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約束

メイの存在がばれてから、俺は観念して宏太とゆりえを部屋に招き入れることにした。今は四人で卓を囲み、テーブルのこちら側に俺とメイ、向こう側に宏太とゆりの二つの陣営に分かれて座っていた。

 目の前の二人、特にゆりえからは疑うような眼差しが突き立てられている。背中にじわじわとにじむ汗を感じながら、俺は喉の奥から言葉を絞り出した。

「お前らには言ってなかったんだけどさ、この子、メイは俺の遠い親戚の子でさ。過程の都合でしばらくの間俺の家に一緒に住むことになったんだよ。ほら、メイも挨拶して」

「あ、えっと。メイ……です、よろしくおねがいします」

 俺に促されてメイがたどたどしく挨拶をする。

「ふうん。孝之にそんな親戚がいるなんてねえ初めて知ったわ……宏太は?」

「僕も知らなかったよ。それに……」

 宏太はメイの方をちらりと見ると、遠慮がちに口を開いた。

「綺麗な髪の毛だよね……もしかしてハーフとか?」

「はーふ?」

「あ、ああ。そうなんだよ。今まで会う人みんなメイの髪の色の話するんだよな。確かロシアとかその辺だったような」

「ろしあ……」

 初めて聞く単語をうわごとのように呟くメイ。先ほど宏太とゆりえの目を盗んで、メイには俺の言ってることに全て合わせるように言ってあった。しかし、いきなりの事でメイはいまいち俺についてこれていないようだった。そんな彼女の様子に目の前の二人は俺たちに対する疑念を払いきれていないようだった。

「ふーん。まあそれはそれとしてもさ。いくら親戚とは言え男女が一つ屋根の下で暮らすってのはどうなのよ?しばらくの間ってのがどれくらいなのかは知らないけど、普通はどこか部屋を借りるものなんじゃないの?」

「ま、まあそうなんだけどな」

 ぐうの音もでないゆりえの正論に口ごもる。頭の細胞をフル稼働させて上手い言い訳を探してみるが、残念ながら明暗は浮かんでこなかった。

「あたしは部外者だし、あんまり人様の家庭の事情に首を突っ込むのは良くないと思うけどさ。やっぱり今の孝之の状況って無責任よ」

 俺は二の句を継げないままゆりえの言葉をただ受け止める。皆が俺の返答に耳を傾けており、その場には重苦しい沈黙が訪れる。胃の痛くなるような静寂に、エアコンの音が大きくなったような感覚になる。それでも言うべき言葉が思いつかないまま、俺が黙って俯いていると、不意にメイが口を開いた。

「たかゆきをわるくいわないで」

「え?」

 思いがけない言葉に俺は驚いた。顔を挙げてメイの顔を見ると、その目ははっきりと自分の意思を宿していた。

「たかゆきはいろんなことおしえてくれて、いろんなたのしいところにつれってくれて、たかゆきといっしょにいるじかんはすっごくたのしくて……だから、あたしにとってたかゆきは、とってもたいせつなそんざい、なの」

 それはメイの純粋で、まっすぐな言葉だった。先ほど俺は、メイには合わせてくれればいいといったのにも関わらず、彼女は平気で自分の言いたいことを言い連ねている。しかしそんなメイの勝手な行動はこの場においてこれ以上ない説得力があった。

「そう、なんだ。それなら、全然いいんだけどさ」

 ゆりえは別に俺たちを貶めたくて言っていたわけでは無い。ただ今の状況の危うさを、説いてくれていたのだ。そういったおせっかいをややきつい口調で言う、そういった気遣い屋な一面が出ているだけだ。だから、そういったゆりえの憂いを、先ほどのメイの確固たる言葉は解かしてくれたのだ。であるならば、俺もしっかりと自分の意思を示さなければいけない。

「なんていうかさ、色々複雑で説明できないこともあるんだけどな。でも、後ろめたいことはなんにもないんだ。いかがわしいこともなにもない。二人には色々心配かけるかもしれないけど、このことについては大目に見てほしいんだ」

 上手く伝えられたかはわからない。というより、ただ煙に巻いただけとも言える。でも、俺なりに言葉と態度に誠意を込めたつもりだった。俺の言葉にゆりえは少しの間難しそうな顔をしていたが、やがてふっと表情をやわらげた。

「別に、そんな深刻な顔しなくても大丈夫よ。そもそもあたしに口出しする権利なんてないわけだし。ただ……あんたがあたしたちに何も言わずにコソコソしてたのが、ちょっと気に入らなかっただけ……メイさんも、ごめんね」

「そうか……その、それは本当にごめんな」

「ううん、ぜんぜんへいき!」

「よかったあ、ありがとう」

 お互いの想いが伝わった喜びに皆で笑いあう。先ほどまでの鬱屈とした空気はいつの間にか暖かなムードに包まれていた。そんな明るい雰囲気を後押しするように宏太が口を開いた。

「じゃあ、お互いわかりあえてことだし、せっかくだからこのままメイさんの歓迎会をやらない?ちょうど、孝之のために買ってきた差し入れもあるわけだしさ」

「ああ、いいわね、そうしましょ!」

 そういいながら、ゆりえは買い物袋の中身をどんどんと出していく。ペットボトルのお茶に、鮭のお握り、埋めのお握り。続けてヨーグルト、ポテトチップス、果汁グミ、チョコレート。さらにはアイスクリームに、フライドチキン……」

「って、ちょっとまて、なんだこれは」

「え?ああ、これね。ひどいわよね、アイスとほっとスナック一緒にするなんて。まあ、すぐだから特に文句も言わずに来ちゃったんだけど」

 ゆりえが恨めし気な声で答える。

「そうじゃなくて!お前ら、俺の差し入れにしてはやたらとジャンクなものばっかじゃねえ?」

「気のせいじゃない?」

 ゆりえが小首をかしげながら悪びれた様子もなく返事をした。もしかして、こいつら元々俺のお見舞いなんかじゃなく、ただ部屋でだべりに来たんじゃないのか?先ほどまで感じていた感謝の気持ちが、徐々に消えていくのを感じた。

 まあ、それでもメイの歓迎会というのは俺もやぶさかではなかったので、やはり二人が来てくれたことはありがたい。

「じゃあ、ちょっとコップとか取ってくるわ」

「はーい」

 言いながら俺は台所に向かう。必要なものを頭の中でリストアップしながら、引き出しなどを探す。部屋の方ではゆりえがメイに色々と質問をしているようだった。自己紹介から始まって、メイちゃんっていくつなの?とか、前はどのあたりに住んでいるのとか、聞いている。

 まずいな、今はメイがなんとなく答えてはいるけど、早めに戻らないとまた疑惑をかけられてしまうかもしれない。

 お皿やら紙コップを適当に引っ張り出して席に戻る。

「たかゆき!がっこうてなに?」

「え、あ、いや」

 およそ普通の生活をしていれば知らないはずを屈託ない笑顔で聞かれて俺は、激しく動揺する。動悸を感じながら、言い訳を考えていると、宏太がなにかひらめいたような口調で言った。

「ゆりえさん、メイさんハーフって言ってたし、まだあんまり日本語分からないんじゃない?もっとゆっくり話してあげないと」

「ああ、そうね。ごめんねメイちゃん」

「は、はは、そうなんだよ。俺も色々教えてはいるんだけどな」

 思わず乾いた笑い声を出しながら、内心安堵する。本当、宏太は良い感じの所でフォローを入れて来てくれる。ゆりえも納得したようで、速度を落として話している。時折、メイがわからない単語を聞き返されて、それを教えてを繰り返している。

 正直なところ、さきほどメイがゆりえにそれなりに強いニュアンスで反論したため、スムーズに仲良くなれるのか心配ではあった。しかし、メイの天真爛漫さと、ゆりえの世話好きが功を奏したようで、二人は初対面とは思えないくらい仲睦まじく会話をしていた。

 そんなこんなでしばらく話していると、なんとなく付けていたテレビに映ったものにメイがとても興味を示した。画面には日本で有数の規模を誇る花火大会が中継されていた

「わあ、なにこれ!」

「ほんとだ、きれい。これぞ夏って感じがするわね」

 国内で一番規模が大きい花火で、毎年この時期になると特番を組んで放送されるのが通例になっている。それだけあって、画面越しにもその迫力が伝わってくる。カラフルなもの、何かのキャラクターを模したもの、音楽に合わせて打ちあがるもの、その全てが窮屈な液晶の中でも鮮やかに踊っていた。そんな映像負けないくらいメイが瞳を輝かせながら、興奮気味にいった。

「たかゆき、これやりたい!」

「やるのは無理だな……」

「じゃあ今度皆で花火大会いきましょうよ!」

「いいね、賛成」

「わーい、はなびはなび!」

 メイは両手を挙げて喜びを表現している。彼女の屈託ない笑顔につられるようにして、俺たちの気分も盛り上がってくる。

「メイさん、しかも花火では屋台があってね、美味しいものもたくさん食べられるんだよ」

「ほんと!いきたい、いまから!」

「いや、今からはさすがに無理だから」

「えー、じゃあ、いついくの?」

「そうね、ちょっと調べてみましょ」

 ゆりえの言葉に促されるように彼女のスマホを四人で覗きながら、花火大会の吟味をする。ゆりえが皆に合わせるようにゆっくりと画面をスクロールしていく。その中で二つの大会に目が留まる。一つは乗換があるが規模の大きい大会。詳しく調べるとテレビ中継されてる大会が国内一番で、その次に大きい大会らしい。そしてもう一つは先の大会の翌日に開催される、規模はそこそこだが、開催地が俺の最寄り駅から数駅という近場の大会。

「うーん、どっちにしようかしらねえ」

 ゆりえがスマホを見つめながら、小さく唸る。俺としては、せっかく花火大会に行くんだから規模の大きい方に行きたいという気持ちが強い。

「おっきい方の大会が良い!」

 メイも俺と同じ意見だったようで、はつらつとした口調で言った。

「そうだね。僕もどうせなら規模が大きい方を見たいかな」

「じゃあ、皆の言う通り、大きい大会にしましょうか」

「賛成ー」

 意見もまとまり、一息といった感じで姿勢を崩す。テレビの花火中継もいつの間にか終了していたようで、浴衣を着たタレントたちが花火についての感想をそれぞれ述べている。色とりどりの夏の装いは、とても華やいでいた。

「そうだ、メイちゃんあたしと一緒に浴衣着ようよ!」

「ゆかたってなあに?」

「浴衣はね、花火の時に着るすっごく可愛い服のことよ。メイちゃん絶対似合うよ」

「きるきる!それではなびするー!」

 タレントたちの華麗な着こなしに感化されたのか、あっさり浴衣を着ることが女子たちの間で決定したようだった。メイは何の気なしに承諾しているが、当然彼女は浴衣を持っていない。つまりさらなる出費が約束されたということだ。

 メイが来てから、今年の夏はなにかと出費が多い。それでも、俺はそれを前向きに考えていた。去年までの俺はこういったイベントごとには疎く、当時つるんでいたメンバーも同じようなタイプだったので、ほとんどお互いの家でゲームとか、そんな代わり映えのない遊び方をしていたのだ。

 もちろんそれはそれで楽しいのだが、やはりこうして特別な催しに参加するというのは、とても有意義な時間を過ごしている気持ちになれた。

 それはひとえにメイの存在が大きいと思う。メイという、俺にとってイレギュラーな存在が俺の生き方に少しずつ影響を与えてくれているのだろう。それは細かいお金の事などどうでもよくなるくらいに、とても貴重なことなのだと思う。

「あ、念のため言っとくけど、メイちゃんが浴衣着るんだから、あんたも甚兵衛来なさいよ?宏太も。それに、ビニールシートとか虫よけとかウェットティッシュとかも諸々そろえておいてね」

「お、おう……了解した」

 本当に、今年の夏は出費が多い。


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