊様のスカウトと、星煌めき水晶の獲得だろ?」
「そうです。それで、星煌めき水晶を回収したらフィナは引き返してください」
「パルトラ、どうしてだ……?」
「ブルースピリットは、人間をモンスターに書き換える力を持っているので、魔法の膜でもないと危険だと判断しました。モンスターになった人間がどういう変形をするのかを想像するだけでも恐ろしいですから」
「そうだな。あたしの攻め方、考えてみるか」
フィナには、もうちょっと慎重になってもらう必要があったが、私の想いは伝わったみたいだ。
実際問題、あの霧をまともに受けては探索どころではなくなる。
もし近距離の戦闘を仕掛けてモンスターになったら、対策手段が甘かっただなんて言い訳は通用しない。
あとは……シクスオだと、モンスターになった人間はとりあえず状態異常という扱いになるのかな?
どのみち、慎重になって進むしかないだろう。
私は息を呑む。
体育館の扉に手をかけれるところまでは、スムーズに進めれる。そこからだ。
すぐに開けるべきか、待ち伏せや不意討ちを警戒するべきか。
でも、その心配はいらなかった。
いらなかったというよりかは、こればかりは止めることが出来なさそうだった。
「わたくしが、前に出ます」
何かの覚悟を決めたセレネが、体育館の扉を開けた。
「ふう……大丈夫そうです……」
「セレネさん、あまり前に出すぎないようお願いします」
「グラウンドの状況をみて確信しました。わたくし以外の生徒はもう生き残ってないでしょうから、残された道なんてちょびっとしかなくて」
ああ、これは。
覚悟を決めたわけではない、絶望の目だ。
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